七狂目 『八百屋と魚屋のディスティニー』
家の近くに、テントウムシ公園というものがある。
名前の通り、テントウムシの形をした滑り台があるのでそんな名前がついたのだ。
行き場をなくした私は、そのテントウムシの中で雨宿りをしていた。
中はトンネルになっていて、幼い頃はよくここでかくれんぼしたりしたものだ。
降りしきる雨、砂場にたまった水たまりをみながら…私はそっと涙を拭き取る。
あの優しかったお父さんやお母さんが…私を売ったなんて、どうしても信じられなかった。
でも、家に帰れば、あのクソジジイがいて、イヤでも現実を思い知らされることになる。
どこで間違えたのだろう?
髪を切りにあの床屋にさえ行かなければ…。
ヤオキチ号にさえ乗らなければ…。
そんな後悔をいまさら抱いたって、どうにもならないことぐらいわかっている。
それが解らないほど子供じゃない…。
でも、これからどうしよう。
もう家には帰れないし、親戚のおじいちゃんを頼るにしても、超東京から超山形まで行くには遠すぎる。
友達の家…とも考えたけれど、なんて言えばいいんだろうか。家出したなんて言っても、必ず理由は聞かれるだろうし…。
「変なジイサンが居候しているから!」なんて言った日には、私の人格を疑われそうだ。
むしろ、友達をやめて精神科に直行させるだろう。私だったら間違いなくそうする。
悩みに悩んでいると、フッと私の上に影がかかった。誰かがトンネルに入ってきたのだ。
「お父さん! 私、絶対に帰らないんだからね!!」
私を心配してきてくれたのだろう。それはお父さんに違いないと思った。
実のところ、ホッと安心したのだけれど、このままじゃすむわけがない。
そんな安心した気持ちを隠そうと、キッとした顔で睨み付ける。
謝ったっていまさら遅いんだから!
「ハッハー! オイラはダディじゃないよぉ!」
その声色からして、確実にお父さんではなかった。
体型も…お父さんみたいに痩せてない。ガッチリしているマッチョな感じだ。
時代錯誤な黒光りするリーゼント。薄暗いトンネルの中でもピカッと白く光る歯。
白いTシャツにはムキムキの筋肉、それにピッチピチの青いラッパズボン。
きっと昭和の時代から、何かの事故に巻き込まれてタイムスリップしてきたに違いない………そう思わせる。
あと、不思議なのは、肩がやたらとデカイことだ。
怒り肩…ってなそんなレベルじゃない。Tシャツに肩パッドを何枚入れているのかと聞きたいぐらい、両方の肩が大きく盛り上がっている。
そのせいでTシャツはパッツンパッツンで、今にもちぎれてしまいそうだ。
「泣いているのかいー? ベイビー?」
暑苦しい……まず、私の第一印象はそれだった。
時代錯誤は笑い顔のまま、ノソノソとトンネル内に入ってくる。トンネルが小さいので、大きな肩を無理矢理よせてる。
近くでみると、意外とシワがある…若くはないけれど、不思議とあまり歳を感じさせない。
ああ、そうか。かなり日焼けしているからだ。かなり黒いし。日焼けしていると、不思議と若く見えたりするし。
「こんな雨だゼ。笑わなきゃ、ジメジメしててしょうがないゼ!」
ああ、ホント暑苦しい…。親指を立てて、そんなことを言ってくる。
「さあ、泣きたいときは一緒に歌おうゼ!」
なんでやねん!
「青い空~♪ 白い雲~♪ オイラぁ、渡り~鳥さぁ~♪」
青い空も白い雲もないのに、いきなり歌い出したリーゼント。
手でギターを弾く真似をする。しかも、音程かなりずれれているし…ヤバイんですけど。
「元気でたかい?」
なんでやねん!
「さあ、元気が出たら雨の中を走ろうゼ☆」
だから、なんでやねん!
リーゼントは私の手首をガシッとつかむ。
「ちょっ! やめてください!!」
「HA・HA・HA! 雨の中をレッツランすりゃ、曇った心も快晴だゼ☆」
何を寝ぼけたことを言ってるの、このリーゼント・オヤジは!?
「待てい! そこまでだ!」
つい、この間に聞いたような台詞で、望みもしないのに誰かが助けにきた。
ええ。もちろん、見なくても解る。声だけで充分だった。それは白馬の王子様なんかじゃない。
壊れたレコーダーのような電子音が混じった声……そう。あのヤオキチ号だった。
雨の中、仁王立ちで腰に手をあて、某特撮ヒーローのようにヤオキチ号は堂々としている。
これがイケメンならカッコイイかもしれないが、相手は大砲をつけたメタボ・サイボーグだ。
「ンンー? このベイビーのファザーかい? なら一緒にレッツラン…」
ニカッと笑ったリーゼントが、ヤオキチ号を見やる。
次の瞬間、リーゼントの糸のように細かった眼がカッと開かれた。
「ファ・ファ・ファ・ファーック!!! チェメェーはッ!?」
え!? なに!? いったい、どうしたっての?
冷や汗をブワッと吹き出し、白い歯をカチカチと鳴らしている。
驚いているというか、ビビッているっていうか、なんかヤオキチ号を見てうろたえているみたいだ。
確かに気持ちは解らなくはない。誰だって、こんな変態みたいなサイボーグみたら…。
「ここであったがハンドレッス! 八百屋 八百吉!!」
ヤオヤ ヤオキチ?
えっと…もしかして、ヤオキチ号の本名??
語呂がいいんだか、悪いんだか…。
指さされたヤオキチ号は、小首を傾げている。
「忘れたとは言わせねぇ☆ このオイラ、活き活き山里商店街、魚屋の鮫島 魚雅こと、ジョジーをな!」
サメジマ ウオマサ…って、これでどうしてジョジーになるのか不思議だ。
ヤオキチ号は、「ああー」という感じで手をポンと叩く。
「久し振りだな! 魚屋ジョジー!」
いや、完全に忘れてたでしょアンタ!
「しばらく見ねぇと思ったら、まさか還暦型決戦兵器になっていたとはな!!」
「フッ。気づいたらなっていたのだ…」
え? なんか、普通にヤオキチ号が喋っているんですけど…。こんな喋り方してたっけ?
「気づいたらって…え? なに、本人同意してなったわけじゃないの!?」
「バカヤロー! こんな姿になるって知ってたら手術なんて受けるか!!」
ヤオキチ号の唾が、遠く離れた私にまでかかる。
確かに。私も好きこのんでパイロットになったわけじゃないし…。
ってか、やっぱり全部あのクソジジイが悪いんじゃない!
「さっさとこっちゃこい! そいつは敵だぞ!!」
ヤオキチ号が私を手招きする。
あれ…なんだろ、これ、どこかで見た覚えが…。
「ンー? なんだと。ということは、このオイラを謀っていやがったのか!? まさか、ヤオキチのパイロートが芝居をしてオイラに近づいて来やがったとは驚きだゼ☆」
ジョジー号はニヤリと笑って、私の手首をきつく握りしめる。
ってか、謀るとか大きな勘違いなんですけど! ってか、アンタが先に勝手に話しかけてきたんじゃん!
「人質とは…卑怯だぞ! ジョジー!」
「卑怯? オイラの店を潰すために、デマを流したテメェに言われたくねぇぜ☆」
「…それは」
「忘れたとは言わせねぇ☆ 『魚に含まれる栄養成分は、野菜で補える』ってウソを地元TVで流したことはな!」
「クッ! 売り上げを上げるためには仕方なかったのだ!」
「そんな言い訳聞きたくねぇゼ! お陰で、ウチの魚はニボシ一匹売れなくなって廃業に追い込まれたんだ!!」
いやいや。なに、それってデマってレベルなの…。
そんなの流すのもアホだけど、それ観て騙される方もアホなんじゃ…。そんなんで潰れる店っていったい…。
「…ならば、殺り合う運命だというのか?」
「そうさ。いつだってオイラたちはそうしてきただろう? それがディスティニー☆」
なんか二人だけの世界に入ってってついていけないんですけど…。
なに? この二人って、ライバル同士とかそういう関係なの?
「行くぞッ!!」
ドウッと足裏のジェットを噴射してヤオキチ号が飛び立つ!
ってか、アンタ! いま、私が人質でとられてんの忘れてるんじゃない!?
「カマーン!」
カマーンじゃない!
ってか、ジョジーはあっけなく私をパッと離す。
え? 人質じゃないの!? …さっきの一連の流れはどこいった!?
いや、ずっと捕まっていたいわけじゃないんだけどさ…なんか釈然としなーい!!
バキッ!! バキッ!!
「うんももすッ!?」「U・N・MO・MO・SU!?」
二人の拳が、お互いの頬を貫く!
格闘漫画にありがちのクロスカウンターだ!
うん。これ、もし某ボクシング漫画みたいなイケメン二人だったら…さぞかし絵になってたんだろうけどね。
うん。でも、残念。これ、ただのオッサン二人がどつきあってるだけだから…ね。
ヤオキチ号なんて、わずかに残されたサイドヘアーが乱れ散ってるし。ジョジー号だって、リーゼントがブンブン揺れて大変なことになっている。
「グヌッ! さすがにやりやがるな、ジョジー!」
「チェメェもいい拳だゼ☆ ヤオキチ!」
口の端の血を拭い、二人が決め顔らしきものをする………いやいや、だからただのオッサンだからね。これ、オッサンのどつき合いだから。
「やはりこのままじゃ勝てるわけがねぇーか☆」
「このまま、だと?」
「へッ! 還暦型決戦兵器が自分だけだと思ったら勘違いだゼ!」
「ま、まさか…貴様も!?」
はい。私、ちょっと解ってました。予想してました…。ええ。そうですとも。
「そうよ! ふんりゃッ!!」
ジョジーが全身に力を入れると、どこぞの世紀末救世主のように服がパーンッと破ける!
そして、私が予想していたように、両肩に未知の兵器が現れた!
えっと、アレなんだろ。おまわりさんが持っている拳銃。あれが肩に乗ってるんだけれど…。
半分に切ったレンコン……みたいな形の鉄砲が肩にくっついてるわけでして…。
「あ、あれは!? 回転式拳銃…いや、むしろ、回転式"肩"銃と呼んだ方が正確じゃろうて!」
どこからか現れたか、あの白木のクソジジイがわざとらしく驚愕したように言う。
もう驚かない。何があったって驚かないんだから!
「あれも、アンタが造ったんでしょ!?」
「いまはそれどころじゃないわい! ヤオキチのピンチじゃーー!!」
例の如く、話をうやむやにしようとするクソジジイ。
「こいつぁ、パイロートが乗るしかないんでない!?」
なんか私を見ているみたいだけど、知らなーい。
「んん、乗るしかないんでない!!??」
寄ってくるな……近づいてくるな。
「んんん、乗るしかないでなぁいい!!!???」
「解った! 解ったわよ!! だから、こっち来ないで!!」
根負けした私…弱いなぁ。自己嫌悪。
でも、血走った眼のジイサンが、ズズッと顔を近づけてきたらキツイ。マジで。
「よっしゃ! こっちゃこーい! ヤオキチ!!」
「あん!? クソジジイ!! テメェまた俺を……うんもッ!?」
ヤオキチ号が空を仰いだかと思うと、ピクピクッとその場で痙攣し出す。
クソジジイがテレビのリモコンみたいなものを押したのだった。
「YES。マスター!」
ビシッと敬礼するヤオキチ号。
ああ。そうだ、これ。ゴンザレスと戦った時のヤオキチ号だ。
「もしかして、そのリモコンでヤオキチ号の脳もコントロールして…」
「さあ、倒すんじゃ! あのジョジーをこてんぱんにしてやるんじゃ!!!」
もうイヤ。どうして、この人、私の話を聞いてくれないの………。
そんなこんなで、ヤオキチ号と私の第二の戦いの火ぶたが切って落とされたのだった………って、そんなの望んでないーー!!
☆オヤジ・ジジイ語録その⑤☆
『ファ・ファ・ファ・ファーック』
ファックと言いたいのだが、歳を取るとうまく発言ができない。
つい怒りのあまり唇が震え、ファを連発してしまう状態を現している。
オヤジ・ジジイの特徴として、『とりあえず怒る』というのがある。閉鎖的差別社会による長年の抑圧を、自分より格下の者にぶちまけるのだ! ちなみにこれを『聞かない』『理解しない』『怒る』の親父三原則と言う!