挿話② 『天災白木博士の生活』
ワシの一日は、フランスから直輸入した超高級茶葉アールグレイから始まる。
爽やかな朝日を浴びながら、バッハのゴールドベルグ変奏曲を聴き、心身共に整えるのじゃ…。
そして、入れ立ての紅茶の芳醇な香りを愉しみつつ、英字新聞に眼を通して、世界の情勢に眼を向ける。
「フム。そろそろ、この車メーカーに投資しても良い頃合いじゃな。CEOが代わり、戦略を見直してから格段にようなった。世界経済の発展には大いに役立つじゃろう」
ピンポーン!
「うーむ。また南で戦争かのぅ。仕方ないの。和平のために、10億ぐらい融資してやるかな。これで戦争が収まるのなら安いもんじゃわい」
ピンポーン!
「………さぁて、そろそろワシの兵器たちの整備でもしてやらないとのぅ」
ピンポーン!
「………フフッ。首相と約束したんじゃ。この国をもう一度再生させるために、ワシの研究は必ず成功させにゃあならん」
ピンポーン! ピンポーン!!
「うるさーーい!」
さっきからなんじゃ! ピンポンピンポンやかましいわい!
ワシはラボを出て、エレベーターを上がり、勢い良く玄関を開いた!
「朝っぱらからなんじゃい!?」
「あ。いらしたんですか! 良かった…」
「なにが良かったじゃい!?」
ん? 赤い帽子に、赤い制服………そして、怪しげな黒い鞄。
こやつ、この前にも来たヤツじゃのう!
「まぁーたオマエか!」
「え? あ、はい。また、というか………」
なに困った顔しとるんじゃ、こやつは!
ハッ! そうか、そうじゃったんじゃな! ワシには丸わかりじゃーい!
「ズバリ、スパイじゃろ!? ワシの研究盗みにきたか!」
「は? す、スパイス? あ、はい。持って来ました………」
「なにぃ!? やっぱりか!! ゆるせーん!! さっさと出ていかんかーい!!!」
「いやいやいや! ちょっと!」
ワシはそやつをドーンと突き飛ばすと、バタンと扉を閉めて鍵をかけた。
「あ、開けてくださーい!」
ドンドンドン!
カーッ! なんてしつこいヤツじゃ!
「これでもくらえ!」
ワシは棚にあったボタンを押す。
なんで棚にボタンがあるかじゃと?
決まってるだろうが!
ワシの床屋に、冷やかしに来た馬鹿なヤツに土産をやるためじゃーい!
「わ、わわわ! マネキンの頭から、手榴弾が!!」
チュボボボーーーン!!!
「まーったく! 朝っぱらからワシに迷惑かけおってからに!」
ふぃー。これで、ようやくワシの優雅なモーニングが取り戻せるわい。
ピンピンピンポーン!
ブチチチチッ!
今のはワシの頭の血管が切れた音じゃあい!!
ズダズダズダ! バッダーン!!
「誰じゃあー!?」
「ハァハァ………諦めませんよ。と、届けるでは」
「まぁたオマエかぁ!!!!!」
ブチチチチッ!
今のはワシの堪忍袋の尾が切れた音じゃあい!!
「強制送還装置起動じゃー!!」
ワシは傘立てをグリッと斜め45度に動かす。
なんでそんなことするかじゃと?
決まってるだろうが!
ワシの床屋に、冷やかしに来た馬鹿なヤツをお見送りするためじゃーい!
「え!? 玄関が………な、ななめに!?」
そうじゃ! 玄関下の石が発射台じゃ! んで、店ん中の椅子が走って玄関に向かい、阿呆面しとるスパイを捕らえて飛び立つ!!
うちのバーバーチェアは、床屋に来た御客様を拘束するだけじゃない! 時にはこんなこともあろうかと、底に備え付けられたジェットで遥か上空に飛ばすんじゃーい!
まさに"備えあれば嬉しいな"じゃー!!
「ウヒヒ! ざまあみさらせ!」
科学の勝利じゃ! ワシの邪魔をするからこんなことになるんじゃあ!!
グゥウウウ!! お? 今のは違うぞーい。ワシの腹の虫じゃ!
「ウヒー。怒りまくったら腹が減ったのう! よっしゃぁ! ピサでも出前とるかのーう!!」
よし! 善は急げじゃ! さっそく電話しよ!
お、さすがワシじゃ! 黒電話機の隣にピザ屋のチラシをちゃーんと置いてあるわーい!
今日、ワシがピザを食いたいのを察しておったんじゃな! 電話番号にもちゃーんと、見やすいよう赤丸までしてあるわーい!
さすがワシ、てんさーい!
ジーコ、ジーコ、ジーコ!
☆☆☆
白木博士がピザ屋に電話したのと同時刻………
活き活き山里商店街最寄りのピザ屋にて。
ピピピと、電話の呼び出し音が響く。が、店員は渋い顔で店長を見やった。
「………店長。来ました」
表示されている電話番号を確認してそう言うと、店長は深く息を吐いて頷いた。
ガチャ!
「……はい。こちら、ピザ……」
『あ!? ワシ、ワシ! チラシにあるピザLサイズでぜーんぶもってこんかーい!! 30分以内に持ってこないとタダじゃおかんぞう!!!』
ガッチャーン!!
店名を名乗ることも許さず、そう一方的にまくしたてられた。
かなりの大声なので、受話器の側にいない店長の耳にも内容は伝わっていた。
「………これで、今日151回目の電話か」
「ええ。出前に行った、鈴木、佐藤、伊藤、山田………いずれもまだ帰ってきてません。最後に行った岡田も………もう30回目のチャレンジですし。今までの例からすると、再起不能に」
「そうか………。自分で注文したの忘れてしまうんだものな」
「電話はちゃんとかけてこれるんですけどね」
「あのジイさん、ボケてるんだ。どうしようもない」
「………どうせなら、ピザを注文することも忘れてくれればいいのに」
店長と店員は、暗い顔で肩を落とす。
ピピピと、再び電話が鳴り、店員が出る。
『まだかー!? はよもってこんかーい!! お前の店、破壊すんぞ! ワシは腹がへってんじゃー!! 飢え死にさせる気かぁ!!?』
ガッチャーン!
「………無視しちゃダメなんですか?」
「ああ。注文の電話と、その報復だけは、キッチリ覚えてるらしい。それで、この前、寿司屋と蕎麦屋にミサイルが撃ち込まれたんだ」
「………最悪ですね」
「ああ。………………最悪だ」
ちなみにこの出前は、地元飲食店では"無限朝食"と恐れられていたのだった………。
ピピピ………ガチャ!
『ワシじゃぁ! あれ? どこに電話したんだっけか? まあええわーい! なんでもええからもってこーーーい!! もってこんと、ワシから向かうからな! それでオマエをもれなく改造してやるぞい! されたくなきゃはよせーーい!!』
ガッチャーン!
完




