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三十狂目 『パンティ・トゥ・ザ・ウォッチャー part2』

 胸をもんだ、尻をさわった、盗撮したなどなど。電車の中じゃそんなトラブルは日常茶飯事だ。


 満員電車の男女。男と女がこんだけくっつきゃ、そら何かしらあるもんさ。何もねぇ方が異常ってなもんだ。

 この世界じゃ、舐めたヤツから落ちていく。……舐めたったって、実際にペロペロも含まれるけどな。

 さわられたくない女、さわりたい男、見せたくない女、見せたくない男…そんな熾烈な争い、電車内で起きる裏側の静かな戦争。

 さっきみてぇに甘く見て、自分でも真似できるんじゃねぇかな~なんてヤツに限って真っ先にお縄だ。俺はそんなヤツらをごまんと見てきた。


 しかし、その中でも犯罪すれすれのところを生きる男がいる。それが俺さ。

 見た目は単なる大学生。だが、その中身は別物だ。幼い頃から鍛え上げてきて鋭い観察力から、人呼んで、“ザ・ウォッチャー”……まあ、誰にも言ってないからそう呼ばれたことは一度もないが。


 さて、話を戻すが、むやみやたらにターゲットを選んではいけない。

 男たるもの、相手が幼女だろうが年寄りだろうが関係なしに、パンツを観る機会があれば見てしまうという遺伝子がある。先の男もそんな誘惑に破れちまった憐れな男だったんだ。

 欲望を上手くコントロールできてこそ、つまりエロスとスリルを絶妙なバランスで保ってこそ真の“ウォッチャー”となれる。


 おさわり? 盗撮?

 俺から言わせればナンセンスな話だね。俺が使うのは瞬間記憶能力と超想像力の二つ。

 つまり、視た映像を鮮明に記憶に焼き付け、それをさらに強い妄想力でイメージの中でおさわりを楽しむ! 俺は幼少の頃からこれだけのためにこの能力に磨きをかけてきたんだ。


 しかし、そのためには妄想を膨らませる相手が必要なのも事実。しかしその相手というのは意識のない相手とか未成年者ではダメだ。それと見られたくないのに、わざわざ最初から丸見えの短めのスカート履いている勘違い女もアウトだ。

 ならどうすればいいか? 簡単さ。要は“痴女”を探せばいい アダルトビデオの見すぎだって? そんなことはない。中には見せたい女性も本当にいるんだ! だからそういった女を探せば良い!

 俺は見れて満足し、女も見られて満足し、そして電車には迷惑をかけない! これこそ健全なエロ! 公序良俗を守るっていう俺のポリシーに乗っ取ったウォッチングなのだ!


 だが、なかなか痴女を探すのは難しい。痴女だと思ってたのが男の勘違いで大変な目に遭った話はよく聞く。よく言う「嫌よ嫌よも好きのうち」だが、こんな男にとって都合のよい話はまずない。それを勘違いする馬鹿がストーカーになるんだ。

 だが、俺は生まれ落ちて18年。ただひたすらに変態女を探すことに心血を注いできた。その結果、相手が痴女かどうかは一発で見抜けるようになった。


 俺はターミネーターのごとく、車両の中の女子を細かくサーチしていく。より極上の獲物を求めて……

 そしてたどり着く。今世紀100年…いや、1000年に1度と言っても過言ではない、最強の獲物に!!


 年齢は20代前半、典型的なOL! タイトスカートからのびる真っ白な美脚! 男を魅惑するために生まれてきたといった美貌! 大人の女性の薫りをムンムンとさせている!


 そしてもちろん俺の視界はターゲット認識してアラームがさっきから鳴りっぱなしだ! そう。彼女は間違いない! 見てほしくてたまらない痴女だ!!!


 しかしプロの俺は興奮を冷静に抑え、周囲を見回す。これがトーシローとの差ですわ。

 彼女と俺との関係は問題ではない。中にはつまらない正義感で水を差す輩もいるからだ。邪魔者は前もってチェックすることこそが玄人の技なのだ。


 彼女は横椅子の真ん中に座っている。いまは夜の電車、帰宅ラッシュも終わり立ち客は少ない。向かいの席はちょうど真ん中が空いた! 俺はさりげなくかつ素早くベストポジションを確保する!

 両隣のオッサンから思いっきり舌打ちされたが関係ねぇ。こんな美女相手にはす向かいに座るってのがセンスねえ証拠さ。

 彼女と眼が合う。艶やな唇を軽く舐め、大きく髪をかきあげた。


(あら、ぼうや。見たいのかしら?)


 す、すごい悩殺だ!

 イメージ的にはもうあの太ももの間に首を挟まれた気分だ!


(も、もちろん!)

(ウフフ。可愛い子。いいわ、じっくり楽しみましょ)

(ゴクリ!)


 ククク。この俺が相手のペースに呑まれるなんて滅多にないことだぜ。

 いい。いいぜえ。俺の18年間のウォッチャー人生にかけて、全力で視姦してやるぜ!! 0.1秒足りとも見逃さねぇ!


 彼女は妖しく笑うと、足を組みかえる。見えそで見えない…これがまたいい! 

 気づいたら、俺と同じ席に座ってるオッサンたちも身を乗り出していた。

 そうか。アンタたちも同志だったのか。視線は交わさねぇ。けど、なんか奇妙な連帯感を覚えていた。


(美女はみんなのもんだろ?)

(ヘヘヘ。そうだな。視るだけなら減るもんじゃねぇしな)

(小僧。お前にその特等席は明け渡してやんよ。だからな、俺たちも連れてってくれや。その“高み”によ)


 なるほどな。オッサンたちもウォッチャーだったのか…どうりで手提げ鞄から女物の下着がはみ出してると思ったぜ。


(ついてこれるのかい?)

(ヘッ。誰に向かって聞いてやがる)

(フン! 変態歴だけなら俺らのが上よ!)

(なら来な! ウォッチャーの真髄みせてやんよ!)


 俺たちは一致団結し、彼女を見やる。


(いいわ。まとめて相手して…あ・げ・る)


 俺ら全員を相手に怯まないとはさすがだぜ! 姉御と呼ばしてもらいてぇ!


 さあ! 行くぜ!!


 …と思ったら、隣の車両の扉が開いた。興がそがれた気分だが、とりあえずは通行人が過ぎ去るのを待つしかねぇ。

 だが、その入ってきた人物はこともあろうか美女の隣に座る!

 俺たちの視界に、どうでもいいはずのその単なる通行人が入る!


(な、なんだ…あれは)


 モンスター、トロール、ジャイアント…そんな単語が頭をよぎる。


 どこの美容室であてたんだと聞いてみたいキツイ真っ赤な燃えるようなパーマ。山脈からそのまま荒削りしたような巨顔。グリズリーと組み合っても勝てそうな体格にはパッツンパッツンのボディスーツ(ラメで輝いている)。メリケンサックなんかよりもよっぽど凶器に思えるゴテゴテの指輪をフランクフルトみたいな指にはめている。

 性別は…たぶん女性。年齢は…オバサン…じゃない。きっとオバハンだ。もう顔から傲慢さが滲み出している。家電量販店で値引きされた洗濯機をさらに値下げしようと平気でするタイプだ。

 だが、まあ相手が女なら別に問題はない。男ならナンパという俺たちにとって最悪の手にでる場合もあったが、とりあえずは視界にさえ入れなければ大丈夫だ。

 俺はオバハンから意識をそらし、彼女だけに集中する。ぼやけた視界の端のオバハンは、美女のペットのブルドックか何かと思えばいい。これぐらい何の障害にもならない!


(さあ、行くわよ)


 おお、彼女が再び脚を組みかえる! 今度はだいぶゆっくりとだ!

 よし、必ず見極める! その黒いスカートの中に隠れた秘密の色をッ!


 パピッ・プゥー……ドゥッ!


(おおおおッ!)


 バカン!


 バカン? ……んんッ? 何の音だ?

 お、なんだ、何かに吸い寄せられる!? 正面を向いていたはずの俺の首が……


 あ! な、なんだ。いかん。そっちを見ては!


 あのオバハンが股を大きく開いてる!? 気配で解る! 眼は、眼だけはそっちを向いてはいけない!


「…見たわね?」


 オバハンらしき野太い声がした。

 その瞬間、見えない圧力から解放され、俺は汗だくになりながら肩で息をつく。


「眼が…眼がぁ~!!」


 右隣のオッサンがいきなり立ち上がって顔を抑えて叫びだす。

 ま、まさか…見たと? あのオバハンの…“アレ”を!?

 パチン! オバハンが指を鳴らした。すると、さっきオバハンがやってきた隣の車両から、青い制服を着た我らの天敵が!


「アイツ、アテクシのパンティ見たわ。痴漢よ。逮捕して」

「ハッ! マダム!」

(なん…だと?)


 マダムと呼ばれたオバハンが指差したのは、眼を抑えて悲鳴を上げてるオッサン。


「ち、違う! 見たわけでは、見たくて見たわけでは!」

「言い訳は署で聞く! さあ、行こうか!」


 制服二人はそんなオッサンの両腕を掴んで隣の車両へと連れて行く。

 満足そうなオバハンは、フンと鼻を鳴らして俺たちを見やる。


(こ、これは…トラップか)


 まさか、あの美女がオバハンとグルになった囮捜査!?


(ごめんねぇ~)


 お姉さんが微笑む!


 まさか、そんな!


 クソ、しかし捕まっては元も子もない! この場は潔く撤退を……


「…“チキン”ね」


 腰を浮かせて立とうとした俺たちに向かって、オバハンが小さく呟く。


 “腰抜チキン”? 



 俺が、“痴漢チカン”で“腰抜チキン”だと!? 


 この俺を!? 


 …誰にも…そう、誰にも、俺のことを“腰抜チキン”だなんて言わせないぞ!


「クソババアが調子にのりやがって」


 左隣のオッサンが怒りに顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。

 俺たちは浮かしていた腰を戻す。


(解ったぜ。やってやろうじゃねぇか)

(フン。少しは骨があるようね)


 オバハンは絶対に見ない! 見るのは美女だけだ!


 美女がまた脚を組みかえる。意識を、コスモを、俺のすべてをそこに集中させる!


 パピッ・プゥー……ドゥッ!


 バカン!


 クッ! またあの瓦を割ったような音だ! そう、それはオバハンが股を大開きにした音だったのだ! 美女のパンティが見える瞬間を狙って開きやがる!

 見なくても解る。あれはブラックホールか魔界への入り口!

 辺りに瘴気が漂い、まるでダイ●ンなみの吸引力で俺たちの視線を集めようとしてくる!


 なぜこれに抗えないのか? 理由は簡単だ。男はより条件の安い物件につい引かれてしまうからだ!

 見えそで見えないパンティよりも、モロ見えのパンティの方が当然見えてしまう!

 例えそれが好みの女でなくとも、仮にオッサンが女物のパンティをはいてたとしても! つい男はそれを見ざるを得ない本能を抱えているのだ!

 解りやすい例えで言えば、出会い系サイトでメールを送った際の返信が『ホ別苺』よりも、『ホ別0.5』の方に取り敢えず特攻して撃破される…解っちゃいるけどやめられないというヤツなのだ!


「はい。そこ、見たわね?」


 俺の二つ横隣の若いサラリーマンが指差される。


「な、なんだと? 僕は見てない! 見てたまるか!」

「フン。アータは今お花畑にいるわ」

「……は? 」

「見渡す限りお花よ。その花の色はなにかしら?」

「……なにを?」

「いいから答えなさい」

「……む、紫」

「フッ! それはアテクシのパンティの色よ」

「なん…だと」


 ま、まさかこんな心理術まで使ってくるとは!

 サラリーマンは、さっきの連れてかれたオッサン同様に連行されてしまう!


「あと二人…ね」


 そうだ。あとは俺と左隣のオッサン。……てか、なんかオッサンの頭に変な筒みたいなのが付いてるような気がしたが、まあ気のせいだろう。


「……いいか。協力してあのババアに一泡吹かせんぞ」


 オッサンが小声でそう言う。

 協力…か。そんなこと初めてだが、まあそれも良かろう。あれは強敵だ。一筋縄ではいかない。


「…なら、三回戦目。いくわよ」


 パピッ・プゥー……ドゥッ!


 バカン!


 ヌグクッ!


 キツイ!


 が、俺の18年間のウォッチャー生命にかけて負けるわけにはいかない!

 耐える。オバハンが身をよじっても、胸の谷間を強調してきても、ただひたすら耐えてチャンスを待つ。

 オバハンの攻撃さえしのげば、そしてそれさえ耐えきれれば、あの美女の秘密を覗き見れるのだ!


 極限の集中力! それは時間や空間をも超越した状態。よく死ぬ間際に周囲がスローモーションになると言うが、これは極限までに研ぎ澄まされた集中力が為せる技である。

 古来、武術ではどうに入るといい、最近のスポーツの分野などでは“ゾーン”に入るなどと呼ばれる現象であり、共通するのは知覚が広がり、一種の悟りに似た境地となることである。最新脳科学では、この状態になるとミッドアルファ波というものが現れると解っている。


 いまの俺には見える! 彼女だけが! 彼女のすべてが! 女性とは宇宙の神秘。生命の秘密。そのすべてが俺の中に入り込もうとしている! そして…


「うおおぉ!」


 雄叫び!


 ……雄叫び? なんだ? どうして?


 ドン!


 俺の身体が強く横に押される! 


「見えた! 白だ! バカヤロー!」


 オッサン? え? なんだ?  どういうこと? なんでオッサン前にでて美女の前にいんの?

 で、俺の目の前にあるのは……紫色したブラックホール???


 ンギャアアアアアアッーーー…………

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