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三十一狂目 『パンティ・トゥ・ザ・ウォッチャー part3』

 後日。超北海道、超網走刑務所。


 空っ風が吹き荒ぶ檻の中で、男たちは壁に向かってブツブツと懺悔の言葉を呟いていた。


「…見てごめんなさい。見てごめんなさい。携帯落とした振りして見てごめんなさい。見てごめんなさい」

「…悪夢だ。悪夢だ。悪夢だ。すんません。すんません。すんません」


 薄暗い中、まるで念仏のよう不気味に木霊する。

 そんな中で、一人の若い男がいきなり立ち上がる。


「…紫、紫、紫。うぁぁぁッ! 来るなぁ! 来るなぁ!」


 左右に揺れ動く焦点の合わぬ眼で、己の頭を壁に叩きつける。


「またか! 囚人S3999号!」

「クソッ! 手間のかかるヤツだ! 取り抑えろ!」


 刑務官たちが両腕を抑えると、囚人は大人しくなって口をパクパクとさせる。


「来る…きっと来る…」


 うわ言のように呟く囚人に、刑務官たちは眉を寄せる。


「…コイツ、超東京から先月来たヤツすよね? ここの部屋の連中みんなおかしくなってますけど、コイツが一番ひどいっすわ。いったい何を見たっていうんすかね」


 若い警務官が先輩に問う。


「……さあな。たが、人生を無にするほどの強烈な何かだったんだろう」


 先輩警務官は囚人をベッドの上に連れていくと小さくため息をついた。


「……俺はこんな風にはなりたくないすわ」

「ああ。肝に命じておくがいい。痴漢だなんて非人道的な真似をするからこうなる。“ちょっとぐらいいいだろ”…そんな安易な気持ちが彼らの人生すべてを破壊してしまったのだ」


 若い警務官は頷く。


「彼らには家庭もあっただろう。仕事もあったろう。仲間や恋人にも恵まれていたかもしれない。しかし、たった一つの情欲。そんなほんの一瞬気の迷いのせいで、取り返しのつかないことになってしまったんだ」


 先輩警務官は一瞬だけ憐れみの囚人たちに視線を向ける。


「だが、ここでは誰も慰めてなどくれない。己を見つめ直し、その罪の重さを噛み締めるのだ」


 その眼に憐れみはもはや一片の欠片もない。罪の償いをただひたすら無常に見届ける公務員としての責任だけがあった。


「痴漢は犯罪ってことすね」

「そう。痴漢は犯罪。許されぬ行為なのだ」



 後日、各駅のポスターはこの超網走刑務所をモチーフとした漫画風に変わった。

 警告から、“実際に犯罪を犯した人間がどうなるか”を描いたリアルな描写は効を奏し、超日本の痴漢犯罪率は大幅激減することになるのだが……それはまた別の話である。




☆☆☆





「……ってなことがあってだな!」

「はぁ!? なにそれ! ってことは、アンタ、見知らない人に罪被せて痴漢行為したってわけ!?」

「何が痴漢だ! “たまたま見えちまった”ってんだろうがッ! バカヤロー!」

「うそこけ! めっちゃ覗き見る話だったじゃん!」


 何が自慢気に話してると思ったら、ただ単に電車で行った犯罪行為じゃん!


「だから白だったってんだろうがッ!」

「色なんか聞いてないわよ!」

「黒だったらアウトだがな!」

「何よ、その滅茶苦茶な理論!」


 居間でヤオキチと言い合う。不毛だけど、公衆の場でそんなことしてたなんて許せない!


「まあまあ、それでヤオキチは捕まらんで済んだんだからよかったじゃないかのぅ」

「はぁ? そんな問題じゃ…。でも、ってか、そうだ! そんな堂々と見てそれこそなんで捕まらなかったのよ!?」

「ああー? いや、なんかその後よ、その隣に座ってたクソババアが名刺をよこしやがってよ」


 ヤオキチが腹巻きから引っ張りだす。シワクチャになった名刺だ。

 ってか、コレ。自分で印刷するようなペラペラの名刺じゃなくてちょっとお高いヤツじゃないの? なんか文字も活版みたいだし、紙質かなりいいんですけど。それを腹巻きん中に入れとくって…。


「なんで痴漢相手に名刺なんか…。でも、これ名前…『エレガント武田たけだ』って。もしかして芸能人か何か?」

「あ! それ還暦型決戦兵器の一体じゃな」

「へー。……はぁ!?」

「ワシが造ったヤツじゃ」

「ど、どーいうことよ!? 女の人もいるわけ!?」

「はぁ? ナミっちょよ。お前さんはおバカか? 男だろうと女だろうと還暦にはなるじゃろ?」

「そんなこと解ってるわよ! そうじゃなくて!」

「うるせー! バカヤロー! いちいち細けぇことで騒ぐな!」

「何が細かいことよ! ってか、相手が還暦型決戦兵器ならなんで倒さないのよ! なに呑気に名刺なんかもらってんのよ!」


 ヤオキチとジジイは揃って肩をすくめる。やめい! ムカつくわ!


「そんな見知らずのヤツと戦うわきゃねーだろうが」

「その見知らない人のパンツ覗こうとしたのはどこのどいつよ!?」

「ナミよ。そう好戦的なのはいかんわい。還暦型決戦兵器といえど、ゴンザレスやジョジーのようにお互いに理解しあえる…」

「私、その両方とも戦ってるんですけど!!」

「ウヒヒッ。そうじゃったのぅ」


 キー! 絶対に後々面倒なことになるって解ってるのに! コイツら!!


「山中! その名刺の裏側になにか書いてあるぞ!」

「ゴンザレス! ってかなんでアンタもうちにいるのよ!?」

「教師が生徒の家にいて何が悪いというかあッ!」

「勝手に入ってきて悪いに決まってんでしょうが!」

「黙れい! そんなことはどーでもいいちゅうちょろうがーい! さっさと名刺を裏返せ!」


 もー! ドイツもコイツも!

 言う通りにするのは癪だけど名刺を裏返す。

 裏側には……


『キル・ユー! 大事なマイ・サンを倒したクズは絶対に逃さないわ! 覚悟しなさい!』


「ゲ…。これって血文字…。果たし状になってるじゃん! やっぱり、面倒なことになったよ! ヤオキチが覗きなんかするから!」


 泣きたい気持ちになって地団駄を踏む! あーもう!


「バカヤロー! なんでも人のせいにすんじゃねぇ!」

「なによ! じゃあ何でこんな物を!」

「…あー。確かエレガント武田はビューティ鷹田の母親じゃったわーい」

「…………へ?」

「ほれ。よく見てみぃ。血文字の下に宛名が書いてあるじゃろ?」


『フォー・ユー “ナミ・ヤマナカ”』


 へ? 私だけ名指し……そんな!?


「だ、だって…私だけじゃ…」

「そうか! バカ女! オメェがあのヘンテコ美容師をブッ倒したからこんなことになったんだな!」

「山中! キッサマー! こんな人様に恨まれる真似を!」

「いやいやいやいやいや!」

「何が“いや”だ! いやよいやよも好きのうちっつーことか!? バカヤロー!」

「マジか!? ウヒー。やはり恐ろしい女じゃ! 大人しい顔して味方も敵も嵌める! まさに悪女の鏡じゃな!!」

「なぁに調子のいいこといってんのよ、クソジジイが! 元凶はアンタじゃんか!」


 あー。コイツら、また私を!


「でも、ヤオキチの行動だって問題ありでしょ! こんなトラブル持ち帰って!」

「うるせー! だから白だってんだろうが!」

「だから色なんか聞いてないわよ! なんでそんな話になるのよ!?」

「山中! キサマが薄ピンクのパンティをはいておるからと喰いつく必要などなーい!」

「……は? ゴンザレス。なんで、私の下着の色を…」

「ブワハハッ! 何を隠そう、いま、現在、ここで! この俺様がはいてるからに他ならーん!」

「はぁ!??  な、なに、勝手に人の下着はいてんのよ!? 汚い! このクソ変態がァッ!!」

「黙れぃッ! 生徒の物は教師の物! 教師の一物は女王様の物! そう世の中はできておーるッ!」

「どこのジャイ●ニズムよ!」

「たかが下着ごときで騒ぐんじゃないわい。そんなに困ってるならワシの赤フンを…」

「そんなんいるかぁッ!」


 

 と、痴漢が逮捕されようがされまいが、賑やかな山中家はいつもの通りであったのであーーーーった!!!

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