三十四狂目 『便器の子』
あまりに熱く語ってしまったので本編は次からになります!
便意。
それは全人類が有史以前より戦いを挑み、常に敗北を喫してきた最強にして最大の刺客である。
この強敵を前にしては、いかに無敵の格闘王であろうと、国家予算を遥かに上回る億万長者であろうと、超有名大学をでた天才であろうと、世界中にファンを持つアイドルであろうと、決して太刀打ちはできはしない。
予兆もなく急に差し込む下腹部痛、古びた原付のなかなか掛からないセルモーターを回す時のような超蠕動音、額に滲む汗。全集中で肛門に意識を向ける他ない。
例え、“人はどこから来てどこへ行くのか“…などといった人類史上最大の謎の答えが判明しようとも、便意を催した者を前にしては「ごちゃごちゃうっせーんだよ! こっちは漏れそうなんだ! トイレに行かせろ!」と、哲学者でも、偉人でも、はたまた聖人君子とても同じ反応を示すことだろう。まさに君子豹変す、である(意味が違うが!)。
こんな話を切々と述べると、多くの人々は顔をしかめる。公の場で糞便のことについて語ることは、はばかられることであり、小さな子供が連呼したり、はたまた漢字ドリルに書き込むものと相場が決まっているのだ。
しかし、今一度考えてもみて欲しい。この世界に生きている人はほぼ間違いなく日々を糞便に関わって生きているのだということを!
さて、ここで聞いてみようではないか。あなたが朝起きてまず行くところはどこだ?
顔洗う?
水を飲む?
歯を磨く?
違う。
トイレだ。
便器の前にあなたはまず向かうことだろう。
仮にあなたが朝トイレに行かなかない人だとしても、寝る前には行くことだろう。つまり1日1回はトイレと対面しているのである。それは恋人と出会う回数よりも多いはずだ。
その日は庭には出ないかもしれない。物置部屋には半年入らなかったこともあるだろう。二階には行かないこともあるはずだ。もしかしたら寝室に行かずに居間で寝ることだってあるかも知れない。しかし、ほとんどの人は赤ん坊から年寄りになるまでの間に、必ずと言ってよいほど毎日のようにトイレには行くのだ!!
だが、それにも関わらず、自分の家のトイレを正確に思い描くことのできない! 毎日、一度や二度じゃなく、三度も四度も訪れるトイレなのに、だ!
ここでイメージしてもらいたい。あなたは今自宅のトイレに入っている。それをありありと鮮明に思い浮かべられるだろうか?
便器の色は?
メーカーは?
タンクの形は?
壁紙の色は模様は?
扉のノブの形は?
芳香剤の香りは?
ペーパーの残りは?
洗剤のストックの個数は?
…なんてことだ! あなたは愕然とする!
ほとんど正確に思い出せないということにあなたは驚くのだ!
そして、今ここでトイレに向かってもらいたい!
どうだ!? あなたが曖昧にイメージしていた物より何と汚いことか!
タンクの上には埃がたまり、便座の裏側には黄ばみがつき、便座カバーは異臭を放ち、便器の裏側には黒ジミまでできているではないか! 床にはチヂレ毛まで散らかり、下手をしたら、ゾッとすることに、撒き散らされた旦那や子供の小便でまみれているかもしれない(ちなみに洋式便器で立ションをすると見えない飛沫が最大1メートル近くも飛び散る! あと便座フタを閉めずに流した場合も便器の外側まで見えない飛沫が飛んで汚れていることも知っていて頂きたい!)! そこはまさにバイキンの温床だ! バイキン製造工場なのだ!!
ウイルスが怖いと言って手はこまめに執拗に洗い、消毒を指にぶっかけて、隙間なくピッチリと鼻と顎を覆うようマスクをする! そんな清潔好きなあなた! 部屋の中は超高性能な空気清浄機で、浮遊菌は皆殺しにしているはずだ! 布団に消臭スプレーをふんだんに吹きかけ、空間除菌スプレーを四方八方にバラまいて、「どんなもんよ!」と得意がっているはずだ!
しかーし、それなのに、あなたは便座のフタもせずに平気で流す! それだけでウイルスが撒き散りトイレ内だけでなく、あなたの身体にまで飛沫した細菌・ウイルスまみれになるのも厭わずにだ! あなたこそがバイキンの温床だ! バイキン製造工場なのだ!! 綺麗なのはあなた以外なのだ!!!
いきなりだが例えよう!
あるところにタカシという青年がいた。彼は初めてできた可愛い彼女の家に招待された。
もちろん、もう気分はハイテンションマックスだ。
通された部屋はピンクやホワイトの優しい基調に整えられ、可愛いヌイグルミであふれ、甘い女の子特有の良い薫りがして、たいへんキレイに清掃が行き届いている! 素晴らしい。キレイ好きの女の子ほど好感が持てるものもない。
彼女も心持ち恥ずかしそうにしながら、「いまお茶用意するね!」とそそくさとキッチンの方へ行ってしまった。
事前の入念なリサーチから、今日は家族は留守だ。ご両親の帰宅も遅く、タカシを疎ましく思っている兄も友達の家に泊まると解っている。そして彼女もそれを承知で招待してくれたのである。
オシャレなよくわからんネコのキャラクターが描かれたキャビネットの中の秘密が気になって仕方ないが、ここでそんなヘマを犯すタカシではない。覗き込んだ瞬間に彼女が戻ってくるあるあるなど想定済みだ。
そして、フリル付のチェック柄のセミダブルベッドを見て、ほんの数時間後には二人はあられもない姿であそこにいることだろう…ウッシッシ…などと、タカシは考えてヨダレを啜り呑み込むのである。
そうこうしているうちに彼女が戻ってきた。タカシは慌ててスケベ面を生真面目なものへと変える。
タカシは変態だ。しかし、彼女の前では紳士となる。この三ヶ月、真面目なフリをして清く正しく美しく付き合っていたのはまさに今日のため! 彼女のEカップと想定される胸に触れるのを我慢した己を誉めたい! 褒めちぎりたい! よくやった! 感動した! タカシ! お前がナンバーワンだ! タカシ! お前こそが変態紳士タカシだ!
しかし、こんな時に空気も読まずに現れるのがヤツだ! その名は便意! この場合は大ではないが小だ。しかし、生理現象だからして仕方ない。
タカシは「トイレ借りてもいい?」と聞く。ここで便所という言葉をあえて使わないことが変態紳士の成せる技だ。もちろん、ここで断る者がいるはずもない。いたとしたら気が狂っているか、部屋にオマルでも配置している者くらいだろう。そんなわけない彼女は「廊下を出て奥の方だよ」と教えてくれる。
タカシはちょっと恥ずかしそうに「へへへ」と笑いながら廊下に出る。内股なのはミニタカシが暴走モードに入っているからだ。うーん、この状態だと尿を出すのも一苦労だなぁと思いつつ、あまり時間をかけては彼女に大だと思われかねない。
タカシ、急げ! ミニタカシを少し冷静にさせるのだ! そしてすぐに戻るべきだ! 時間は…そうだな2分程度がいいだろう。あまり早いと、(あら、この人…もしかして手を洗ってない?)などと思われて幻滅されても事だ。ましてや暴走ミニタカシのせいで、尿の放たれる方向が定まらない可能性もある。ミニタカシは左寄りだ(日本男児の7割は左曲がりである)。ゆえに若干の左側からの照準修正を必要とするが、動物で言うとゾウさんがキリンさんになっている状態なのでコントロールが難しい。ゾウさんの鼻がフレキシブルなのに対し、キリンさんの首は直立不動にして骨太なためかなかなか言う事を聞いてくれないことが多いのだ!
そうこうしているうちにトイレへと辿り着くタカシ。そして扉を開いて彼は驚愕することになる。
タンクの上には埃がたまり、便座の裏側には黄ばみがつき、便座カバーは異臭を放ち、便器の裏側には黒ジミまでできている! 挙げ句には床にはチヂレ毛まで散らかっているのだ!!
いやいや、もしかしたら家族の物の可能性も…そうだ。あのクソ兄貴の…いや、しかし、彼女の毛かも知れない! その可能性は高い! それなら少し嬉し…いわけがない! チヂレてるんだぞ! タカシ! それにしたって、長さから言っても髪の毛であることは皆無!
よく見たら…あれー!? 便器内部に茶色い筋が…しかも固化している! 水垢か!? そうだと信じたい。しかし、そうではない! お父さんの…いや、彼女の可能性も…そしたら少し嬉し…いわけがない! タカシは変態だがノーマルだ! そんな物に興奮する特殊スキルはまだ獲得していない(後に得る可能性はあるがね)!
そもそも彼女もこんなところで用を足してるのか!? こんだけ汚れてて、気になって少しは掃除しないものなのか!?
あれだけ念入りに化粧をしているのに、便所の掃除はしないのか!?
部屋の隅々まで掃除が行き届き、持ってきた飲み物である紅茶は磨かれた来客用のブランドものにして立派なものであった彼女!
しかし、便所は汚くても平気なのか!? ペーパーはだらしなく地面すれすれで千切っているし、ペーパーカッター使えねぇのかよ! 芳香剤だって空じゃないか! カッピカピやで!? 補充しろよ! ストックないのか!? 便座カバーだって変色してるじゃないか! ここに座れるのかよ!? たまには洗えよ!!
優しき巨乳の百点満点の美人のタカシの恋人! だが、たった便器が汚いという一つの汚点(便所が汚いだけに!)で全てがパーとなるのである!!
タカシ、100年にも思われた恋はこうして無惨にも幕を降ろしたのだ!!
これを極端な例えに思われるだろうか!? 否! 実体験である! 化粧室で化粧に小1時間はかける女子が使ったトイレを見たら小汚い、5分で済む掃除すらしていない…そんな光景は確かに現実として存在するのであーる!
嘆かわしい! しかしまだ家の便所はまだ掃除するかもしれないが、それでも公衆便所の汚さといったらない! 何が日本人の衛生観念は高いだ! 大嘘もいいところである! そんなことを言ってるヤツこそが汚物だ! 汚物は消毒されるべきだ!
公衆便所を大事に使わないのは、ただ用さえ足せればいい、その数分のためにキレイにする必要はない! そんな浅はかな考えがあるからこそ、小便器の前でゾウさんを左右にブルンブルン振るって周囲を平気で汚せるのだ(ブサメンに限らん! これはイケメン俳優だって同じだ! 彼らもブルンブルンしているのだ!)! ましてや「誰も見てないしー」などという身勝手な日本人の特性をもろに明らかとするものである! 日本人に強盗よりもコソドロが多いのも頷けよう!
話は少しそれるが、和式便器の形状を少し考えてみて欲しい! 便座の上に跨り、糞便をする! これは和装には極めて相性がよく(着物はそのまましゃがんで尻を剥き出すこと、また褌は横にズラせる点で理に適っているのだぁ!)、極めて高等な技術を必要とするが、洋式とは違い尻を便器に付けない最も衛生的な日本人が考え出した形状なのだ! そして中華式便器にはない金隠しこそが日本人の奥ゆかしさを醸し出していると言えよう! 昨今、洋式便器が流行っており、確かに筆者も最近では洋式便器派ではあるが、あのゆったりと座れる形式は利点もあるが人間をダメにしてしまう。俗に言うウ○コ座りと呼ばれる蹲踞姿勢、これは農耕民族たる日本人の足腰を鍛え、特にヒラメ筋と呼ばれる脹脛を強靭なものとするのに一役を買ってきたのだ。聞くところによると、今の若い子はその筋力が弱っているために蹲踞姿勢を保てず和式便器を使えないのだと言う! なんと嘆かわしいことか!
そして、何よりも便器に座す時間である! つい、朝方のお父さんは新聞紙を持って洋式便座の上に長居してしまいがちだが、和式便器ではそうはいかない! 和式便器では長くても10分程度で用を足して出てくることだろう! リラックスするために便器はあるのではない! 用を足すためにあるのだからして! 勤勉な日本人の特性とまったくもって和式便器がマッチしている大きな点だ!
そして和式便器特有の尻が丸見えの恥ずかしさ! これだ! 日本人だからこそか、この姿勢は恥ずかしいのだ! 誰も見てはいないが、なんだか後ろが恥ずかしい! こんな間抜けな姿は晒していたくない! だからこそ“早く”終わらせて出る事ができる!
朝のクソ忙しい時間(文字通り糞便たれるのにという意味でも!)、便所の前で家族が行列を為すなどということは和式便器時代にはまずなかったのである! 便器は大家族であっても、家に1個で充分であったのだ(今では四人家族なのに各階に便所を設けているではないか!)!!
失礼! 話を戻そう! 何が言いたかったかというと、和式でも洋式でもまあいい! とどのつまり、公衆便所をキレイに使う! それこそが、真の“おもてなし”である! それこそが和の精神である! 次の人に気持ちよく使ってもらえるよう汚さない! そしてもし汚したらすぐに拭く! なんのためにトイレットペーパーがあると思う! あれは尻を拭くためだけではない! 便器を磨き上げるために存在するのだ!
余談ではあるが、便所掃除のために色々アイテムを揃えている者が散見されるが、必要なのはトイレットペーパーと洗剤一つとブラシだけである。よく汚れが落ちないとか言うが、それは使用後に毎回のように洗う習慣がないせいだ! 使ったら、汚したら、“常”に掃除する! 便器に座ったら拭き取る! “常”に清潔に保つ! これがカビや尿石や異臭の元を断つ最高の手段である!
ゆえに「旦那が洋式便器で立ちションするから汚れて仕方ないのよ。だからうちは座りションさせてるの」などという論はまったくもって無意味! 旦那が立ちションしたら、旦那に毎回の如く便器周囲および壁紙を拭かせれば問題ない! むしろ男性の座りションによって、尿路感染や排尿障害といったリスクを負う方がよろしくあるまい。そんな健康を害するよりは、トイレをほんの数秒かけて掃除する習慣を身に着けた方がよろしいと筆者は考えるものだ!!
長々と続けたが、結論として! 便器に人はもっと感謝すべきである! それだけ我々はお世話になっている! 我々を襲う便意という刺客からの救世主なのだ!
便器とは何か!? それは『便利な器』の略称である! 我々のもっとも身近にいて、我々を助けてくれる存在なのである!
こういう話をする者は白い目で「何を言ってるんだ…おかしい話だ」と鼻で笑うかもしれない! しかーし、そんな人物も便所に行くではないか! あれだけ便器にお世話になっておいて、下手をしたら親兄弟よりもあなたの世話をしているのは便器なのだ! あなたは便器によって育てられたと言って過言ではない!!
便座に座り、用を足している時こそ、そこで人は自分自身と真に向かい合う時なのである。便所に座っている自分の顔を見たことがあるだろうか? 試しに手鏡を持って入って欲しい。そこには恥も外聞もない。“真の自分”となったあなたが座っているだろう。それは世界中の何処の美男美女よりも美しいはずだ!
しかーし、それでもまだこの話を頭のおかしい人間の戯言と罵る無知蒙昧なる者たちがいることだろう! ならばこそもっと深い視点で語ろう!
人間1人が1日あたり平均200グラムの糞便をするとして、人類を75億人とするとおよそ1兆5000億グラム…つまり15億トン! 1日にそれだけの排泄物がこの地球に誕生しているのだ! むしろ人間以外の生物も合わせれば途方もない糞便が地球に生じるのである! 我々はこれだけ地球に迷惑をかけているのである!!
しかし、便器はこれだけ汚されても文句一つタレることはない(物理的にタレられる側であるが!)! ただ我々の便を一心に受け止めてくれるのだ! そして、大きな視点で見れば我々の糞便を受け止めてくれる地球こそが大きな便器とも言えるのではなかろーか! 便器…いや、むしろ大便器…否! そんなありきたりな枠組みでは表現しきれん! “超便器”とお呼びするのが相応しかろう!
まさに偉大なるは超便器! 呼び捨てなど烏滸がましい! 超便器様!
ビバ超便器・宇宙船地球号様!!
ありがとう! 本当にありがとう!!
我々はまさに、“便器の子”なのであーーーーる!!!!!




