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7 返信

 お手紙ありがとうございました。

 私は確かにX家の次男です。

 お恥ずかしい話ですが、両親の結婚のいきさつもお手紙の通りです。

 ですが両親は亡くなるまで円満な結婚生活を送っておりました。それだけが救いかもしれません。

 きょうだいも皆仲良く、祖父母や曾祖母を大切にしておりました。

 私と曾祖母だけがこの世に取り残され、曾祖母も高校を出た年に老衰で亡くなりました。

 天涯孤独ということになるのかもしれませんが、幸い、私には数人の幼馴染がおりました。

 進学した先の恩師にも目をかけていただきました。

 決して絶望的な状況にあったわけではありません。

 ですから、何もできなかったと悔やまれることはありません。

 あの頃は皆自分のことで手一杯だったのですから。

 自分の周囲の人を守るためにまず一生懸命になるのは当然のことだと思います。


 さて、祝子さんのことですが、担任の先生から薄々事情は聴いておりました。

 中学校時代のいじめの件、大変にむごいことであったと察せられます。

 家族に心配をかけまいとじっと我慢をしていたとの由、思いやりの深いお嬢さんだと思います。

 外部受験の決意をしたことも勇気のいることだったでしょう。

 新しい環境に飛び込むというのは、生半可な気持ちではできないはずです。

 いじめから逃げたのではなく、新しく生きる道を選んだのだと思って欲しいです。

 

 私もとある事情で学生時代を過ごした仙台を離れ東京へ参りました。

 最初はまるで逃げてきたようなそんな気持ちでおりました。

 けれども、安易な道に逃げたと思うほど、甘いものではありませんでした。

 こちらの生活もなかなか厳しいと感じる折もあります。

 結局、どこで生活しても、厳しいのは同じなのでしょう。

 その点で、祝子さんも私と一緒です。

 いえ、秋田へ行ったという新右衛門様という方もそうだったはずです。

 故郷とは言葉も気候も違う場所で生きていく苦しさはいかほどだったか。

 それを一切語らぬまま亡くなった新右衛門様という方はなんという強い方だったのでしょう。

 深い孤独を一人で引き受けざるを得なかった悲しみはいかばかりだったか。

 

 今は自分の苦しみや悲しみを訴えることのできる場があちこちにあります。

 それはそれでいいことかもしれません。

 けれど、語られなかった苦しみや悲しみもこの世にはあふれています。

 それを掬い取る術は持ち合わせておりませんが、それを想像することはできます。

 想像力こそが訴えられなかった苦しみや悲しみを救うものかもしれません。


 話が脇道にそれてしまいました。

 洞田家の墓所ですが、X家の墓所と同じ寺にあります。

 隣町の寺の墓地が被災しましたので、あちらにいる時に墓所を改葬したのです。

 寺の住所は別紙に記載しました。

 お立ち寄りの節は住職によろしくお伝えください。

 それでは、皆様方の今後のお幸せを祈って、手紙を終えたいと思います。



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