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三十九狂目 『イケメンのゾウさんが回転する夢を見るか?』

 尻叩きのから逃れて無事に生還した私は、翌日当たり前のように登校していた。


 昨日の電車が大破した件も、てっきりテレビで取り上げられると思ったのに、超国会議事堂で首相の不規則発言的ばかりが取りだたされていた。


 ブーメランの刺さった(物理的に)首相が、「次はキミに決めた…」と酢下すげ官房長官と同化したのは驚いたなー。

 なんか「俺は至高のパワーを手に入れたのだーっ!!!」とかなんとか言ってどっかに飛んでっちゃったけど…


 家では相変わらず、ジジイとヤオキチが我が物顔で居座っている。

 今日もまた朝っぱらからオカズの量がどうたらこうたらで、精密計量機まで持ってきて、みそ汁の中の豆腐の重さを計ってケンカをしてた。

 ワカメの枚数がなんだってのよ。なんでキッチンペーパーに並べて数えなきゃいけないのよ…。

 で、結局、私の器の中のが多かったってメチャクチャ文句言われたけど、そもそもよそったのジジイじゃん。ヤオキチおかわりしてんじゃん。関係ないじゃん。



 ああ、私の安息の地は、もはや学校にしかなかった……



「お疲れ」


 机に突っ伏していた私の頬にヒヤッとした物が当てられる。

 ハッと飛び起きると、セイカ様が缶コーヒーを頬に当てがってきたのでございました!


「せ、セイカ様! あ、ありがとうございます!」


 うーん、私の唯一の癒やし!


「何か悩んでいるのか? 相談に乗るぞ」

「い、いえ…」


 なんと勿体ないお言葉。

 でも、ゴンザレスに乗ることを苦とも何とも思ってないセイカ様に、還暦型決戦兵器オッサンにもう乗りたくないなんて話せない。


「…先日の一件で、はなはだ自分の無力さを知った。

 もし時間があれば放課後、操縦訓練を行いたいのだが」


 セイカ様と御一緒なのは天に昇るほど嬉しいけれど、やっぱりあのオヤジたちがセットなのか…


「セイカ様。私、思うんです!」

「うん?」

「あのオヤジ…いえ、ヤオキチたちを上手く操れないのは、私たちのメンタル面の問題なのではないだろうかと!」

「…ふむ。なるほど」


 アレに乗りたくないがあまり、とっさに思いついた事を言っただけなのに、セイカ様は考え込まれる。


 ああ、お許し下さい! セイカ様と一緒にいる歓びが、あのオヤジたちによって帳消しになってしまうほど不愉快なのでごぜーますだ!


「で、ですから、私たちの結束を強めるためにはパイロット同士の連携というか親密度というか連帯感、家族になるような手続きモロモロが必要なのであって…バイブレーションがハイピーポーなリファレンスなわけであるので…」


 ああ、自分で何を言ってるのかサッパリだわ…


「確かにナミの言う通り、私たちパイロットのコミュニケーションがスムーズでなければならないのは確かだな。シナジーも見込めない」

「はい! まったくもってその通りです!」


 どういう結論に至ったのかまったくもって不明だけど、ともかくはセイカ様が納得してくれたことが第一だ!


 ピシャァ!


 パァーン!!


 勢いよく教室の扉が開く。

 こういう時は何者かの意思で…たぶん、ろくなことが起きない。

 なんかこっちに向かってくる。案の定だわ。

 

「大丈夫か!?」


「…はい?」


「2年A組、山中南美!」


 なによ? でも、いつものオッサンじゃない。

 若い男だけど…なんか、なれなれしいわね。


「キャアアアッ! 真堂しんどうせんぱぁい!」


「真堂先輩がどうして二年の教室にぃ!?」


 え?


 ええ?


 なんか黄色い声援が飛んでるんですけど…もしかして有名人なの?


「学園創設以来の屈指のグレイケ(グレートイケメンの略)にして、サッカー部主将となってからは弱小だった我が学園のサッカー部を圧倒全国大会優勝へと導いた功績を誇り、成績は全国模試ベスト3に常にランクインする究極秀才にして、しかも超ドバイに不動産ビルを多数所有する超がつくほどの資産家! また他校にも多数のファンクラブがいて、その会員数は10万を超えるとか超えないとか言われる伝説レジェンド真堂しんどう あきら先輩なのよ!」


 うあー、なんか取ってつけたような説明口調のご紹介ありがとうございます。


「大丈夫なのかぁ!?」

「は、はぁ?」


 なにがよ?

 ってか、わざわざ前髪かきあげて言うようなことじゃないでしょ。


「心配してた。ずっと。お前のことを!」

「は、はぁ?」

「担任にセクハラされ続けるお前を!」


 なんか芝居がかった言い回しで眉間にシワを寄せてらっしゃいますけど…


「ナミ。知り合いなのか?」

「いえ、まったく」

「ちょっとこっちに来てくれ」

「は? ちょっと! 引っ張らないで下さいよ!」


 なんか教室の後ろに連れてかれるんですけど!


 なんか周りから期待の眼差しとか向けられてるけど、何もいいことないですから!


 なんか壁を背にして向かい合わされて…ってか、顔近いんですけど!

 周りにイケメンだと認められてたとしても、どこの誰だかわかんない人に顔近づけられるの不快でしょうが!


「いったい何なんです…」


 風圧が私の顔面をかすめる…


 ドォン!


 え???


 は????


 この人、いきなり壁殴ったんですけど?!


「何を!?」

「キャアアアッ! 真堂先輩の壁ドォンよ!」

「キュン死にする!」


 するか!


 ってか! いきなり何なのよ!


 と、怒鳴りたいところだけれど…一応は先輩だからなぁ。


 うーん、角が立たないように回避したい。

 面倒くさいことはイヤ。ゼッタイにゴメンよ。


「あのー」

「馬鹿野郎…。なんかあったらすぐ言えよな」


 眼が潤んでるんですけど。

 なんか自分の世界に入ってるんですけど。

 こういう人っているわよね…


「お前のためなら死ねる」


 あー、なんだろ。歯の裏がめっさむず痒い!


 なんか頭ポンポンされてるんですけど… 


 イライラしてくるわー


「キャアアアッ! 真堂先輩のポンポンよ!」

「萌える! 萌えを開花してしまいそうだわ!」

「尊い! 尊いわ! 祭壇を、祭壇をこしらえねば!」


 あー、なんかムカつくわ。

 好きでもなんでもない人にやられるポンポンってこんなに不快なんだわね。


「もうやめてくだ…」

「頼ってくれていいんだぜ」


 あご下に人差し指を当てられる! 


 背筋が寒い!


 なにこれ? なんなのこの人?


 なんで初対面の女にこんなことできんの? 理解に苦しむんですけども!


「キャアアアッ! 真堂先輩の首相撲よ!」

「クリンチよ! クリンチ!」


 クリンチじゃねぇだろ!


「すっごい不快なんですけど」

「ハハ、そうやって照れなくてもいいんだぜ」


 ウゼー。ウゼーわ。ウゼすぎる。


 なんかジョジーに似たウザさがあるわ。


「見つめるなよ。照れんだろ」


 呆れて見てたんだよ!


 クソウゼー! それ以上だわ!


「な、ナミ! アンタ、そんなウマウマシーンなのに! 真堂先輩に言い寄られるなんて!」


 そんな友達の叫びが聞こえるが、そんな羨ましい状況じゃないって。迷惑だって。


「…上級学年だとしても、やって良い事と悪い事があると思うが」


 まさしくセイカ様の仰る通り!


「女を守りたいって欲求に逆らえるわけねぇだろ。これは本能なんだぜ」


 うあー。気持ち悪。自分に酔うにも程があるでしょ!



(ナミよ…ナミよ!)



「はううッ!」


 またジジイか! いつも唐突なのよ! 脳内会話飛ばしてくんな!



(イケメンに言い寄られていい気になってるよーじゃな)



「はぁ!? 誰がいい気に…」



(世の中のイケメンの弱点をワシが教えてやろう! 見てみぃ、これを!)



 は?


 な、なんか視界にモヤが…


 っ!? 目の前の真堂先輩が裸に!?


「キャ、ギャアアア!!」

「な、なにがあった! 山中南美!」

「う、動かないで! ブラブラしてるー! 動くたびに!」

「ぶ、ブラブラ? なにがだ?」



(見たか! その小汚い“ブツ”がついとるのが男という生き物の正体じゃーい! さらにこうすると!)



 はぁー? な、なんか教室がトイレに…しかも男子トイレに?!



 ジョボジョボジョボ…



「きったな! …へ?」


 なんか尿をひっかけられて…ない?


 なにこれ? 現実じゃないの?


 なんか現実の真堂先輩にダブるように映像を合わせてるだけ??


 ってか、映像の真堂先輩は素っ裸で放尿を…私(つまりは小便器)のある方に向けてしてるわけであって…


『ふぅーー』


 終わった? 放尿を終えてブルルと震えて…


「ぎゃあああああッ!!!!」

「や、山中南美!?」

「ナミ!?」



 ブルンブルンブルン!!!




☆☆☆

  



 困ったことに山中南美が混乱状況にあるので、代わりにナレーションが答える必要があるだろう! 


 ブルンブルンブルン!!!


 この擬音の説明をするなれば、懸命なる男性読者諸君はすでに理解していることだろうが、いわゆる『ゾウさん大回転』である!


 ゾウさんといっても、PTAに目をつけられた埼玉県某所を舞台とした超有名園児が主人公の行うカワイイ悪戯などではない!


 これは尿切り!


 ノズルに残った残尿を振り捨てる男子のみに許された儀礼!


 女子諸君は知ることはあるまい! 男子トイレで当たり前のように行われているこの行為を!


 下着を汚さぬために、それこそ神輿を担ぐような素早い腰フリにて尿を振り切るのだ!!


 それはゾウが大河で水浴びするが如く、風車の如き大回転を見せるのであーる!


 そして、いま山中南美は、イメージ映像で、普段男子ですら見ることもない便器側に立って、“真正面”からそのゾウさん大回転を魅せられているのであーーーーる!!!!




☆☆☆




「ぎゃあああああッ!!!!」


 なに!?


 なんなのこれ!?


 どんな地獄よ!!!

 しかも真堂先輩だけじゃないじゃん!


 横に並んだオッサンもジイサンも、大学生から、いたいけな坊やまで、便器の前で大回転させてんですけどぉぉ!!??



(見たか! どんなイケメンでも、便器の前でブツを振っとる様は何とも見苦しいじゃろ! 貴様らがチヤホヤしとる男子は例外なくみんなコレをやっとるんじゃーい!!)



「最低! 最低すぎるぅッ!!!」


 しかもご丁寧に、飛び散った尿が蛍光色みたいに光ってるんですけど!!

 よくトイレ洗浄グッズをテレビで紹介する時、飛沫がどんだけ飛んだかわかりやすくするやつみたいに!


 きったなー!


 どんだけ便器から外してんのよ!!


 床どころか、自分のズボンにまでメチャクチャ飛び散ってるじゃん!



(見てみるがええ! 男の立ちションが如何に雑菌を撒き散らしておるかを! イケメンだとしても変わらん! 彼奴らのスボンの股間周りはアンモニアと雑菌まみれなんじゃ!!!)



「なんでこんなの私に見せんのよ!!」



(なぜじゃと? それはヤオキチたちに対する愛情が薄いナミへのワシからの愛のムチじゃからじゃーい!)



「は、はぁ!?? 意味わかんないんですけどぉおおお!?」



(ならこうしたらどうじゃ!)



 は? 


「ンギャオオオオアッ?!??!!?」


 真堂先輩が、オッサンたちが…ヤオキチとゴンサレスとジョジーに変わって、私の目の前で大回転サセトルウウゥッ!??



(ウム! ゾウさん大回転させとる時にはイケメンもブサメンもオールドメンも関係ないんじゃーい! ワシはこれを教えたかったのじゃ!  通信終わる!)



 ブッチン…というような昭和のテレビを消すときのように、私の目の前の悪夢の映像が消える。


「だ、大丈夫か? 山中南…」

「私に近寄るなぁ!!」


 ズゴン!!


 私の右フックが真堂先輩の頬骨を砕いたのであった……




☆☆☆




 そんなやり取りを終え、周囲からの冷たい視線を浴びつつ私は席に座る。


 そりゃそうだろう。訳のわからないことを叫んで、皆の憧れの真堂先輩をワンパンでノックアウトして病院送りにすれば、誰もが遠巻きにするに決まっている。


 私は被害者だ!


 あのジジイが悪い!


 そう叫びたかったけれども、どうやればそれを真実だと伝えられるか解らない。


 セイカ様だけは、「戦いのストレスか…解るぞ」と慰めてくれたけれども…

 戦いじゃなく、すべてはあのジジイとオッサンたちの存在そのものによって引き起こされているのだという真実には気づいてもらえてない。


 普通に考えて、私みたいな普通の女子高生が八百屋のオヤジに乗って戦うなんておかしい。

 メンタル豆腐だけど、「逃げちゃ駄目だ」と自分に言い聞かせて戦う主人公とは違う。

 半ば強制的に乗せられ、半ば強制的に戦わされているだけだ。

 あの子はいいよ! だって代わりに戦ってくれるヒロインもいるじゃん!


 私にだってセイカ様やユウキちゃんはいるけれど、代わりにヤオキチに乗せるわけにはいかない。ってか、別に私たちが乗んなくても戦えるんだからいーじゃん!


 あー、考えていたらだんだん腹が立つ。やっぱあのジジイが全て悪い!

 いつの間にかあのペースに巻き込まれるけれど、無視よ! 徹底的に無視! 襲ってくるのを撃退する時だけ! それ以外は無視よ! 無視!


「…ねぇ。なんか新しい先生来るらしいよ」

「え? ゴンサレスじゃなくて?」

「うん。違う先生らしいよ」


 ん? なんか聞き捨てならない囁き声をキャッチした。新しい先生?


 そりゃゴンサレスはセイカ様のご自宅に居候(寄生)して…いや、俗世から隔離されていて(それでもセイカ様のご自宅なんて羨ましすぎですけど!)、この学校に戻って来ることはない。最低最悪の偽教師が来ない…それ事態は喜ばしいことだ。


 でも、どうせあのジジイがまたなんか仕掛けているに違いない。

 還暦型決戦兵器の一体が新しい教師だなんて見え見えのパターンはお見通しだ!



(誰がそんなことするか! ワシは何もしとらーん!)

 


 信じられるものか。きっと両指が火縄銃になってるとか、鼻から爆弾だすとか、眼から怪光線放つのとか、全身が磁力になってるとか、液体金属で原始的武器にだったら何でもなれる…そんなのが出てくるに違いない。



(ほほう! その“あいでぃあ”いっただきじゃーい!)


  

 言っとくけど、それやったらパクリだかんね! 二番煎じどころじゃなく潰されるヤツだから!



(ほうか! アニメ化の障害になるっちゅうことじゃな!)



 アニメ化? 何言ってんのこのジジイは…。


 まさかどっかで余計な広報活動でもしてるんじゃ…


 と、そんなことを考えているうちに何やら教室が騒がしくなってきた。廊下から誰かが教室に入ってくる気配があったからだ。



 ガララ…


「おはようございます。皆さん」


 ……へ?

 

 そこにいたのは私が予想したような背中にコウモリの羽が生えてたり、太陽や雷雲を従えている怪物女ではなかった。

 一目見て“できる女”…社会的に成功を収め、充実した毎日を過ごしている自信に満ちあふれている美女だ。


「鬼瓦先生に代わり、皆さんの新しい担任となりました浦河うらかわ ひとみと申します。以後、よろしく」

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