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二十五狂目 『“真”オッサン・ラヴ』

 前回までのあらすじ…


 ナミはアフロヘアーにされてしまったのだった!




 まだされてなーーーい!!

 いい加減にしなさいよ! このクソナレーション!




☆☆☆




 さて、前回、白木博士によりポップコーン購入を命じられた“お使いマシーン”ことメリケンサック44号は忠実に任務をこなすべく歩道を進んでいた。

 ヘッドギアの下から黄色く覗くモノアイが飲食店らしき物を見つけると、即座に足の車輪を方向転換させ、土煙を上げつつ入店する。

 もちろん並んでいる他のお客さんがいれば、ちゃんと一番後ろの列に付くという礼儀正しい仕様だ。店頭で待たされている犬コロがいれば頭を撫でてやるという粋なプログラミングも施されていたりする。



「え? ああ、うちには置いてないんだよねー」


「ああ。あるにはあるけれど、コレ、ガスコンロがないと作れないヤツだよ」


「ポップコーン? うーん、映画館とかならあるかもねぇ」



 メリケンサック44号は途方に暮れた。コンビニにもスーパーにも居酒屋にもないのだ。スーパーには、アルミ箔に包まれた簡易フライパンの形式(生コーンが入っていて、火にかけるとポンポン弾けて膨らむタイプの要調理なやつ)はあった。だが、白木博士が考えているのは円筒形の型紙に入った出来立てのポップコーンなのである。

 調理済みのポップコーンが売っているところなど、都市部といえどもまず見ないだろう。ここは某国じゃないのだ。アミューズメント施設か巨大公園でもない限り、ポップコーン屋という専門店は見つからない。そして映画館なども、いま彼がいる場所からはかなり離れていたのだ。

 彼はポップコーン購入マシーンである。そのために作られた。それだけが存在意義。それ故に、ポップコーンを購入できないというのは存在そのものを否定されるに等しかった。

 これが人間であったら代用品を考えることもできただろう。もしくは気の利いた言い訳の言葉を並べ立てられたかもしれない。だが、彼はマシーンだ。お使いマシーンとして、ポップコーン購入は絶対なのである。「なんで今ポップコーン買わなきゃあかんねん!」などといったツッコミは皆無なのである。


「ピュルリ~ピュルリラ~♪」


 遠くから口笛…いや、口笛のような歌声が聴こえてきた。口笛を吹けないから声真似をしているのが見え見えの、あからさまなヤツだ。

 “どんなツラしてそんな恥ずかしいことしてやがるんだ”…などとは、ポップコーン購入に特化したメリケンサック44号は考えたりはしない。ただふいに近づいてくる存在に目をやる。

 そこには……




☆☆☆




 チュボーン!


「きゃあ!!」


 ナミです。美容室に髪切りにきたとです。でも、いまなぜか真っ黒になりながら逃げまどっておるとです。 


「バキャロー! 逃げんじゃねぇ!! 当たれ!」

「イヤよ! 冗談じゃないわ!!」


 チュボーン! チュボーン!


 ヤオキチのキヤノン砲だから放たれる弾は、お店の中をグチャグチャにしていく!

 鏡、柱、洗面台…全部、高そうな物なのに、壊しまくりなんですけど。他のお客さんも私と同じように逃げまどっているし。

 でもこれ、ビューティ鷹田様がヤオキチにやらせているんだから…OKなのよね?


「ノォオオーー! ミーの、ミーのお店がぁッ!!」


 あ。ダメなやつだわ。ビューティ鷹田様も、店員さんたちも青い顔して唖然としているわ。

 そりゃそうね。やっぱヤオキチが勝手に暴走しているだけってことよね。


「っつうか、私が操作するときはそんな連射なんてできなかったのに! なんで敵になった途端、無制限に打ちまくってるのよ!」

「ウヒヒ。“敵になっている間は強いけど、味方になったときには微妙な戦力”ちゅうのはゲームやアニメ界じゃ常識じゃろ! ほれ、炊飯器に封じ込められていた某なんとか魔王とか、戦闘民族の某なんとか王子とかじゃ! ま、今回は逆パターンじゃがな!」


 クソジジイ! なに、自慢気に語ってんのよ! アンタも柱の後ろに隠れているクセに!

 っーか、ピ◯コロもベ◯ータもいい働きしてんだろ! 謝れ! 主人公の勝利に何度も貢献してんだろ!


「自分が作ったんでしょ! 何とかしなさいよ!」

「ヤオキチはワシが作った中でも最強のサイボーグじゃ。なんともならーん!」


 はぁーッ! なんて無責任な! いつものことだけど、やっぱり腹が立つ!


「ジッとしやがれ! いや、むしろ当たりに来やがれ!」

「そんなバカいるもんですか! だーれが好き好んで当たるのよ!?」

 

 手当たり次第に物投げて応戦しているけど、こんなんじゃ何の効果もないわ。


 チュボボーーン! チュボボボーン!!


「あーん! もう、どうしろっていうのよ!」


 見た目は変でもヤオキチはサイボーグ。生身の人間がかなう相手じゃないよ!


「バカヤローが!! 観念しやがれ! 俺の豊かな髪の毛の未来のために!」

「どこがよ! 単なる妄想なだけで、元から豊かじゃないくせに!」


 あ。でも、もう逃げられない…。次の一撃は当たるわ…。


 チュボーボボボン!!


 ああ、不幸な私。なんでこんな不愉快なサイボーグにやられなきゃならないのよ…。

 って、あれ? 痛くない。もしかして、狙いをはずしたのかしら?


「ふぅーう。間一髪だったゼ☆」


 あれ? どっかで聞いた声。眼を開けると、目の前に大きな影ができていた。その影がどうやら、ヤオキチの砲撃から私をかばってくれたらしい。

 長いマッコウクジラみたいな頭、不自然に盛り上がったシャツ…ああ、助けられてなんだけど、やっぱりなんか良い予感はしない。


「ハッハー☆ 久しぶりだナ! ベイビー!」

「じょ、ジョジー…さん」


 そう。ヤオキチのライバルともいえる魚屋ジョジー号! ヤオキチやゴンザレスと同じく、あのクソジジイによって改造されてしまった還暦型決戦兵器の(哀れな)一体だ!


「な、なんであなたがこんなところに…」

「道に迷ってた最中、コイツに出会っちまってな☆」


 ジョジー号が何やら小さい物をつまみ上げる。

 あ。これってさっきジジイが動かしていたポップコーン購入マシンじゃないの!

 しかも、なんか本当にちゃんとポップコーンを買ってきてるし。


「ウヒーッ! ワシのポップコーンじゃーい!!」


 眼を血走らせたジジイが、マシンからポップコーンを引ったくる。


「うんままままッ!!」


 むしゃむしゃと食いまくるジジイ。鼻水や涎をまき散らしながら、顔をつっこんで食べる。汚い。汚すぎる食べ方だ。心なしか、マシンが寂しげな顔をしているような…。そりゃ、頑張って買ってきたポップコーンをあんな顔で食べられちゃ。


「でも、この近くでどうやってポップコーンを買ってきたってのよ?」


 この辺でポップコーンを売ってそうな店なんて知らない。コンビニやスーパーで売っているの見たことないし。


「あ、私…じゃなくてボクが作りました」


 ん? あれ、なんか、ジョジー号の側に小さな影が…えっと、男の子…いや、違うわ。女の子だ。

 ショートカットの可愛い系の女の子。背は小さいけど…胸は大きい。たぶん、私以上かも…。


「あなたは?」

「あ、はい。ボクは雲上 裕希…」

「ユウキボーイ、サ☆」


 いや、いま本人が名乗ろうとしてたのに…なんで、ジョジーがしゃしゃり出て来るのよ。


「コイツはすげーボーイだぜ☆ なにせ料理ができちまうんだからな♪」


 料理? ボーイ? 何を言ってるの、このリーゼントは。


「…ふむ。この味は」


 さっきまでトチ狂っていたジジイが、いきなり真面目な顔つきになってるんですけど。


「この塩加減、バター風味、炒り具合…とても素人がやったとは思えんわい!」


 えー。ポップコーンってそんな奥深いものなの…?


「ウム! この味はあれじゃ! ワシが若かりし頃、デパート屋上遊園地で食べた懐かしのポップコーンの味じゃわーーーい!!」


 なんかメチャクチャ感動しているけれど、知らないから…。そんなん個人的なこと言われても全然伝わってこないから。


「え? 簡単に作れる市販の奴を使ったヤツなんですけど…。カセットコンロに乗せて温めただけなんですけど。味付けも何もしてないんですが…」


 ああ。なんか針金の取っ手がついて、アルミで覆われたヤツよね。スーパーで買えるヤツ。

 ってか、ジジイ。やっぱり聞いてないでひたすら絶賛しまくってるんですけど。


「えーと、無視していいから。あのジジイは」

「あ、そうなんですか…」

「それより、“ウンジョウ”さんって言ったわよね?」

「ユウキボーイだゼ☆」


 いいから。ジョジー、アンタに聞いてないから。

 それにボーイっていっているけど…確かにボーイッシュだけど、どう見ても女の子でしょうが!


「あー、ユウキでいいです」


 そうか。ジョジーがいちいち訂正してくるのは名前で呼ばないからか…。その意味するところの意味は解らんけど。


「えっと、あなたは…あのヤオキチ号のパイロートの“ヤマナカ ナミ”さん、ですよね?」

「え? 私のこと知っているの?」


 ジョジーが親指を立てる。いや、いまこの子と話してるんですけど…。


「えーっと、ユウキ…ちゃん?」

「はい」

「状況がつかめないんだけど、もしかしてあなたも…」

「えっと、はい。ジョジー号のパイロート…になりました?」


 やっぱり…。またこの訳の分からない世界に巻き込まれた新たな犠牲者が…。


「テメェーら! 俺を無視して何やってやがる! こぉのバカチンがぁッ!!」


 あ。素で忘れてたわ。ヤオキチの存在を…。


「無駄話はよしな! ボーッとしてて倒せる相手じゃねぇゼ☆」

「まったくもってそうじゃぁ! “がーるずとーく”なぞ、スルベ(コーヒーショップことスルーベックスの略)でやれって話じゃ!」


 クッ! まぁた調子に乗って…。

 さっきからいちいちポージングとって、私たちの会話さえぎってた人に言われたくないんですけど!

 さっきからずっとポップコーンむさぼりくってた人に言われたくないんですけど!


「パイロート解除したいところだが、いまはそれどころじゃねぇぜ☆」

「パイロート解除?」


 解除? は? ユウキちゃんてアンタが選んでパイロットにしたんじゃないわけ???

 ジジイもキョトンとした顔をする。


「解除? なぜじゃ?」


 ジジイがユウキちゃんをジロジロと見やる。


「え? …あ、あの。ボクはジョジーさんのパイロートで…いたいんですけど…」

「は、はぁー!? あ、あなた本気で言っているの!?」

「え、ええ。ほ、本気ですけど…」


 え? この子もなんか洗脳かなんかされてるの?

 いやー、どうやったってこんなオッサンのパイロットになりたいと思う人なんて…あ、いや、セイカ様は例外だけど。ほら、超優秀な人って凡才には解らないセンスを持っているっていうかなんて言うか。


「考え直した方がいいわよ。今なら元の生活に戻れるわ。これ以上、私みたいな犠牲者がでるのは…」

「え? ヤマナカさんは…犠牲者なんですか?」

「犠牲者以外の何に見えるのよ?! 今だって、アフロヘアーにされそうになっているのに!!」

「あ、アフロヘアー???」


 あー! もう、そうよ! 私が言っていることがメチャクチャなのは解っているわよ!


「パイロート解除なんてせんわい」

「なんだって?」


 ジジイの言葉に、ジョジー号が固まる。


「ユウキちゃんと言ったな。おぬしも選ばれし者。これもまた運命ということじゃ」


 遠い眼をして言うジジイ。なにカッコつけているのよ!


「緋桐学院! 1ーA 雲上 祐希! おぬしをジョジー号のパイロートとしてこのワシが認めよう!」

「…え? どうして、私…ボクの学校と名前を知っているんですか?」

「はう!」


 ジジイが“しまった!”って顔をする。


「ファッキン・オールドメェン…まさか…」


 ジョジーがガタガタと震える。もちろん顔は怒りの形相だ。


「ウヒヒ。ワシなんもしらーんわい! ジョジーが緋桐学院でユウキちゃんに接触してパイロートになる計画を裏工作したなんて、ぜーんぜんしとらんわい!」


 いやいや。ジジイ…。ホントに。どこまで他の皆様に迷惑かけてんのよ。


「テメェ…このオイラに乗るのがガールだってのも…」

「うるさーい! パイロートは乳ある娘っ子だけじゃーい! そうじゃなきゃ、誰がこんなオッサンばっかりでてくる作品を観るってんじゃーい!!!」

「な、なによ、作品って! 私らは見せ物じゃないわ!」

「ワシがルールじゃ! ジョジーのパイロートはユウキちゃん! これ決定! 文句あんなら爆破すんぞ!」

「クッ、クレイジー・オールドメェンがぁッ!!」

「テメェーら! 俺を無視して何やってやがる! こぉのバカチンがぁッ!!」

 

 あ。また素で忘れてたわ。ヤオキチの存在を…。

 さっきの怒り分と足して、顔が怒りで茹でダコみたいになってるわ。


「ミーたちのことも忘れてないザンス?」


 あ。すみません。ビューティ鷹田様。

 なんか、もう、毎回のごとく濃い展開が多すぎて…。


「とりあえず、オイラが来たからには…ヤオキチ。オメェを止めさせてもらうゼ☆」

「誰だテメェは!?」


 ジョジーの顎が開いて、床に叩きつけられる。アニメでよくある古典的表現だ。


「…オイラのことを」

「初めて会うぞ! バカヤロー!」


 あ。ヤバい。泣きそう。ジョジー。


「ヤオキチ! この前戦ったでしょ! アンタのライバルよ! 鮫島 魚雅! アンタが潰した魚屋ジョジーよ!!」


 私の言葉で、ヤオキチは「あ!」って顔をする。


「久し振りだな! 魚屋ジョジー!」


 いや、久しぶりじゃないから。この前に会って二週間も経ってないから…。


「と、とりあえず! ここで会ったがハンドレッス! 今日こそチェメェーを地獄ヘルへ送ってやるゼ☆」


 ジョジーに同情するわ。涙目になってるし…。


「とりあえず、ヤオキチの眼を覚まさせて! そして私をアフロの刑から救って!」

「意味はサッパリだが、もとよりそのつもりだゼ! あの荒れよう、そしてこのオイラを忘れちまっていることからマインドコントロールでもされてるんだな!?」


 あ。なんか都合よく解釈したみたい。洗脳されてようがされてまいが、ジョジーを忘れてたのは普通にだと思うけれど…まあ、ここで伝えても良いことは何もないか。


「パイロットがいないヤオキチ相手なら、ジョジーとユウキちゃんが一緒なら勝てるハズだよ!」


 ユウキちゃんには不快だろうけれど、ここは我慢して乗ってもらうしかないわ。私をアフロヘアーにしないためにも!


「はい! がんばります!」


 いや、そんな眼を輝かして言うことじゃないからさ。

 うーん、なんだろ。彼女のこのやる気は…。


「いや、それには及ばないゼ☆」


 片手で制して、チッチッチとわざとらしく指を振るジョジー。この人のオーバーリアクションも見飽きてきたわ。


「でも、確かパイロットがいない状態なら互角ぐらいだったて話じゃ…」

「ヤオキチの眼を覚まさせるには、戦うだけが能じゃないってことを見せてやるヨ!」


 そんなことを言って、両手を広げてヤオキチに向かって歩き出すジョジー。いや、普通に砲撃されて終わりだって!


「テメェー! その女の味方をする気かぁッ!」

「正気を失ったテメェをこのまま放置できるかヨ? オイラが元に戻してやるゼ☆」

「バカチンが! 俺は元から正気だ! 正気のショウちゃんだ! 砕け散りやがれッ!!!」


 チュボボーーン!!!


 げ。ジョジーがまともにヤオキチの砲撃受けたんですけど!


「効かない…効かないねぇッ!」

「な、なにぃ!?」

「どうした? ヤオキチ。テメェの攻撃はこんなもんじゃねぇだろ? あの時に受けた一撃はモノホンだったゼぃ?」


 え? ダメージがない…? ううん。そんなハズない。ジョジーはさっきよろめいていたし。きっと…やせ我慢しているんだ。


「ジョジーさん…なんで?」


 ユウキちゃんが心配そうな顔をする。うーん、なんか良い子だってのは解るわ。変な子だけど…。


「オイラは大丈夫だ!」


 親指を立てて、ジョジーが顔だけ振り向いてニカッと笑う。リーゼントが古びた歯ブラシみたいになってなきゃ格好良かったかもしれない。


「来るな! こっちに来るんじゃねぇ!」

「何をビビッてるんだーい?」

「ビビッてるだと、この俺がか! バカチンがぁッ!」


 チュボボーン! チュボボボーン!!!


「何発でも撃ってこいヨ! 信念がない一撃なんて、タコやイカみたいな骨無しだゼ!」

「ぬぬぅうッ!」


 すごい! ヤオキチが後ずさってる!


「て、テメェ…」

「ヤオキチ。解るゼ。テメェの気持ち、オイラにはよぉ。保育園の時からの腐れ縁さぁ☆」


 鼻の下を「へへへ☆」と擦るジョジー。いや、でも、その間も砲撃うけてるんですけど…。


「“漢”同士の友情ってヤツですね!!」


 ユウキちゃん、拳を握って何言ってんの…。

 友情の“ゆ”の字もないわよ。ヤオキチなんて、ジョジーのことすっかり忘れてたじゃん。


「よ、寄るんじゃねぇ!!」

「ヤオキチィ!  オイラが、オメェを今すぐに正気に戻してやるゼ!!!」


 あー、あと一歩! あと一歩のところまで近づいた!

 ジョジーがおもむろに両手を広げる。なに? どうする気なの!?


「むぅう!? ま、まさかぁッ!?」



 一瞬、時が止まった……



 私たちはジョジーの後ろから見ているので何が起きているか解らない。でも、距離と位置から考えてそうとしか考えられない現象が起きている。

 ジョジーがヤオキチを抱きしめている。これは百歩譲ってよしとしよう。アメリケンでも男性同士の抱擁はよくある。アメリケンかぶれのジョジーがやっても別におかしくはない。

 問題は顔の位置だ。ヤオキチよりジョジーのが背が高いので、少し前屈みになっている。うん。ちょうどヤオキチの顔の辺りにくるように、だ。

 そして、彼らのその横側あたりに立っているビューティ鷹田様や、他の従業員さんの皆様が驚愕している様子からして私の思い過ごしであるはずがない。


 そう。


 ジョジーは、ヤオキチにキスをしたのだ!!!!



 ぶちゅる、ぶちゅる。じゅっぽぽん。じゅっぽぽん。


 ああ、まるで詰まった排水溝に無理矢理に汚水を流し込む音だ。もしくは、公園の汚れた便器を流す時の音かもしれない。

 そんな音が二人から漏れていることから、きっと、たぶん、ぜったいに、お子様には見せてはいけない類のR指定の入ったキスをしているに違いなかった。

 よかった。それを直接に眼にすることがなくて。でも、その音が私の脳裏に盛大なビジョンを浮かび上がらせる。はたまたジジイがそういった機能を私の脳につけているのかも知れないが、二人の接吻しているムダにリアリティあふれる映像が嫌でも浮かびあがる。

 私たちは白く固まっていた。何がどうしてこうなったのか、説明を求めたくとも、キスをしてる本人は長いことその行為に没頭していた。


 誰も何も発さない長い沈黙の時が過ぎていく。私の人生のなかでこれほどまでに無意味な時間があったのだろうかというほどの長い時をかけて、ようやくジョジーが身をはがした。


「ぷふぅー!」


 ヨダレだらけにした口許を拭うジョジーは一人だけやり遂げた顔をしていた。ハツラツといっても過言ではないほどの良い顔だ。

 ジョジーが横にずれたことでヤオキチの顔が見える。その顔は…ムンクの叫びそのものだ。白く燃え尽き、白眼をむいているその姿はもはやこの世にはいないのではないかと思わせる。


 さらに、しばしの時を経て…


『おえええええええええええッ!!!』


 ビューティ鷹田様が吐いた! 続けて、従業員さんが吐いた! そしてお客さんたちも吐いた!!

 酸っぱいものが店内を満たし、皆が続け様に吐く。阿鼻叫喚の地獄絵図。嘔吐が嘔吐を呼ぶ。いわゆる“もらいゲロ”だ。


 秋風や 店に木霊す ゲロ連鎖


 よくわからない俳人が私の脳内で句を詠む。

 修学旅行のバスで生じる、楽しい旅行を台無しにするアレがいま目の前で盛大に展開されていた。

 こんなに大勢の人間が一気に吐くのはギネス級に違いない。アニメ化や実写化されたらどうなるのか。きっと画面全体がモザイクが必要になること間違いなし…。

 ああ、ごめんなさい。なんか、私も意識が遠くに行っていたせいで妙なことを考えてしまった。


「なにやってん…」

「キーーー!!」

 

 私が疑問を口にしようとした横から、ハンケチをかじったジジイの悔しそうな顔が現れる。


「ワシのヤオキチに!! ワシのヤオキチに!! 何をするだァーッ!!」


 涙を流して絶叫するジジイ。え? なにこの気持ち悪い三角関係。


「…ユウキボーイ。“友情”って言ったな? そいつは違うぜ。これは“ラヴ”…無償のラヴなんだゼ☆」


 いや、なにわけのわからんことを…。


「そ、そうだったんですね! やっぱりあの手紙は…」


 え? ユウキちゃん、なに涙流して感動してるの?

 いまのオッサンたちの接吻よ? イケメン同士がキスしているボーイズラブじゃないのよ? いや、もちろん私にそんな趣味はないけどさ。まだ、耽美系とかだったら理解できるわ。でも、これはないわ。


「でも、なんでいきなりキスなんて…」

「ヤオキチ・ガール。そいつはコイツを正気に戻すためだゼ☆」


 ジョジーが、パン! と、ヤオキチの背を叩く。それだけでヤオキチは我に返った。


「お、俺はいったい…」

「眼が覚めたかーい☆?」

「て、テメェは…だ、誰だ?!」


 ジョジーがずっこける。


「も、もしかして記憶が…」

「ぐぅう…頭がイテェぞ。バカヤローがッ」

「や、ヤオキチ? ロングヘアー?」

「あ? 何言ってんだ!? このバカ女が!! 男は角刈りだろうが!!」


 ど、どういうこと?

 ってか、なんかやっぱ記憶が…ジョジーとキスしたこととか覚えてないわけ?


「もしかして、ショック療法…ってヤツじゃないですか?」

「ど、どういうこと? ユウキちゃん」

「は、はい。たぶん、ですけど。ジョジーさんのラヴの威力で、もとのヤオキチさんの状態に戻った…ってことじゃないでしょうか?」


 そんなアホな…と思ったけれど、立ち直ったジョジーがその通りだとばかりに歯をキランとさせて親指を立てている。


「ふぅむ。なるほどな。民間療法に、気絶した者の正気を取り戻すには舌を15センチばっかり引っ張るとええという話を聞いたことがあるわい。ジョジーはそれをやったというわけじゃな」

「え? そんな処置が…」

「ウソじゃ!」

「おおおおい!」

「じゃって! ワシに知らんことがあるなんて悔しいんだもーん! ヤオキチのことでワシが知らんことがあるのは許せんわい!!」


 クソジジイが! 知ったかぶりか!! お前の事情なんてどうでもいいわ!!


「とりあえず、これでヤオキチの洗脳は解けたってことね。気持ち悪くて胃がムカムカするけれど、イヤイヤでもヤオキチにキスしてくれたジョジーに感謝だわ」

「フッ。まあな☆」


 あれ? なんかジョジーが照れた顔しているけど…まさか。そんな、まさかよね。


「と、とにかく、なら、私のアフロヘアーもなしに…」

「おっと、そういうわけにはいかないようだゼィ?」


 ジョジーが、ビューティ鷹田様を見やる。


「クックック。さっきからシカトされている上に、散々と胸くその悪い物を見せられてムカッパラが立ってたところザンス!」


 ザッと両足を開き、ビューティ鷹田様がポージングする。その後ろには従業員さんたちがハサミを持って構えている。

 え? なんか…戦闘態勢っぽいんですけど。まさか、ですよねぇ…。


「さっきからプンプンと変な臭いをまき散らしやがって☆ 八百屋の鼻は騙せても、腐った魚の臭いをかぎ分けられるオイラの鼻は騙せねぇゼ! テメェも還暦型決戦兵器だな!?」


「え…。ええええええええええええッ!?」


 そ、そんな…そんなことあるわけが。

 あのカリスマ美容師。超有名人。美の巨匠が…あの、クソジジイの魔の手が作り出した妙ちくりんな兵器なハズが…


「よく見破ったわね。そう。ミーこそ、サイボーグ化によって、最強最大の神の芸術を量産することができるようになった超人! ビューティ鷹田ザンス! ハァオ!」


 両手を頭上で交差させた、ビューティ鷹田様にスポットライトが当たる! スモークが立ちこめる!

 そして、ビューティ鷹田様の脇がパックンパックンと開閉している!!!!!


「あ、ああ…」

「ナミを呆けておる場合じゃないわーい! まさか、こんな近くに還暦型決戦兵器がおったとは…迂闊だったわい!」

「いや、アンタ! アンタが全部仕組んだんでしょうが!!!!」

「ほえ? はて、何を言うておるかぜんぜんじゃーい♪ 年を取ると物忘れが激しくなって…」

「そんなん信じれるか!!!」


 

 と、そんなこんなわけで、ナミのアフロヘアーにされるための戦いがはじまったのであーーーったッ!!




 はあ!? 違うでしょうがぁぁぁぁーッ!!




 次回につづーーーーくぅッ!!!!!

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