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三十三狂目 『抜きもらし鼻毛、前から見ても? 横から見ても?』

「ギャハハハハ! マジ、ありえなくね?」

「マジマジ。ありありえなくね?」

「いやいや、マジだって。ありありありえなくね?」


 優先席を占領して、馬鹿みたいな大声で談笑している男子高校生。あるあるよね。


「…注意するべきです、かね?」


 私は思わずセイカ様の顔を見てしまう。


「ん? 電車というのは、会話してはいけない場所なのか?」

「へ? いや、そんなことはないですけど。常識の範囲内でないとと言うか、マナーというか…」

「携帯電話も不快に思う人いますからね」


 うん。ユウキちゃんの言う通り、電話の声ってなんか大きいしね。通常の会話は気にならなくなくても、なんか気になっちゃうよね。


「…そうか。しかし、今は敵を探すのが優先とすべきだろう。

 電車の中というのがこんなに狭い物とは思わなかったからな。戦闘となった場合の立ち位置。被害を最小限にすることも考えねば」


 セイカ様なんか色々と考え事してそれどころじゃないみたい。

 っうか、戦闘って…私としては敵意がないことをアピールして穏便に解決できればいいんですけど。

 もちろん会話が成り立たない敵は倒すしかないかもだろうけど、ヤオキチ、ゴンザレスやジョジーだって、勝手に改造されて白木のクソジジイを恨んでいるし。クソジジイを糾弾できる仲間ならむしろ増えてもらった方がいい。私の元の生活を返してもらうためにも!

 ……ってか、そういう、あの三体はどこ行った?


「あ!? んだよ、オッサン!」


 げ! ヤオキチ、ゴンザレス、ジョジーがあの男子高校生がいた優先席の方に!


「オイ。クソガキども。その席を空けろ」

「はあ?」

「キッサマー! 卵から孵ったばかりのピヨピヨがぁ! なぁにいっちょ前にイキっておるかぁ!?」

「誰がピヨピヨだ! 意味わかんねぇっし!」

「ヘイ! ヤングは立つべきだゼ☆」

「うっせぇ!」


 へ? なんだ? もしかして、マナーが悪いのを注意しに行ったの?


「さっさとどけ! バカヤローが!」


 鬼の形相で迫るオッサンたち。

 

「イテェ! この変な鉄の塊が当たってる! しかもなんか青臭えぞ!」

「ぐぁあ、このオッサンの息が臭え! 眼に染みる!」

「リーゼントがベトベトする! ハエ取り棒かコレ!?」


 カッコつけ男子がその迫力に勝てる訳もない。キスするんでないかというぐらいに脂ぎった顔を近づかれて、懸命に脂取りシートで自分の顔拭ってるけどまるで効果ないわ。

 ああ、近づくだけでこんなにもダメージを与えるなんて…。

 結局、男子高校生は泣きながら隣の車両に走り去っていった。


「さっさと譲ればいいんだ! ここは年配者のための座るところだ!」


 あれ。なんかヤオキチの後ろにプルプルと震えているおじいちゃんがいた。なんかオッサン三人のインパクト凄すぎて見えなかったわ。

 そっか。もしかして、ずっと席に座りたくても、あの馬鹿男子どもが占拠してたから座れなかったんだね。

 え? ということはもしかして、ヤオキチ…あのおじいちゃんのために?


「さて!」

「あ、ああ…どうも、ありがとうご…」


 ドガッ! ドガッ! ドガッ!


 カチャ! パチュン!


 カチャ! パチュン!


 カチャ! パチュン!


 グビグビグビ! グビグビグビ! グビグビグビ!


「プハーァ! うめぇ! 電車で乗りながら飲むビールはうめぇ!」

「ブワハハッ! この鬼瓦! この一杯のために生きておるわ! まさに命の洗濯よ!」

「ツマミは煮干しで決定だゼ☆」

「バカヤロー! 馬刺しに決まってんだろうが!」

「スーーーーザーーーーーーン!!!!」

「この俺様は超松阪牛のサーロインよ(犬共からパクったエサ)!」

「ちょっとぉ!!!」


 私の叫びに、優先席で酒盛りを始めたオッサンたちが一斉に振り向く。


「なぁにやってんのよ! ここにもっと年配の人! この席をもっとも必要としている人がいるでしょ!」

「あ、いや、お嬢さん。い、いいんですよ…」

「よくありません! 立てる人は立ってた方がいいんですから!」


 信じられない! 少しでも感動しそうになった私が馬鹿だったわ!

 三人はようやくおじいちゃんに気づいたようで、「へー」とかあんま興味なさそうに言う。


「アンタが自分で言ったんだからね! “ここは年配者のための席”だって」


 ヤオキチは面倒くさそうに耳をほじっていやがるわ!


「うるせぇ! バカヤロー! あと、ちびっとで棺桶だろうからそれまで我慢して立っとけや、ジジイ!」

「これは慈悲よ! まさに冥土“が”土産というわけだな! 感涙にむせび泣いて逝くがいいわ!」

「足腰を鍛えとかなきゃ三途の川も渡れねぇゼ☆」


 ひ、ひどい…。

 そんなの白木のクソジジイに言ってやんなさいよ!


「こ、こんな屈辱を…」

「ご、ごめんなさい! この馬鹿三人組はどっかおかしいんです! 常識外の未確認生命体なんです!」


 おじいちゃんに平謝りする。ってか、なんで私が謝らなきゃならないのよ!

 

「やはり嫁の反対を押し切って、貯えてきた年金を使う!」


 へ? おじいちゃん…?

 あ、なんか懐からパンフレットみたいなのを……


「ワシもサイボーグになってやる! そしてこの屈辱を晴らす!」


 あー! それって白木のクソジジイの配ってるパンフレットじゃん! 改造手術のアレじゃーん!


「ちょっと待って! 早まらないでおじいちゃん!」

「うるせぇ! 必ず復讐に戻るからな! 覚えておけ! 小娘!」

「ちょ! 私じゃなーい!!」


 私に向かって中指を立て、おじいちゃんは隣の車両へと走り去った。

 ってか、なんでよ! 私じゃなくてこの三馬鹿じゃん! むしろ、私はおじいちゃんのためを思ってたじゃん!


「…チッ。馬鹿女せいで倒さなきゃなんねぇ敵が増えたな」

「はあ!? アンタらが席を譲ればこんなことになんなかったんじゃん!」

「バカヤロー! テメェがあんな死に損ないに話しかけたのがそもそもの原因だろうが!」

「まったくもってその通りだ! 山中! 余計な世話は百害あって一利なしと教えたじゃろがーい!」

「そんなこと教わった覚えてなんてないわよ!」

「ハッハー! イライラした時は煮干し食いながらレッツランだゼ☆」

「ちょっ! 食いかけの煮干しなんていらないし! 走るわけもないじゃんか! このバカ!」


 クッ! 三人組トリオになって私の負担も三倍どころか三乗よ!


「もう! ここはセイカ様からも…」

 

 こういう時はセイカ様からビシッと……あれ? 

 なんか、セイカ様が見知らない男のネクタイ引っ張ってるんですけど。なんかこっちも修羅場!?


「貴様。どうして雲上の胸に触れようとした?」

「ヒィイ!」

「越宮先輩。あまり乱暴なことは…」


 ゆ、ユウキちゃんの胸に触れようとした!? それってまさにチカンじゃん!

 そのチカンは、オタオタとしているなんかオタクっぽい感じの人。うーん、なんか苦手なタイプだ。


「拙者はただ失われた芸術を取り戻そうとしただけで…」

「羽鳥くん…。同じ電車だったんだ」

「そ、そうです! ユウキ氏!」


 ん? なんか知り合い? 確かに緋堂学院の制服着てるし…フケ顔だからリーマンとばかり思っちゃったわ。


「雲上の知己か?」

「まさしく! 友人を通り越した、親友をさらに超越した関係の…」

「ただの顔見知りです」


 メガネの人が固まる。うわー、なんかユウキちゃんに悪気はないんだろうけど、これって真顔で言われると大ダメージよね。


「…で、単なる顔見知りがどうして胸に触れようと? まさか肩を叩こうとしたなどと誤魔化すわけではないな?」

「え? いや、でも、その可能性を考慮して頂いても…」

「貴様は肩を鷲掴みにしようとするのか? 手付きが肩を叩こうとするような素振りではなかったぞ」


 あー、きっと指をワキワキしながら…そんな想像するとスッゴイ気持ち悪いわ。


「あの、別に胸を掴まれるぐらい減る物じゃないし平気なんですが…」


 ちょーっと! ユウキちゃん! それダメ発言だから!

 ゴンザレス、ヤオキチ立ち上がるな!

 そして車内の男連中、喉をコクリと鳴らすな!

 これだから男ってヤツは!


「確かに掴むのは構わん。私もその程度は気にせん。しかし、私が言いたいのはそこではない。常識的に考えても、いきなりではなく、まずは本人に許可を求めるべきだろうということだ」


 いや、セイカ様! それもおかしいですって!

 ってか、男連中! 何こそこそと「後で許可もらおーぜ」とかって内輪の話してんの! 


「あー! もう! 話がおかしくなってる! とりあえずチカンは絶対ダメ! ノータッチ・ノーロリータ! イエス・ワイズマン!」

「な、なんと、拙者に魔法使いどころか…賢者ワイズマンになれ、と!?」

「そうよ! チカンなんてチョン切られてもいいぐらいの大罪よ!!」


 私が指でハサミを示すと、男どもは慌てて股間を抑える!


「ウホッ!」


 ん? なんかゴンザレスたけは顔を赤らめてて気持ち悪いんですけど…いや、何も私には見えなかった!


「しかーしっ! こんなことをせねばならなかった拙者のせめて言い訳ぐらいは聞いて下されぃ!」




☆☆☆




 唐突だが、羽鳥の回想…



「なにフラれたって?」

「は、はい」


 ここはとある有名な占い師の館。

 今宵も人生という名の迷路に迷う若者が一人やって来ていた。

 何とかデラックスと名前をつけたくなるような、ふくよかな体型に、怪しげなローブを頭までスッポリとかぶった女占い師は水晶に逆さに写った若者の顔をジロッと見やる。


「…へえ。その女の子の裸が見たいがために、デッサンと偽って騙していたのかい」

「な、なぜそれを!?」


 迷える若者…羽鳥は驚きにわななく。 

 ここに来てまだ5分とて経っていない。そして何があったか伝えてもいないのに、目の前の占い師は意図も簡単に言い当ててしまったのだ。


「顔を見ればピタリと当たる。それが“マザー・エレガント”さ」


 噂は本当であったのだと、羽鳥はゴクリとツバを飲み込む。


「…途中までは順調だったのであります。黄昏に暮れなぞむ教室。静謐なる二人だけの密事。手と手を交わし、目と目を合わせ、久遠とも想われた至福の一時」


 羽鳥は目尻に涙を浮かべ、過去を懐かしむ。

 彼の脳内では昼ドラも白旗を上げるであろうコテコテの青春劇が繰り広げられていた。

 そんな場面一つも無かっただろとか、三猿、鴉犬もいただろうとか、そんなことはもはやどうでも良いことだった。羽鳥の中で、彼らは単なる背景の置物にと成り下がっていたのである。


「しかし、それを邪魔するにっく彼奴きゃつ!」


 羽鳥の顔が悔しさに歪む。

 彼の脳内では、港のボラードに片足を乗せたリーゼントが白い歯を輝かせている姿がありありと浮かびあがっていた。その笑みは嫌味ったらしい悪意に包まれ、眼は死んだ魚のように淀みきっている。

 そしてピンクのフリルドレスに身を包んだユウキ(もちろんピンクの花のついたカチューシャ付)を横抱きにかっさらおうとしているのであった。

 彼女は大きな瞳に涙を浮かべ、白魚のような細い手(実際には彼女は日焼けして褐色であり、華奢というほど細くはない)を伸ばし、羽鳥に助けを乞うているのである。「助けて、羽鳥様!」、と。間違いない。彼にだけはそう聴こえていた。


「振られた…? 否! 断固、否でありますぞ! 拙者とユウキ氏は赤い糸で繋がれた関係! 彼女は…そう! 奪われたのであります!!」


 妄想が現実にとって変わる…強い思い込みは、彼に都合のよい解釈を与えた。これこそがまさに“ストーカー思考”であり、ここに一人の新たな犯罪者予備軍の誕生を迎えたわけであった!


 さて、ここで彼を止められる存在は、まさにマザー・エレガントしか居なかった。彼女が占い師特有の権威かつ確信ある言い回しでもって、世の常識を上手いこと伝えることができさえすれば、警察の皆さんのお仕事も減ることであろう!


「……嫌よ嫌よも好きのうち」


 マザー・エレガントは、水晶球を見ながらポツリと呟く。


「男ならこんなとこで愚痴ってないで、とっとと奪い返してこんかーーーーいッ!!!」


 ガタンと机をひっくり返し、マザー・エレガントは勢いよく立ち上がる!

 水晶やタロットカード、ロウソクやダウジングロッド、筮竹ぜいちくやおみくじ箱、『危険! 馬鹿なお客を騙す丸秘心理学』といった書籍などもろもろが地面にと散らばる!

 突然のことに、妄執に取り憑かれていた羽鳥も呆気にとられていた。


「…好きなんだろ?」


 声を落とし、さっきの激高はどこへいったやら…そんな優しい声で問われたことに、羽鳥のシジミのような目が大きく開かれる。


「オッパイ揉んできな」

 

 羽鳥の眼に、マザー・エレガントはまるで聖母のように映る。輝きに照らされて危うく昇天しそうになる(比喩ではなく、本当に背後から電灯で照らしているだけなのだが。文字通りのハロー効果である)。

 奇跡を目の当たりにした如く、土下座せんばかりに羽鳥は両膝を付く。


「オッパイ揉めばそれで解決する。だいたいの恋愛ってのはオッパイさえ揉めば万事解決なんだよ」


 なんということでしょう! 

 まさに悲劇! まさしく悲劇! どうしても悲劇!

 こともあろうか、占い師が行ったのは羽鳥ストーカーを焚きつけるアドバイスだったのであーる!


 ストーカーを増長させる存在! それはまさに無責任なババアの発言にあると言って過言ではない!

 何の関係もないのに、我がもの顔でズケズケと他人の心情に口を出す! その厚顔無恥な鬼の所業!



 あなたの職場にもいるだろう。オバサンだらけの職場の中、唯一の二十代女性。

 独身男性である君はそんな小柄で可愛い“マユちゃん(仮称)”のことが気になって仕方がなかった!

 そんな時、一人のババアが声を掛けてくる。「アンタ、マユちゃんのことが好きなんでしょ。分かってんだよ。頑張りな。応援してるよ」などと、親切そうな振りをして近づいてくるのだ!

 「マユちゃんだってホントはアンタのこと気になってんだから。ほら、オバサンがデートのセッテングしてあげるよ。マユちゃんにはアタシから言っとくから!」と、頼んでもいないのに映画のペアチケット券を押し付けるのである!


 緊張しつつの初デート。薄暗くなった夜道をあなたのポンコツ軽自動車は走って行く。

 途中、風俗店街を通り少し気まずい雰囲気だ。いや、元々あまり会話はなかった。冗談で「ちょっと休んでいこうか」なんて言ってみたくとも、今まで陰キャとして生きてきたあなたにそんな気の利いたジョークをサラッと言う能力などあるはずもない!

 あなたは心の中で言い訳する。(僕は紳士なんだ。チャラ男なんかじゃない。こうやって真面目な交際を続けて行くんだ)、と。

 そう。彼女と上手く会話できなくとも、こうやってデートを続けていけばそのうち慣れてくるはずだ。

 オバサンも言ってたじゃないか。彼女も僕のことが気になっているのだと。ずっと顔を伏せているのはきっと恥ずかしいからに違いない!

 可愛いだ。一回り離れていてもいいじゃない。そんなにおかしくない年齢差だ。

 うん。大人の余裕で彼女を温かくリードしていこう。大事に、大事にね。


 そう心に決めた時だ…


「あの…」


 マユちゃんが思い切ったようにあなたのことを見つめる。あなたの胸がドキンと一つ高鳴る。


 え? もしかして告白? 初デートで? 攻めてる? 僕、もしかして攻めてるの!? 


 うひょー!


 えっと、ホテルに戻るルートは…大丈夫! 一週間ルート検索したんだもん!

 ここからなら3分でホテルに戻れる! いや、ホテルでなくても公園が確かあったな!

 いざとなればそっちに向かってもいい! こんなこともあろうかとヤブ蚊対策の蚊取り線香はダッシュボードに備えてある!


「……もうこれっきりにして下さい。こういうの、言い辛いですけど……迷惑なんで。ごめんなさい」


 有頂天から一転、あなたは頭を開けて氷河を詰められたような気分になる!


 天国から地獄とはよく言ったもので、血の池の鬼たちが笑顔でおいでおいでしている光景が脳裏に走った……



 翌日、死んだ顔で出勤すると、噂は大きく広がっていた。僕が振られたという話だ。心なしか同僚たちの眼が冷たい。

 マユちゃんだ。僕を見るや否や、眉を寄せて目を逸らし走り去ってしまった。ああ、穴があったら入りたい…。

 通りかかった休憩室からオバサンたちの声が聞こえてきた。


「まさか本当に告白するなんてね!」

「だからアタシは言ったんだよ。無謀だってね! 夢見るのは布団に入ってからだけにしなって話だよ!」

「まったくよね! アタシが30年若くてもあんなモヤシはゴメンだよ!」


 ギャハハハという品の無い笑い声が響き渡る……



 と、これがババアどもの実態なのであった!


 ちなみに断っておくが、これはくれぐれも例え話であり、筆者のリアルな体験談などではないことは断っておこう!!




☆☆☆




「…なるほど☆ マユちゃんとのデートの失敗がトラウマになったというわけだったんだな!」

「ちょ! ジョジー違う! そっち関係ないから! 占い師から余計なアドバイス受けて、ユウキちゃんに手を出そうとしたって話だから!」


 何よ! しゃしゃり出てきて、まったく理解してないくせに知ったかぶって拍手なんてしてるんじゃないわよ! このクソリーゼントが!


「話は解ったが、納得はいかないし同情の余地もないな」

「そうですよね! セイカ様! このまま次の駅で警察に引き渡しましょう!」

「そんな! 後生であります! ユウキ氏!」


 羽鳥という男はユウキちゃんに助けを求めてみっともなく泣き喚く。

 そんなに後悔するなら最初からやんなって話よ!


「山中先輩に越宮先輩…。ボクは大丈夫ですから」

「ユウキ氏ぃ〜!」

「あ! コラ!」


 一瞬の隙をついて、ユウキちゃんの後ろに隠れる羽鳥。セイカ様も千切れたネクタイを見てため息をつく。


「ユウキちゃんは優しいんだから…。ってか、山中先輩じゃなくてナミね」

「解ったゼ☆ ヤオキチ・ガール」

「アンタじゃない!」

「は、はい。ナミさん」


 え? なんか、私とユウキちゃんをセイカ様がジッと見ているんだけど…。


「そうだな。私のことも名前で呼んでくれ。逆に君たちのことも名前で呼ばさせてもらおう」

「セイカ様?」

「ナミ。ユウキ。…フフッ、改めて呼ぶと照れくさいものだな」

「あ! ナミさん!」


 倒れる瞬間を、ユウキちゃんが支えてくれる。

 あまりの至福に、危うく私の意識が忘却の彼方へ消え去るところだったわ!

 あのセイカ様が! あのセイカ様が! 私のことを「ナミ」だなんて! そりゃ私の名前なんだから珍しくはないけどさ! これはそういうことじゃなくてセイカ様が呼んでくれたことに深い意義が…


「ヤオキチ・ガール!」


 そう。誰でもいいわけじゃない。それは特別な人に呼ばれるという…


「ヤオキチ・ガール!!」


 恋人たちの進展ってこういうものよね。名前呼びから徐々に深く仲が…


「ヤオキチ・ガール!!!」

「あーもうなによ! 人が気持ちの良い余韻に浸ってる時に!」


 いつもいつも! 私はヤオキチガールなんて名前じゃないわよ!


「…敵だ」

「へ?」


 セイカ様の言葉と周りの重苦しい雰囲気に私はようやく気づく。

 隣の車両から何者かが現れたことに。そしてその普通ではないオーラに、今まで私たちのやり取りを見ていた乗客たちも呑まれてしまったかのようだった。


「あー! あの方は!!!」


 羽鳥がメガネをクイクイさせながら大声を上げる!


「ある時は痴漢撃退セレブリティ…ある時は超高級美容サロンの女社長……はたまたある時は“超新宿の母”と呼ばれる有名占い師……さて、その実態は…」


 赤いコートを脱ぎ捨てる! その下から現れたのは、蝶マスクに派手なスパンコールドレスを着た年輩女性だ!


「アテクシこそが『エレガント武田』! アータたちを便座に代わってお仕置きよ!」



 と、いつもと同じく何の脈絡もなくでてきた大ボス!

 はたして漫才トリオとなったナミは無事にエレガント武田を撃破できるのであろーか!? 


 次回につづーーーーくぅッ!!

 


 ………。




 あれ? ナミさん?


 ちょっと。ツッコミ入れないんすか?  


 “このクソナレーション”とか?


 …………え? ちょ、ちょっと…?



 …………つづーーーーくぅッ(涙)!!

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