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十八狂目 『悲劇のバンバーガとガナルドォン!』

 あるところに、一人の若く有望な男がいた…。


 頭脳明晰にして、運動万能。最難関とも思われた名門大学にも少しの苦労もなく入学し、両親からも、行く末は、政治家かはたまた弁護士になるだろうと期待されていたほどである。

 そんな勝利の花道をひた行く男も、大学生の終わりに青春の思い出を作ろうと一人旅を決意する。彼も有意義に若い時間を使いたいと考えるのは、なんら普通の若者と変わらなかった。

 しかし、彼の人生がここで大きく変わろうとは、本人は愚か、周囲の誰もが思いもしなかったことなのだ……。


 それは何気ない、誰にでも起こるような出来事だった。

 旅行先に選んだのはアメリケン。超日本にはない大きな世界観に、彼はひどくカルチャーショックを受けた。

 そしてもっとも影響を受けたものは、食文化についてだ。言わずもがな、ファースト・フードである。

 ありきたりなバンスに挟まれたミンチビーフ。彼はそれを一口食べて、雷に打たれた気がした。そして、感涙に打ち震えた。


 "こんなに、早く、美味く、安い食べ物がこの世にあるなんて…アンビリバボー!"


 それから帰国し、彼は取り憑かれたようにファースト・フード研究に勤しむこととなる。

 内定していた大手銀行マンを蹴り、大学院に進むこともせず、両親が阿鼻叫喚となるのも無視し、彼は己の信念を貫き通すことだけに熱中した。


 "あのアメリケンで食べたハンバーガー以上の物を超日本に作ってみせる!! 超日本独自のハンバーガーを!! 究極のハンバーガーをこの手に!!!"


 彼は、自ら作るハンバーガーを"バンバーガ"と名付ける。


 超東京の一等地に店を構えた時には、良好な滑り出しかに思われたが、彼が作るハンバーガーに興味を抱く者は少なかった。なぜならば、もうすでにアメリケンのハンバーガー屋が進出しており、より良質で格安な物を提供し、市場を独占していたからである。彼個人の力量では、大企業がとる物流戦には太刀打ちできなかったのだ。


 "大丈夫。俺は負けない。より良い物を出せばお客は来る! 信じるんだ! 俺の夢は決して砕けないと!!"


 そう考えた彼の試行錯誤は続く。パンを捏ねては焼き、捏ねては焼き、肉片を叩いては焼き、叩いては焼き、サラダの有機栽培にも乗り出した。

 借金は増え続け、一等地は手放さなければならなかった。妻子は逃げた。両親からは勘当された。それでも、彼の夢への飽くなき追求は終わらない。

 良い物は作れる。良い物は出せる。しかし、凝れば凝るほど、コストは跳ね上がる。良質で美味な物を作ろうとすればするほど、アメリケン企業の安さには遠く及ばなくなってしまうのだった。


 "極限まで安くするにはどうすれば…"


 彼は考える。考えに考える。考えに考え、さらに考え、もっと考え、まだまだ考え、それに付け加え考え、それでも飽きたらず考え……そうこうしているうちに、彼は齢60になっていた。


 そして、彼は恐るべき答えを見出す……。


 "そうだ! お客を騙して金儲けすればいいんだ!!"


 悲劇!! まさに悲劇!! 彼の目標とした"究極のハンバーガー"は、金策という熟考の果てに歪みに歪み、遙か遠いものと霞んでしまったのであーーーーった!!


  

☆☆☆




 レジの前で店員が90度のお辞儀をしてみせる。


「らっしゃいゃせーーッ!」 


 言葉尻が不自然に上がり、奇妙なまでに高音で滑舌が悪い。

 頭を上げると、それが笑顔の似合う優しい店員さんでないことが解った。

 高くそびえたったモヒカンの上に、ちょこんとひっかかるようにキャップが乗っている。

 死んだ魚のような眼はここではないどこか異次元に向けられ、開いた口からのぞく歯は格子のように隙間が空いていた。


「なににしゃしょーか!? おすすめぇーは! "デス・バンバーガ・デンジャラス・セット"でぃーーすッ!!」


 強面の店員に勧められ、客である父親は引きつった笑みを浮かべている。


「お、お勧めかー。ど、どうする?」


 息子に問うが、怯えていて父親の太股にしがみついたままだ。


「い・ま・な・ら! な、なんとぉ! お子様にはオモチャもつきまっせーぇー!!」


 どう見ても大人のオモチャを出しそうな風貌だが、サービスしようとする精神は何となしに伝わってくる。

 見た目が悪いだけで、本当に接客しようとしているのではないかと父親は思い始めていた。息子もオモチャという言葉に反応している。


「な、ならそれをもらおうか。いくらかな?」

「お代ですか…。ありやとやーす! へぇ。えっと、あー」


 レジをバチバチと打ち込み、店員は難しい顔をする。


「640…あー、めんどくせぇ。消費税どーやっていれっかわかんねぇ…。200円でいいっすぜ!!」

「に、200円!? た、たったの?」

「へえ。そうですぜ」

「いや、あの…セットなんだよね? バーガーと、ポテトと、ドリンクがついてその値段?」

「へえ。そうですぜ」

「そ、そりゃ安いな…」

「へえ! そりゃ、安さが売りなのが、うちのスーパー・バンバーガ・ガナルドォンっすから!!」


 ガチャコン! 


 "あなたぁのぉ! 街ぃーのぉお! み・かぁ・たぁ~! 安い! そすぃて、うぅまぁあぃ~! そ・れ・がぁ……ガナルドォォオオオオオオンッ♪"



 ダミ声の演歌調の唄が流れる。どうやら、この店のイメージソングらしい。厨房の奥で古めかしいラジカセを店員が操作したのだった。



「なるほど。見かけないハンバーガー・ショップだとつい入ってしまったが…どうやら正解だったようだね」


 チャリチャリン! 200円を払う。


「まいどぉッ! …おっと、それと、スマイル…どうっすか?」


 照れくさそうに、店員はモジモジしながら言う。  


「スマイル?」

「へい。スマイルっすよ。笑顔っす」

「あ、ああ。そうか。スマイルね。なるほど。いただこうか」

「へい! ありがとうございゃーーす!」


 ニカッと店員は良い笑顔で笑う。それを見て、父親の心も洗われる気分だった。

 そうだ。最初はやばそうな店員だと思ったが、彼も人の子だ。笑えばこんなに美しい笑顔になれるのだと…。


「できあがりましたら、席までお持ちいたしますぜ!」

「ああ、頼むよ」


 息子を連れ、父親はテーブル席へと向かう。

 窓際にアメリケン風ウッドベンチが置かれていた。そこに足を組み、仏像の如く座っている和風テイストなピエロ人形がいる。

 歌舞伎風の顔化粧、房飾りなどでゴテゴテとした紋付きはかま、極めつけに側頭部だけアフロなのに、頭頂には伸ばした髷がついていて、提灯アンコウのようにユラユラと揺れている。


「ヘヘッ。当店のマスコットキャラっすよ。"ガナルドォン"でさぁ! さっきのスマイルなんぞかすんでしまうほどの可愛い笑顔っしょ!」


 鼻の下を擦りながら、得意そうに店員が説明してくれる。


「ああ、そうなんだ…。可愛い、とは、ちょっと違うかもだけれど」


 笑顔は笑顔なんだが、明らかに危険な薬物をやって逝ってしまっている顔をしている。それははたして笑っているのか、それとも大見得でも切ろうとしているのか解らない。これを作った作者はいったい何を考えていたのだろうと父親は考えざるを得なかった。


「ボク! ガナルドォンの側で食べる!」

「あ、ああ!」


 ダメだろうと思いつつも、息子はサッとガナルドォンの隣に座ってしまった。親しげにガナルドォンに話しかけ、緑色の髪の毛を引っ張ったりしてる。子供なんだから人形は大好きなんだろう…だが、こんな醜悪とも言える人形を。


「いや、いかんな。私は…。さっき教わったばかりじゃないか。人は見た目ではないと」


 気持ちを入れ替えてみれば、優しいピエロと息子がじゃれ合っている微笑ましい光景にみえる。


"ガナルドォンの足は何㎝なのー?"

"あ? 計ってみろや、ゴラァ!"


 うん。やっぱりダメだ。幸せな光景にはみえないと父親は目をそらした。


「へいへいへいッ! お待ちッ!!」


 ヘッドスライディングでもかましそうな勢いで、店員がやってくる。頼んだドリンクも半分以上ぶちまけていた。


「こ、これは…」


 トレーの中身を見て、父親はゴクリと息を呑む。

 包装紙にくるまれるどころか、直置じかおきにされたバンバーガ。得体の知れない緑色の斑点の付いたバンスに、毒々しいまでに青いニラに似た野菜が挟まれ、これまた見たこともない紫色のいかにも妖しげな肉が挟まれていた。

 ポテトはまともそうだと思ったが、どこをどう見てもイモケンピにしか見えない。明らかに砂糖の固まりでコーティングされている。

 何よりも臭いが鼻を突く。腐った玉子に、牛乳を湿らせて三日三晩温めた雑巾とオッサンのゲップを3で掛けた上に3乗ぐらいさせたような臭いが立ちこめているのだ!


「うぇーん! なにこのオモチャ!!」


 意識が飛びかけたが、息子の泣き声でハッと我に返る。

 見やると、息子が持っているのはガナルドォンの形をしたケンダマだった。玉が頭を模しているのだが、その顔が邪悪で醜悪その物だ。しかも、ケタケタと笑っている。


『シヌゥ! コノ人殺シガァ!!』


 しかも、頭を外そうとするとこんな叫び声を上げるのだ。もはやケンダマですらなかった。呪いのスプラッタ人形だ。


「あ、ああ、もういい! 帰ろう! ちゃんとしたハンバーガー屋に行こう!」


 トレーを置き、父親は息子の手を取って立ち上がる。

 

「おっと、どこに行かれるんですかぃ? おトイレはあっちですぜ!」


 さっきの店員が出入口を塞ぐ。


「どけ! 帰るに決まっているだろう! なんだこれは! 客を馬鹿にするのもほどがある!」

「ほほう。帰ると…なるほど。なら、残りのお会計を払ってもらいやしょーか!」

「の、残りの会計だと! ふざけるな! さっき払っただろう!」

「へへ。レシートよく見られました?」

「レシート!?」


 父親は胸ポケットに無造作に入れたレシートを取り出す。そこには…『スマイル料後払い』と書いてあった!


「後払い…。クソッ。こんな隅っこに小さな文字で。わかった。払えばいいんだろう! いくらだ! 払ってこんな店すぐに出てやる!」

「へへ。毎度。えーっと、お会計締めて16万5000円になりやーーーーーすッ!!」

「は、はぁ!? 16万!? あ、あのスマイルだけで…普通は無料だろ!」

「へえ。タダより高いものはありゃしませんぜ!」

「払えるわけあるか! そんな金いまあるわけない!! 私は息子と昼飯を食いに来たんだぞ!!」

「ほほーう! 払えないと、なるほどなるほど! こちらも商売ですからねぇ。困りましたぜ」


 もったいぶって、左右に店員が揺れる。モヒカンも揺れる。キャップが落ちる。


「こーなったら、店長に出てきてもらうしかありやせんぜ!」

「てんちょー! 来てくだせぇー!」

「カモーン! テンチョー!」


 ヤクザな店員たちが口笛を吹いて店長コールをする。


「て、店長だと…いったい、どんな奴が…」


 ガタン! 


 後ろから物音がして、父親と息子は同時に振り返る。

 見やると、さっきのベンチに座っていたガナルドォンが立ち上がっていた。


「…クソガキが。俺の身体をバシバシ叩きやがって」


 そういえば、息子は人形を調子にのって叩いてた。「変な顔!」とか「変な服!」などと暴言を吐きながら。


「しかも、金が払えねぇだと…。ふざけやがって。ウチは貧乏してるから、この俺がマスコットまでやらなきゃいけねぇってのによぉ!」


「うああああぁぁん!!」


 怒り狂った形相に怯え、息子が漏らして泣き崩れる。


「テメェら! このガナルドォン様こと店長 茂頭もず 六手ろつてが、ひったたいてやるドォーーーンッ!!!」

「ひ、ひぃい!」


 提灯を振り回して怒り狂うガナルドォンに、父親は腰を抜かす。そして息子と抱き合ってこんなハンバーガ屋に入った己の不幸を呪った……。


 カララーン。ドアの鈴が鳴り、一斉に全員がそちらを向く。


「…ん? なんだ、取り込み中か?」

「あ。セイカさま。なんかイヤな予感します。帰りましょう。すぐ、いますぐに!」

「バカヤロー! 俺は腹が減ってるんだ! ここで食うぞ! なんでもいい!」

「そうじゃーい! 山中! キッサマ、この神聖なる教師である俺を餓死させる気ではあるまいなぁ!?」

「餓死ってさっき食べたばっかじゃん!!」


 女子高生二人に、奇妙な姿のオヤジ二人の入店に、ガナルドォンはニヤリと笑った。


「いらっしゃいませぇッ! よーこそー! ガナルドォーンにぃ!!」


 ガチャコン! 


 "あなたぁのぉ! 街ぃーのぉお! み・かぁ・たぁ~! 安い! そすぃて、うぅまぁあぃ~! そ・れ・がぁ……ガナルドォォオオオオオオンッ♪"



 新たなお客様えものの到来に、スーパー・バンバーガショップ・ガナルドォンは今日も熱く激しく営業するのだぁ!!


 しかし、本当の獲物はどちらになるのか…この時点では未だ解らないのであーーーーーーった!!!!


 次回につづーーくぅ!!!!

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