九狂目 『ジジイ転生・永遠の75歳』
ヤオキチ号が走ってやってきたのは、あの活き活き山里商店街だった。
「ねえ! 病院に行くんじゃないの!?」
当然、心臓が停止しているなら病院だろう。
ってか、救急車を呼んだ方が…という今さらの疑問を感じる。
「バカヤロー! 医者ごときに直せるかッ!?」
医者ごときって…。それに、なんでいちいち怒鳴るのよ!
「お医者さんが治せないなら、どうやって治すのよ!」
「工房に決まっているだろうが! このバカヤローがッ!!」
工房ー? なんで、工房なのよ!?
って、なんで毎回バカヤローだなんて言われきゃいけないの! 頭にくる!!
バッキャンッ!
ヤオキチ号は、あの怪しげな床屋の入口を蹴って破る!
不法侵入になっちゃうんじゃ…とも良い子の私は思ったけれど、あのクソジジイも私の家に勝手に入ったんだから別に問題はないでしょ。
「おい! ナミ! あそこのコケシの首をひん曲げろ!!」
ヤオキチ号の指の先には、トイレの扉があった。
そして、その扉に『WC』のプレートがあり、そのちょうど上側にコケシが突き刺さっている。
なんでコケシ!? とも思ったけれども、わけ解らない博士が住んでいるわけ解らない家だ。
聞いたところで解らないだろうし、ヤオキチ号だって、「バカヤロー!」って言うだけだろう。
「バカヤロー!!」
ほら。ってか、私なんも言ってないのになんでさっきから罵倒されまくってるの?
怒りを抑えながら、言われるままコケシの頭を捻る。コキンッ! と音が鳴った。
次の瞬間、バッターン! と、トイレの扉が開く!!
中では、洋式便器のフタが自動的にリズム良く開閉し、周囲にこれでもかというほど取り付けた電飾が虹色に輝く!
そして、水タンクの上に乗った招き猫が小判をノリノリで振り、チャルメラのソングが鳴り響く!
うーん、ラーメンが食べたい。いやいや、目の前、トイレだから…。いまのなし!
なんで、こんな大がかりな仕掛けがトイレに必要なのか?
だがこれは、還暦型決戦兵器などを作る狂気の科学者のすることだ。
うん。間違いなく、考えても意味がないだろう。
「バカヤロー! コケシの頭を右じゃない! 左に回せ! 常識だろうが!!」
ええーっ!? ってか、そうだったら早く言ってよ!
なんで、オッサンって生き物はこう言葉が足りないんだろう。
そのくせ、人のことを怒れるんだろうか不思議になる。
反論したいが、どうせ「バカヤロー!」って言われるだけだろうから我慢する。
「バカヤローッ!!」
ほら。ってか、私が何も言ってないのに怒らないでよ!!
扉を閉め、コケシの首を今度は左側にコキリ! と回す。
再び、バッターン! と、トイレの扉が開く!!
さっきと違うのは、トイレの中がグイーンッと上にせりあがって、そこにエレベーターのようなものが姿を現したことだった。
「な、なにこれ!?」
「驚いている暇はねぇぞ! さっさか乗れ!!」
私の背をドンッと押し、エレベータの中に押し込む!!
ってか、この狭い中に三人はキツイって! グイグイ、ヤオキチの腹が私を壁に押し付ける!
うう、加齢臭が…酸っぱいニオイが私の鼻を容赦なく攻撃する!!
乗っているのはホンの数分だったのかもだが、苦痛の時間はもっと長く感じられた。
『チンチーン! 地下ラボにご到着ですわよぉー』
オカマっぽい電子音で、卑猥なベルが鳴り響く。
逃げるように飛び出すと、そこは見たこともない機械だらけの研究所だった。
寂れた商店街の地下に、こんなところがあるなんて誰も思わないだろう。いや、普通だったら思わないし…。
ダクトが天井から足下を覆うまでのび、箱形の機械がズラッと並んでいる。
ゴウンッ、ゴウンッという音が鳴り、箱についたランプが赤や青に明滅し、延々と波のラインが描かれた紙がシャアーッと飛び出し続けている。大根のカツラ剥きする調理機械みたいだ。
宇宙服のような作業ロボットは、ガチャコガチャコと何かのパーツを組み立てている。
ここは完全なオートメーションなのだろう。生物は私たち三人しかいないんだろうなって思う。
いや、うん。生物………だよね。ヤオキチ号は。うん。
素人目にも最新設備なのだろうとは思うのだが、なんでこんなにもデザインが古めかしいんだろう?
使っているモニターもブラウン管だし、スイッチだってヤオキチ号にはタッチパネルを使っているのにトグルスイッチだったりする。
あ。トグルスイッチって、パチンって跳ね上げるレバースイッチのことね。
なんでそんなことを知っているのか? お父さんが持ってる古いラヂオがそういうタイプだったからです。決して、私が古い人間だからじゃありません。
「さっさと手伝え! そこに寝かせるぞ!」
ヤオキチ号はこの設備を知っているのか、慣れた感じでラボの中を進んでいく。
慣れているっていうか、きっとここで改造されたんだから…当然か。
病院でよく見る、白いベッドが真ん中にあって、そこにジジイを横たえる。
「さっさと助けないとな!」
「ヤオキチ…さんって、意外と優しいんですね」
自分を改造したジジイを賢明に助けようとするヤオキチ号…私はその姿にちょっと胸打たれる。
「バカヤローッ! このジジイが死んだら、元の姿に戻れねーだろうがッ!!」
血の涙を流しながら、ジジイの横の手すりをゴンッ! と殴りつける。
本当はジジイ本人を殴り飛ばしたいのだろうということはよく解る。
ああ。元に戻る。そうか…。
改造したのは、白木のクソジジイだ。直せるのもジジイしかいないんだ。
だから、死んでもらっては困るってことなのか。当たり前といえば当たり前の答えだ。
感動した私が馬鹿らしくなってきた。いや、なんか人としておかしくなってきているような…。
「いいから! ナミ、テメェーは足おさえてろ!」
「え? あ、はい!」
言われるまま、ジジイの両足をつかむ。
「うおりゃああッ!!」
「ちょ、ちょっとちょっと!!」
「あんだぁッ?!」
いやいや、なんだって…そりゃ止めるでしょ!
死にかけている老人の頭に、アイアンクローかけてちゃ!!
悪役レスラー、"鉄の爪のフ○ッツ・○ォン・○リック"だってそこまではしないと思う!
「いくら恨みがあるからって、それはやりすぎよ!」
「なに勘違いしてんだ! 大丈夫だ! いいから、任せろバカヤローッ!!」
私の制止を振り切り、渾身の力をこめてアイアンクローを続ける!
ついに、頭の骨が………バカンッ! って、外れた!
うぎゃー! 割れるときそんな音するんだなんて、初めて聞いた!
「キャアア! 人殺しッ!」
「バカヤロー! 人聞きの悪いこと言うんじゃねぇッ!!」
だって、ジジイの頭蓋骨を…。
と、ヤオキチの手をよく見ると、そこには半透明の液体が入ったビーカーのようなものを持っている。
そこの中には、タプタプの液体の中に浮かぶ脳ミソがあった。いっぱいチップのようなものをつけたシワシワのピンクの脳だ。
うへー。気持ち悪い。これが、私の中にもあんのか。私、理科の解剖とかダメなのよね。鳥肌が………。
って。あれ、これって…
「このクソジジイの身体も偽物だ。脳味噌だけはオリジナルで、この培養液に入ってる限りは問題ない。ただ肉体が死んだとき、栄養や酸素が行き届かないと本当の意味で死んじまうそうだ」
そう言ってから、近くにあった青白い液体のプールに、ビーカーごと放り込んだ。
自動的に機械が動き出し、スッポン! という感じに脳の入ったビーカーは底に吸い込まれていく。
「これでどうなるの?」
「新しい代替ボディに脳が移植される。あとの作業はロボットどもがやってくれるから見てるだけだ」
そんな簡単に…とは思うが、ヤオキチ号、ゴンザレス号、ジョジー号といった還暦型決戦兵器を造り出した科学者だ。
もしかしたら、そんなことですらやってのけるのかも知れないと思わせる。
えっと、うん。マズイぞ。私。なんか、ヤオキチ号たちを本当にサイボーグだと認めはじめちゃってる…。
『ちょぉっとぉ~! ハイ! 注目!!』
さっきのオカマの電子音だ。
聞こえた方を見やると、黒い短髪風の口がひんまがったロボットがマイクを持って立っていた。
『ちょっとぉ! もっと端っこに行きなさいよ!』
「あ、ごめんなさい…」
ペチンと太股を叩かれ、私はそそくさと部屋の隅に行く。
『いまから、アンタたちの博士が復活するわよぉん! 目ん玉かっぽじってよく見てなさい!』
部屋の奥の扉が、ガーッと左右に開く。
ブシュシュシューッ! と、大量のスモークが飛び出す。
そして、台座に乗せられた巨大な蓮花のツボミが現れたのだった。
あんぐりと口をあける私。
ヤオキチ号は見慣れているのか、驚いてはいないけれども、うんざりといった風だ。
『レボリューション! …ほら、そこもっともっと端に行きなさいよ!! 空気読めないの、アンタ!』
フンッと鼻を鳴らすロボットに注意され、私は後ろに下がる。
『改めて、レボリューション! TAKUROU・SIRAKI、復活ーーッ!!』
作業ロボットたちが手を止め、パチパチと拍手し出す。
荘厳なBGMが響き、ラボが七色の光に照らし出される。
蓮のツボミがゆっくりと華開き、まるでバレリーナのような身を抱くポーズで白木のクソジジイが姿を現す。
しかも、全裸でだ! 見たくない! ただの毒にしかならない!
「な、なんで新しいボディなのに…老人のまんまなのよ」
「知らん! 75歳の時のボディをたくさん蓄えているから…らしい。だが、理由までは知らん!」
どうせだったら十代とか二十代の若いときのボディにできないのだろうか?
それであれば、寿命がつきていきなり倒れることなんてないんじゃないだろうか?
そういう疑問は尽きなかったが、BGMに合わせて踊り出すクソジジイに、その疑問をぶつける勇気は私にはないのであった………。
こうして、見事、復活を遂げた天才科学者、白木博士!!
ナミ・ヤマナカと還暦型決戦兵器たちの戦いによる物語は、まだまだ始まったばかりなのであーーーーーる!!
☆オヤジ・ジジイ語録その⑥☆
『バカヤロウ』
オヤジが開口一番に放つ言葉のナンバーワンである。
本作品ではヤオキチが多用しているのがうかがえるであろう。
かくいう筆者も、幾度となくオヤジ連中に浴びせられた言葉である。
ちなみに類語としては、『バカタレが』と『アホタレが』も存在する。
いずれにせよ、相手を威嚇し、自ら優位に立たせる魔法言語の一つである。
であるが、実際には言葉ほどの重みはなく、実際にはオヤジの挨拶である。
いつものごとく、例題を出してみよう。
朝5時ごろから人の迷惑もかえりみず起きあがり、通勤途中の車を邪魔すべく、わざわざ真っ黒な服で、犬の散歩しているオヤジ同士が出会ったという想定である。
「オウ。さみぃな! バカヤロー!」
「おはようさん、バカヤロー!」
「今日、いくんか(手をクイッと回す動作で)、バカヤロー!」
「バカヤロー! 行くに決まってんだろうが!」
「そうだな! バカヤロー! 10時開店までファミレだな!」
「ああ! ドリンクバーとモーニングセットだ。バカヤロー!」
と、このように悪意なく会話に必然とでてしまうのがバカヤローである。
だから、オヤジに罵倒された皆さんもあまり気にしなくて…ふざけるな! 言われた方は気にするわ! バカヤロー!!!!!




