エピローグ 友達
(=ↀωↀ=)<今年最後の投稿だよー
( ̄(エ) ̄)<ジャストで終わったクマー
□【闘士】フィガロ
僕の振るった【ブレイズアックス】は、狙い過たず、【クローザー】の首を切り落とした。
過去に経験がないほどの威力を発揮した一撃は、強靭であるはずの【クローザー】の肉と骨を、完全に断ち切っていた。
そうして、【クローザー】の首が地に落ちると同時に、三種の砕ける音が聞こえた。
一つは、【ブレイズアックス】。
元々中古の武器だったけれど、この一撃の過負荷によって砕けてしまった。
二つ目は、僕の骨。
ああ、うん。
高い場所から高速で地面に落下した衝撃で、着地した手足の骨が砕けた。
多分だけど、肋骨も駄目みたい。
ただ、まぁ、あれしかなかったのだから仕方ない。
最後の一つは、空。
仰向けに倒れている僕の視界の中では、いくつもの光が散っていた。
そう、陥穽の中、空中に無数にあった棒状の結界が、全て砕け散っていた。
そして、それはこの山を覆っていたという結界も同じなのだろう。
穴の縁の向こう、空に掛かっていた透明な何かも砕け散っている。
全ての結界はまるで硝子が砕けるように、粉々になって、輝きながら降り注ぎ、消えていく。
堅牢であったはずの結界のはかない消滅が、闘いの終わりを告げていた。
命懸けで……それでいて心躍る闘いの終わりを。
『……見事』
不意に、声が聞こえた。
地面に倒れたままそちらを見ると、首だけになった【クローザー】が言葉を発していた。
「……驚いた。首を切られても喋れるなんて」
これで死なないのなら、僕にはもう打つ手はないのだけれど。
『ハハハ……、安心しろ。数分もせぬうちに、我は死ぬ』
死ぬ、と。
自身の終わりを口にしながら、【クローザー】の声音は晴れやかだった。
『礼を言う、好敵手よ』
「首を切り落とされたのに、御礼を? 僕は、貴方を殺したのに?」
『左様。寿命ならあと数百年はあっただろうが、これで良いのだ』
【クローザー】は頷こうとしたようだが、首一つであるためそれも出来ない様子だった。
『数百年、何もないまま過ごすよりも、生涯最高の好敵手との闘争の末に果てる方が、我には余程良い』
「生涯最高、ですか」
『最強はかつての【龍帝】だが、な。しかし、お互いに限界まで力を出し尽くして戦えた。それを思えば……やはり御主が最高の好敵手であったよ』
しみじみとそう言って……【クローザー】は目を閉じる。
あるいは、もう見えていなかったのかもしれない。
『満足だ。御主と戦えた、それだけでこの六百年は無駄ではなかった』
その言葉には、万感の思いが込められているように感じられた。
言葉の通り、【クローザー】はきっと、今の闘いに心から満足しているのだろう。
ただ、僕には一つだけ、気になっていたことがある。
「……どうして、あの黒い結界を使わずに戦ったんです?」
あの黒い結界か、この山を覆っていたような透明な結界。
防御に主体を置いた結界に閉じこもりながら、あの《斬撃結界》を使われていれば、恐らくは倒せなかった。
あるいはもう数時間かけて《生命の舞踏》の効果を引き上げていれば、違ったかもしれないけれど。
少なくとも、今の時点の僕ではあの黒い結界は破れなかったと思う。
『フフッ、大した、理由ではない』
少し途切れかけている言葉で、【クローザー】は僕の問いに答える。
『自分だけ、安全圏に閉じこもりながら、戦うような真似は、興醒めだ。……我の願う、闘争ではない。それに……』
そうして、【クローザー】は少しだけ寂しげに笑った。
『もう……独りで、閉じこもるのは御免だ』
遥か昔から、世界の全てと珠越しにしか触れ合えなかった虎は、その言葉にどんな思いを込めたのだろう。
僕には分かるようで、分からなかった。
『……そろそろ、限界のよう、だ。我は……逝く』
命が尽きかけているのか、声が掠れている。
『我の、力は……御主に、残そう。我も、宝物獣の……一体、そういう仕組みで、あろ、うから、な……』
宝物獣――<UBM>は、倒した人に合わせた武具やアイテムを遺すと、ドリルモーさんが言っていた。
【クローザー】が今言っていることは、それなのだろう。
【クローザー】は再び目を開き、光を失いかけた目でどこかを――僕を見つめている。
『超えていけ、どこまでも。御主にはきっと、まだまだ……先がある』
その言葉は、
『果て無き、闘いに心躍らせ……己の、生命を……燃やせ……』
僕と似た願いを抱いた先達が、僕へと遺す言葉だった。
『……ああ……そうだ』
【クローザー】は思い出したように、こう問いかけてきた。
『名を……聞かせてくれ……』
「ヴィン……」
一瞬、自分のリアルでの名前を答えようとした。
けれど違う。
彼と戦い、彼を殺し、彼から残されようとしている僕の名前は、それではない。
「僕はフィガロ。【闘士】のフィガロだ」
僕はフィガロとして、彼を倒した【闘士】として、彼に名乗った。
『さらばだ、フィガロ……、わが生涯……最高最後の……好敵手よ……』
そうして……【クローザー】は光の塵になった。
【<UBM>【絶界虎 クローザー】が討伐されました】
【MVPを選出します】
【【フィガロ】がMVPに選出されました】
【【フィガロ】にMVP特典【絶界布 クローザー】を贈与します】
そんなアナウンスの後……“蒼いロングコート”が僕の前に現れた。
折れた手足で苦労して起き上がり、そのロングコートを手に取る。
滑らかな手触りで、それでいて限りない力強さを感じる毛皮製のロングコート。まるであの【クローザー】そのもののようだ。
ウィンドウで確認すれば……そこには確かに【絶界布 クローザー】という名前が表示されている。
<伝説級武具>、とも書かれている。
「……“虎は死して皮を留め人は死して名を残す”」
そんな、東洋のことわざを思い出す。
虎は死んで美しい毛皮を残すが、人は生き方で名を残さねばならない、という意味合いの言葉だったはずだ。
「…………」
僕は、彼と同じ色の蒼いロングコートを肩に羽織った。
彼は僕に思いと言葉と、この毛皮を遺した。
「それなら僕は、どんな生き方を遺せるのだろう……」
あちらでは何も遺せないだろう僕は……こちらでは何を遺せるのだろう、と。
そんなことに思いを馳せながら、僕もまた限界を迎えて……ゆっくりと意識を失った。
◇◇◇
「フィガ公も、勝ったみたいだな」
山を覆っていた半透明の結界が砕け散るのを確認して、シュウはそう呟いた。
【フェイウル】との戦いが決着してから十分以上経っている。
それでも、シュウはフィガロの応援には向かわなかった。
無粋……が理由ではない。
自分が姿を現すことで、フィガロの動きを妨げたくはなかったこと。
何より……フィガロならば勝てると確信しての待機だった。
「残念ね。あちらも残っていたら、アナタをもう一度テストできたのに」
唐突に、そんな声が空間に木霊した。
それはあどけないようで、同時に蠱惑的で、何よりひどく不気味な声音だった。
シュウは振り返り、空間の一点……音の最初の出所を見やる。
すると空間が歪み、そこから奇妙なものが現れた。
卵に似た楕円の薄い膜に覆われた生き物。
中にいるのは、人間の少女に似ている。
見ようによっては、御簾の中の貴人、あるいはヴェールをかけた花嫁にも見えるだろう。
シュウはそれを知っている。
初めて<Infinite Dendrogram>に足を踏み入れたときに、名乗られ、会話をしているのだから。
そう、彼女の名前は……。
「……一週間ぶりだな、ハンプティ」
「ええ、お久しぶりね。シュウ」
管理AI二号、ハンプティダンプティ。
<Infinite Dendrogram>を運営する管理AIの一体であり、<エンブリオ>を管理するもの。
シュウのチュートリアルの担当であり……シュウがこの山に入った原因でもあった。
そう、シュウはハンプティの誘導でこの山に入っている。
その理由は……。
「お前、この山に来れば“俺のアバターのキャラメイクをやり直せるかもしれない”、とか言っていたはずだが」
そう、それこそシュウがこの山を訪れた理由。
シュウのアバターの顔は、リアルのシュウ……椋鳥修一の顔と同じだ。
キャラメイク時の“手違い”によって、リアルの顔のままスタートしてしまったのだ。
それを隠すために、シュウは普段から着ぐるみを着用している。
ゆえに「それをやり直せるならば」とシュウは一週間前にこの山に入ったのだ。
「ああ、あれね。嘘ではないのよ? ほら、【フェイウル】を倒したときに特典が手に入ったでしょう? MVP特典はオンリーワンのアイテムよ。“ひょっとしたら”キャラメイクをやり直す効果を発揮するアイテムが手に入るかもしれないじゃない」
“ひょっとしたら”、という言葉には奇妙なイントネーションが掛かっていた。
そう、まるで「可能性は0ではない。1%もないけれど」という言葉を言外に含めた風に。
シュウは、自分が運営の側に立つ眼前の女に謀られたらしいと確信した。元から薄々は察していたが。
「なぜこんな真似をした?」
「チュートリアルでも言ったけれど、私はアナタを見込んでいるわ。アナタのようなハイエンド……莫大な才能を抱えた人は稀だもの」
ハイエンド、という単語としては聞き慣れない言葉にシュウは眉を顰める。
「アナタならば、と期待は出来る。けれど、私の眼鏡が正しいかの客観的確認はまだ出来ていない」
ハンプティは「だから」と言葉を繋げる。
「今回の件はアナタへの最初のテストだったのよ。将来的に<超級>……いえ、“その先”にも辿りつくかもしれないアナタへの、ね」
<超級>……この時点ではまだプレイヤーの誰一人として到達していない、<超級エンブリオ>の<マスター>の代名詞を彼女は口にした。
そして、その先、とも。
「…………」
どうやら自分が何かの企てに巻き込まれていることを、シュウは自覚した。
「ああ、不安に思うかもしれないけれど、一つだけ保障するわ。アナタのリアルとアナタ自身の生命に一切の危険はないわ。ええ、<マスター>の生命は間違いなく保障する。私達の名誉にかけて、ね」
「……ふむ」
ハンプティの述べた言葉の意味を、その裏に何があるのかを、シュウは察しようとした。
現段階では推測できることは多くないが、一つ分かったことがある。
どうやら……ハンプティは本当に<マスター>のリアルは気遣っているらしいということだ。
「何かの実験にでも巻き込まれているかと思ったんだが、な」
「……全面的な否定はできないけれど、リアルのアナタからすれば本当に“遊戯”よ、ここはね。もちろん死亡遊戯なんてオチでもない」
その言葉に、嘘はなさそうだ、とシュウは判断する。
同時に「なら、やっぱりここでいいか」、と……彼以外の誰にも今は分からないことを考える。
ゆえに、この<Infinite Dendrogram>が何であるかについての考察はそこで一旦棚に上げた。
「……さて、どうもお前の頭の中だけで完結していることが多く、俺にはまだ察せられないこともあるが……一つ聞かせてもらおう」
シュウは次に気になっていたことを、薄々予想していたことをハンプティに尋ねる。
「今回の、虎と狼の騒動……お前が引き起こしたのか?」
「ええ。【フェイウル】をクローザーの封印された山頂に誘導したのは私よ。アナタを誘って入山させるタイミングと合わせるのは少し手間だったわ」
なるほど、とシュウは頷く。
自分の入山が一週間前、事件が起きたのも一週間前、タイミングが合いすぎているとは感じていた。
そして大方、ここがセーブポイントにされているのもハンプティの差し金だったのだろう、と。
そこまで考えて……シュウの脳裏に土竜人達の姿が思い浮かぶ。
今回の騒動に巻き込まれ、傷を負い、守り神も喪ったであろう彼らの姿を。
「……ハンプティ」
「なにかし、ら?」
それはまるでコマ落としのようだった。
いつの間にか、シュウの右手はハンプティのヴェールの内へと差し伸ばされており……ハンプティの首を掴み、締め上げていた。
「騒動に俺を巻き込むのは許す」
「許す」、と言ってから彼は首を絞める力を強める。
「だが今回のように、俺を巻き込むために騒動を起こすな」
シュウは今回の騒動に自分が巻き込まれたことには、怒りを抱いていない。
「もしもまた同じことがあれば――次はこの首を折る」
だが、その周囲で被害を被った者がいたことには、彼なりの怒りを抱いていた。
「……わかった、わ。肝に、銘じておく」
ハンプティがそう答えると、シュウは右手を離した。
解放されたハンプティは、咳き込むことすらしない。
そもそも本当に呼吸をしているのかも定かではなかった。
しかしながら……彼女に何もなかったわけではない。
彼女は口元を押さえている。
口元を押さえ……
「フフ、ハハ、アハハハハ……」
堪えきれないように、笑っていた。
「アナタ、やっぱり最高だわ、シュウ」
首を絞められる行為の何が気に入ったのか、彼女はひどく嬉しそうに、笑っている。
「やっぱり、私が賭けるのはアナタ、ね」
そんな、シュウにも聞こえない言葉を口中で発しながら。
「……【フェイウル】も虎も死んだ。俺へのテストなんていう用件も済んだだろう。さっさと仕事に戻れ、運営」
「ええ、ええ。もちろん、これでも私は管理AIの中でも忙しいもの。<マスター>が増えれば、きっともっと忙しくなるわ」
彼女の担当は<エンブリオ>。
<Infinite Dendrogram>にログインする<マスター>が増えれば増えるほど、彼女の仕事の負担は大きくなるだろう。
むしろ、今回のように大きな干渉を行えたのは、まだ<マスター>の人数が少ない時期であったからかもしれない。
ハンプティはシュウに背を向け、再び空間の歪みに消えようとして……あることを思い出した。
「そういえば、アナタが言っていた三つの仮説の三つ目って、彼に言わなかった仮説は何だったのかしら?」
「…………あの会話、モニターしてやがったのか」
しかしそれも、運営側であるハンプティならば出来るのだろうな、と納得はしていた。
面白くはなかったが。
「……答えを知っている奴に披露して笑われたくはないんだが?」
「いいじゃない。笑わないわ。そもそも……アナタが見当違いをするとも思えないけれど」
その言葉にシュウは溜息をつく。
それから、彼の考えた三つの目の仮説を口にした。
それは非常にシンプルで、ありふれて、されど真剣に言えば馬鹿にされる類の仮説だった。
それを聞いたハンプティは、
「ああ、イイ線いってるわ。この三つじゃ足りないけれど」
うんうんと、頷きながらそう言った。
「満足したわ。また会いましょう、シュウ」
そうしてハンプティは空間の歪みに消えて……あとにはシュウだけが残された。
「…………」
シュウは今しがたの、運営側……この<Infinite Dendrogram>を管理する者との対話を思い出す。
言いたいことや文句をつけたいことは山ほどある。
「また会いましょう」という言葉通りなら、きっとこれからも騒動に巻き込まれるのだろうという気がかりもある。
しかし今、最も大きな気がかりは別にある。
三つの仮説について、ハンプティは「足りない」と言った。
だが、三つの仮説のいずれに対しても――「間違い」とは言わなかった。
その意味を考えながら、シュウは土竜人達が待つ集落へと帰還していった。
◇◇◇
□【闘士】フィガロ
再び目を開けると、そこには空ではなく、見知らぬ天井があった。
それは白を基調とした清潔な一室で……僕にはとても覚えのある作りだった。
「病室?」
そう、その部屋はリアルで慣れ親しんでしまっている病室とよく似ていた。
もっとも、器具は幾分旧式、あるいはマジックアイテムで代用されているのか見覚えのないものでだったけれど。
『目が覚めたク、ワン?』
奇妙な声……というか語尾が聞こえたのでそちらを見る。
するとそこには……黒い狼の着ぐるみを着た何者かが立っていた。
「…………シュウ?」
『おお、よくわかったワン』
分かったというよりも、シュウくらいしか該当する人物がいなかったんだけどね。
「その狼の着ぐるみは」
『【ふぇいうる】ク、ワン。特典武具だワン』
……さっきから「クマ」って言いかけてるなぁ。まだ「ワン」語尾に慣れていないのだろうか。
しかし、特典武具……僕が【クローザー】に遺された【絶界布】と同じもの、か。
たしかによく見れば以前の着ぐるみとはまるで違う。
前は安っぽかったけれど、今の着ぐるみはまるで動物の毛皮そのもののような質感だ。
……これも「皮を留め」になるのかな。
「お互い、勝てたみたいだね」
『おう』
そう答えるシュウは、僕よりも元気そうだった。
「土竜人の人達は?」
『別の病室だワン。この治療院にはお前だけじゃなく、土竜人達の重傷患者も運んできたからな』
シュウの話によれば、【クローザー】との戦いで重傷を負って気絶した僕を回収した後、土竜人の人達と一緒にこの治療院のある街――ギデオンまでみんなで移動したらしい。
そうして全員の治療が行われ、重傷者全員が峠を越えて、今は各病室で安静にしているらしい。
……さすがは魔法。治るのが早いや。
ウィンドウでアナウンスのログを確認すると、気絶している間にクエストクリアのアナウンスも流れていた。
「……終わったんだね」
『ああ、お疲れ様』
シュウはそう言って、右手を軽く掲げる。
何かと思ったけれど、促されて僕も同じように右手を挙げた。
シュウは自分の右手と僕の右手を打ち合わせた。
「これって……」
『ハイタッチ。ま、お互いの健闘を讃えて、って奴さ』
『でも肉球だから音が何かモフっとしてたワン』と手のひらを見つめながら呟くシュウと、同じように手のひらを見つめる僕。
ああ、そっか。
戦いの前の、“戦友”同士の拳を打ち合わせたこともそうだけど。
こうして、お互いに頑張った後に讃えあうことも、これまで一度もなかったんだ。
仲間同士で……こうして。
『フィガ公?』
「……あ、うん。大丈夫」
なんだろう。
【クローザー】との生命を燃やす戦いで心躍らせたときもそうだったけれど……今もどうしてか、とても嬉しい。
◇
「おお、お目覚めになりましたかモグ」
シュウと話していると、病室の扉からドリルモーさんが現れた。
そこからは今回の顛末や今後の相談だ。
まず、ドリルモーさん達は住居をこのギデオンに移し、山には仕事で行くだけになるらしい。
もう【クローザー】の珠はなく、今回のように突如として強力なモンスターが襲来するケースもあって危険だから、という判断だ。
これについて彼らはギデオンの街に受け入れられるか不安がっていたらしいけれど、ギデオンの領主であるギデオン伯爵は彼らを快く受け入れた。
元々石油や鉱石の取引で縁のある土竜人であり、問題はないと判断されたようだ。
次に彼らの依頼を達成した僕達への報酬。
これは彼らが掘り出した貴重な鉱石の詰め合わせだった。
市場に適正価格で販売すれば相当な金額になるらしかった。
正直これは助かった。
今回の一件で【ブレイズアックス】をはじめとして、武器が幾つも壊れてしまっている。
新しい武器を補充するにも先立つものが必要だったからだ。
シュウの方も『ヒャッハー! ハンマーの新調クマー!』と言っていた。語尾がクマに戻っているよ。
最後に、【クローザー】についてだ。
僕が手に入れた【絶界布 クローザー】。
これは彼らの守り神であった【クローザー】がこの世に遺したものだ。
これについてドリルモーさんは、
「私からもお頼みします。どうか、【クローザー】に世界を見せてあげてくださいモグ」
そう言った。
「思えば、我ら土竜人は長く【クローザー】を縛っていました。神として祀り上げていましたが、それを【クローザー】は望んでいなかった……だから今回のことが起きたのかもしれませぬモグ」
その言葉に、シュウは何かを言おうとしたようだけれど……何も言わなかった。
「だからせめて、【クローザー】が遺したそれに、六百年に渡り私たちが縛りつけてしまった【クローザー】の代わりに……この広い世界を見せてあげて欲しいのですモグ」
「……わかりました」
そうして、僕達とドリルモーさんの話は終わった。
僕は【骨折】だけだったので魔法で既に完治しており、すぐに退院できた。
退院する折、院内の土竜人の人達が集まって僕らを見送ってくれた。
その中には、あのお守りをくれた女の子もいた。
彼女の隣には、兄なのだろう土竜人の姿もあった。
僕はそれを見て、「良かった」と心から思った。
そうして、彼らと笑顔で別れて……僕は初めてクエストを成功させたのだと実感した。
◇
初めて歩くギデオンの街並みは、とても活気に溢れていた。
シュウと二人で目指すのは、ギデオンの中央広場。そこがこのギデオンのセーブポイントの一つらしい。
ただ、中央広場に到着したとき、そこにあるものに驚いてしまった。
「大きい闘技場だね……」
そこにあったのは、ローマのコロッセオを思わせる巨大な闘技場。恐らく、元のコロッセオよりも大きい。
『ギデオンの中央大闘技場だワン。西方三国の闘技場で一番大きいワン』
「そうみたいだね」
霊都にあった闘技場よりも、幾分大きいように見える。
そして、あの闘技場から伝わってくる熱気も……より熱量を孕んでいる。
「いつか、あんな闘技場で試合をしてみたいな」
『すりゃあいいさ。お前ならそのうちあそこでメインだって張れるだろうよ』
「できる、かな?」
『ああ、お前ならできるさ』
そんな会話を交わしながら、僕とシュウはセーブポイントの更新を行った。
これで、あの山中に引き戻されることはなくなった。
『フィガ公はこれからどうするワン? 観光なら案内するワン』
「……ううん。そろそろログアウトしないと」
ウィンドウでリアルの時間を確認すると、そろそろ夕食の時間だ。
ログアウトしないと、キースや使用人の人達が心配するだろう。
病気の身でこれまでも心配をかけさせてきたからね。
『そっか』
「うん。だから……」
「だからシュウとはこれでお別れだね」、そう言おうとした僕に、
『じゃあ俺の連絡先教えておくワン。観光はまた今度ワン』
「……え?」
『これ俺の連絡先ワン』
シュウはそう言って、何事かが書かれたメモを僕に手渡す。
「これって……」
『リアルの俺のメールアドレス、何か用事があったらそれでメールくれワン』
自分のリアルでの連絡先を、僕に教えた。
それほどに、シュウは僕を信頼してくれているらしかった。
僕を、信頼できる仲間として見てくれている。
だけど……。
「……ありがとう。でも、シュウ。僕は前にも言ったように、パーティでの戦闘ができない」
『? 知ってるワン』
「戦友になっても、一緒に戦うことはこれからも出来ないかもしれないけど……いいの?」
僕がそう言うと、シュウは着ぐるみの肉球でポフンと僕の額を叩いた。
『何言ってんだ。友達ってのは戦友だけじゃないし、必ずしも一緒に頑張らなきゃいけない間柄でもないんだぜ?』
シュウがそう言うと、市販のものより表情豊かなその着ぐるみが……笑顔になる。
『友達は、お互いに相手と友達でいたいと思っていたら友達なんだよ。フィガ公は違うか?』
「……友達」
お互いに相手と友達でいたいと思う間柄。
ああ、それは……。
心躍らせることと同じくらい……リアルの僕にはなかったものだ。
「違わない……、違わないよ」
『そっか。それじゃついでにフレンド登録もしとくか。登録してもいいか?』
「……うん」
そう答えるとシュウがウィンドウを操作して、僕の前にもウィンドウが表示される。
【シュウ・スターリングをフレンドとして承認しますか?】
僕はそのウィンドウの、【YES】を押下した。
そうして、僕とシュウは友達になった。
「……それじゃあ、僕はこれでログアウトするよ」
『おう』
シュウはそこでまた笑って、
『またな、フィガ公』
僕に、そう言ってくれた。
「うん、またね。シュウ」
そうして、僕は<Infinite Dendrogram>からログアウトした。
◇
ログアウトしてリアルに戻った途端、体が重く感じる。
けれど、心は今までの生涯で一番……軽い。
「兄さーん、そろそろ夕食だよ……って起きてるね」
丁度キースが僕を呼びに来たところだった。
うん、やっぱりこのくらいの時間だよね。
「どうしたの、兄さん?」
「え?」
僕を呼びに来たキースは、僕の顔を見るなりそう言った。
「いや、珍しいくらい嬉しそうな顔してたから」
そっか。
シュウにも言われたけど、僕って笑っても自分で気づきづらいのかも。
うん、きっと今の僕は、嬉しくて、笑っているのだろう。
「何かいいことでもあったの?」
そう尋ねられて、僕は迷いなく答えられる。
「うん……初めて、友達が出来たよ」
心から嬉しかったことを……。
◇◇◇
この後、フィガロはレジェンダリアからアルター王国に移籍する。
様々な戦いを重ねた彼は闘士系統超級職【超闘士】を継ぎ、彼の<エンブリオ>も<超級エンブリオ>に進化し……彼は<超級>に至った。
そして、彼が<Infinite Dendrogram>を始めてから、<Infinite Dendrogram>の時間で三年半後。
彼は王国を蹂躙せんとした三つ首の大魔竜、<SUBM>【三極竜 グローリア】討伐戦に参加する。
討伐戦に参加したのは王国にいた三人の<超級>。
【超闘士】フィガロ。
【女教皇】扶桑月夜。
そして、【破壊王】シュウ・スターリング。
三人の<超級>による共同戦線。
しかしその当時でも、フィガロのパーティを組めないという障害は残っていた。
ゆえに彼は……先陣を切ってただ独りで【グローリア】との闘いに挑んだ。
それは無謀であっただろう。
人から観れば、愚かとも言えるだろう。
けれど違う。
彼は友と共に戦っていた。
自分の後を任せられる友……シュウと共に。
死闘の果て、彼は独力で【グローリア】の三つの首の一本を切り落とす。
それは相討ちの形であったが、彼は<超級>をも上回っていた【グローリア】の力を大きく削いだ。
そして彼が倒れ、扶桑月夜と彼女のクランも首の一つと引き換えに倒れた後、シュウが残っていた最後の首を討ち果たし、【グローリア】にトドメを刺した。
そう、フィガロとシュウはその闘いにおいて変則的ながら共に闘い……力を合わせて【グローリア】を討伐していた。
それがフィガロとシュウの初めての共同戦果だった。
◇
“虎は死して皮を留め人は死して名を残す”のことわざではないが、【グローリア】の討伐後に彼らはこう呼ばれることとなる。
三つの首を落としたもの。
【三極竜】を超えたもの。
アルター王国の三つの頂点に立つもの。
<アルター王国三巨頭>、と。
End
(=ↀωↀ=)<皆様、2015年は<Infinite Dendrogram>をご愛読いただき、ありがとうございました
(=ↀωↀ=)<不安もありながら投稿した本作ですが、幸いなことに好評をいただき
(=ↀωↀ=)<皆様の応援のお陰で、無事に2015年の投稿を終えることが出来ました
( ̄(エ) ̄)<連続投稿はここで一旦途切れますが
( ̄(エ) ̄)<書き溜めの後、第四章【第三の力(仮題)】を投稿いたしますクマ
( ̄(エ) ̄)<作者が色々立て込んでおりますのでお時間を頂くかもしれませんが
( ̄(エ) ̄)<それでもお待ちいただけたら幸いですクマ
(=ↀωↀ=)<それでは読者の皆様への感謝と共に、2015年の投稿を締めさせていただきます
(=ↀωↀ=)( ̄(エ) ̄)<<来年も<Infinite Dendrogram>をよろしくお願いいたします
皆様、本当にありがとうございました!
○蛇足余談
(=ↀωↀ=)<ところでエピローグの最後、完全に扶桑月夜がおまけ虫なんだけど……
( ̄(エ) ̄)<俺とフィガ公は、友達だけどあいつは友達じゃないクマ
(=ↀωↀ=)<そんな小学生みたいな……
(=`ω´=)<別にええよー。第四章はクマやんの出番なくてうちの出番沢山やもん
( ̄(エ) ̄)<!?
(=ↀωↀ=)<あとがきでフライングしてきた!?
(=`ω´=)<それでは読者の皆々様、次は第四章でな~
( ̄(エ) ̄)<着ぐるみキャラでもないのにアニマル顔文字使うなクマ!
(=`ω´=)<これはクマやんが散々雌狐言ってきた反動やえ?
(=ↀωↀ=)<……何にしてもアニマルなんだね、顔文字
フィガロ「……ライオンっぽい顔文字が見当たらなくて参加できないや」