第十話 待ち合わせ
□王都アルテア 【聖騎士】レイ・スターリング
王都での待ち合わせなのでギデオンのセーブポイントではなく、昨日のログアウト地点を指定してログインした。
場所があの化生の棲家……もとい<月世の会>本拠地と近いので一抹の不安はあったが、幸い待ち伏せなどはされていなかった。
……待った。月影先輩(一応三年生で先輩らしいのでこう呼称しよう。化生は先輩でも化生のままだが)がまた影の中に潜んでいるかもしれない。
念のために足元の影を《聖別の銀光》をコーティングした【紫怨走甲】で蹴ってみる。
……反応なし。どうやらいないようだ。
「無事に大学には行けたようだのぅ……また何やらトラブルの火種があるようだが」
俺が身の安全を確かめていると、紋章から出てきたネメシスが声を掛けてくる。
トラブルの火種とは言うまでもなく、あの化生が同じ大学にいることだ。
「まぁ、無事に切り抜けられたようで何よりではないかの。私はまた、御主の危機に何の力にもなれなんだようだが」
「?」
何だろう。ネメシスが何か不貞腐れて……というか自嘲気味だ。
「……御主が向こうにいる間、少し悩んでおった」
俺の心を読んだのか、ネメシスが少し気の沈んだ様子で答える。
「昨日の戦い、私は何の役にも立っておらぬ。【暗殺王】に一太刀浴びせたときも、あれは私でなくただの武器でも同じだっただろう」
それはそうかもしれないが……。
「そんな自分の無力さを鑑みて、思うのだ。あの【ガルドランダ】との戦いから、どれほど成長できただろうか、との」
「お前は成長してるよ」
してないわけがないさ。
「……御主なら、そう言ってくれるだろうとは思ったがの。だが、現に私は進化もしていない」
「けど、進化してなくてもできるようになったことはあるだろ」
「……“あれ”か。しかし、【女教皇】や【暗殺王】との戦いでは使うことすらできなかった技だ」
「そのうち実戦で使う機会もあるさ。俺が身につけたやつと一緒でさ。だからまぁ……いつまでも気落ちしてるなよ。それに技術や性能ばかり気にするなよ。お前の成長も、頑張りも、俺は誰より知ってるからさ」
そう言って肩を叩くと、ネメシスは「本当に、御主は時折あつくるしいのぅ。まるで熱血教師のようだ」……と言って、苦笑した。
どうやら機嫌は直ったようだ。
「して、今日は向こうでの知り合いと行動を共にするのだろう? クマニーサンを除けば初めてだの」
「たしかに」
さて、何時ぞやの噴水前で先輩と合流する手筈なのだが、ここで一つ問題がある。
「先輩の方は俺を知ってるみたいだったけど、俺は向こうの顔と名前を聞きそびれたから合流しづらいな」
どうしてか、「ログインしてからお伝えします」って言われたんだよなー。
しかし、結局名前の分からない問題はどうすべきか。
この辺、リアルの顔と名前のままでプレイしているあの化生や月影先輩なら問題ないのだろうが、藤林先輩はさすがにそんな真似はしていないだろう。
さて、どうやって合流したものか。向こうが声を掛けてくるのをただ待つだけって言うのもな。
声は変えてないから時間になったら「レイはここですよー」とでも言ってみるか?
しかしそれだと先輩が何かの事情で遅れでもしていたら……俺が恥ずかしいだけになるな。
「何か上手い待ち合わせの手はないものか」
待ち合わせ……噴水前…………兄。
「…………あ」
あの手があったな。
「……やるのか?」
「やるしかないだろう。この場合」
◇
数分後、俺は噴水の縁に座っていた。
――右手に『Welcome KF先輩』と書かれた立て札を持って。
「これなら気づいてもらえるだろう」
言うまでもないがKFはコズエ・フジバヤシのイニシャルである。
先輩のアバターのネームを聞きそびれたのでこうなっている。
「……視線を集めておる気がするのだが」
「そりゃ立て札持ってりゃ目立つだろうさ」
それに先輩にも見てもらえなければ意味がない。
「気にせぬのか」
「近頃は妙に視られることが増えたから慣れた」
多分、フランクリンの事件の影響だろうな。
あの白衣がギデオンと王都に俺と【RSK】の戦いを中継したせいで、変に顔を知られてしまっている。
本当にフランクリンはろくなことをしない。
「……七割くらい、今の格好のせいだと思うがの」
「?」
何のことだろう?
「しかし御主、段々とクマニーサンに寄ってきたの」
「心外クマー」
「伝染ったのか!?」
……いや、ジョークだからそんな震えるほどびびらないでくれ。
「ん?」
先ほどから視線を集めている俺達だが――『いや、私は集めておらぬ』――その視線の中に奇妙なものが混ざっている感覚があった。
どうにもデンドロに入ってから他者の気配に鋭くなることが増えたな。
さて、奇妙な視線の主は、人混みの向こうからこちらを見ている……巨大な鎧だった。
その身長は三メートルには達しているだろう。
高さで言えば平時から四メートルを超える迅羽がいるが、今回の視線の主である鎧は厚みも伴っていた。
また、フルフェイスのヘルムと、隙間なく全身を覆っているので地肌は全く見えない。
ヘルムにはスリットすらないのだが、ロボットアニメのように目らしき意匠はある。それがこちらに向いているので、恐らくは俺を見ているのだろう。
と、俺が見ていることに気付いたのか、鎧の巨人は踵を返して路地の向こうへと歩いて行った。
「何だったんだ?」
「ファンではないかのぅ」
フランクリンの事件以降、そういうケースもないではないが……あの鎧は多分違う。
目を見ることはできなかったが、あの雰囲気は心なしか……“観察している”風だった。
それにあの鎧、どこかで見たような……。
「……まぁ、立て札にギョッとしただけかもしれないしな」
可能性はある。俺だって、立て札持ってクマの着ぐるみ着た兄が噴水前に陣取っていたときは驚いた。
俺の場合、格好は兄よりまともだが。
「…………え?」
ネメシスが「本気で言っておるのかこやつ」みたいな反応をするが、そりゃそうだろう。
クマの着ぐるみと、多少来歴が不穏でも普通の装備だ。比べるまでもない。
ネメシスは納得したのか瞑目して息を吐いた。ただ、同時に呟いた「手遅れか……」という言葉の意味はよくわからなかった。
◇
「椋鳥君ですか?」
立て札で待つこと二十分、俺にそう声を掛けてくる人物がいた。
そこには見覚えのない、けれど先刻リアルで聞いたのと同じ声で話す人物がいた。
「はい。あなたは藤林先輩ですか?」
「ええ。良かった、合流できましたね」
先輩のアバターは……誤解なく評すればごく普通だった。
先輩の面影はあまり残っていない容貌だが、身長は同程度。
装備品の類も、性能は良さそうではあるが特に特徴的な見た目はしていない。もちろん着ぐるみでもない。
強いて言えば、眼鏡をつけていることが特徴であり、リアルとの共通点だ。
兄をはじめとした<超級>の面々や、最近よく模擬戦をする決闘ランカー達の服装と比較すると……むしろ安心できる姿である。
「合流できたのは喜ばしいですけれど、その格好……ではなく立て札は?」
「前に兄がやっていたのを真似てみたんです。やっぱり変でしたかね?」
「……少し驚きましたが、それだけです」
はて、今の間は何だろう。
「それにしても、本当にあのレイ・スターリングなんですね」
「ええ、まぁ」
「有名人と一緒だと、少し緊張してしまいますね」
「…………」
ネメシスが言っていたように、ここ最近はファンとして話しかけてくる人は何人かいたのだが。
リアルでの知り合いから「有名人」と言われると妙な照れがある。
「それでは、ギルドに向かいましょう。二人ですし、どちらも戦闘職なので、採集ではなく討伐クエストが良さそうですね。クエストの選択はレイ君にお任せします」
「はい。あ、そういえば俺は【聖騎士】ですけど先輩のジョブは何ですか?」
「今のメインジョブは【盾巨人】です」
【盾巨人】がどんなジョブか俺は知らなかったが、先輩によると「盾スキル特化の上級職で、どんなサイズの盾でも必要なSTRさえあれば使いこなせます」というジョブらしい。
防御重視のジョブなのだとは思うが、【巨人】という響きがなんだかミスマッチに思える。
と、パーティを組む前に気になったことがあった。
「先輩のアバターの名前って何ですか?」
まさかこちらでも藤林梢という名前でもないだろう。
あの化生とその秘書じゃあるまいし。
「……そうですね」
名を問われた先輩はなぜか少し思案してから、
「ビースリー、と呼んでください」
「はい、……?」
一度頷いてから、それが少し奇妙な言葉であると気づいた。
アバターの名前がビースリーというのではなく、ビースリーと呼んでくださいとはどういう意味か。
「ネームは違うのですが、親しい友人はそう呼んでくれます。それに、少々ネームが長いもので」
先輩はそう言って、俺にパーティ加入申請を出してきた。
そこに表示されたネームはたしかに長く、そして見ようによっては「ビースリー」と略せるものだった。
俺は申請を了承して、先輩をパーティに加入させた。
ちなみに先輩の合計レベルは485であり、熟練であることがうかがえる。
「以前はカンストしていたのですけど。今はジョブ構成を試行錯誤しているので」
ああ、そういえば最初の頃に兄からジョブをリセットして構成変えられるって話は聞いてたな。
俺はまだ一職目なので縁のない話だけど。
「ではパーティも組んだので改めて自己紹介を。ビースリーです。よろしくお願いします」
「あ、はい。レイ・スターリングです。よろしくお願いします」
「うむ! そして私がレイのエンブリオであるネメシスだ。ビースリーとやら、よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
ともあれ、俺は無事に先輩と合流してパーティを組み、一緒のクエストを行うためギルドへと向かったのだった。
◇
王都のギルドに来たのはギデオンへの配達のクエストを受けて以来だ。
あれからまだ一か月も経っていないので、内装などは変わっていない。
俺と先輩はギルドのテーブルに着き、あの分厚いカタログに目を通しながら受けるクエストを探していた。
先輩と話しながらああでもない、こうでもない、とクエストを探す。
「……ん?」
十分ほどチェックしていて……、何やらカウンターのあたりが何か騒がしくなっていることに気づく。
その原因は、カウンターの向こうの職員に何事かを訴える一人の少年だった。
「だから、半年前にいなくなった俺の義父さんを探してほしいんだよ!」
「すみません……。その案件は特記事項に抵触するため冒険者ギルドではお受けできないのです」
職員は対応に苦慮する顔をしており、周りにいる冒険者も困った顔だ。
どうやら少年は人探しを依頼しているらしいが、何らかの事情でギルド側が受注を断っているらしい。
「人捜しの依頼、か?」
「冒険者ギルドでも受け付けていますが、あまり人気のあるクエストではありません。どうしても時間はかかりますし、専門の技能や多くの聞き込みも必要になります」
たしかに、それと比べればモンスターを倒したりアイテムを集める方が、考えようによっては楽だろう。
まぁ、俺が最初に受けたクエストは人捜しだったわけだが……あれはどこにいるかがすぐにわかったからな。
「それでも、人捜しに使えるスキルだってありますよね?」
「はい。ジョブスキルでも、あるいは<エンブリオ>の固有スキルでも、人捜しに役立つスキルはあります。ですが」
先輩はそこで言葉を切り、カウンターの前の少年と、ギルドの職員を見る。
「人捜しの特記事項といえば……」
と、そのとき、見かねたのか、近くにいたティアンの冒険者が、少年の肩に手を置いて諭すように話しかける。
「坊主、行方不明になって半年近くだろう? 残念だが、坊主の父親は……」
「死ぬはずなんかない!」
諦めるように言いかけた冒険者の手を振り払い、少年は強く反発する。
なぜか「死ぬはずなんかない!」という言葉に、願望以上の何かが篭っている気がした。
「だって、だって……」
少年の次に発した言葉は……俺を驚愕させるに十分だった。
「俺の義父さんは、<マスター>なんだ!」
To be continued
(=ↀωↀ=)<四章の本題突入