第七話 マッチメイク
□【闘士】フィガロ
『さて、やると決まればどう戦うかが問題になるわけだが』
僕とシュウの二人で二体の<UBM>との戦いを決意した後、シュウはそう切り出した。
「…………」
普通に考えればベストは2VS1VS1の状況に持ち込むこと。
相手は互いに争っていて、こちらは二人だ。
けれど……それには一つ問題がある。
それは僕だ。
仲間が……シュウがいる状況では僕が動けなくなる。
あのとき、最初で最後のパーティを組んだときに発露したあの弱点は、当然まだ治っていない。
僕が自分の持つ欠点を、シュウにどう切り出そうかと悩んでいると……。
『あの二匹を分断して一人一殺。頑張ってタイマン勝ちするクマー』
「……え?」
そんな、予想外の献策がシュウからなされた。
「シュウ、どうして……」
『だってフィガ公、連携とか多人数行動苦手だろ?』
心臓が、決して弱ることのないはずの<エンブリオ>の心臓がドキリとした。
「どうして、それを?」
『ん? そりゃ俺が飛び出したときの【影狼】との戦闘と、一人で結界攻撃してるときで根本的に動きが違うじゃん。そりゃわかるクマー』
「…………」
僕は体を動かすことにかけては素人だけれど……さすがにそれが普通ではないことくらいは理解できる。
ただ、わかってくれているお陰で僕も切り出しやすくなった。
「実は……」
僕は、シュウに僕のリアルでの事情を話した。
真実だけれど信じてもらえるかはわからない。
ひょっとするとネットに書き込んだときのように嘘をつくなと言われるかもしれなかった。
けれど、僕のことを何も言わぬまま理解してくれている戦友に、何も伝えずに戦いの場には赴けない。
そう思って……包み隠さず話した。
「だから……僕はパーティでの戦闘が上手くない。確実に君の足手まといになる」
『ふむ。変な逸材もいたもんクマ』
「え?」
シュウは、どうしてかあの熟練闘士の人と同じ言葉で……「逸材」という言葉で僕を評した。
まさか知り合いでもないだろうに。
偶然言葉がかぶったのだろうけど……もしかしたら連携が取れない人のことを「逸材」と評する風習でもあるのかもしれない。
まぁ、それは、今はいい。
「僕は、独りでしか戦えない。だから……」
僕は言葉を切って、決意を込めて宣言する。
「僕は、独りで虎と戦う。シュウは狼を相手にして欲しい」
どうして虎を選択したのかは、自分でもはっきりしない。
ただ、あの二匹のどちらと戦うかと問われれば、虎以外に答えはないと思った。
『オッケークマー』
僕の宣言にシュウはなんでもないように応えてから、
『俺も狼の方とやりたかったしな』
そう、一言付け加えた。
あの狼とシュウの間には、何かあるのだろうか?
何にしろ、こうしてお互いが一体ずつ……あの強大なモンスターを相手取ることが決定した。
「でも、どうやって分断するんだい? それに、あの結界の中の二匹にどうやって手出しをする?」
あの黒い結界がある限り、僕らは手が出せない。
あの結界の強度は高く、僕達の攻撃を阻んでしまうのだから。
でも、ひょっとするとあの結界……。
『それに関しては俺にいい考えがあるクマー』
僕が結界について考えていると、シュウはそう言って……ドリルモーさん達に振り返った。
そして、こう切り出した。
『縦横三〇〇メートルで高さは五〇メートル程度の空洞って、どのくらいで掘れる?』
◆◆◆
■<サウダ山道・???>山頂
山頂の黒い結界の中で、虎と狼は――【クローザー】と【フェイウル】は争い続けていた。
戦いの始まりに理由はさほどない。
謎の存在に誘われてこの山を訪れた【フェイウル】は自分の同類――<UBM>である【クローザー】と出会った。
出会ったそれは決して自分と同種ではない。
仲間になれる存在ではない。
しかし、自分と競える存在だった。
<UBM>となった【フェイウル】にとって、周辺のあらゆるモンスターも、【フェイウル】にとっての異形である<マスター>も、比較対象として弱すぎた。
それは仲間がいないことで孤独となった【フェイウル】に、世界からも取り残されていくような更なる孤独感を与えていた。
だが、ここで出会った【クローザー】は違う。
争い、殺し合えるだけの力を持っている。
同格の存在と殺しあっている間、【フェイウル】は十二分に孤独を紛らわせることができた。
【フェイウル】が争う理由はそんなもの。
そして、対する【クローザー】に、争う理由は然程ない。
いや少し違う。
【クローザー】は……戦えれば何でもよかった。
ゆえに両者は、ただ殺し合うだけで目的が合致していた。
そうして【クローザー】が解放された直後から一週間、途切れることなく続く戦い。
並の生命であればとうに疲労し、命尽き果てていただろうが……両者は互いに<UBM>。
超常の力と生命を有する、この<Infinite Dendrogram>における生態系の上位に位置するもの。
一週間どころか、さらに倍の時間は争い続けられるだろう。
この戦いがここまで長引いたのは両者の生命力以外にも理由がある。
それは、この二体のどちらも攻めより守りに重点を置いた力を有しているということ。
【クローザー】の結界は言わずもがな。
【フェイウル】にしても、攻撃の中心はあくまで影狼であり、本体はさほどの傷を負っていない。
ゆえに両者の戦いは異例とも言える長期戦の様相を呈していたが――そこに変化が起きた。
『……!』
『ッ』
両者が何かを感じ取った瞬間……地面が崩落した。
それは直接彼らが踏みしめた地面ではない。
地中にまで達する黒い結界、それの真下の地面が崩落したのだ。
巨大な落とし穴の如く――山頂が陥没した。
彼らのバトルフィールドだった黒い結界ごと、まるで落とし穴に落ちたかのようだった。
落下の最中に【クローザー】は黒い結界を解いていた。
これを引き起こした何者かの姿を確認しようとした。
なぜなら、【クローザー】にはこれが出来る者達に心当たりがあったからだ。
土を動かすことに長け……長きに渡り【クローザー】を奉じてきた者達に。
そうして【クローザー】が結界を解いた直後、
『イヨッシャアアアアア!!』
【フェイウル】に対して――ガトリング砲が火を吹いた。
それは、落とし穴――沈降した地面の側面に掘られた横穴から放たれている。
撃っているのはもちろん――クマの着ぐるみの男、【壊屋】シュウ・スターリングだ。
彼は自身のバルドルの第二形態であるガトリング砲を思う存分【フェイウル】に当てている。
『…………』
しかして、その攻撃が【フェイウル】に効いているかと言えば話は別だ。
<UBM>として増強されたHPやENDにより、【フェイウル】は自身の体に命中するガトリング砲の銃撃にも然程の痛痒を感じていない。
むしろ、【フェイウル】はそれを成した者に気を取られた。
クマのようでクマでなく、背中に火器を背負ったモノ。
それは正しく、【フェイウル】の記憶にある存在であり……、
あの日、【フェイウル】が仲間を失った日に見たモノと同じだった。
『VOWWWWWW!!』
そうと認識した瞬間、【フェイウル】は激発する感情に突き動かされ、シュウのいる横穴に飛び込んだ。
シュウは既に横穴の奥に走り去っているが、【フェイウル】もそれを追いかける。
【フェイウル】の巨体さえも辛うじて通れるように作られた横穴だったため、【フェイウル】はそのまま突き進んだ。
ただ、感情に突き動かされるままに、突撃する。
クマ――シュウ・スターリングが組み立てた戦地へと。
◇◇◇
□山頂陥没の三時間前 【闘士】フィガロ
『縦横三〇〇メートルで高さは五〇メートル程度の空洞って、どのくらいで掘れる?』
そう切り出したシュウに、ドリルモーさんが首を傾げた。
「メートル? それに、空洞ですモグ?」
『ああ。仮に、治療に回ってる人や子供を除いた総出で、三百メートル……あの黒い結界より少しでかいくらいの空洞を作るとしたら……どのくらいでできる?』
その質問に、僕は首を傾げて……思い出した。
『たしか、土竜人族は土を動かすのが得意なんだろう?』
そう、たしかにこの集落に入ったときにそう説明を受けていた。
彼らは土を動かす魔法に長け、それで鉱石や石油を掘って生活しているのだと。
「あの結界より少し大きい、ですかモグ? ……そうですな、戦士や若い衆は足りませぬが、それでも一時間もあればできますモグ」
『土竜人すげークマー』
うん、僕も同じ感想だ。
それだけの空洞を一時間……地球の土木工事会社も真っ青だ。
「ですが、空洞を作るだけで、土の補強などにはもう少し時間がかかりますモグ」
『なるほど補強か、それもいるかもな。……ま、何にしても空洞と……トンネルさえ作れればそれでいいが』
空洞と、トンネル?
シュウはそう言って、集会場の壁に向かう。
『ちょっとここに書いていいクマ? 水性だから後で落ちると思うクマ』
「え、ええ。構いませんモグが……」
シュウはその答えを聞くと、アイテムボックスから取り出したペンで壁に何かを書き始めた。
それは、多分山の絵で、山頂に描かれた半球は多分あの結界で、中にいる何匹か分からない謎の生物は多分虎と狼だと思う。自信はない。
「……シュウ」
君……絵は下手だったんだね……。
『何を言いたいかは百も承知だが今は説明に専念させて欲しいクマー』
あ、自覚していた。
『ま、話はシンプルだ。まずここに空洞を空ける』
シュウが示したのは、あの結界の真下。
え、まさかシンプルって……。
『で、あの結界よりもでかい穴掘って……“結界ごと連中をこの空洞に叩き落とす”』
うん……シンプルすぎるほどシンプルだ。
「……穴を開けても結界ごとそのまま浮かんでいたりしないかな?」
『連中の戦闘見ただろ? 虎が展開した結界に【影狼】がぶつかったとき、揺れてんだよ。あれにはそこまで空間で位置エネルギーを保持する力はない。虎にしても、あの黒い結界や山を包む結界は地面に接しているしな。まず間違いないだろ』
……あの映像からそこまで読み取っていたのかい?
見た目もそうだけど常人離れしているよね、シュウ。
『落っことしたらもう簡単だ。落っこちた理由を知りたがって向こうから結界を解く。解かなけりゃそのまま土で結界ごと生き埋めにする。あの結界の欠点からすれば、それでもある程度はいける』
結界の欠点、そんなものがあるの?
あるとしても、それをどうしてシュウが知っているのだろう?
『ま、ここでは解いたプランでいくクマ。予め結界を解いたときの地面の高さの位置くらいにトンネルを二つと追加の空洞を掘っておくクマ。俺とフィガ公は予めそこで待機するクマ。……まぁ、もっと穴を深くして延々と高所から撃ってもいいんだが、そっちは多分対応されるし、あまり深く掘ると地盤がおっかないことになるクマ』
うん、この山の中に大きすぎる空洞を作ると、あとから土竜人族の人達の集落の空洞にも悪影響出そうだしね。地滑りとか。
でも、このサイズの空洞を空けるだけでも問題がありそうだけれど……土竜人族の人達は問題なさそうだ。余ほど土を扱うことに長けているのだろう。
『それから、結界が解けたら俺が狼にちょっかい出してトンネルの向こうの空洞に誘導するクマ』
「誘導、されるかな?」
『されるさ。虎はともかく、狼なら誘導される理由が二つほどある。数百年も珠の中で生きてきた虎と比べて狼は若い。加えて推測があってれば……俺を無視しない』
シュウを、無視しない?
それに狼の<UBM>の年齢なんて、どうしてわかるのだろう?
『つーわけで、狼は俺が連れて行くからフィガ公は残った虎とタイマンクマー。正直それに関しては何の策も浮かばん。自力で何とかしてくれ』
「分かった」
僕の方も、自力……いや、地力を上げる術がないでもない。
僕は、右手の甲の【ジュエル】をそっと撫でる。
……あまり、見栄えのいいやり方ではないけれど。
「まぁ、見栄えなんて……大して意味があることでもないね」
僕はある方向――僕にお守りを渡した女の子の方を見る。
……生きることに比べれば、見栄えには意味なんてない。
考えるまでもない話さ。
『よーし! 早速準備開始クマー! あ、そうだドリルモーさん、ついでに用意してもらいたいものが……』
◇◆◇
□■<サウダ山道・???>山頂崩落現場
『…………』
突然の崩落。
そして、殺しあっていた相手の突然の離脱。
己の身を十全に振るうことこそを目的としていた【クローザー】にとって、それは如何にも水を差された気分だった。
【フェイウル】を追おうにも、横穴はフェイウルが入っていった時点で既に閉ざされている。
戦う相手を横取りされた形だった。
それを【クローザー】が不満に思っていると、再び陥穽の中に横穴が開く。
それは先ほどとは真逆の位置。
現れたのは当然【フェイウル】でも、【フェイウル】が追ったクマでもなく……。
「失礼。決闘の邪魔をしたのは謝ります」
両手に長い剣を握った若い人間――【闘士】フィガロだった。
「ですが今は、僕と死合っていただきたい。古き伝説の虎よ」
そう言って、フィガロは剣を構える。
【クローザー】はそんなフィガロを睥睨し、
『数百年ぶりの闘争の代役だ。容易く死んではくれるなよ』
人語を解し、フィガロに言い放った。
そうして牙を剥き、爪を土に食い込ませる。
周囲には棒状の結界が無数に浮かぶ。
「……なるほど」
その様を見て、フィガロは理解する。
なぜ青一色の毛皮をした【クローザー】が虎と呼ばれているのか、その理由。
それは、周囲に展開した無数の棒状の結界こそが……【クローザー】の縞模様。
「これは、“ワクワクする”」
無敵の結界を身に纏う虎は――口元を緩ませた眼前のルーキーへと飛び掛った。
To be continued
次回の更新は明日の21:00です。