二狂目 『知らない人についてっちゃダミよ』
おじいちゃんに連れられてきた所は、商店街の中だった。
あの信号の先には細い路地があって、その奥に昭和の匂いが漂う寂れたアーケード街があったのである。
錆びた鉄骨、外れた電球、頭上には『活き活き山里商店街』と……。
どこが、活き活きしているのか……。
問いつめたい。小一時間ほど問いつめたい!
各店のシャッターは下り、電灯の上では真っ黒なカラスが野太い泣き声を上げている。
ガリガリにやせたネコが、「なおー」っと、物悲しげに鳴いているし……不気味すぎる。
人は誰も歩いていません。全然、"活き活き"なんてしてない……。
むしろ"死に死に"してる。不気味すぎる。
「駅前に出来たモールの影響じゃよ。こっちに人が来んのじゃ」
おじいちゃんがそう説明してくれる。
確かに、駅前のショッピングモールは人だらけだし。
あ。それ考えると失敗したかも……。
モールだったら、美容院とかあるし。なにも床屋さんじゃなくてもね。
と、そんなことを考えても、いまさら後の祭りなんだけれど……。
「さて、ここぢゃよ!」
『白木理容店』
……おじいちゃんの名前は、白木さんというらしい。
看板は、墨で殴り書きしたような手書きの文字……しかも、ちょっと斜めになってる。
店も……カリスマがいるようには見えない、普通の店。
しかも、こういっちゃ失礼かもですが……あれです。ちょっと、小汚い、かも。
いや、正直いいましょう。私は正直ですから!
はっきり言って汚い!
ゴミ屋敷みたい!! 汚物小屋だよ、まじで!!
小窓のディスプレイ……緑の苔がかかっていて、中がよく見えないし!
生首……いや、あの床屋さんが練習に使う人形の頭が無造作にそこに山積みに! 怖い! キモイ!
それだけじゃなく、割れた陶器の便器とか、割れた照明なんかが店の前に放り投げてあります。
なんでこんなん置いてあるの!? アウトレットショップなの!? ゴミ屋さんなの!?
おじいちゃん、ここ、ちょっと片づけて掃除しようよー!!
「汚いとか思った?」
「いえ。す、素敵なお店ですね。クラシカルでモダンでトロピカルのような……」
と、本当の事がいえない私は小心者です……。はい。
店の中に入ると、まあ、中は……普通だった。
汚いには汚いけれども……。
流石に職場の中までは綺麗にしているようだ。
「はいはい。ぢゃ、まー座ってちょーだい」
案内されるまま、古びた茶色い椅子に着く。
うん。いまギシッと音がしました……。
私が重いせいじゃない。この椅子が古いんだ!
「あのー。そういえば、カリスマ……って言ってましたけど。 どの雑誌で紹介されたんですか?」
肝心なことを聞き忘れていた。
もし本当に有名なら帰って調べなきゃ……んでもって、友達に言いふらさなきゃ!
「おおー。なら、見せてやるとするかのぉ」
そう言って、おじいちゃんは奥から厚い雑誌を持って来た。
え? これファッション誌?
受け取ると、古びた表紙に……『賃貸情報誌』との題。
しかも、年号が昭和○×年。
私、生まれてないし。
文字も掠れてるし。
なにこれ?
「え? あのー。どういうことです?」
意味がわからず尋ねると、おじいちゃんはキョトンとした顔をする。
えっと。こっちが驚いてるんだけれど……。
「"かりすま"だって言ったじゃろ。"かりすま"いの理容師じゃよ。ワシ。ここ。賃貸ぢゃし。探すの苦労したんじゃよ。ほんと」
「は? "かりすま"……い? ……"借り住ま"い!?」
「そうそう」
なんて……なんて! なんて!! ふざけた勘違いでしょう!!
「わ、私、帰ります!」
「逃げられんのよぉー」
立ちあがろうとした私ですが……う、動けない??
ん? んんん~!?
なんだか、腰にベルトが……なにこれ!?
いつの間に?
カシャン! カシャン!
え? 何の音?
あ。立ち上がろうとした時、つかんだ手置きから鉄のベルトみたいなのが出て……。
わ、私の手首を固定して、拘束している!?
両手を動かそうとしたけれど、ギッチリと固定されていてまったくビクともしない!
「な、なんですか、これ!?」
何がなんだか解らない恐怖に怯え、私はおじいちゃんを見やる。
おじいちゃんはニコニコした顔で、リモコンを持っていた。
そうだ。そうだよ……。
ここには、私とおじいちゃんしかいないじゃない!
この拘束機械を操作したのが、おじいちゃんで間違いないのだと気づく……。
ああ、なんてこと!
このまま私、どうなってしまうっていうの?
裸にされ、さんざん辱められた挙げ句……海外に、薬漬けで売られていく……。
そんな今後の悲劇のストーリーが、私の脳裏を一瞬かすめる。
「さーて、ヘアーカタログを。はて、どこじゃったかのぅ」
え?
えっと、普通に髪を切りたいだけ?
そんな……そんなで、拘束する必要あるの?
「さて。あったぞ。埃ちっとかぶっとるな。フーッ! ゲッホゲッホ……うぃー。死ぬかと思ったわい。ほれ、好きな髪型を選んでくれーい!」
ヘアカタログらしきものを、おじいちゃんがバッと広げる。
そこには、国民的、超有名、某長寿アニメ……。
そう。登場人物の名前が海産物で、日曜になると果物からでてくる愉快な家族たち!
そのおかしな一家の、長男と次女の姿が見開きで左右に載っている。
「女の子は、だいたい右を選ぶかのぉー」
「ボウズと、オカッパしかないじゃない!!」
半泣きになりながら、私は猛烈に文句を言う。
おじいちゃんは、再びキョトンとした顔をしている。
人畜無害のおじいちゃん……そう思ってたけれど、今ではただたんにムカツク顔でしかない!!
「まあ、ええわい。チョキチョキちまちょーねぇ!!」
「イヤー!! こ、来ないで!!!」
ハサミをチョキチョキと鳴らせながら、おじいちゃんが私の髪に手をかけた……。
それから私の記憶はだんだんと薄れていき、夢の世界へ旅立っていった…………。
☆☆☆
深い深い夢の中。
某主人公がグーを出したので、私はチョキで負けてしまったのであった……。
「はぁーい。次回の○○○さんはー」
『ナミの争乱! ナミに激動! ナミを変革! の三拍子じゃーい! ウヒヒッ!』
最後の締めは、なぜか良い笑顔をした白木のおじいちゃんであった…………。
☆オヤジ・ジジイ語録その②☆
『キョトン』
言葉ではないが、その態度を示す表現。目をパチパチと二回ほど瞬き、「なんか言いました?」みたいな顔をする。
基本的に聞いていない振りをする時や、相手を苛立たせる時に使う。
ゴミ捨てじゃない日に、ゴミ捨てに来て注意されたジジイが主に使用する。この状況でツッコミを入れると、逆ギレする可能性が高いので注意すべし。