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四十四狂目 『スーパートトイチ』

 困ったことになった。


 ちょっとやそっとじゃなく、非常に困ったことなった。


 私の名前は、小石堕こいしだ 不純二ふじゅんじ。スーパー“トトイチ”の副店長を勤めている。



 トトイチの名称は、実は“整一番”の事で、イメージ戦略としてイケメンやダンディな整った容姿の男性を大量に雇入れ、スーパーを利用する奥様方の集客に大成功している。


 例えば…


 精肉コーナーの元ラガーマンは、「奥さん、俺の上腕もどうだい?」と、半裸で肉を切り分けている。

 マスクや白衣なんてセクシーでない要素は全て取り払った。彼の飛び散る唾や汗が、豚バラや牛モモにかかる度に黄色い声援が上がる。


 「お客様。何かお困りかな?」…歯を光らせているのは、店内の接客の元ジャ○ーズだ。

 ちゃんと客の手を取って手の甲にキスした後、そのまま手を繋いで商品まで案内する。過剰なスキンシップも当店の売りだ。


 品出しも完璧だ。身長180cm超えの元モデルが、「危ないぜ…。高いところの商品は俺に任せな」という感じに棚上の商品を手渡す。

 あえて売り場をすっからかんにしているのはこの為だ。“脚立に昇ったお客様が落下するのをお姫様抱っこする訓練”も充分に積んだエキスパートたちだ。


 レジもパーペキだ。オドオドとした美少年。これはリアル高校生だが、「あ。お姉さん。ご、ごめんなさい。はわわ、お釣り銭まちがえちゃったよぉ」…が、実に見事だ。

 もちろん演技だが、上目遣いに手を両手で握られたら赦しちゃうという、奥様方の母性本能を見事にくすぐっている。クレー厶すらセクスィー応対の対象だ。


 おや。あそこでトラブルかな。


 こんな時にこそ、フフッ。私こと副店長の出番だ。


「なによ! ふざけてるんじゃないわよ!」


 サービスカウンターでお客様が大声を張り上げていらっしゃる。

 カウンターもイケメンのプロがいるが、今回は上手く対応できていないようだな。

 ふむ。若い男は好みでない…そう見た。


「失礼。お客様」


「え…? あなた…」


 サッと横に立ち、スマイルを決める。


 ふふ。俳優の私の顔はドラマや映画で観たことは一度くらいあるだろう。大抵の人はビックリして一瞬怯む。そのチャンスは逃さない。


「副店長です。私がお聞きしましょう。何かございましたか?」


「え、ええ。このエノキが腐って…」


「ほう。これは…」


 手に持たれたエノキ…確かに下が黒く変色している。

 うちは接客がメインで、品質管理は二の次だ。従業員の中には消費期限という単語を知らない者もいる。そんなものはどうでもいい。格好良さには必要ないからだ。


「このエノキは…お客様を待ち続けて、こんな風になってしまったのかも知れませんね」


「は?」


 ここぞとばかりに悩ましい顔をする。


「許せんッ!!」


「エエッ!?」


 私はお客様からエノキを取り上げ、床に叩きつけた!


「い、いったい何を…」


 そして何か言いかけたお客様の手を取り、キスをせんばかりに顔に顔を近づける。


「お客様は私のモノだというのにッ!! さあ、触れてみて下さい。お客様の存在によって、こんなになってしまったエノキより立派な私のブツに!」


 お客様に私のキノコを握らせる。もちろんこの店のどのキノコよりも立派だ。

 当然、エノキなんか敵にはならない。エリンギが辛うじて勝負できるかできないかだ。


「どうです? 立派でしょう?」


「…あ(トゥクン)。は、はい////」


 私の“熱”がお客様の手に温もりを与える。


 フフッ。赤面したな。私の勝ち確定だ。


「…すぐに新しい物をお持ちします。今日は私に免じて許してくれるかな。子猫ちゃん」


「は、はぁい♡」


 これでこのクレーム対応は、ミッションコンプリートだ。

 すべてのクレームを完璧に対処する…それが副店長の仕事だ。

 


 しかし、そうじゃない…。


 私は非常に困ったことになっていたんだ。


 話を戻すとしよう。


 私は仕事では大成功し、もはや店長になること秒読み段階にあり、美しい良妻を得て、幸せな家庭も持ち、ふたりの愛する子供たちを無事に大学に入れることにもできた。

 状況から見ても、まごうことなき勝ち組。誰もが羨む。順風満帆な人生だ。


 しかし、そんな折にやってくるのが魔が差すってやつだ。


 誰かが言っていた。性欲ってやつは本人が気づかないうちに鎌首をもたげてて、鬱憤を晴らす機会を虎視眈々と狙っているのだ、と。


 振り返ると、ひとりの女子高生がカップ麺コーナーで品出しをしている。

 基本女性は雇わないが、男女平等だの雇用均等法なんだのウルサイ時代だ。


 間門 昼香……私が見つめているのに気づくと、頬を赤らめて品出しに戻る。

 この反応が初々しい。私のキノコも値札もなしに陳列となってしまいそうだ。まさに猥褻物陳列罪だろう。


「ちょいと」


 ホンワリとした気分を台無しにする、地獄からの叫びにも似た声が私の背にかかる。


 振り返ると…居た。


 居やがった。


 通路をほぼ埋め尽くす、まるで異次元へと抜ける穴を思わせるかのボンバーヘアーのババア。

 

 我が天敵、苦下くのした ミツエだ。


「…今週の日曜日の予定は…」


「…予定は…」


「超軽井沢がいいわねェ♡」


 私の返答も待たず、ハートマークでおぞましくデコられた手帳(使ってるペンの頭もハート型だ)に勝手に予定を書き込む。


「い、いや…今週末は無理だ。息子の野球を観に行く約束が…」


 ミツエは老眼鏡を少し下げると、ジロリと私の顔を見る。


「……なら、バレてもいいってぇのかい?」


 ハートのペン頭で、昼香クンをクイッと差す。


「そ、それだけは…」


「なら付き合うしかないわね。ダーリン♡」


「……クッ。わ、解った」

 

 私が同意すると、ゲラゲラと高笑いしながらミツエは品出しにと戻る(といっても、若い子たちに偉そうに上から指示するだけだが)。


 そう。私はこのババアに脅迫されて不毛な関係を続けているのだ!


 私と昼香クンとの秘密の関係を知り、それをネタに私は肉体関係を強要されているのである!


 ほぼ、週末はデートにと駆り出される(もちろん費用は私持ちでだ)。


 ああ、私がダンディなばかりにこんなハメになるとは…ハメることで、ハメるハメにハメられることになるとはッ。


「……このままではいけない」


 そうだ。私は副店長としての立場を、家族を、そして浮気相手の昼香クンとの幸せの未来を守る義務があるッ!


 苦下ミツエなどというクソババアの好き勝手にさせてはならないッ!


「どうやらお困りのようじゃのぅ!」


「え?」


 今度は白いボンバーヘアーのババア…違う。ジジイだ。白衣を着た怪しげなジジイだ。


「お客…様?」


 カートを押していることからそうなんだろう。なぜかカゴの中は木綿豆腐ばかりだが。


「オマケしてくれるなら、ワシが助けちゃうわーい♡」


「な、なにを…」


「ワシが手助けしてやると言うとるんじゃい。あのババア…始末したいんじゃろ?」


 このジジイは何を言っているんだ…?


「今ならサイボーグに無料でしちゃるぞ♡」


 サイボーグ? …そういえば、政府主導でそんな政策が行われていると聞いたことがあるような。


「……サイボーグになれば、あの苦下の…ババアから解放されるのか?」


「指先ひとつで愛を取り戻せるわーい♡」


 とち狂っているのか、何を言っているかはさっぱり解らない。


「ふ、副店長!」


 昼香クンが涙目になってこっちに走ってくる。


「逃げるんじゃないよ、小娘が!」


「く、苦下さんが鞭で私を調教しようと!」


「な、なにッ!?」


「当たり前さね! 言うことを聞かないヤツはこうさ!」


 どこの世紀末だ。今時、鞭で叩いて言うことを聞かせるなんて行きつけのSMクラブでもやらんぞ。


「ふ、副店長…」


「大丈夫だ。私が守ってやる」


「さて。どうするんじゃい?」


 そうだ。私には選択肢など他にはない。


 藁があったら、それに縋りつくのみ!


「…10%引き程度ならオマケしよう」


「よーし! 交渉成立じゃーい♡」


 こうして私は、望まぬ方の浮気相手を消滅させる為に、還暦型決戦兵器となる道を選ぶことになったのだった……。

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