六狂目 『うんももす祭り』
ギリシア神話にこんな話がある…。
あるところに、パンドーラーと呼ばれる女性がいた。
オリュンポスの神々は、自らが創りだしたパンドーラーに様々な贈り物を与えた。
それは織物を作る仕事の能力や、女性としての魅力などといったものだった。
そして、最後に神々は「決して開けてはならぬ」と伝え、一つの箱を手渡したのである。
「…ああ。神々は私にたくさんの良い物をくれたわ。きっと、この箱の中身も素晴らしいに違いないわよね。いったい何が入っているのかしら?」
開けてはならぬと言われていたのに、好奇心に負けて、パンドーラーは箱を開いてしまう…。
期待に反して、そこには様々な災いが閉じこめられていた!
疫病、老衰、貧困、戦争などの数々の災厄が飛び出し、世界に蔓延ってしまったのだ!
「おお。パンドーラーのヤツめ! あれだけ開けてはならぬと言っておいた箱をあけてもうた!!」
「なんてことじゃ! 明日から人間はどうやって生きればいいのじゃ!」
人々は嘆き悲しみ、パンドーラーも自らの過ちを深く悔いた。
「私はなんてことを…。あれだけ開けてはならないと言われていたのに。でも、あら。箱の奥に…なにか最後にあるわ。これは何かしら?」
パンドーラーは涙をふきながら、箱の奥を覗き見ると……そこには、
『頭にキャノン砲を搭載した還暦男性』
が、いたのであーーーーーーる!!!!
箱から、頭を出し入りして、レッツ・ダンシング!!!!
「悲しいとーきは、ゴーショット! ゴーショット! イェイイェイ!!」
チュボーン! チュボーン!!
頭の大砲で、周囲の山々を破壊するヤオキチ号。
天空から見ていたゼウス神も「なにあれ」と唖然とした顔をしている。
「きゃああああ!!」
そう。箱の中の最後のものは…『絶望』だったのである!
結局、パンドーラーの箱の中には『災厄』以外のなにものも存在しなかったのであーーーーーーーーる!!
☆☆☆
「はううっ!!!」
私はうなされながら眼を覚ます。
背中が海老ぞりになって、ピクピクッとつま足が痙攣した。
パンドーラーの箱を開けた大罪人として、街の人に石を投げ付けられる寸前で眼が覚めたのだ。
…っていうか、街の人の中に、あのクソジジイもいたんだけど!
いい笑顔で「石打ちじゃーい♪」とか言ってたんですけれども!
ああ。思い出しただけでも腹が立つ!!
「悪夢でもみたんかい?」
「そうよ。まったく朝っぱらからやって……って、ええええッ!?」
そんな! ここは私の部屋! なんであのクソジジイの声が聞こえるの?! まだ夢の続きなの!!?
顔をあげると、部屋に見慣れぬものがあった。
天井の端から端を繋ぐロープ…その先を追うと、机と窓の狭い隙間にハンモックがぶら下がっていた。
そこに白木のクソジジイは横になっているのだ!
そして、「おはー」なんて言って良い笑顔をしやがった!
手にはココナッツジュース。サングラスに、アロハシャツだ。
南国の楽園きどりか、とツッコミを入れてやりたい!!
「いつの間に!? ってか、どうして私の部屋に!? どうやって!? なんで!?」
「そんなに一度きに聞かれてもワシ困っちゃう♪ なんで…ってか、これじゃよ」
白木のジジイは、懐からスマホみたいなものを取り出す。
画面には縦横に無数の線が入っていて、赤い点が一カ所だけ光っていた。
あれだ。ドラ○ンボールででていたレーダみたいな感じだ。
「…それは?」
私が尋ねると、白木ジジイは自分の首筋をちょいちょいと指した。いったいなんだというのか?
指されているところを、自分の首で触ってみると…そこがシコリみたいに固くなっている。
「発信器じゃよ。床屋きたとき、埋めといたんじゃ」
「はぁああああああ!?」
頭の中が真っ白になった。埋めた…って、身体に? 身体の中に!?
「こんな朝っぱらからそんな大声だすもんじゃないぞい♪」
「ないぞいじゃないわよ! 取って! 取り出してよ!! なんでこんなことすんのよ!!」
「なんでって言われてもなぁー。それは、お前さんが"選ばれた戦士"だからとだけ言っておこう」
「意味わかんないわよ!!」
やけくそな気持ちになって、枕を投げつけてやる!
ボスンッ!
「うんももすッ!?」
見事、その枕は白木のジジイの顔に当たった!
当たったけれど私の気は晴れない!!
「お母さん!! お母さーん!!!! 助けてーー!!!」
私は泣きながら部屋を出た。
転げるように階段を降りて、キッチンへと急ぐ。
「お母さん!!!!」
「なぁに? 朝から騒々しいわよ」
良かった。お母さんはキッチンにいた。そして、いつものように朝食を用意してくれている。
いつものお味噌汁のニオイが…私をちょっとだけ冷静にさせてくれた。
「ご近所様の迷惑になるから。朝から大声をだすもんじゃないよ」
ダイニングに座ったお父さんだ。
いつもは早くに会社に行ってしまうんだけれど…なぜか今日はまだ家にいて、新聞を読んでる。
お休みかな? でも、いまお父さんがいてくれて良かった。お父さんがいてくれた方が心強い。
「それどころじゃないの! うちに…私の部屋に変なジイサンがいるのよ!!!」
私が叫ぶと、二人はキョトンとした顔をする。
それはそうだ。いきなりジイサンがいるっていわれても…普通は驚く。
逆の立場なら、お父さんかお母さんがそんなことを言い出したら頭がおかしくなったのではと疑ってしまうところだ。
でも、私は真実を言っている。それに、私が頼れるのは家族しかいないのだから…。
「…変なジイサン?」
お母さんが首を傾げた。
私の頭がおかしくなった…とは思ってはいないけれど、寝ぼけているぐらいには思ってそうな顔だ。
「そうよ! 私の部屋に、来て、見て、触れて、解るから!!」
見れば解る。ハンモックで寝ている白衣の見たこともないジイサンが私の部屋にいるんだから!
白木のじいさんを見れば、そんなのほほんとした顔はしていられない!
「だ、誰だ!?」って言って、きっと警察を呼んでくれるに違いない!!
「あー。おはーじゃーい」
その声に私はバッと振り返った。
白木のジジイが、私の横に…お父さんとお母さんが見える位置に立っている!!
「ほら! このジイサンだよ!! 私の部屋に勝手に入ってきたの!! お父さん!!!!!」
私が白木のジジイを指して言う!
だけれど…お父さんもお母さんも普通の顔をしたままだ。
「なんだ。変なジイサンって言うから…。なあ?」
「そうね。まったくナミは慌てん坊なんだから」
え? なにこの反応…。ってか、目の前に見知らぬジイサンがいるのよ? その反応はおかしいでしょ。
「白木博士。朝食できましたから、どうぞおかけになって下さい」
お母さんが信じられないことを言った。
ご飯とお味噌汁を用意して、ダイニングテーブルのイスを引く。
「いやいや。すみませんのぅー。奥さん」
当たり前のように白木のジジイは入っていってイスに腰をかける。
その時に気づいた。テーブルの上に…朝食が四人分用意されていることに。
私の家は三人家族だ。ということは…残り一人分は…。
「白木博士のことを変なジイサン呼ばわりとは…後できつく言っておきますから」
お父さんが困ったような顔で言う。
…お父さん。何いってんの?
「いやいや。ワシも前もって説明せんかったですしなぁ。昨日のうちに話しておくべきでしたのー」
納豆に醤油をたらし、ガッチャガッチャと混ぜながら白木のジジイが言う。
「うちは部屋が少なくて。ナミと同じ部屋で大丈夫ですか? よく寝られまして?」
お母さん…。
「それはもーう、ちょーぐっすりと…。しかし、なんですのぉ。年頃の娘さんの部屋と相部屋とは些か恐縮ですわい♪ ウヒヒ♪」
「ハハハ。白木博士ともあろう方がなにを仰られますか。こちらからお願いしたわけですから…。むしろ、お時間があればナミの勉強を見てやってくれませんか? 成績がこのところ落ちてましてね」
「おお。ワシで良ければ喜んで見ましょうぞーい! 数学と化学は120点とらせてやる自信がありますわーい!」
成績が落ちてるのはホントだけど…お父さん。なんで? なんでそんなジイサンに。
「…お父さん。お母さん。そのジジイ。私に…発信器つけたり。私に…変なオッサンに乗せて戦わせたりしたのよ?」
泣きたくなる気持ちを抑え、震える唇でそう言う。
「何を言っているんだ。白木博士は人間国宝級の天才科学者だよ?」
「そうよ。あまり失礼なことを言うもんじゃないわ」
「しばらく、この家にいてもらうことになったんだ」
「ええ。とても名誉なことですわね。しばらくだなんて言わず、ずっといて下されればいいのに」
目の前で談笑する二人は…本当に私のお父さんとお母さんなのかしら?
姿形はまったく同じでも、中身はまったく別物のように思えてならなかった。
私の解らない、私の知らないことを…二人は当たり前のように話している。
私は少し後ずさる。
その時に見えた。見えてしまった…。
ダイニングの横にあるリビング。そのリビングから見える庭…そこに見知らぬ車が止まっていることに。
あそこには、お父さんの軽自動車があるはずだった。
新古車で買った、ファミリー仕様の広々とした室内空間が当時売りだったものだ。
色が派手なピンクなのは、当時小学生だった私がねだりにねだったからだ。地味で控えめなお父さんは、最初嫌がったけれど、家族と出かけるために買うんだから…って言って、最後にはその色にしてくれた。
もう型落ちして、エンジンの調子も悪くなりつつあるけれど……お父さんは休みとなれば、必ず洗車するぐらいに大事にしていた車だ。
それなのに、いま止まっているのは…セダンタイプの黒光りした外車。
私は車には詳しくないけれど、それが超高級車であろうことは一目見て解る。大統領とかゴッドファーザーとか…そんな人が乗るような雰囲気の車だ。
こんな普通家庭には似つかわしくない。中流家庭の家に置いておく車じゃない。それより、こんな車を買うお金が……しがない三流企業、課長クラスのサラリーマンであるお父さんにあるわけない。
「…お父さん。あの車、どうしたの?」
私が聞くと、お父さんはハッして眼をそらした。
「…あ。うん。白木博士…がね。その…お世話になるお礼…と言ってね」
歯切り悪くお父さんは答える。
「そ、そうよ。あの車もだいぶガタがきてたから…買い換えなきゃと思ってたし。白木博士がお乗りにならなくなった車を…譲り受けたのよ。ね? お父さん」
お母さんがちょっと慌てた風にフォローをする。
…その時、またいらないところに、私は気づいてしまった。
お母さんの左手薬指についているもの…。
いつもつけている、お父さんが結婚式にあげたっていう、給料三ヶ月分のエンゲージリングじゃなかった。
それよりも十倍は大きいと思われるダイヤモンド。それがこれ見よがしにギラギラと光り輝く指輪。料理するときに邪魔だろう…と思わせるほど、大きかった。ああ。そうか。この指輪を買うような人は…家事なんてするわけがないか。
お父さんが生涯を費やしても、きっとその指輪を買うことなんてできはしないのだろう…。
「…お父さん。お母さん。もしかして…そこのジジイにお金をもらったの?」
唖然として私が言うと、二人は黙りこくって眼をそらす。
「答えてよ!!!!」
私は怒鳴るけれど、二人は何も応えない。辛そうにうつむくだけだ。
「お父さん。もしかして、私を…それで売ったの?」
「ば、馬鹿なことを言うな! 売るだなんて…そんな!」
「同じことじゃない! だったら、どうしてそんな見知らぬジジイなんかを!!」
修羅場の中、クソジジイは…納豆をガツガツと食べていた。
"ワシには関係ないもーん"といった素振りだ…。殴りたい。けど、堪える。今は家族の問題だ。
「いいかげんにしなさい!!」
お母さんが怒鳴った。
驚いたジジイがブッー! と吹き出す。納豆がお父さんの顔にへばりついた。
「…いい。いまの時代は超グレートスーパー不景気なのよ。21世紀初頭から、年金や税金を納めないニートが急増していったわ。ニートたちはお金がないからって、ライトノベルを、ネット上では無料だからと言って漁り読みしたのよ。それが悪いとはいわないわ。でも、お母さん、書籍化したのを買う派だから……許せなくて。それだけでは飽きたらず、ニートたちはおぞましい手口を……無料課金ゲームで永遠に遊び続ける方法まで編み出したわ。ええ。お母さん。課金してたのに、そういうゲーマーに負けたの……許せなくて。そんなニートたちのお陰で、経済は冷え切り、自称なんちゃってクリエイターたちもやる気をなくしたの。そして、私たちの時代には年金制度は完全崩壊してしてしまった。後先を考えないお父さんとお母さんの親たち世代のせいでね…。お父さんの給料も年々カットされている。お母さんも朝から昼までパートで働き詰めよ。それはナミも知っているでしょう? いま普通に生活するだけで手一杯なの。でも、あなたの大学資金を貯めて、私たちも老後の貯蓄をしていかなきゃいけない。私たちも一生懸命やってるわ…。それだけでもぜんぜん足りないの !!」
「ああ。今ではNPO法人『絶対に働かない会』なんてものもでてきたしな…。働かない…ということが、市民権を得てきてしまっているんだ。政治だって『居眠りしててもOK法案(笑)』なんて馬鹿げたものがでてきてる。超日本はこのままじゃおしまいだ…。働かないほうが偉いなんて…」
悲痛な顔をして、唇を噛む二人。
「…でも、お金が欲しかったんでしょ?」
「「ピンポーン!!」」
二人は間抜けな顔をして、人差し指を立てて言った。
「だって、金があれば働かなくていいんだぜ!! あくせくして働かなくても、老後の心配なんてしなくて、遊んで暮らせるんだ!!! この白木博士がいくらでもくれるって言うんだ!!! 金があれば、いい車には乗れる! いい家には住める! いい女は抱け……うんももすッ!?」
いい女…というところで、お父さんはお母さんにバキッと殴られていた。
「そうよ! 女は…許さないけれど!! お金があれば、エステだって美容院だって自由に行けるわ! 大手を振って、ビューティ鷹田様に髪を切ってもらいにいけるのよ!! それだけじゃないわ! 書籍化されたライトノベルだって大人買いできるのよ!! うふふ! 文章だけじゃイメージできないの! やっぱり挿絵があってこその萌えよね!!!! ネトゲーだってやり放題よ!! 課金しまくって、チートモードでオレツエーできるし!! テクニックだけのニートなんて、マネーの力でフルボッコよ!! オホホホ!!!!」
二人の目が¥マークになっていた…。
もう二人は、私のお父さんでもお母さんではなくなっていた……。
「もう、知らない!!」
私は涙を拭き、家を飛び出した……。
いつの間にか空は暗くなり、雨が降り出していた。
それはまるで、私の心の中を映し出しているかのようだった………。
☆オヤジ・ジジイ語録その④☆
『うんももす』
誰もが知る超有名万能言語の一つである。
この小説の世界では、主に"痛み"を的確に表す言葉として使用される。
『うん』…「ちょっと痛い」
『うんも』…「かなり痛い」
『うんももす』…「とっても痛い」
と、読者に明確にダメージを伝えることができるのであーーる!!
それだけでなく、万能言語というだけあって、他の場面でも使用できる。
ちょっとした間に「うんももす」という言葉で代用が利く。
よし。例題を出してみよう。
君はある会社のオフィスにいて、電話番をしている。
そこに、取引先から電話がかかってきたという想定だ!
「はあ。今日も残業かー。早く帰って、ライトノベル読みてーな」
プルルルルッ!
「あ、電話だ!」
ガチャ!
『こんにちは。○×商事の山田です』
「え? 山田様ですか。はい。お世話になっておりまーす!」
『こちらこそお世話になっています。田中部長様はおられますか?』
「え? た、た、た、たなか…ですか!?」
『え? はい。そうです。営業課の田中部長様にお取り次ぎを…』
「ああ、ああああ、うんももすッ!」
『え? なんですって?』
「うんももすッ!!!」
『はあ?』
「うんももすッ!!!!」
『なんなんですか! 馬鹿にしているんですか! もう結構です!!』
ガチャン!!
と、自分じゃ対応できない急な用件の電話でも的確に応対ができーる!
呆れた相手は、すぐに電話を切ってくれ、窮地を脱するのである!!!!
ちなみに、電話を出たときに自分の名前を名乗らないのもポイントである! そうすることで、後からクレームの電話が入っても誤魔化せるのだぁ!!
…え? 調べれば解っちゃうだろうって?
うーん。ま、そんなこと知らないもーん。うんももすッ!!
ちなみに作者は、現実世界ではこういう形で使用している。
主に急な便意が催して立ち上がる時に、「ちょっとトイレに」「お手洗いに…」「WCへ」「夢の世界に」などと、いう風に言うことはないだろうか?
いや、どんな人でもそういうことはあるはずである。
だが、上記の言葉で立席することは大変相手に失礼かつ"お下品"である!
ましてや、上の言葉では『小』なのか『大』なのかも解らない。
相手に「え? アイツ…どっちだ」と時間を気にさせてしまう結果になる。
この言葉を言う代わりに、
「ちょっと、うんももす」
「うんももすしてくるわ」
おお。これでとっても"お上品"なりますね!
ちなみに相手も、私が小・大どちらをしたいのか解るので大変便利である!
ということで、「うんももす」はとっても便利な言葉なのであーーる!!