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誰も諦めてなんかない 2

 質問自体は、実にシンプルだった。俺は答えがすぐにまとまって、そして、言おうとして、

「うわ、おっそ」

 という椿と、そのすぐ側を並走していた望に追い抜かれてしまい、言えなかった。

「うっせーな。俺は忙しいんだよ。お前等と違ってな」

 勇邁は声を上げてペースを上げ二人に追いつく。俺もそれを見てすぐ負けじと三人に並ぶ。その後はデッドヒートになった。トレーニングをしに来ているのか競争をしているのか、すぐにどうでも良くなった。最初に短距離ならぶっちぎりでトップを走る勇邁が落ち、女子の椿が落ちて、そして俺と望の二人だけになった。

「体調は大丈夫そうだな」

「ったりめー」

 それだけで、後は会話どころか、互いに声すら出さなかった。今までもそうだったし、今日もそうだっていう、ただそれだけだった。

 雲が速く流れていく。俺達二人も、それに負けない様に、速く、速く走っていたように思う。そう思うのは、俺だけかもしれない。でも、雲にも、隣を走る望にも、負けたくなかった。

 ヘトヘトになり戻ると、すっかり息も戻った椿が、勇邁にぶっちぶちと文句をぶつけていた。やれトレーニングがトレーニングになってないと、やれそんなだからあんたと一緒にやるのは嫌なんだと。勇邁も慣れたもので、あーはいはいごめんなさーい。と受け流していた。椿が俺達に気付いた素振りを見せて、説教も終わりかなと俺は思ったが、

「そもそもあんた昨日からテンション上がり過ぎて気持ち悪かったからね。なーにがもちろん椿も来るよな? よ。訳分かんないし。あーやっぱり来なければ良かった!」

 まだ止まんねーのかよと思った。ちらりと勇邁を見ると苦笑していたし、望は既に興味なさそうにしてクールダウンのウォーキングに入っていた。

「んでも望がここに行くってんだから付いて来たんだろ?」

 勇邁の言葉に椿は即座に蹴りで返した。

「しょーがねーじゃん。俺いっつも一人でやってんだぜ? 自主練。寂しいじゃんかー」

 立ち上がりながらやれやれと言わんばかりの大振りジェスチャーで言葉を発する勇邁は、やっぱり真琥さんに似ている気がする。椿もそれを感じてか、少し嫌な顔を強めたように見える。

「勝手に一人でやってろ」

 とだけ言って椿は望に小走りで追いついて続きのメニューへと入っていった。

「難しい年頃ですなー」

 と悟ったようなことを言う勇邁に、お前と同い年だけどな。とだけ言ってみた。すると、

「まーな。けど親父もよく椿と会話した後に言うから真似してみた」

 あっけらかんとした口調で勇邁は言って笑った。

「そもそも本当に諦めて、変わらないって思ってんなら椿は望と一緒にトレーニングしようなんて思わねぇよな。親父や日向さんに猛さん、あと真由実もそうだ。ま、お前もそうだよな。二人で帰って来たし、本当に振り切られる事なく帰って来れんだもんな。マジにビックリした。お前等速過ぎ」

「卓球に体力は不可欠だろ。っていうか、お前が短距離型過ぎるだけ」

 と返した。

「だって一瞬でカタが付くんだぜ? 単純で良い。アレだろ? シンプルイズゴッド」

「神かって。シンプルイズグッドな。グッド。俺等はそんな単純な場所ではやってらんねーの。あと、ケツも出せねーし出したくねーし」

 勇邁にツッコミの意味が通じるかどうかはわからないが、とりあえず言いたい事は言っておく。真琥さんなら、そこで迷わず「出せよケツ。ケツ出せや」

 となるところだろうが、勇邁はハイハイ、と言うだけだった。

 勇邁と別れて望と椿に合流すると、すぐに椿に話しかけられた。

「けど正直、男子って単純で羨ましいわ」

「どういう意味だよ」

「そのまんまの意味。二人で並走するなんて、女子じゃ絶対あり得ない。……まぁそもそも殴り合いの喧嘩自体あり得ないけど」

 明らかに見下げるというか、バカにする目で俺と望を睨む椿を尻目に、

「俺は悪くない。先に仕掛けて来たのは豪の方だ」

 正しいことを言っているとは思うが幾分かの原因を作ったのはお前だろうがよ、と多分言っても伝わらないんだろうな。

 だけど、俺はそう言った。また喧嘩になったりするかも知れないが、それでも俺は伝えていた。

「…………」

 望は怒る様子を見せる事はなく、少しだけ考えてから、

「真由実にもそう言われた。ま、適当に言いたいことを言わせておいたら収まったけどな……というか、あいつは何でいきさつを知っているのか。その方が気になるんだが」

 と言った。その質問には、

「くそじじいが真由実に根負けしたんじゃない? もしくは取引でもしたか、何かしらの手を講じて聞き出したか。頭はいい子だし、それ以外には考えにくいし」

 椿の方が答えた。まぁ確かにガーゴンのリュックサック背負って学校に行くとか色々アレなとこはあるけど、頭の良さなら間違いない真由実のことだ。それくらいのことを自分で考えて動いていてもおかしくはないか。

「そうそう。真由実も言ってた。男の子っていうのは何であんなに早く仲直りできるのかなーって」

 椿が思い出したかの様に言った。

「小四なんて子どもじゃん。子どもなら別に女子でも仲直りくらいできるだろーよ」

 俺は軽い気持ちでそう答えたのだが、椿は露骨に眉をしかめた。

「小四女子の社会を舐めてるとしか思えない」

 椿の短くて強い語気に、俺は少し驚きと怖さを感じた。

「マジかよ小四って九歳とか十歳だろ。そんなドロドロしてんのかよ」

 俺の問いかけに椿は、今更そんなことに気付いたのかよとでも言いたげな目線を向けていた。

「興味ないな」

 望は相も変わらずそれだけで、自分のメニューを淡々とこなしていた。

「別にそれで良いんじゃない」

 椿もそれだけを言って、後は無言だった。

 二人はこんな感じだから合うんだろうな、とも思った。だからといってお似合いだな、なんてことは言えない、そんな微妙な感じも俺は感じていた。


「なぁ勇邁」

 翌日、昼休みに学校の廊下で呼び止めると、側にいた勝も付いて来た。

「昨日はありがとな。誘ってくれて」

「まぁ単純に俺が一人でやりたくなかっただけだからな。気にすんな」

「そっか。なぁところで、さ」

「あん?」

「椿ってさ、望の事好きだったりするのかね」

「なんじゃそりゃ」

 勝が呆れた口調で言う。勇邁は、

「俺はそういう惚れた腫れたは好かん。だから知らん」

「そーだな。昔流行ったもんな。あれ俺等もメンドイ目にあったし」

「そうか? 俺別にそこまで思ってないけど」

「お前はめんどくなったらそいつ等保健室送りにしてただろ? つかそれが余計に俺をめんどい立場に追いやった。二人して俺をどんだけ追いつめてくれんだよってあんときゃ本気でお前等呪ってたからな」

 勝の呪い節を軽く聞き流すようにして、俺は続ける。

「まぁ昔は大変だったんだな。あ、一応俺はこれ茶化す気持ちとかで聞いてないから」

 流石に本人に聞いたりする訳にもいかないが疑問にも思った。だから聞いてみる事にしたのだ。

「それはわかるけど。わかるけど考えたくねーわ」

 勝は単純に昔のことを思い出してしまうのか、しかめた顔が元に戻せないような態度を続けていた。

「俺は、そうだな……」

 勇邁は頭を掻き、言葉を選んでいる様にしている。すると、

「お前等三人で何やってんだ」

 椿と望が微妙な距離を取って歩いて来た。二人で一緒に歩いていたのか、それとも単純な偶然で一緒にいるように見えているのか、それはよくわからなかった。

「あー。まぁあれだよ。誰も諦めてなんかないっていう話をしていたんだよ」

 勇邁の返事に、椿はいつも通りの対応だった。

「お前はもう少しだけでも良いから伝わる様に話せよバカ」

 そういう毒舌に対しても、あーハイハイさーせーん、と昨日以上に適当に返す勇邁も中々負けていないと思う。

「ほら、あと一週間もしねー内に俺等全国じゃん。勝たねーとな。バッチリと!」

 拳を突き出す勇邁だったが、

「……脳筋って言葉か、もしくはスポ根バカ。精神論者って言葉でもいいけど、その意味を真由実にでも教わると良いんじゃない」

 と言うなり、椿はさっさと教室へと入っていく。

「…………」

 壁にもたれかかるようにして立っていた望も、腕時計を見て椿の後を追っていった。

「そもそも俺に至っては部活入ってないからな。やってやっても良いけど、何かそれ虚しいだろ? じゃあな」

 言葉だけは優しいが、勝も結局そのまま自分の教室へと戻っていった。

「どっちにせよ虚しいだろ。これ……」

 勇邁は右手の拳を左手に打ち付けて落ち込んでいた。

「まぁ一応俺がいるから。つーか、まぁ、ありがとうな。誤魔化してくれて」

 礼を伝えると同時にチャイムが鳴る。ダルい五限目はそのダルさを加速させる国語だ。嫌になる。全く。教室に入ろうとして、そこで思い出す。

「あー。そうだ。確かに大事だよな」

「あ? 何が?」

「諦めないってことだよ。誰も諦めてないんだよな」

 俺の問いかけに、勇邁は笑って答えた。受け継がれている明るい笑顔。その言い方。

「応! 誰も諦めちゃいねぇよ」

 拳を俺の方から出してみる。勇邁の反応は早かった。

「頑張れよ!」

 勇邁の声は強かった。色々な意味で、強いと思った。

 望について日向さんは、劇的には、と言った。椿は、それで良い、と言った。勇邁は誰も諦めてないと言った。多分、俺が思っている事も間違っちゃいないはずだ。ぶつける拳の持ち主が望になる未来は、多分間違ってはいない。一週間後の全国大会か、それとももっと先か。俺は単純だけど、頑張ろうと思った。

「……あのバカ、もうちっと手加減できねぇかな」

 望が怪訝そうな顔をする横で、俺は椅子を引いた。

完結! でございます。一年にも渡りましたが、ありがとうございました!!

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