二十四狂目 『犠牲のアフロディーナ』
それは金ピカリンの世界。
白地にマーブル模様の入った超最高級大理石を惜しげもなく使った洗面台、鏡は黄金の枠を縁取ったものであり、マホガニーで造られたサイドテーブルには技巧を凝らした彫刻が彫られ、総革張りの超高級椅子は座った瞬間に眠りに落ちてしまうのではないかというぐらいに心地よい。
それらがズラッと左右対称に平行に並び、頭上にはおとぎの国の城から持ってきたのではないかと思わせるほどの大きなシャンデリアが眩き光を放っていた。それが所々にあしらわれた黄金をより引き立たせ輝かせる。
鏡を前に、期待に頬を紅潮させた女性たちは座っていた。首には無駄に多くのレースをあしらったエプロンをつけて、今か今かとソワソワしている。
そのちょっと後ろ隣には、どこぞのホストを思わせる超高級スーツをまとったイケメンがそれぞれについていた。それがホストでないのは、腰につけた作業ポーチと、手にもった銀色のハサミとクシがあったからである。そう。彼らはまごうことなく、この店の美容師たちなのだ。その顔は、今この場にここにいられることの誇りと自信とに満ちていた。
いきなり辺りの照明が落ちる。だが、誰一人として驚く者はいない。これは予定されたことなのだ。
ウィーンというような機械音が響いたかと思いきや、通路中央が回転しつつせり上がる。単なる装飾だと思われていたタイルに描かれた薔薇は円形ステージだったのだ。
そして、せり上がった銀色の円筒から、スモークとともに一人の男が姿を現す。次の瞬間、七色に光り輝くスポットライトと共に、電子音の乱雑なBGMがどこからともなく鳴り響く!
『オォーーウ! イエェェィー!!』
星形のサングラスを虹色に光らせ、浅黒く掘りの深い顔をした男は奇妙な形に指を作り、マイクを口の端に当てて甲高く叫ぶ!!
それに呼応し、客が、美容師が、同じように「イェーイ!」と拳を突き上げる。
「きょ、きょ、今日もよくよくよくよく…来てくれたわねぇッ! オウイエィ!」
男の声に合わせて、音楽がブレる。ラップ調だ。どうやら、DJらしき者がそういう演出をしているようだった。
いちいちポージングを取る。その度に三つに分かれた三色モヒカンがユサユサと揺れた。白いピチピチのスーツは、両袖にイカの足のような帯がつけられており、光が当たる度にギラギラと目障りに輝いていた。
「マスター・カッティングターイム! ビューティ鷹田店長ゥゥゥセェーイ!! ヨロシクオネャイシャァーッス!!」
チャラそうな頭モリモリの美容師がマイクを片手に叫ぶ。
ビューティ鷹田は、ノリノリのステップでステージから降りておもむろに一人の客に近づく。
「キャァアー! ビューティ鷹田! いえ、ビューティ鷹田様に一番にカットしていただけるぅぅなんてぇ! なんて光栄なぁッ!!」
いかにも金を持ってそうな、真珠のネックレス、五本のポークビッツのような指にゴテゴテに指輪をはめたオバサンが絶叫する。
「オーケィ…ザンス。落ち着いて落ち着いて」
「は、はひぃ!」
美容師がオバサンのクルンとなった前髪を摘む。すると、ビューティ鷹田の眼がキラリと光る!
「アアーーーーーッ! …チョッキン!!」
パチン! ほんの1センチ足らず、前髪を切る。
仰々しいまでの黄金の散髪バサミを両手に持ち、ジャギジャギとビューティ鷹田は腕を交差させて奇声を上げ続ける。
「ああん! カ・ン・ゲ・キ!! もうアタシ、ダメェん!」
頭を一回転させて気絶するオバサンを後ろでキャッチする美容師。こうなることがもう解っていたという反応の良さだ。
「さぁ! ミーの可愛い子ちゃん! 次から次へと行くザンスよ! キル・ユー・ヘアー・ザー・ベイベー!」
さきほどのオバサンと同じように、嬌声を上げて気絶していく。歩いて髪を切るだけでそんな現象を引き起こす様は、まるでどこぞの海賊王候補のナントカ皇のようだった。
「ふぅ~ん。これでエンドザンスかね?」
額の汗を払い、金歯を光らせてビューティ鷹田が笑う。
「あ、あの! わ、私! 私がまだです!」
店の端っこも端っこ。料金で言うとCクラスからDクラス。いわゆる立ち見席。そんな場所にいる一人の女子高生が手を挙げていた。
顔は…可愛くないとは言わないが、かといってメチャクチャ可愛いともいえない。平凡。ピープル。面白味のない。淡泊。低脂肪。薄味。貧相。そんな単語がビューティ鷹田の脳裏に瞬時に浮かんだ。
この美容室は散髪台によって料金が異なる。こんな末席にいるということは、基本料金である5万円も払えず、コネかヨリかツネかタネを使って姑息に入り込んだセコ客に違いなかった。
「コレはエクスキューズミィ~」
でも、どんなドブネズミでも客は客だ。それを心得ているビューティ鷹田はニッタリと笑い、その緊張している彼女の席へと歩を進めたのだった……。
☆☆☆
やったー!
予約してようやく今日切ってもらえるんだ!
これをどれだけ待ちわびたか!
最後の最後まで私のところに来てくれなかったから、てっきり忘れさられたんじゃないかしらって不安だったけれど、やっぱり忘れられていただけで…だけど勇気だして声かけたら来てくれたんだかから万事OK!
あ、私、テンション上がりまくりで自分で何いってるかわかんない! ウヘヘ!
「さて、ハニー? 本日はどのようにするザンス?」
「えと、えっとですね! なんていいますか、今風にカジュアルっぽく、サイドに軽くパーマを当てて、ちょっと軽めにしてもいいかなぁと思ったんですけれど、でもせっかく伸ばした髪を切るのはもったいないんで、今のストレートな感じを残留させつつ、清楚系も捨てがたいけれども、なんていうか、ふんわり系女子にもしたいかなぁって! 前髪クルッとかも今のはやりで可愛いですし! あ、でもビューティ鷹田様が私の顔に合うと思う髪型だったらなんでもいいわけで。それはその筋の専門家の意見がやっぱり正しいというかジャスティスっていうのは…」
「はーいはい。つまりは、ランコリン風ってことザンスね?」
「はい! まごうことなく、ランコリン風でお願いしますッ!!」
さすが! ビューティ鷹田様! カリスマ美容師! 私が言いたいことを一言にまとめてくれた!
「じゃあ、さっそくカットを…」
ビューティ鷹田様が金ピカのハサミを取り出す!
ああ、ついに念願のカットが……
「待てい!!」
急に響きわたる聞き慣れた声に、私はハッと隣を見やる。
「その女をカットする前に、まずはこの俺からカットしてもらおうか!!」
「なんでアンタがいるのよ!?」
それはもはや説明するまでもない。それは、いっつも私の邪魔をするヤオキチ号だ!
ってか、なんでアンタが客席に座ってるのよ! しかも私の隣に!?
「そりゃそうじゃろ!」
さっきまで待合い席で新聞を読んでいた人物…白木のクソジジイが涙ながらに拳を震わせる!
「ワシという散髪屋が身近にありながら、わざわざこんないかがわしいホストクラブみたいなところで髪ちょんぎるなんて裏切りじゃ!! “髪切り”ならぬ“裏切り”じゃぁッ! ナミよ! ワシにチョキチョキさせたあの青春の日々はどこにいったんじゃぁッ!?」
まーた訳の分からないことを騒ぎながら、ハンケチを噛んで泣くジジイ。それが演技だなんてお見通しよ!
「ボウズとオカッパしかできない床屋なんてイヤに決まってるでしょ! なによ! チョキチョキさせた日々なんて一日たりとも…」
ハッ! ああ、しまった。忘れていたわ! ビューティ鷹田様も、他の店員の皆様も、そしてお客さんまでもが呆気にとられている!
「もう! いいから出て行って! 私のカットの邪魔をしないで!」
「出て行く必要などない! バカヤロー!」
「何言ってんのよ! 他のお客さんに迷惑だから、さっさとその席から…」
「この席は俺の席だ! バカヤローが!」
「はぁ!? なにが俺の席よ! ここは要予約制! 予約は最低2年待ち! カットしてほしいなら前もって予約して…」
「その席、買ったんじゃよ」
は? はぁ!?
ジジイの世迷い言に私はクラリと目眩を覚える。
「10倍の金額をだすと言ったら、そこの席の人は快く譲ってくれたぞい」
クッ! そうか。このジジイ、金だけは持っているんだってことを忘れていたわ…。
というか、5万の10倍ってことは…50万だしたってこと? そら私だって譲っちゃうかも……
「ということで、俺は正規の客だ! 文句あるか!?」
「ううっ…。わ、解ったわよ。でも、お客ならお客らしく大人しくしてなさいよ」
「俺に命令するな! クソペンギンが!」
「はぁ? 誰がクソペンギンよ!!」
「まあまあ、ここは愛と勇気と夢がつまった美容室。大声を張り上げるなんて美しくない行為はやめてちょーだいザンス」
はあ。さすがビューティ鷹田様。この異様な状況…つまり、異様なサイボーグを前にしても、スマートかつ冷静でいらっしゃるわ~。
「ということで、まずはこのミスターからカットするがいいザンスか? アンダスタン?」
「え? そんな…」
「君は後でじっくりばっちり、ユンコリンにしてあげるからん」
「え? あ、はぁい…。そんなばっちりしてもらえるなら…いいかな…えへへ」
ヤオキチが先にカットされるのは納得できないけれど、ビューティ鷹田様がそう仰るなら逆らえるわけないわ。
「さぁて、ミスター。本日はどのようにされるのかしら? リクエストはあるの?」
「ん? あるに決まってるだろうが! バカヤローが! 男らしく角刈りだな!」
「角刈り…」
ああ、ビューティ鷹田様が石化されている。
そりゃそうよ。どこの馬鹿がわざわざ美容室まで来て角刈りにしてくれなんて言うのかしら!
「キー! 角刈りじゃったらワシがやったのに!!」
さっきから悔しそうにハンカチを噛み続けるジジイ。ってか、アンタがヤオキチのために金払ったんじゃないのか!?
「い、いいわ。オウェイ! 角刈りだろうが何だろうが、このミーにできない髪型はないのザンス!」
「御託はいいから早く散髪しやがれ! バカヤロー!」
ビューティ鷹田様の顔が引きつっているけど、それでもやはりそこはプロ。ハサミとクシを取り出す。
ああ、すみません。私のたいして深くもない知り合いがご迷惑をおかけして! 髪ごとそいつのねじ曲がった心もカットしてくれて一向にかまいませんから!
…って、アレ? ビューティ鷹田様どうしたの?
ヤオキチの後ろに張り付いて固まっておられるけど…。
大砲? いや、大砲はいまはOFFモードで後ろに下がっているから髪を切る邪魔には……
ああ!!
そ、そうだ。すっかり忘れていた…。
(…髪がない)
ビューティ鷹田様の表情にその言葉が浮かんでいた。
そう。ヤオキチは頭頂が乱れハゲあがっている!
照明の光が当たって、キラリとビューティ鷹田様の顔を映している!
ダメ! これはトラップ! このままじゃ角刈りにはできない!
(…仕方ないザンスね。ならば、サイドから…)
「おい!」
「…え?」
「横はそのままの長さでいい! 上を切りやがれ!」
うわー、なんていう無茶ぶり!
「上をって…」
「貴様はカリスマ美容師と言われておるんじゃろ! ならば、それぐらい容易いこと!」
「そ、そんなことを言われても…」
ジジイの笑顔! そうか。今気づいたわ! これが狙いだったのか!
「ほれ! どうした! ヤオキチのリクエスト通りに角刈りにしてみせんかい!」
「さっさとやれ! できねぇなら、テメェを散髪屋だとは認めねぇかんな!!」
「そうじゃ! できなかったら、ヘッポコ床屋としての看板をあげてもらうからのぅ! 覚悟せい!」
「グッ…」
なんていうモンスタークレーマー!
ビューティ鷹田様が冷や汗をかいていらっしゃる!
ああ、心なしか、周りの店員さんやお客さんたちも殺気立っているような…。
「このミーをハメることが狙いだったのザンスね」
へ? あれ…どうして、ビューティ鷹田様が私をニラんでいるの?
「やられたわ…。最後の最後で呼び止められたのを怪しいとみるべきだったザンス」
「え? いや、私そんなつもりじゃ…」
「ここでこのオヤジをカットさせることで、ミーの名声を地に落とそうという作戦だったなんてッ!!!」
「えーー? まったくそんなつもりありませーんッ!!」
ちょっとちょっと勘弁してよ!
今日はめちゃくちゃ朝早起きして、ジジイやヤオキチに気づかれずに来たっていうのに(結果的に二人はついてきてるけど!)。
「ちゃんと説明して! 私とアンタらは無関係だって!」
「ナミ。よくやったな。今回は誉めてやるぞ、バカヤロー!」
「まったくじゃ。お手柄じゃぞ!」
いやいやいやいや! なにここぞとばかりに良い笑顔で親指たててくれてんのよ!
「ほらー! はやくカットせんかい! できねぇなら、この店に火つけるぞい! このナミの命令でな!」
「そうだ! できねぇなら賠償金請求するぞ! 店の有り金ぜんぶもってこい! 作戦を指揮したこの女に支払いやがれ!」
「おぅい! なにシレッと私を首謀者にしてくれてんのよ!?」
ああ、どこまでこの二人は私の疫病神で居続けるのよ…。
「鷹田店長様。このような振る舞いに従う必要はありません。我々がこのクレーマー共を追い出して…」
店員さんがビューティ鷹田様の横でひざまずいて言う。当然の台詞だ。私は無実だけど何も言い返せないわ…。
「いや。カットすれば問題ないのザンスね?」
ビューティ鷹田様が自信に満ちた顔で尋ねる。
その振る舞いを怪しいと思ったのか、ヤオキチは顔を歪めた。
「おう。だが、角刈りは取りヤメだ」
「な、なに?」
店員さんたちに動揺が走る。
「サラサラのロングヘアーにしろ!」
「む、無茶だ!」
「ふざけるのも大概にしろ!」
「元の髪の長さからしても、そんなことできるわけないのは明白だろ!」
ヤオキチのサイドに残された髪も5センチに満たない。横から飛び散らかった頭頂の毛だってそんなに長くないのだ。これをロングヘアーにしろなんてありえないのもほどがある!
店員さんだけでなく、お客さんからも非難の声が上がる。
「うるせぇ! できねぇとは言わせねぇぞ!」
「そうじゃ! 仮にもカリスマ美容師と言われておるぐらいなんじゃろ! 物理の法則を乗り越えてこのヤオキチをロングヘアーぐらいやってみせんかーい!」
いや、クソジジイ! なに調子のってんのよ!
「いいわ。ただし、ちゃんと出来たとしたら…このままじゃ、ただで帰れないのは解っているザンスよね?」
ビューティ鷹田様が怖い。なんか、怒りのオーラが見えるような気がしてくる。
「なんだと?」
「ユーたち三人。このミーとミーの店を侮辱した罪で、世にも恥ずかしい髪型にして、その写真を店頭に並べて晒し者にした挙げ句、永久出禁にさせてもらうザンス!」
え? 私も…!?
世にも恥ずかしい髪型で写真。しかも、それを店頭に晒されるだなんて…。
「ま、待って下さい! 私はビューティ鷹田様にカットしてもらいたいだけで、侮辱するだなんて意図はさらさら…」
「シャラップ!」
私の喉元に金色のハサミが突きつけられる!
「さあ、ミスター。それでいいかしら?」
「あ、当たり前だ! 責任はその女が取る!」
「そうじゃ! 三人分っていうなら、ナミの髪型を三回に分けてカットして写真を撮ればええ!」
「ふざけんなぁ!!」
好き勝手なことを言うクソ野郎どもに私は血の叫びを浴びせる!
「解ったわ。それで受け容れましょ。ひどく後悔するといいザンス」
「ちょっと受け容れないで! 二人には厳しい罰でも構いませんから、私だけは許して!!」
私の声はすでに届かなくなっていて、ビューティ鷹田様は大きく息を吸い出して手を合わせた。
え? なに? 祈りの動作? どういうこと???
「なに拝んでやがんだ! さっさと切り…」
ヤオキチの眼が泳ぐ。
なんだろ。なんかどこからか甘い香りがしているような…。
「…お、おお。おおお。おおおおッ!!」
正面を向いたヤオキチは、鏡に映った自分をみてワナワナと震えている。
「毛が…毛が生えた! フサフサだ! しかも肩まで届くロングだ!」
へ? いや、1ミリもさっきと変わらないんですけど……。
「スゲェ! スゲェぞ! 揺れる! 風に揺れている! 俺の毛が! チキショウ! 前髪がうっとおしくてちゃんと見えねぇじゃねぇか! このバカチンがぁ! こぉのバカチンがぁ!!」
どこぞの熱血教師みたいに、髪を左右に振って払う動作をヤオキチは繰り返す。ってか、ぜんぜん髪の毛ないじゃん! 何やってんのこのオッサンは?
「なんじゃ? おかしい。何かがおかしいぞ…」
白木のジジイも首を傾げる。
いや、おかしいのはいつものことだけれど、輪をかけて確かにおかしいわ。
「どれ。ヤオキチがどういう風に見ているのかモニターしてみるぞい」
「ちょっとどさくさに紛れて何してんのよ!」
どこからか取り出したパソコンから、ケーブルを引っ張りだして私の頭に差そうとしている!
「私の頭は充電器じゃないから! アダプター差すとこなんてないから!!」
「何言うておるんじゃい! 後頭部にちゃーんとあるわい!」
「は? はぁああ!?」
「この前、寝ている時にちょちょいーっと増設しておいたんじゃ!」
「か、勝手に人のちょちょいと身体改造すんなッ!!」
「いーから、頭かさんかーい!」
私の頭をつかんで、後頭部になにやらUSBケーブルらしき先を押し込む!
カチャ。うそ…。カチャって今なったよ。首のちょっと上で…。
「昨日、頭洗ったとき何もなかったのに!」
「そりゃそうじゃ! ワシが必要とした時しか露出せんわい! 完全防水加工済みじゃ!」
「ってか…私も完全にサイボーグにさせられているんじゃ…」
「これでえーわい。さあ、ナミよ。お前さんの愛機たるヤオキチに何が起きているのか見るのじゃ!」
文句を言ったところで何も改善されない。私は嫌々ながらヤオキチを見やる。
「こ、これは…」
「いまヤオキチがどういう風に見えているかを、お前さんの脳味噌に直接送っておる!」
た、確かに…。いま、ヤオキチはロングヘアーだ。しかも頭を振る度にキラキラと目映くばかりに光り輝く綺麗なキューティクルをした髪だ! どこぞの女優さん顔負けのサラサラヘアー!
…うん。髪だけはすごい。でも顔はそのまんまだ。オッサンだ。脂ぎったオッサンだ。
キモい。キショい。髪が長くなっただけ、余計にキショい。髪が綺麗なぶんだけ、気持ち悪い要素が際立つ。不潔感しかない。無駄なオプションと言う他ないわ。
でも、ヤオキチは気持ちよさそうに髪をかきあげてはポージングする。髪が生えたぐらいでイケメン気取りか…
「ヤオキチの目には、本当に髪が生えたように見ているみたい」
「な、なんじゃとぉ! これは一体…!?」
ビューティ鷹田様。さすがカリスマ美容師。このキモいオッサンのハゲ頭すら何とかしてしまうなんて!
「フフン。さて、ミーは約束を守ったわよ。ユーたちにも約束を守ってもらおうザンスかね」
うわあん。いつの間にか店員さんたちに囲まれてるし。逃げられないし。私、まだちゃんとしたカットすらしてもらってないのにぃ!
「で、でも、私たちにはヤオキチの頭に毛が生えたようには見えないし…」
ジジイの手を振り払い、USBケーブルを抜く。ヤオキチの頭はそれだけで元に戻った。
「あら? 本人に聞いてみたら?」
「アンタは神だ! アンタは“髪”の中の“神”だ! “神”の中の“髪”の上の“神”だ!!」
ヤオキチは号泣して感動しているらしい。やたら“カミ”を連呼している。
「ナミよ。このままではワシらもおもしろおかしい頭にされてしまうぞい! もう戦うしかあるまい! ウヒヒ!」
いやー、ジジイ。ピンチなんでしょ! ピンチだってのに、なんでこんな時も笑顔なのよ! なんで楽しそうなのよ! 腹立つわー!
「はいはい。ヤオキチに乗って戦えっていうんでしょ!」
「断る」
確かに変な頭にされるのは困る。こうなったら破れかぶれでも…そうじゃなくても、どうせジジイの思惑通りに戦わさせられるんだから、さっさと終わらせるしかない。
ああ、でも、尊敬するビューティ鷹田様と戦うなんて…。いや、怪我人は出さずに脱出に撤すればきっと。後日、菓子折りを持って謝罪して誤解を解ければ…。
へ?
「ヤオキチに乗って…」
「バカヤロー! だから断るってんだろ!!」
「な、なんでよ! このままじゃ私、変な頭に!!」
「オメェーの頭のことなんて知るか! 俺はこのサラサラヘアーを維持するためならなんでもするぜ!」
は? なぁに狂ったこと言ってんのよ、このカボチャ・オヤジは!
「俺はビューティ鷹田。アンタに忠誠を誓うぜ。永遠のな!! ぶちゅッ!!」
「あ、ありがと」
ビューティ鷹田様の手の甲に恭しくキスなんてしやがって! 似合わないのよ! ほら、ビューティ鷹田様も引きつった顔でアルコールテッシュ何枚も使ってぬぐっているし!!
「さあ、クソ女! クソジジイ! このビューティ鷹田に弓引くってことは、この俺に弓引くってことだ! 粉々に砕いて、野菜畑の肥料にしてくれるぜ!!」
ガチャン! 大砲を起こして構えるヤオキチ!
この馬鹿! 私たちの敵に回るってことか!!?
「ちょっと! ジジイ! 何とかしなさいよ!」
返事がない。
「ジジイ?」
あ。なんか石化している。ヤオキチの裏切りがショックだったらしい。
「ほ、ほら! 指令従順モードにするリモコンとかあったじゃん!」
「…ハッ! そうじゃな! ワシとしたことが、すっかーり忘れておったわい!」
ジジイは風呂敷を取り出して探し出す。ホッ。これで一安心…
「あ。忘れてきちまった!」
「は?」
「うちにおいてきてしもーたー!!」
「ななななななな! なんでよぉ!? よりによって、なーんでこんな時に忘れるのよぉ!?」
私とジジイはテンヤワンヤ状態に陥る!
「あー、もう! ゴンザレスとかに助けを呼ぶことはできないの!?」
「通信装置も忘れてきてしもうたんじゃ。今持っておるのは、ほれ。えーっと、自動ヌカミソ漬け食わせ機、横断歩道に転がった小石排除ロボ、小腹が空いたときにポップコーンを買って来てくれるお使いマシーンぐらいじゃ!」
「どれもゴミじゃん!」
唯一の戦闘能力を有したのがヤオキチだけだなんて! しかもそれが敵に回るなんて最悪な展開じゃない!
「や、ヤオキチ! まって! ちょ、ちょっと考え直しましょ! ほら、このジジイがいれば、アンタの頭に毛を生やすことぐらい…」
「念仏は唱え終わったか? いまの俺はエネルギーマックスだ。一瞬で、オメェらの頭をアフロヘアーに変えてやれるぜ!」
ヤオキチの大砲にエネルギーが集まって、砲口からいつでも発射できると言わんばかりに光が明滅している!
なによ! いつもは大砲ギリギリじゃないと使えないくせに! こんな時ばかり!!
「アンタの作ったサイボーグでしょ! 弱点とかないの!? 何とかしなさいよ!」
「ほえ? 大丈夫じゃーい。安心せい」
え? マジなんとかなるの? さすが制作者…
「いま、このポップコーン購入マシーン。『メリケンサックくん44号』がお使いに行ってくれるところじゃわーい!」
「…へ?」
ジジイ。さっきから何やっているかと思えば、なんかアメフトかラグビーみたいな格好をした小さな人形のゼンマイを巻いているところだった。ってか、それネジ回しで動いているの?
「ナミは何味がいいんじゃ? ワシは唐辛子マシマシにしようかのぉ! ウヒヒ!」
ゲ…。ジジイの目が別の意味で逝っちゃってる…。現実逃避してるじゃーん!
「ミスター。そっちの壊れたオールドメンはもういいザンス。
ミーとしては、首謀者のその女子高生だけが許せないだけ…」
「えー!?」
そ、そんな。ビューティ鷹田様!!
ってか、全部がヤオキチとジジイが原因なのになんで私が首謀者になってんのよ!?
「ユーのビックキャノンで、“七時に集合”できるヘアーにしちゃって!!」
「オーケーだぜぇッ!!」
「きゃああッ
!!」
「ウヒヒ! 酢漬け味のポップコーンも捨てがたいのぉ!!」
山中 南美! 絶体絶命の危機!
頼りのヤオキチ号は敵に奪われ、チームの頭脳たる白木博士は再起不能に陥ってしまった!
これからナミはどうなる!? ビューティ鷹田の思惑どおり、爆発炎上コメディの定番であるアフロヘアーにさせてしまうのであろうかーー!?
次回につづーーーーくぅうッ!!
そんなのイヤー!! アフロだけは勘弁してよぉ!! 誰得よぉ!?




