二十二狂目 『変愛の魚屋ブルース<序章>』
超東京都うんももす区うんももす町には、二つのマンモス高等学校がある。町を二分して、創立時より長年に渡り、良きライバルとして相克してきた伝統を持つ。
東に蒼蘭学園あらば、西に緋桐学院。運動においては蒼蘭の方が上で、勉学においては緋桐の方が上…実際の差など微々たるものなのであるが、地元民の認識はそんな感じであった。
しかし、双方ともに進学校となった今、生徒たちはもちろん、長年教鞭をとってきた教師たちも、闇に葬られたある歴史の一部を知らなかった。かつて学ランに下駄で通学していたような時代、蒼蘭と緋桐に"鬼番"と呼ばれる伝説の番長がそれぞれ君臨し、血で血を洗う激しい抗争を繰り広げたのだということを……。
☆☆☆
緑豊かな緋桐学院。建築家のイメージは大森林の中の神殿らしく、高額な入学料を金持ちからふんだくり取ることで、まるで中世のヨーロッパに来たような雰囲気にしあがっている。
バームクーヘンをいくつも重ねて積み上げたような校舎。ツタの絡みついたゴージャスなテラスなど、あまりのまばゆさに我を失ったシェークスピアが、ジュリエットを飛び降りさせてもおかしくはなかった。
建物は中央が温室庭園となっており、ガラス張りの高層階にある渡り廊下から、南国からの観葉植物を楽しめるようになっている。わざわざ植物園などにいかなくても、ここで課外授業などすませられるほどの立派なものだった。
この庭園の中には切り出した天然石造りの人工池がある。一辺が10メーターはあろうかという大きさで、中央には意匠が彫った人魚像が肩にかついだ瓶から水を注ぎまくっている。
さて、ここ数ヶ月、この人工池の周りで奇妙な生物、UMA目撃証言が生徒たちの間から囁かれていた。
そこでいくつかこの場で紹介するとしよう。
生徒Aによる証言
「いや、驚いたよ。夜中に忘れ物とりにきたらさ、あの人魚が動いて泳いでるんだよ。もうビックリ以外にないでしょ」
生徒Bによる証言
「ええ。帰り際に見ました…。気持ちよさそうに泳いでいて。たぶん、泳法はバタフライ?」
生徒Cによる証言
「なんか水瓶あるじゃない。アレ、かついだままだったんだ。しかも、両肩にね。いや、夕方でだいぶ暗くなってたんで顔とかはぜんぜん見えなかったんだけどね」
生徒Dによる証言
「皆、人魚ってるけどよ。ぜんぜん違うって。だって、二足歩行で歩いてたんだぜ。尾は頭にくっついてたって話だ。俺が思うにあれは半魚人だよね。マーマンですよ」
生徒Eによる証言
「拙者は三次元魚女よりも、やはりケモミミ二次元でござるな! ケモナーこそ正義ですぞ! ドゥフドゥフ!!」
以上のような話が、学院中に広まっていた。
いずれにせよ、共通するのは、人工池の周りで不審な人物いたということである。
しかし、夜間の防犯対策はしっかり行われており、侵入者が入ってきたような痕跡などを確認するまでには至っていない。
実際に被害にあった例がないことから、学院側としての対処は、人工池に近づくことを禁止、暗くなった夕方以降まで校舎に残らないように指導するぐらいしかできなかったのである。
『KEEP OUT』と赤字で書かれた黄色いテープで四方を囲まれた人工池を遠くから見やり、ホウッと小さくため息をつく一人の少女がいた。
小柄ではあるが、陸上が好きなせいで、ほどよく日焼けしているショートカットの健康的な美少女である。
16歳になってもまだ女性としの自覚は芽生えていなく、化粧をしたり、可愛い小物を身につけたりすることもない上、履いているスニーカーもブルーのラインが入った男物だったりする。
ズボンをはいていれば、パッとした見た目は男の子のようにも見えておかしくはない。だが、決して彼女を男の子とは誰も間違えないであろう。というのは、地味な雰囲気を簡単に打ち破るある特質を備えていたからである。
それは1年生の時に購入した学校指定のブラウスを破り抜かんと、3番目と4番目のボタンがパツパツにまで引っ張られるほどの自己主張であった!! 本人の控え目さとは裏腹に、成長期だけは『私は女だ!』と大きく叫んでいたのであーる。
しかし、盛りのついた思春期まっただなかの周囲、大人の階段を三段飛ばしぐらいで駆け上がる同級生たちは彼女の存在を面白く思っていなかった。
日々、顔と髪の造形をこねくりまわし、ふともものタルみを強制器具で引きしめ、体重計1gの差に一喜一憂し、最先端のビューティフル情報に置いてかれまいと、長い時間をかけてスマフォをネイルアートのゴテゴテした爪で叩きまくる!
仲間とは良好な関係を維持し、甲高い笑い声をあげて共通の話題でわき上がるのだが、腹の中ではドス黒い怨念が『貴様に優勢遺伝子は渡さぬ!』と、水面下で熾烈な戦いを繰り広げているのが、まさによくありふれた健全な女子の高校生活と言うものだろう。
だが、彼女だけは違っていた。何の努力もなしに得た天賦の力は、猿並の知性しか持ち合わさぬ代替要員(その他の有象無象の男どものこと)を何の気なしにかっさらっていたのである!! それが同級生らの日々の研鑽の努力をあざ笑ったかのような行為に見えたことはいたしかたない。
しかも付け加え、人目はばからず「また胸大きくなっちゃた…。走るとき邪魔だよね」といった天然のみがもつ特有の爆弾発言が、特に優性遺伝子が多い、野球部やサッカー部の部長やエースの心を撃ち抜いたのであった!!
「俺、飾らない自然な娘が好きなんだよね」なんていう選ばれた人種の言い分とは、フタを開ければ"合成物"よりも"天然物"という男子の本音に他ならないということを付け加えておく!!
だからといって、決して彼女も幸福な境地にあったわけではない。何人もの優性遺伝子どもが、"運動が好きならスポーツの話題から仲良くなろう!"などといった手段を持って告白を挑んだのだが、彼女は「私、一人で走るだけが好きだから」という、真正直な答えを返して次々と玉砕しているのである。
かといって"真っ正直に愛を告白すれば…"などといった手段も通用しない。それに関しては「よく解らないんだけど…」という趣旨の返答がかえってくるのである! 彼女は天然ゆえの…いや、天然すぎるがゆえの難攻不落の要塞であったのである!!
上記のことから男っ気はなかったのだが、それで納得するわけがないのが思春期の同性というものであろう。いや、むしろ「男にチヤホヤされて調子のってる!!」という勝手なレッテルを貼られ、遠巻きにされているのが彼女の現実なのである!
そんな彼女が朝夕と走る以外に、心の安らぎを得ていたのが、この人工池だった。
給食で余らしたパンくずを持って行き、浮いているものなら何でも食べてしまう鯉たちを見て、「鯉なら解るけど、恋って解らないなぁ」なんてダジャレを口にするのが日課なのである。
そう。彼女も年頃の少女、それはひどく悩んでいたのだ…。
バスケ部の主将をいつものごとく撃沈した後、中学の時からの友達だと思っていた人物に、「アンタ、どっかおかしいのよ! 先輩の恋する気持ちを踏みにじって楽しいの!?」と罵倒されたのである。というのは、その友達が実はバスケ部の主将を好きだったからに他ならない。好きな人落ち込んでいる姿を見て、いたたまれなくなっての発言だった。
彼女からすればそんなことを言われる筋合いではないわけで、少しも悩むことではないのだが、友達からの発言であったことが鈍感な彼女にも引っかかっていた。
「恋か…」
彼女はポツリといつもと同じ言葉を呟く。
鯉を見ていたからといって答えがでてくるわけではないとは解っていた。
だが、友達だと思っていたその娘と疎遠となって以来、他に誰も相談できる相手などいなかったのである。
「雲上 祐希氏」
後ろから自分の名前を呼ばれ、彼女は振り返った。
「答えは現世にはありませんぞ。"恋"や"愛"の答え…それは、身近でいて、それで遙か遠いところにあるのです」
芝居がかった動作で、分厚いレンズの黒縁メガネをかけた背の高い男が身悶えする。
7対3に分けられた長くて黒い直毛が乱れていて、汗で額に張り付く。
「身近でいて、遙か遠いところ?」
「YES。人は答えを求めてさまよう旅人。しかし、一生など儚く短い、例え世界の隅々を巡ろうとも答えには辿り付きはしない。多くの賢人たちが求め、長きに渡り得てきた知識の集大成。それを使うことで人は自分の人生だけ得ることのできない真実の答えを初めて見いだせるのさ」
長身のメガネ男の後ろから、ほぼ同じ格好でいて、一回り以上も背が低い男がスッと現れる。
メガネだけの形が違い、彼は三角のメガネをしていた。
「知識の集大成、真実の答え…それはいったい?」
彼女は大きな胸に手を当て、縋るように問いかける。
「ふぅふぅ…。知識の集大成とは、すなわちこれに他なりませんでふぅ! 我らのバイブルでふぅ!」
長身の後ろから、また同じ格好の男…背は四角メガネよりも低いが、横幅はその倍はあろうかという巨漢が現れた(実のところ、後ろに隠れているところではみ出て見えていたのであるが、この際それはいいだろう)。
メガネの形は丸だ。多量の汗をかいており、暑そうにタオルで顔を拭い、荒い息を吐いている。
その手に持っているものに、ユウキは視線を注ぐ。それはどこのコンビニでも置いてそうなマンガ雑誌であった。
「答えは、マンガの中にあり! マンガにこそ世の中のすべての真実が隠されているのですぞ!!」
四角メガネが拳を突き上げると、三角メガネと丸メガネもその横にならんでポージングを決める。
「ユウキ氏。貴女が探し求めて止まぬ答え、この『マンガ研究部』こと、略して『マン研部』が解き明かして見せましょうぞ!」
「ほ、ほんとに…?」
四角、三角、丸…三人が優しく微笑んで頷く。
「さあ、共に参りましょう! 我らが崇高かつ聖なる探求への部へと!!!」
メガネたちがユウキを囲み、部室のある校舎へと連れて行ったのであった。
ポチャン!
ユウキが連れて行かれる途中で、人工池の水が跳ねた。しかし、誰もそれに気づく者はいなかった……。
☆☆☆
緋桐学院には、マンガに関する活動が二つ存在していた。
一つは『漫画研究同好会』であり、学院設立時からあり、古今東西の漫画を研究するだけでなく、自分たちも漫画を描いて自主出版まで行っており、その描いた物が業界からも注目されることもあるほどである。
もう一つは、去年より部員3名で始まった『マン研部』であった。もともとは漫画研究同好会のメンバーであった四角メガネ…羽鳥 観が、とある理由をもってして退会し、学院の認可を待たずに勝手に設立したのがマン研部である。
しかしながら学院非公認であるため、顧問もおらず、資料室を勝手に使用して細々と活動していた。
羽鳥は語る。
__あなたにとってマンガとはなんですか?
「マンガはね。クリエイティブですね。拙者からすれば"至高の真実"こそがマンガです。だから、ダメなんですよ。だから、過去の人物の作品なんて拙者はまず読みませんね。自分の感性が乱されるのが怖いですから…」
__マンガの偉人たちなどの作品もひとつも読んでいないんですか?
「ああ、はいはい。手○とか、藤○ですか、赤○ですか。あんなのクソですよ。誰だって描けると思いますね。現実と空想がごっちゃまぜになってるように拙者には見受けられます。妄想ですよ。…マンガとは確かに架空の世界の話です。しかし、この現実を生きている拙者たちを除いて真のマンガが始まるとは思えませんね。これからのマンガはね。現実味を無視しちゃいけなぁい、と。そう拙者は思っています」
__リアリティを求めるならば、ノンフィクション小説などもありますが?
「はぁーん? 小説なんてゴミじゃないですか。第一ね、読んでいて活字ばかりで眼が痛くなるんですよ! だいたいネット小説とかで漢字ばかりダラダラ並べる人ってのは才能がありませんね! いろいろなものを取り入れて、なんかドキュメンタリー風に書いたりしててもね! ウケ狙ってるつもりが逆効果なんですよ! 逆効果! こういうのに”キレ”キャラとか登場させたりしてね、他人の人格に自分の意見を言わせてるだけなんですよ! そもそも小説なんて文字だけじゃないですか! 下手くそな物書きの作品なんて、単なる手抜き! 手抜き表現にすぎませんよ! その点、マンガがすばらしいのは絵と文章で……」
__はい。なんだか長くなりそうなのでインタビューはこれで終わります。
不法に作った合鍵を使い、資料室の中に入っていく。
教材の地図やら、映写機の入った箱などを勝手にどかし、少し開けた場所をとり、そこにパイプ椅子を並べた。
「少し埃っぽいけど我慢してくだされ。真実の探求とは、周囲の無理解や差別に堪え忍びつつ密やかに行われるべきものでありますゆえ」
「うん。羽鳥くん、また椅子に座っていればいいの?」
「はいはい。そうですとも~、ユウキ氏はただ座って頂いていてOKですぞ。
…おい、ボサッとしてないで! 気が利かないですぞ! 三猿、お茶ぐらいお出しして! 鴉犬、はじっこの窓開けて!」
三角メガネ、三猿が冷温庫(マン研部が勝手に設置したもの)から缶の茶をとって来てくる。
丸メガネ、鴉犬は汗を拭き、ホコリにむせながらカーテンと窓を少し開いた。
「さてさて、真理の探究の2回目になりますな!」
イーゼルとスケッチブックを持って来て設置しつつ、羽鳥はニコニコと笑いながら言う。
「前も思ったんだけれど、マン研部って…マンガを描くんでしょ? それってよくわからないけど、美術とかで使うヤツだよね?」
ユウキが首を傾げる。授業で使った記憶があったからだ。しかし、実際にはマンガを描いている場所を見たことがないので自信がなさそうにそう尋ねた。
「おお、良いところに気づかれましたな。いかにも美術で使用するものではありますが、絵を描くという点では同じです。画力の向上にはスケッチが定番かつ定石。特に拙者が目指しているクオリティとリアリティの両立には、何よりも執拗な模写が必要でしてな。物語の構成、登場人物の肉付け、絵の構図などなどマンガを描くのに必要な技量は数多けれど、何よりもまず第一に必要なのは画力ですぞ! どんな理想を語ろうと、絵が下手くそでは読者は読む気も起きんはず!」
「はぁ…」
解ったような解っていないような返事をして、ユウキは頷く。
絵画にも漫画にも興味があるわけではないので当然の反応である。
「では、部長。我々も準備できました!」
「ふぅふぅ! は、はやく! 辛抱たまらんでふぅ!」
イーゼルの前に座った三猿と鴉犬に、勿体ぶって羽鳥は鷹揚に頷く。
「さて、では未知なる世界へ参ろうぞ!!」
B4鉛筆を構え、三人はスケッチブックへ向かう!!
カキカキカキ…ケシケシケシ…カキカキカキ…ケシケシケシ…
沈黙の中、鉛筆の走る音と消しゴムの擦れる音だけが聞こえる。
重苦しい沈黙と、ひたすら注がれる三人の視線。極力動かぬよう、ユウキはマバタキの回数すら控えめにしていた。それこそが、真理の探求者である3人が求めたことであり、自分も彼らに近づけるのであれば努力を惜しまぬつもりであった。
なぜ絵のモデルになれば自分の求めていた答えが得られるのかは解らない。だが、羽鳥の確信を得た姿、そして自分の知らない世界であるマンガについて熱く語る様に、もしかしたら…という思いを抱いたのである。
「…………はあ。ダメだ!! こんなものぉ!!」
羽鳥がいきなり立ち上がり、今まで描いていたスケッチブックの一枚目をめくってベリベリに破いて丸めてしまう!
「ぶ、部長!?」
「なにをするでふぅか!?」
破けた断片を見る限り、かなりの部分まで描き上がっていたようだ。それを破き捨てるなんて余程のことがない限りしないだろう。
「こんな絵、生きていない! ダメだ! ぜんぜん、ダメだ! 吹き出しがなくても語っていることが読者に伝わらねばならんのですぞ!!」
絵なんだから生きているわけないじゃないかとユウキは思ったが、部長が言いたいことはそうではないのだろう。
癇癪を起こし、荒ぶる羽鳥を慌てて三猿と鴉犬が抑える。
「大丈夫?」
「芸術家としての魂が爆発したものかと!」
羽鳥の眼は焦点があっていなく、明らかに常軌を逸脱した状態であることが誰の目にも見て取れた。
「描くには、描くためには、描かねば、描くゆえに!!
ちっがーう! ちっがーうのだ!!
拙者が描きたいのは現実を超えたところにあるリァルィティッ!
三次元を凌駕する圧倒的な次元の存在感!!」
羽鳥は泡を吹き、奥歯をガチガチと響かせる!!
「そのためには、もっともっともっともっとリアルを知らねばならないのですぞぉッ!!」
「リアル?」
ユウキは首を傾げる。部長が言っていることの意味の十分の一すら解らなかった。
「それはコントラスト! 脈打つ血管、淡い日焼け跡と織りなす対照的な白魚のような甘酸っぱい一夏の想い出!
カッターシャツなどという、無粋なヴェールに隠れているものにこそ命の胎動が感じられるはずもなく…」
「難しいこと言ってるけど、要するに上を脱げってこと?」
羽鳥がピタッと動きを止め、側にいた三猿も鴉犬も同様に、喉仏だけがゴグリと動く。
しばしの沈黙。三人のメガネの下にうっすらとした球の汗が、筋となって流れゆく……
「いやいやいや! そ、そのようなハレンチな!! そんな俗で変な下心ではなく、一人の表現家としての情熱が燃えたぎっているだけで…ちょっとしたお茶目なジョークであったわけでして、つまり…」
メガネを上下に激しく動かし、テンパった羽鳥は考えつく限りの言い訳を喋り出す。
「? 脱がなくていいの?」
「脱いで下されぃ!!!!」
直立不動の姿勢をとり、羽鳥が90度でお辞儀する!
「ちょ、部長! 率直な!!」
「い、いかんでふぅ!!」
「だ、だまれぃ!! 当たって砕けろ、と、拙者の描いたマンガの主人公は言うておるのだ!!」
「しかし、そんなことではユウキ氏に嫌われてまぅでふぅ!!」
「別に私はいいけれど…」
「嫌われるもなにも交渉してみんことには何も始まらぬ!」
「今のが交渉とは到底思えませ…」
三人が同様に固まり、信じられないものでも見るかのようにユウキを一斉に見やった。
「ゆ、ユウキ氏。いま、なんと?」
「別に脱いでいいよって言ったの。絵を描くのに必要なんでしょう?」
何ということはないとばかりに、ユウキはブラウスのボタンに手をかける。
「せ、拙者は夢でも見ているのであろうか…」
「ありがたやありがたや!」
「か、感無量! この世に一片の悔いなしでふぅ!」
恥ずかしがる素振りも、もったいぶるような素振りもなく、ユウキはカッターシャツを脱いでしまった。
あらわになったのは、羽鳥が予想していた小麦色と白い肌とのコントラストではあったが、それは想像よりも数百倍は気高く、精緻であり神秘の色香に包まれていた。
残念なことに、ブラは彼らが考えていたような、天使の戯れを思わせるものではなく、水色に赤いラインが数本入っただけの地味なスポーツブラであった。だが、どう見てもサイズが合ってない。それは急激な成長期にブラの買い換えが間に合わず、「はみ出そうでキツいけれどとりあえず頑張って着てます」…というような私生活の一端が、彼らの脳裏に浮かび上がるのに充分な情報を提供した。
ああ、それだけで、オカズなしでも白飯三杯は軽くいけるだろう、と、羽鳥は思った。
「きょ、境地…まさに、境地ですぞ!」
「死か生…俺たちは生き残れたんだ!」
「て、て、て、て、て、テラモエすでふぅ!!!!」
三人が勢いよく鼻血を吹き出す!
その高圧洗浄機のような勢いと量に、ユウキはギョッと驚いた顔をする。
「え? どこか怪我したの?」
椅子に座ったまま少し前屈みになるユウキ。本来、スポーツブラで乳揺れは起きないはずなのに、規格外の質量をもった二つの巨球がわずかにプルルンとなる。
ああ、それは逆効果だった! 彼らのノズルは『最強』モードで熱き血潮を噴き出す!!
「心配ご無用! オーケーオーケー!! これで拙者ら、ユウキ殿を心置きなく隅から隅までじっくりねっとり、真実に即して描けるでありますよ!!」
「そう? ほんと? それならいいけど…」
ユウキからすれば、これだけのことでなぜ絵が描けたり描けなかったりするのか理解できていなかった。
「ハッハッハ! これだけあれば、赤の絵の具はいりませんですぞ!」
「そうですね! 部長! では、夢に行きましょう!!」
「描くよりも、ま、まずは、しゃ、しゃ、しゃ、写真をでふぅ!」
いそいそと、彼らは血塗れのスケッチブックに絵を描き始めたのだった。むろん、スケッチブックに向くよりも、ユウキの方を見ている時間が明らかに長かったことは言うまでもないことだろう……。
真実の探求2日目が終わり、マン研部の三人はユウキが学校から帰宅する様子をベランダから見やっていた。
心の中は満足感に包まれ、至福感や達成感が入れ混じっていた。そして夕日の光により色濃く影を落とすユウキの小柄な背を見やり、彼女が今まで目の前であられもない姿をさらし、それを自分たちだけが知っているという奇妙な背徳感…それらの秘密を共有している一体感、それらがマン研部のさらなる発展を約束しているかのように思えてならなかった。
「…すばらしい逸材だ。雲上 祐希」
羽鳥は拳を握りしめ、落ち始めている太陽にかざす。
「彼女の存在は、我らの理想ですな」
「し、しんぼう、しんぼうたまらんでふぅ!!」
二人の賞賛に、「まあまあ、落ち着け」と羽鳥は余裕ぶる。
「…そんなレベルでは断じてない。彼女ならば、もしかしたら"タッチ"すら可能かも知れんぞ」
「な、なんですと!?」
「でふぅ!?」
三猿と鴉犬が驚愕の表情で震える。
「ここで怖じ気付いてどうする! 卒業までに、拙者らは到達せねばならぬ! マン研として!!」
「…そ、そうでした」
「マン研部のマンは、マンガのマンに非ずでふぅ…」
「そうだ! マンガなどもはやどぅーーでぃもいい!! マンガなど餓鬼の読み物よ!!」
腰に差していた、自分の作品を羽鳥は地面に叩きつけて踏みつける!
「我らは大人の階段をエスカレーターに代える使命を帯びた男たち!! "女体の神秘を解き明かす活動"、即ち『マン研部』なのですぞぉッ!!!」
三人の高笑いが落ち行く夕日に向かって響き渡る!!
そう。彼らは漫画研究同好会に、成人指定マンガを堂々と持ち込み、図書室にも「正しい性教育のために我らの愛読書を!」と、頭のネジが何本かはずれてるんではないかと疑うようなエログロい同人誌を勝手に設置した罪を問われ、強制退会させられた連中であったのだぁ!
恐るべきことに、彼らはマンガなどどうでも良かった。エロければすべてよし、それが彼らの本音だと言えよう!!
漫画研究会を逆恨みし、嫌がらせに部活動を立ち上げ、生徒会の目を盗んで細々と活動していた彼らであったが、彼らの存在を知らない唯一の天女こと、雲上 祐希を見つけだしてしまった(彼らの悪評はひどく、女子という女子のすべてが彼らを拒絶していた)!
そして周囲に無関心、また周囲からも浮いた女の子と思われているユウキを助ける者は一人もいなかったのである!
皮肉なことに彼女を射止めたのは優性遺伝子ではなく、路傍の石ころにも劣る劣性遺伝子だったのであーーーーる!!
さーて、雲上 祐希。彼女はこのままメガネどもの毒牙にかかり、貞操を失ってしまうのであろうかぁッ!?
次回につづーーーーーーくぅッ!!




