第一話 適職診断
第一章開始です。
□王都アルテア<天上三ツ星亭> レイ・スターリング
昨晩は諸々の話をした後は普通に飲み食いの宴会となった。
俺の倍は平らげていたネメシスと兄も途中でギブアップし、半分以上手付かずで残ったご馳走や飲み物は店にいた他の客にも振舞う流れとなった。
そのまま店全体で宴会ムードとなり、大騒ぎだった。
そうして店内を眺めていると、宴会で盛り上がる人々の誰がプレイヤーで誰がNPC……ティアンなのか傍目には判断つかなかった。
クマ兄に「いよっ、おだいじん」なんてレトロゲームのネタを言っていたのはプレイヤーだろうか。
酒杯片手に「我々は」「~である」と妙に大仰な喋り方をしているのはティアンだろうか。
<エンブリオ>の紋章の有無を除けば、そんなあいまいな区別しかつかない。プレイヤーとティアンのどちらであっても人にしか見えない。
その光景に<Infinite Dendrogram>というゲームの凄さを改めて感じると共に、何か、考えなくてはならないことが在る気がした。
気がしたのだが……。
「頭痛い……」
翌朝、頭痛に頭を悩ませる俺に哲学的な思考は無理だった。
「二日酔いかのぅ」
横で俺と同じように頭を抱えてネメシスが唸っている。
二日酔い。そう、これは二日酔いなのだ。
通常、未成年のプレイヤーは飲酒が出来ない。
しかし、昨日の宴会参加者に“水を酒っぽい飲み物に変える”という「何でそんなスキルが?」と言いたくなる固有スキルを持った<エンブリオ>の<マスター>がいたのが問題だった。
「これお酒じゃないヨー。ただのジュースヨー。飲むとフワフワするだけヨー」とその人に勧められ、美味しかったので何杯か飲んだ。
で、翌日こうなった。
「うぅ……何でこんなところまで」
状態異常欄にも【宿酔】としっかり表示されている。
昨日の【骨折】といい、どれだけの種類の状態異常を用意しているのだろう。
おまけに痛覚設定はオフのはずなのに頭がズキズキする……。
「あの飲み物はたしかに酒に近いのだろうが、本質的には毒薬じゃないかのぅ」
見れば昨日の宴会の参加者で俺達以外にもあの酒っぽい飲み物を呑んだ人は頭痛に悩まされている。
「あー、酒に偽装して状態異常を与える毒薬かー」
それならそんなスキルがある理由も納得がいくし、未成年者判定を無視して俺が飲めたのも分かる。
日本にはそんな昔話もあったし、それモチーフの<エンブリオ>なのかもしれない。
作った本人はガバガバ呑んでもケロッとしていたけれど。
「何だってこんな一服盛るような真似を……」
『レイレイさんなりの歓迎クマー』
クマ兄はコップに入った水と一緒に薬を二日酔いで苦しむプレイヤーに渡して回っている。
何だかんだでクマ兄が宴会の仕切りだったので介抱も担当しているのだろう。
「歓迎?」
『彼女は新顔には必ずあの【神毒鬼便酒(弱)】を飲ませるクマー』
「何でまた……」
『「こういう不意討ちもあるから気をつけなきゃダメヨー」って教訓を実体験付で教えているクマ』
ああ、なるほど。
道理で彼女の酒を飲まなかったプレイヤーがニヤニヤ、あるいは懐かしそうに笑いながら俺達を見ていると思った。
彼らも昔同じ歓迎を受けたのだろう。
「……いい勉強になった」
『ちなみに彼女が昨日言っていた<超級エンブリオ>を持った<マスター>の一人クマー。“酒池肉林”のレイレイとも呼ばれているクマー』
「酒池肉林……」
凄い人らしいがどういう理由でそんな二つ名が付いているのだろう。
それに<超級エンブリオ>というけど、飲み物を毒に変えるスキルってあまり強くは感じない。
他にも何かあるのだろうか?
『ちなみに前の戦争だとレイレイさんはリアル側のスケジュールの都合で参加できなかったらしいクマ』
当然と言えば当然だけど、リアルが忙しくてこっちのイベントに参加できない人もいる、か。
◇
結局午前中は二日酔いが治るまで動けなかった。
……店の人に分けてもらった【宿酔】解消のアイテム効かないんだもんな。
状態異常回復無効とか中々えげつない毒だった……。
さておき、快復したので街に買い物に向かうことにした。
「兄貴、デミドラのドロップを売って初心者用装備と【竜鱗】や【ブローチ】を仕入れたいんだけど、どこに売ってるかな?」
『え? あれを買い込むクマ?』
クマ兄は難しい顔をしている。
ダメージを受ける前提のネメシスの固有スキルからすると、【救命のブローチ】や【身代わりの竜鱗】が俺には必須かと思ったんだけど……。
『しばらくは無理だと思うクマー』
「なぜ?」
『あのアクセサリーお高いクマ。【身代わりの竜鱗】は身代わり系の最上位アクセサリーで一枚あたり三十万リル、【救命のブローチ】は五百万リルするクマー』
「なん、だと?」
日本円にして三百万円と五千万円。そんなに高級品だったのか。
しかし、考えてみれば当然か。生死を分けるレベルだもんな。
俺だってあれがなければ何度も死んでいたが……しかし高すぎる。
「……やめとく」
あと昨日バンバン壊してゴメン……。
『それがいいクマ。初心者用装備ならプレイヤーが経営する良心的な店があるクマ。ところでデミドラのドロップはもうオープンしたか?』
「オープン?」
『デミドラみたいな、所謂ボスモンスター認定されてる奴がドロップするアイテムは基本的にボックス形式クマ。中には倒したボス由来のアイテムが1つと、ボスモンスターのレベル帯に応じたアイテムがランダムに一つから五つ入っているクマ』
「へぇ」
そう言えばドロップしたのは【亜竜甲蟲の宝櫃】ってアイテムだったな。 宝櫃って宝箱って意味だったっけ。
アイテム欄で選択すると【オープンしますか?】と表示された。
「これ開けた方がいいのか?」
『んー、ハズレの可能性もあるからそのまま売ってもいい。ただ、デミドラなら結構いいもの入ってそうだから開けていいと思うぞ?』
「じゃあ、YESっと」
【【亜竜甲蟲の全身鎧・ネイティブ】を獲得しました】
【【エメンテリウム】を獲得しました】
「【全身鎧・ネイティブ】と【エメンテリウム】だってさ」
『全身鎧は当たりクマねー。装備スキルで物理ダメージを150軽減できるはずクマ』
へぇ、そりゃ凄い……のかはクマ兄の着ぐるみの後だとわからないな。
「ネイティブはどういう意味?」
『ああ、天然物の全身鎧ってことクマ。他に素材集めて防具職人が作るパターンの人工の全身鎧があるクマ。防具性能は同じだけどスキル構成がちょっと違うクマ』
……天然物の全身鎧って何だろう。
「じゃあ早速装備を……あれ、できない」
よく見ると【レベルが規定レベルに達していません】、【この装備は合計レベル150以上、ジョブレベル51以上でなければ装備できません】と表示されている。
「……しばらく使えない」
『装備できるのはまだまだ先になりそうだし売っちゃってもいいと思うぞ? 四十万リルにはなるクマ。あとエメンテリウムは換金アイテムで二万リルくらいクマ』
おお、結構いい値段だ。それでも【ブローチ】にはまるで届かないが。
「しかし、エメンテリウム……あのデミドラからの換金ドロップが二万か」
仮に今回入っていたのが兄曰く当たりの全身鎧でなく、エメンテリウムと同じくらいのデミドラ由来アイテムだったとすると合計で四万。
昨日の話で聞いたドライフの褒賞の破格具合がようやくわかってきた。
デミドラ一体倒すより兵士八人倒したほうがずっと楽だろうし。
参加者にとっては“おいしい”戦場だったのだろう。
何にしても軍資金は出来たので、装備を買いに行くか。
兄に勧められた店でレベル0でも装備できる品をいくつか見繕ってもらった。
低レベル帯で使われることの多い【ライオット】シリーズという装備らしい。見た目には軽装鎧と篭手、ズボン、ブーツのセットだ。
今回購入したものは防具職人謹製のもので、追加効果として【ライオット】の軽装鎧には《HP増加》と《ダメージ軽減》のスキルが付与されていた。
《HP増加》Lv1:
HPを200追加する。
《ダメージ軽減》Lv1:
物理ダメージを10軽減する。
うん、これは序盤助かりそうだ。
「武器はネメシスでいいし、これでレベル上げに行けるな」
「ネメシスでいいし、ではない! 「ネメシスが最高だ!」と言うべきではないのか!?」
「ねめしすがさいこうだ」
「酷い棒読みだのぅ!?」
この店でドロップの買い取りもしてもらい、得たお金は相場通りの四十二万リルだった。
ちなみに装備を一揃いと回復アイテムを買っても使ったのは二万リル程度だ。
初心者用装備だから安いのだろうけど、【全身鎧】を売った分が丸々残っている。
無理に使う必要もないので取っておこう。
よし、これでレベル上げの準備は万全だ。
『あ、ちょっと待った。レベル上げに行く前にジョブに就いたほうがいいクマ。じゃないといつまでもレベル0クマ』
「……あー」
俺、まだ無職でした。
『ジョブについてちょっと説明するクマ?』
「お願い」
兄は次のようなことを俺に教えてくれた。
<Infinite Dendrogram>のジョブは大きく分けて三種類ある。
下級職、上級職、超級職の三種だ。
この<Infinite Dendrogram>内のジョブは全てこの三種のいずれかに分類される。
下級職は無職のものがまず就くジョブで、かなり敷居が低い。レベル上限は50。
上級職は下級職で実力をつけたものが就くのを前提として、複数の転職条件が設定されているジョブ。レベル上限は100。
下級職は六つまで、上級職は二つまで同時に就くことができ、合計で500レベルが上限だ。
では残る超級職とは何か。
超級職は上級を極めた者でも成るのが困難な条件を達成しなければならない。しかも各超級職が先着一名しか就けないらしい。
そして超級職にレベル上限はない。
そう、超級職ならば500でカンストのレベルを、追加でいくらでも上げられてしまう。
バランスもあったものじゃない、とは思うが超級職もそんなに数は多くないらしい。
また、当然ながらレベルは上昇するほどに必要経験値が増大して上げづらくなるので、上限はなくともそこまで出鱈目にレベルが高い人は“あまり”いないらしい。
つまり少数は出鱈目にレベルが高いようだ。
<超級エンブリオ>といい、<Infinite Dendrogram>の運営はあえて格の違う強さを用意しているようにも思える。
なお、超級職は<超級エンブリオ>とは違い、ティアンが就いている場合もあるそうだ。
余談だが下級職と上級職はプレイヤーの国の言葉でそのまま呼んでいる。
俺達日本人ならば「かきゅうしょく」、「じょうきゅうしょく」。英語圏ならば「Minor Job」、「Major Job」という風に。
しかしなぜか超級職だけは国や文化圏を問わず「スペリオルジョブ」と固定されている。
<超級エンブリオ>と被っているあたり、運営としては「超級」の単語に深い意味を持たせているのだろうか?
ちなみに、単に<超級>と言うときは<超級エンブリオ>とその<マスター>を指すらしい。
……やっぱりややこしいなぁ。
『こんなところクマね』
「もしジョブを選んでも自分の<エンブリオ>に合わなかったり、性に合わなかったらどうなる?」
『そういうときのために任意のジョブをリセットできる儀式場がどの国にもある。それにジョブはリセットされても育った<エンブリオ>の力は変わらない』
だから何度もジョブをリセットして色々な職を経験するプレイヤーもいるらしい。
自分にあったジョブを見つけるまで繰り返し、見つけた後もそれまでのプレイで<エンブリオ>は成長しているので前よりも楽に自分も育つというわけだ。
「ジョブと言えば……昨日の話に出てきたランカーのジョブは」
『昨日の話に出た分なら全員超級職クマ』
「やっぱり」
【王】とか、【教皇】とか、いかにも一人しか成れなさそうな名前だったからな。
「どういう条件があったかってわかる?」
『お……【破壊王】のジョブ条件は与ダメージ合計が一億ダメージ突破と上級ボスモンスターの一定数ソロ討伐、それとある特殊クエストのクリアクマ。【超闘士】と【女教皇】もきっと似たような難易度クマ』
与ダメージ一億……俺がデミドラに撃った《復讐するは我にあり》を一万回撃ってもまだ足りないとかどんな条件だ。
さすがにランカーのジョブともなると凄まじいものがある。
『そうそう、ステータス上昇は同時についているジョブ全部の上昇が乗っかるけど、スキルはメインジョブが変わると使えなくなったりするクマ。【料理人】をやっているときに【銃士】のスキルは使えないとかそういうのクマ』
「へぇ。【料理人】で【軍人】とかならありそうなものだけど」
どっかの映画みたいに。
『ま、ジョブはセーブポイントでメニュー開けばすぐ切り替え出来るし、同じ系統のスキルを使うジョブ同士ならそのまま使えるけどなー。特に同じ武器を使うタイプはそういうの多いクマ』
その辺も考えてジョブ構成は選んだほうがいいんだろうな、きっと。
「じゃあ今の俺がつけるジョブは?」
『はい、【適職診断カタログ】~』
……何か秘密道具でも取り出しそうな言い方だな。
クマ兄が取り出したのは分厚いカタログだった。
『このアイテムを使うと、カタログの電子音声質問を通して今就けるジョブの中で一番合っているジョブを探せるクマ』
「便利だな」
『質問形式だから本当に合っているかはわからないんだけどな。何にしたらいいかわからないときはこれでいい。なにせ初期でも就けるジョブが100以上あるし』
「多すぎだろ」
『ま、これからも使うことになるだろうからプレゼントするクマ』
「サンキュー」
何はともあれ使ってみよう。
……で、かれこれ五分ほどして診断結果が出たわけだが。
「【聖騎士】?」
定番といえば定番のジョブだが、俺に合うかと言えば疑問だ。
『ああ、【聖騎士】はHPとSTR、ENDに補正が付く。それとダメージ軽減スキルや回復魔法スキルも覚えられる』
なるほど、それならピッタリだ。
ネメシスを使う上ではかなりの相性だろう。
『けど変だな。【聖騎士】は初期で成れるジョブじゃない。ていうか上級職なんだが』
「上級職?」
『ああ。だからいくつか条件をクリアしないと成れない』
「どんな条件?」
『まず、亜竜クラス以上のボスモンスターを自分で50%以上削って倒す』
「やった」
デミドラ戦でクリアしている。
『次に、教会に二十万リル寄付する』
「できる」
今の所持金、四十万リル少々。
『最後、騎士団関連の主要人物の推薦を受ける』
「……推薦なんてないけど」
始めたばっかりだし推薦なんて受けられないと思うが。
「いやいや、まさに昨日、それらしいことがあったのではないかのぅ?」
ふと、これまで黙って話を聞いていたネメシスが口を挟んだ。
『あ、それか。なるほど昨日のクエストの主報酬はそっちか。そりゃシステム側も【誰某との縁が深まりました】なんて無粋なアナウンスしないしなぁ』
「?」
何か二人だけ納得している。
「マスターよ、御主……昨日自分が助けた相手が何者であるか忘れておらぬかのぅ?」
「……あ」
◇
それから、俺達は“近衛騎士団副団長”であるリリアーナの家に赴いた。
昨日のこともあってかリリアーナはミリアーヌと一緒に家にいた。
昨日の御礼と歓迎を受け、二人と談話した後、俺はリリアーナに【聖騎士】になりたい旨を告げる。
リリアーナは快諾し、すぐに推薦状を書いてくれた。
そして教会への寄付も済ませ、その日の内に俺は【聖騎士】になった。
かくして、ようやくレベルを上げる準備が整ったのであった。
To be continued
次は21:00投稿です。
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