一狂目 『"かりすま"理容師』
私こと、女子高生、山中 南美は走っています。
ええ。全力疾走ですとも。陸上部でもないのに!
若くて青春だから? 走らずにはいられない?
そんなバカな話じゃありません。そこまで残念な娘でもありません。
二年生担当の生活指導員。ゴリラみたいな顔した鬼瓦先生。通称ゴンザレス。
それが、今日、私の髪を指してこう言うんです。
ええ。私もちょっと、のびすぎたかなぁーとは思ってました。
でもね。まさかね……。
「校則違反じゃーい!」
そう言って、懐からメジャーを取り出して……。
事もあろうか私の髪を計り始めたのです。
ええ。私も確かに悪かったかも知れません。腰までのばしてましたからね。ゴムで留めたりすることもなく、長いまま放置していたので、確かにそれはまずかったと認めます。
ですけどね……
「1センチオーバー! 罰として、スカートの丈、明日から30センチ短くせーい!」
と。そう言うわけ。はい。
スカートの丈、ヒザよりも上です。ええ。30センチも短くしたら丸見えですわな。
抗議したらこう言われました。
「髪の乱れは心の乱れ! 髪が長いのは恥ずかしくないのに、パンツが見れたら恥ずかしいっちゅうんかーい!? ☆※□×××!!」
まったくもって意味不明。最後の方は怒鳴り声だけで何を言っているか理解不能。
でも、竹刀を持って暴れだしたので……。
ええ。髪が長いだけで叩かれたらかないませんとも。
そんなわけで、私は今、行きつけの美容院に向かって走っているわけなのです。
カリスマ美容師、ビューティ鷹田。
どんなブスでも、美人に見える髪型にするっていうことで有名なのですよ。
テレビでもネットでもホームレスの世間話でもとりあげられる超有名人。
かくいう私も、このビューティ鷹田さんにお世話になっていたりするわけで……。
お母さんの親戚の従兄弟の友達の叔父の三軒隣の家に住んでいるそうで、そのよしみで。
普通だったら一回5万はかかるカット料を、2800円でやってもらえるんんだから美味しい!
でも、ここは完全予約制。当日に行って、即カットというわけにはいかなかったりする。予約は最低でも、二年前からとっていなければカットしてもらえないのだ。
私が髪を切りに行けなかった理由、解ってもらえましたね?
そう。私の予約が入っていたのは、来月だったりするわけなのでーす。
ですが、スカート丈30センチ短くされるのは困る。
というわけで、無理を承知で交渉しようと考えていたりするんですよ。
息も切れかかりながら、ようやくたどり着く。
でも、そこで私の脳裏に浮かんだ単語は……『絶望』の二文字。
ええ。私の目の前には、明らかに『本日休業』との看板。
そうだった。カリスマ美容師、いつも気まぐれで休みをとることも有名だったんだ……。
他の美容院に行こうかな? そうも考える。
でも、どんな美容院にもそうそうカリスマ美容師なんているわけない。いまさら、二流、三流の人たちに私の頭に触れさせたくない……そんなプライドがあったりする。
だって、友達の皆には、
「私、ビューティ鷹田さんに切ってもらってるんだ。ぶっちゃけ、あの人以外のカットなんてありえないよねー」
なんて、調子ぶっこいたことを言ってしまったわけであって……。
はい。あの時はごめんなさい。
あの時に戻れるなら、私をしばいてやるのに……。
途方に暮れていると、誰かが私のことをジッと見ている気配がする……。
振り返ると、信号の先で、満悦の笑みを浮かべているおじいちゃんがいた。
「こっちゃこい! こっちゃこい! こっちゃーこい!」
私が気づいたのを、嬉しそうにして、両手で手招きしている。
もしかして三途の川を渡らせようとしてるのでは……。
そう思ってしまったが、目の前にあるのは道路であって川ではないし。あのおじいちゃんも白い服は着てるものの、三角の布はつけてないし、足もある……うん。一応、生きてるみたい。
なんか、あの服みる限りは……理容師さんみたいだけど。
信号が青になったのを見計らうと、おじいちゃんが駆けて来る。「こっちゃこい」とか言いながら、私がなかなか来ないので自分から来てくれたらしい……なんか、悪いことした気分。
ほんの数メートルしかないのに、ゼェゼェと息を切らせ、肩で息をついてるけど。大丈夫かしら?
しばらくして息を整え、ニカッと、歯の数本しか生えてない口を大きく広げて笑う。
「床屋さがしとるんの?」
その顔を見て、何かを思い出す……。
どっかでみたような…………あ! 思い出した。アインシュタインだ。
よく舌を出して笑っている写真あるよね? あれにそっくりだった。
普通は知らない男の人に声をかけられたらストーカーを警戒するけれど、相手はヨボヨボのおじいちゃん。それに、人なつっこそうな笑顔は、どうも悪い人のようには思えなかった。
「は、はい。床屋っていうか……美容院なんですけど。今日はお休みみたいで」
私はチラッと、ビューティ鷹田さんの店舗を見上げながら言う。
斬新な赤、青、黄の三本モヒカンをしたビューティ鷹田さんの顔が看板に描かれている。ハサミを持って手をクロスさせている姿が、「カットしないよー。ダメ。絶対」って言っている。
「ほほう。そりゃ災難じゃったな!」
そんなことを言って、おじいちゃんは大きく頭を揺らす。
爆発したような髪が、ユサユサと激しく揺れる。なんか、大きい木が揺れてるみたい。ハゲの人はさぞかし羨ましくみえるだろうなぁ……。
「なら、ワシがカットしてやるよぉー!」
ありがたい申し出ですが、そこらへんの床屋の人に切ってもらうわけにはいかんとです。
「ごめんなさい。私、カリスマ美容師のカットしか……」
そう言いかけて、ちょっと言葉に詰まります。このおじいちゃんが傷ついたらちょっと可哀想……。私の良心がチクチクッと痛む。
「"かりすま"? おおー。"かりすま"、か! だいだいだいじょーぶ! ワシも"かりすま"♪」
そう言って、おじいちゃんはピースする。
「え? 雑誌とかに……でてるわけじゃないですよね?」
ファッション誌は一通り眼を通している私だけど……。近所に、カリスマとかがいれば、私が知らないはずがないんだけどなぁ。
でも、このおじいちゃん……少なくとも、私は何かで見た覚えなんてない。これだけ特徴的なおじいちゃんを一度見たら、忘れるなんてそうそうないだろうし……。
「雑誌でてるよーう。ネットもでてるよーう。ワシも探すの苦労したんぢゃから♪」
探すの苦労した? ああ。もしかして、口コミで評判いいっていうタイプかな?
表だって紹介するとお客が増えすぎて嫌がる有名美容師もいるようだし……。だから、雑誌には文章でも紹介しても、一切、自分の姿や店の写真は載せさせない人もいるみたい。
そういう所は紹介制でないとお客さんになれなかったり……と、大変らしい。
「うーん」
私は考えます。髪はカットしなきゃいけない。そうでないと、スカートの丈が30センチカット。
あのゴンザレスがそう言った以上、絶対に明日はどっちかカットしなきゃいけない。
髪か……スカートか。
でも、ああ。オーバーしていたのは1センチだけだったんだよねー。だったら、このおじいちゃんに1センチだけカットしてもらって……。また後日、ビューティ鷹田さんにちゃんとカットしてもらえれば問題ないのでは?
1センチだけ髪を短くするなら、どんな腕の悪い床屋だったとしてもできるでしょ。と、そんな腹黒いことを考える私……。
「悩んどる? よーし、今日は機嫌いいからー。サービスして、無料でやっちゃるよ!」
「え? 無料!? 行きます!!」
思わず返事をしてしまう。
お母さんに似た、私の悪い癖だ……。サービス、無料という言葉に弱い山中家の女子であった……。
こうして、私は自称カリスマ理容師さんの店へ行くことになったのである。
これが、後に待ち受ける、山中 南美。人生最大の試練とも気づかずに…………。
☆オヤジ・ジジイ語録その①☆
『こっちゃこい!』
格下の者をおびき寄せる万能言語の一つ。
よく飼い犬に向かって「こっちゃこい!」と言っている中年が目撃される。
格上や年上の者に使うと、相手をとっても激怒させる不思議な効果を持つ。
対義語としては、『あっちゃいけ!』がある。