三狂目 『スカートカットで丸見え』
「ボウズもオカッパもイヤー!!」
そう叫んで、ハッと目を醒ました場所は……床屋さんではなかった。
ピンクを基調にした、いつもの見慣れた自分の部屋であった。
汗でビッショリだ。心臓がバクバクいっているし……。
あれは夢だったのかしら?
いつものパジャマを着て寝ているし、夢……よね。
そうよね。あんな変なことあるわけ……ないよね。
ハッとして、化粧台にある鏡を見る。
「……ああ。良かった」
鏡に映った自分の姿を見て、私はホッとする。
私の頭はボウズにもオカッパにもなっていなかった。
いつもの通り腰までかかったロングヘアーだ。
あの得体の知れない床屋は、単なる悪夢だったのだと胸をなで下ろす。
それにしても、最悪な夢をみたものだ。
夢は本人の無意識の願望を現す、とか……そんなのを、どこかの雑誌で見た覚えがある。
ということは、拘束されて、髪を老人にヘンテコにされるのが……私の願望?
いやいや。ちょっと待ってよ。
そんな訳の分からない願望なんてもってない!
この話をしたら、フロイトだってユングだってアドラーだって、「単なるストレスだお☆」と言ってくれるに違いない!
そうだ。ストレスが、この妙な夢を私に見せたのだ!
そうだ。そうに違いない! 間違いない!!
「ナミちゃーん。起きたのぉ? 遅刻しちゃうわよぉー」
鏡でにらめっこしていると、下の階からお母さんの声が聞こえた。
お気に入りのブタさん時計を見やると、もう7時半だ!
いけない! 遅刻してしまう!!
私は慌ててパジャマを脱ぎ捨て、制服へと着替えたのだった……。
☆☆☆
朝のHRの前……。
私は教壇の前に、一人立たされていた。
いい晒し者で、恥ずかしい。
好奇の視線が私の背に突き刺さる。
ブスブスッと刺さる。グサグサッと刺さる。
痛いはずがないのに、なぜか痛い……。
あれ、なんだか……とくにお尻が……。視線を感じる。なんで???
いま私の目の前には、赤い顔をして、歯を剥き出した、哺乳綱サル目ヒト科ヒト亜科ゴリラ族ゴリラ属がいる。
端的に言えば、ゴリラみたいな顔をしたオッサン。
担任の鬼瓦先生だ。
今年定年になるというのに、未だ情熱が燃え尽きない典型的熱血教師。
紫のジャージに、竹刀だなんて……昭和のニオイをプンプン……
いや、加齢臭も混じって。まじキツイ。ありえない。
それにポマードのニオイと……。ヤニくさい口臭まで……。
すさまじい相乗効果だ。ありえない。
どうせ効果があるなら、ムダ毛予防のローションにこれだけの効果があればいいのに。
または高いだけで生えてきやしない毛生え薬とか……あ、そっちは使ったことないから解らないけど。
なんで、世の中は無駄なものほど威力が高まるのか……とっても不思議です。
「山中! チェメェー、俺の昨日の話、無視かー!? ああーーん!?」
ああ。クサイ。シンジラレナイ。
生ゴミ置き場のニオイが……。
そんなに近くで息をはかないでほしい……。
トイレに向かってはいてほしい……。
お願いします。心からお願いします。
「髪切ってこいちゅうちゃろうがーい!?」
何語ですか?
でも、そうです。床屋さんに行ったのは夢だったのです。
ということは……私の髪は1ミリも切れてなーい、というわけです。はい。
なんで床屋に行ったのが夢で……。
鬼瓦先生……ゴンザレスに注意されたのは現実なの!?
何かに当たり散らしたい気分だけれども、今は頭を下げてグッと唇をかむ。
「……す、すみません」
こういう場合はすぐさま謝るに限る。
下手な言い訳をすれば、相手を怒らしてしまう……
「あーん!? 言い訳はいらーん!! 髪切ってこいちゅうちゃろうがーい!!??」
だから、何語ですか?
え? 言い訳なんて一言も言ってないんですけど……。
なんで怒りがヒートアップしているわけ?
私、謝ったじゃん……。
「反抗的な態度はゆるせーん! 罪には罰を! 慈悲深い、この俺も堪忍袋の緒がブッチリいってまったわー!! スカート丈、30センチカットじゃーーーい!!!!!!」
ゴンザレスは、バンバンと教壇を竹刀で叩きまくって怒り狂う。
ええ!? しかも……すでに裁縫バサミ装備済み!?
もう私のスカート切る気、満々じゃない!
「あ、あの、先生! ちょっと待って下さい! 私だって髪をカット……」
「髪なんてどうでもいいんじゃーい! スカートカットじゃーい!!!!」
ダメだ。目がいってしまってる……。
ってか、髪をカットしてこなかったことを怒ってるんじゃないの!?
「パンツ丸見えじゃーい!」
あ! ヨダレたらしてる……。
やっぱりそっちが目的か! このセクハラ教師が!!
「待ってください!!」
後ろから声がした。
思わず振り返ると、そこには学級委員長が挙手して立ち上がっていた。背筋がピシーッとしている!
同性なのにも関わらず、その姿を捉えた瞬間、私の胸がドキーンと鳴る。
だって、だって!
かっこいいんだもん!
美しいんだもの!
少し天然の茶が混じったウェーブのかかったロングヘアー。
キリリッとした御令嬢で、将来は宝塚に進んで、男装の麗人を目指して欲しいと密かに思う。
越宮 聖華こと、セイカ様です!
「罪には罰を……それには同感です。が、下着が丸見えになると、猥褻物陳列罪に当たるのではありませんか?」
セイカ様は凛とした声でハキハキとそう言う。私なんて舌かんじゃいそうな台詞だ!
ああ。私のような取り柄のない一般ピーポーを弁護して下さるなんて!
猥褻物……とか言われたのは、この際、聞こえないもん。
私のパンツは猥褻物なんかじゃないですとも!
「あーん? なんだとぅ、越宮!? この俺に意見する気か!?」
「校則を遵守するのは学徒として当然のこと。ですが、この法治国家に住む以上は、法も遵守すべきだと申し上げているのです」
ゴンザレスの顔がさらに歪む……。
ってか、私に唾を飛ばしながら怒鳴るのはやめてもらいたい。お願いします。心からお願いします。
「こわっぱが! 生意気な口を利くな! この蒼蘭学園では、生活指導担当教師のこの俺の言葉は学園長の言葉! 学園長の言葉とは神の言葉! つまり、俺の指導は神の指導なのどぅあああああーー!!!」
は、はあぁ?
何をとち狂ったを仰られているんでしょう?
頭、おかしいんですか? 頭、おかしいんですか? 大事なことなので、二回言ってみました。
まったく意味がわかりません。
「……鬼瓦先生。どうしても、山中を罰すると仰られるのですか?」
「愚問! スカートカットは我が悲願!」
ええ!?
悲願って……もう、罰じゃないじゃん!!
ってか、セイカ様、何真剣に考えこんじゃってるの!?
ゴンザレスの言っていること、おかしいってことに気づいてよ!!
「いちクラスメイトの罪は、そのクラスの学級委員長の罪でもある。私も同じく罰を半分受けよう! 私と、山中……半分ずつに罰を分けます。各々スカートを15センチカットではダメですか?」
ああ、セイカ様!
仰っていることは何かちょっと違う気もしますけど……。
この私に対する気づかいがとっても嬉しゅうございます!
惚れました! 結婚して下さい!
15センチカットか。
なら、風でめくれなければ、うん。ギリギリパンツは見えない!
よし。行ける! 行けるわよ! ナミ!
なんか、後ろの男子共が落胆したような顔をしているけど……あとで殴ればいいさ!
そして、さしものゴンザレスもキョトンとした顔をしていた。
どうだ。ざまあみろ!
「なに? 山中の罪を被ると? ほう……。 だが、甘い。甘いぞ。蔵菊堂の献上栗最中のアンコのように甘すぎるわーい!」
「なに?」
ニタリと汚らしい笑みを浮かべるゴンザレス。
あれ、キョトンとしていたのは……何かの見間違いだったの?
セイカ様も眉を寄せる。
「よいか! スカートは二人分、つまり2倍! 罪は半分だが、カットは2倍! つまり貴様らは各々60センチカットを受け入れなければならんのだ!!」
「はぁ!? なに、その無茶ぶりルールは!?」
私は思わず口を開いていた。
ゴンザレスの目がクワッと見開かれる!
「これは校則なのーだ! ここを見てみろ!」
ゴンザレスは胸元にあった手帳を取り出して開き、私の目の前に突きつける。
校則一覧の端に……
『何らかの理由で罰則が減る場合、内容の如何に寄らずスカートカットは2倍になる(by鬼瓦ルール)』
と、手書きであった。
このゴリラ! 自分で校則を勝手に付け加えてやがった!!!
ってか、お前の校則一覧表にしか載ってない内容だろ、これ!!
「クッ……。仕方ない。校則ならば、従うしかないか……」
ええ、セイカ様! なに、諦めムードになってんの!?
ってか、こんな訳の分からん罰則があってたまるもんか!!
「すまない。山中……。私のせいで」
え? ドキーン。
やめて。そんな美しい顔で切ない表情されたら勘違いしちゃう……。
ってか、いやいや。ときめくような内容じゃないって!!
しっかりしろ、私!
「しかし、問題がある……」
そう! 問題ありまくりですとも!!
「今日、恥ずかしながら私はノーパンなのだ。お気に入りの下着が全部洗濯中でな……。私としたことが、こんな時に迂闊だった」
そう! ノーパンなの!
ふぁっ!!??
セイカ様、どういうこと!?
なにさりげなく爆弾発言してるの!?
セイカ様の隣にいた男子が鼻血を出して倒れた。それはそうだろう刺激が強すぎる! 私だって鼻血ブーしそうだもん!!
「カットじゃーい!!!!」
「「カットだ!!」」
なんか!? ゴンザレスも他の男子も目が血走ってる!?
「まてーい!!」
危うくスカートをカットされそうになった瞬間、パーンッと教室の扉が開いた!
何事かと、クラス中の視線が集まる。
そこにいたのは……
「床屋のおじいちゃん!?」
そう。あの夢の中のできごとだと思っていた老人。
自称カリスマ理容師、白木のおじいちゃんだったのです!
そんなわけで、なにがなんだか解らないけれども、解らないままに次回に続く!!!
☆オヤジ・ジジイ語録その③☆
『こいちゅうちゃろうがーい!』
分類不明。酒を飲んだオヤジがたまに口にする。
おそらく、「来いって言っただろう」と言いたいのだと推察される。
無闇に「え? なんですか?」とか聞き返すと余計に厄介なことになる。
触らぬ神に祟りなしと言うが、酒呑みオヤジにまともなしとも言う。