第二話 “初心者狩場”
<Infinite Dendrogram>が日刊87位、ジャンル別「SF」では日刊2位にランクインしていました。
読者の皆様、本当にありがとうございます!
驚いて胃が痛くなってきましたが引き続き投稿と書き溜め頑張ります!
( ̄(エ) ̄)<サンキュークマー
□王都アルテア 【聖騎士】レイ・スターリング
『じゃ、俺はこの辺りで別れるクマー』
俺が【聖騎士】になった後、クマ兄はシュピッと片手を上げてそう言った。
「何だ、クマニーサンはレベル上げ手伝わんのか?」
『昨日はクエスト手伝ったけれど、元々俺は歓迎と装備集めとジョブ決めが済んだら別れるつもりだったクマ』
「何で?」
『パワーレベリングするとステータスとプレイスキルに隔たりができるクマー。デンドロはプレイヤーの技術と工夫も大事だから、それを自分で磨くためにも一人旅クマー』
「私もいるから二人旅だがのぅ」
パワーレベリングというのは、自分より強いプレイヤーに手伝ってもらって楽をしてレベルを上げることだ。
例えば強いモンスターの攻撃を強いプレイヤーに受けてもらい、その間に自分がペチペチ殴って倒して一気にレベルを上げるなどの行為がある。
たしかにそれをやるとレベル上げは良くてもプレイスキルは身につかないだろう。
『それにデンドロには<エンブリオ>システムがあるクマー。あんまり人に頼ってばかりだと<エンブリオ>がいい育ち方しないクマ』
「そうなのか?」
「可能性はあるのぅ」
俺が始めてからのプレイスタイルの結果、今のネメシスが生まれたわけだしありうるか。
『という訳で俺はここでおさらばクマ。でも本気で困ったら連絡するクマ』
「本気で困ったら、ね」
『ああ。だけどまずは自力で頑張るクマ』
「わかった。その、昨日からずっとありがとう」
『いいってことよー。ああ、それと』
クマ兄はその着ぐるみの頭を近づけて、
『もしもランカー絡みで何かあったらすぐ連絡しろ』
「兄貴?」
また、少し真剣な声音だった。
『ま、昨日のあれが規格外なだけで早々突飛なことは起こらないだろうから、安心してデンドロを楽しむクマー』
そう言ってクマ兄は去っていった。
同時に【パーティを解散しました】のアナウンスと共にずっと映っていた兄の簡易ステータスも消える。
兄もいなくなり、俺とネメシスの二人だけになった。
「さてマスターよ。いよいよ独り立ち、ならぬ二人立ちだがどこに行くかは決まっておるのか?」
「兄貴から低レベル帯の狩場をいくつか教えてもらっているから適当に回ってみる」
「レベル上げは楽しみだのぅ。今宵の私は血に飢えている」
「まだ昼だぞ」
◇
俺とネメシスが最初に訪れた狩場はアルテアの東門を出てすぐの<イースター平原>だ。
非常に見晴らしがよく、そこかしこで飛び跳ねるモンスターやそれと戦うプレイヤーの姿が見て取れる。
そう言えば他のプレイヤーが戦っているのを見るのは初めてだな。
「よし、じゃあ俺たちも始めるか」
「うむ」
ネメシスは応じ、その姿を黒い大剣へと変じさせる。
右手で持つ……と言うよりは肩口から纏わりついている大剣を上下に振ってみる。
「見た目ほど重くはないんだよなぁ」
俺のSTRでも普通に扱えている。
昔修学旅行で買ってしまったお土産用模造刀くらいの重さだ。あるいは鉄パイプ程度。
『レディに体重の話は失礼ではないかのぅ』
「でもこれどう考えても人間形態のときより軽いだろ」
質量保存則どうした。
『……魔法があって時の流れも違うここで質量保存則を気にされてものぅ』
それはそうだが。
『あとの、多分他の者にとってはそこまで軽くはないはずだぞ。単に御主とくっついておるから軽くなっているだけだの』
「そういうもんか?」
『そういうものだ』
ならもうそれでいいか。いつまでも問答ばかりしていてもレベルは上がらないし。
「じゃあ、レベル上げ開始だ」
『腕が鳴るのぅ』
そして二時間後。
レベルが3上がって、現在までの被ダメージは0だった。
「……何でさっきからボコスカ殴られてもダメージないんだよ」
この狩場に来てからずっと【リトルゴブリン】、【パシラビット】など、一目で「あ、これ序盤の雑魚モンスターだ」とわかる連中と戦い続けていた。
だが、そいつらから攻撃を何度受けてもダメージは0だった。
『当然といえば当然ではないかのぅ。御主、このレベルではかなり良い装備をつけておるし、《ダメージ軽減》スキルがあったであろう? あれがあるからダメージ10以下は全部0になっておるのではないかの?』
この狩場のモンスターでは装備で防御底上げした俺に10以上のダメージは与えられないわけだ。
そう言えばレベル1の初期HPが100弱だった。
ここが初期装備と初期ステータスで来る可能性が高い初心者狩場であることを考えると、HP100でも早々死なずに済む程度の攻撃力のモンスターしか配置されていないのかもしれない。
ちなみにレベル4になった俺のHPは700を超えている。
うち200はスキルによる補正だが、そうでなくとも400以上も上がっている。
【聖騎士】レベル60、合計レベル210のリリアーナが5000台だったが、この分だと俺が【聖騎士】レベル60になる頃には6000を優に超えるHPになっている。
「えらいことになるな」
『上級職だからステータスの上がりが良いらしいのぅ。あとは私か。私のステータス補正もHP補正が一番高い』
HPの補正だけDだったはず。
HPの伸びがでかいのは【聖騎士】と<エンブリオ>補正の合算による結果らしい。<エンブリオ>の補正って大きいんだなー、と実感した。
もちろん他のステータスもHPほど露骨にではないが上がっている。
加えて《ファーストヒール》という回復魔法スキルも習得した。これである程度は自力で回復できる。
「んー、狩場変えるか」
この分ならもう少し敵が強い場所でも大丈夫そうだ。
『そうだのぅ。私もちょっと物足りないと思っておった』
うん、さっきからゴブリンとラビットが一撃で真っ二つだったもんな。
自分でやっていてもちょっと怖かった。
モンスターは死体が残らないからいいけど、そうでなければ中々ゴア表現がきついことになっていた。
「えーっと次の適性狩場は北門の先の<ノズ森林>だな」
『では一度王都に戻ろうかの。そろそろスイーツタイムだしのぅ』
スイーツタイム……。
「お茶代くらいは大丈夫だけどさ」
昨日の夕飯くらい食ったらどうしよう。
全身鎧の売却金の残りは出来れば次のレベル帯の装備のために取っておきたいんだけどな……。
◇
俺は大剣のネメシスを出したまま王都への帰路に着いた。
その途中、狩りをしている他のプレイヤーの姿を眺める。
初期装備のカタログにあった衣装を着たプレイヤーが多いので、恐らくは俺と同じ初心者なのだろう。
しかし衣装は初心者用でも、各々が他のプレイヤーの持っていない何かを持っていた。
ある者は鎖鎌。
宙に放ると自動で鎖が伸びてモンスターを攻撃するかと思いきや、なぜか鎌が地中に潜行してからモンスターを襲っている。
ある者は乳母車。
卵のような物を乗せており、プレイヤーはなぜか乳母車の押し手を左手で持ちながら右手で必死に剣を振ってモンスターと戦っている。
ある者は石造りの小屋。
壁の一箇所に穴が空いており、そこからプレイヤーがスリングでモンスターを攻撃している。小屋に噛み付いたモンスターは痺れたように動かなくなっている。
ある者は赤色に輝く結界。
結界の中に踏み込んだモンスターが地雷を踏んだように爆発している。あ、プレイヤー本人も吹っ飛んだ。
あれらは全て、俺のネメシスと同じく<エンブリオ>なのだろう。
「……色々あるなぁ」
『鎖鎌はアームズ、小屋はキャッスル、地雷原はテリトリーだな。乳母車は……何かのぅ。道具のアームズか、それともチャリオッツか……』
メイデン以外の、所謂基本カテゴリーの<エンブリオ>。
使ってて面白そうだなー。
『浮気か!? 我を右手に抱きつかせながら浮気を考えておるのか!?』
……これって抱きつかせるに入るのか?
「別に浮気とかじゃなくて、<エンブリオ>それぞれに不思議な能力や個性があって面白いとおもったんだよ。実にファンタジー」
クマ兄のあれは露骨に重火器や兵器でファンタジー以前の問題だったし。
『<マスター>各々のオンリーワンが<エンブリオ>の基本理念であるしのぅ』
「あと比べて見るとネメシスって第一形態のわりにゴツイよな」
『ゴツッ!?』
うん、大剣モードがね。
そうして歩いていると、またモンスターと戦っているプレイヤーの姿がある。
今までと違い、人影は二つあった。
一人はやはり初期装備に身を包んだ俺より少し年下、中高生くらいのプレイヤー。
戦闘で掛かったらしい泥や血で汚れているが、それでもなおカッコイイ、カワイイといった形容が両方とも合いそうな美少年だ。
彼の初期装備は俺の選んだものに似ているが、ジャケットではなくコートを着ている。
見た目で言えばもう一人も特徴的。
いかにも悪魔といった尻尾と蝙蝠の羽を生やしている小悪魔然とした美少女だ。
「はああ!」
「えーい!」
二人は一生懸命戦っているが、今は四匹の【リトルゴブリン】に囲まれているので少し旗色が悪そうだ。
さて助力したいが、横入りするのも何だしな。
「《ファーストヒール》」
さっき覚えて一度も使っていなかった回復魔法のテストも兼ねて二人のHPを回復させる。いわゆる辻ヒールという奴だ。
パーティではないのでステータスを見ることは出来ないが、二人の傷は目に見えて消えている。
「あ! 助かります!」
「ありがとー!」
二人は態勢を立て直し、戦闘を続行した。
◇
五分ほどして二人は【リトルゴブリン】を全滅させていた。
「お疲れ様。《ファーストヒール》」
戦闘を終えた二人にもう一度回復魔法を掛けた。
「回復ありがとうございます! 助かりました」
「ありがとねー」
「こっちも回復魔法の試し撃ちがしたかっただけだから気にしなくていいよ」
むしろ御礼を言われるとこそばゆくなる。
『昨日から御礼言われ続けておるしのぅ、っと』
不意に右手からネメシスの重みが消える。
と、同時に俺の隣には人間モードのネメシスが立っていた。
「え、え!?」
「あれ? あなたって……」
二人は驚いているようだが、ネメシスはそれに構わずじっと小悪魔少女を見ている。
「ふむふむ、ご同類、ではなくガードナーか。しかしこれだけ人間に近いガードナーもレアだのぅ」
「おい、ジロジロ見るなよネメシス。失礼だろ」
「すまんすまん。ちと気になったものでのぅ」
何が気になったのかは、まぁ俺にもわかるけど。
「うちの<エンブリオ>が失礼してごめんな」
「気にしないでください。それにしても、変身する<エンブリオ>もいるんですね!」
「うむ、私は<エンブリオ>TYPE:メイデンwithアームズのネメシスだ!」
ネメシスはバーンと効果音が付きそうな勢いで名乗った。
こっちが恥ずかしい。
「っと、遅れたけど俺はレイ・スターリング。<Infinite Dendrogram>は昨日始めたところ」
「あ、僕はルークです。僕も昨日始めたばかりで」
「バビはバビロン! <エンブリオ>でTYPEはガードナー!」
ルークとバビロン、か。
「しかしガードナーってたしかモンスター型だったんじゃ……」
バビロンは尻尾と羽を除けば人間と瓜二つだ。尻尾と羽をメイキングで付けることも出来たはずなので、違いは無いと言ってもいい。
モンスターと人間どちらに見えるかと問われれば、まず人間と答えるだろう。
「バビはインマだからね! セクシーでキュートでメロメロなの!」
インマ。
淫魔?
「ちょ、バビ、だから人前でそんな大っぴらに……!」
「えー、でもバビはインマであることに誇りをもった<エンブリオ>だから恥ずかしくないよ?」
「僕が恥ずかしいの!」
「……ルーク、バビが恥ずかしいの?」
うるる、といった顔をするバビ。
傍目に見ても涙目上目遣いはずるいな。一発でルークが慌てふためいている。
「えっと、その、バビが恥ずかしいんじゃなくてね、元になった僕の心が色々詮索されると恥ずかしいってことでね……」
何だろう。デジャヴがある。
あとルークとは仲良く出来そうな気がする。
「これこれ、あまり自分のマスターを困らせるものではないぞバビ」
「お前が言うな」
◇
ルーク達はあそこで狩りを切り上げる予定だったらしいので、俺達は一緒に王都に戻った。
それから折角なのでとルークとバビの二人も誘い、スイーツタイムに突入した。
そこには……。
「桃のおいしい季節になったのぅ」
生まれて初めてピーチタルトを食べているのに、分かったようなことを言いながら速攻で十七皿目に突入するネメシスと、
「甘いものにはやっぱりこれだよねー」
ストロベリーパフェに“チリソース”をかけるバビの姿があった。
「……いや、チリソースはねーよ」
「僕もそう思います……。でもネメシスさんの食べるスピードも、その……」
「ああ、そっちもわかってる……」
しかし不思議だ。
ネメシスにしてもバビにしても生後一日のはずだが、旬や好みの調味料を気にするくらいしっかりと知識を持っている。
昨日は人型であっても人間ではない、と言っていたがそれにしたって……。
「打ち明ければ、我々<エンブリオ>は誕生前に<マスター>の記憶域を使わせてもらっておるからのぅ。この世界のことはこの世界のシステムから、世の事柄は<マスター>から得ておる」
ああ、桃の旬とかはそれで知っているのか。
「つまり、<エンブリオ>は<マスター>のことなら何でも知っているということだのぅ」
「俺の好みのタイプは?」
「ずばり私だ!」
「不正解」
「何でじゃ!?」
まぁ、何でもではなく一般常識を得ている、というところか。
「それにしてもどうしてバビはこんな冒涜的な食べ方を……」
「冒涜的だからではないかのぅ。名前がバビロンであろう?」
大淫婦バビロン。
黙示録に登場する女性で七つ首の獣に跨って堕落と姦淫の穢れを振りまき、殉教者の大敵であるとされる。
このバビが名前と同じかは分からないが、うちのネメシスもギリシア神話の復讐だか天罰の女神の名前でスキルがカウンターだしな。
やはり<エンブリオ>の名前は能力を表しているのかもしれない。
「ところでバビよ、淫魔のそなたに尋ねるが、男が堪らなくなる“せくしぃあぴぃる”はどんなものがあるかのぅ」
おい、何を聞いている黒いの。
「いっぱいあるよぉ」
いっぱいあるのか。
あ、横でルークがむせてる。
「ほほう、ご教授願おうか」
「あのねぇ、肩たたきとー、腰踏みとー、一番スゴイのはひざまくらと耳かきのセット! セクシーでしょ!」
「「……ん?」」
せくしぃ?
普通にマッサージの範囲じゃないか? えっちぃ意味も無く。
「そうではなくてだな、もっとこう、いかにも大淫婦的なエピソードを」
「どんなの?」
「い、いや、私に聞かれても……」
尋ねられて逆に慌てるくらいなら聞くなよ黒いの。
「その、僕が未成年なのでバビもそれに合わせているみたいです……」
むせりから復活したルークがそんなことを言ったので納得した。
「あー、年齢制限か」
アルコールやタバコと同じ。
未成年だと淫魔のセクシーさもお父さんをマッサージする女の子の微笑ましさレベルに収まるようだ。
後日知ったことだが、ある難関ダンジョン<淫魔の宮>は未成年かそうでないかで攻略難易度が桁違いらしい。
成年がダンジョンに入ると美男美女の淫魔が魅力的に迫ってきてこっちが狼狽しているうちに、HPMPSPを全てドレインされて殺されるそうだ。
未成年の場合はセクシーアピール抜きで攻撃してくるんだとか。
本当に<Infinite Dendrogram>はいかがわしいか健全かの判断に困る。
To be continued
次回投稿は明日の9:00です。
<エンブリオ>の孵化と進化は個々人のパーソナルによって無限のパターンを持つので、人によっては変なのが出てくることもあります。
それと重要でない設定ですが、「人に近い形の<エンブリオ>は食事の内容がどこかおかしい」というものがあります。重要でないので心の隅にも置かなくていいかもしれません。




