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苛烈 1

 試合中はもっぱら望を見ている。だからクラスの何人かは私と望をくっつけたがる。それが最初の頃は面倒でうざったらしくて嫌だったが、別段何とも思わなくなるのもあっという間だった。慣れというものは恐ろしいもので、便利なものだ。

 卓球の申し子。望についてそんなことを書き付ける雑誌の文面を見て、あぁなるほどと私は思った。けど、それと同じ所で私は、違う、と確かに思っていた。

 望は卓球の申し子なんて綺麗なものじゃない。そんな神々しいものじゃない。公式戦で面と向かって立つことがない私が、見ているだけでわかること。きっとそれが記者にはわからないのだろう。

 あれは神様とか、そんなものじゃない。もっと傲慢で、最低最悪で、それなのに見ている人を惹き付ける。

 望はまるで傲岸な獣だ。対戦する全ての相手が、倒すべき障壁。壁は越えるものじゃなく、叩き崩し、穴を穿つべきもの。

 小学生の時に大人を何人も吹っ飛ばしながら、薄ら笑いを浮かべていたあいつの顔が思い出される。

 勝つことを諦めた人間に興味などない。大人の面子とか、そういうくだらないものに執着して、散々に粘り抗う人もいたけれど、そういう人の戦い方こそ、望が喜んで破壊したがるものだ。望の打球の鋭さは相手のレベルに合わせて変化する。より絶望するように。より苦しみが持続するように。

 擦り上げられる球が短い悲鳴を上げて、突き刺さる。そういう苦しさを相手に味合わせている時の望の顔は、とてつもなく安定している。おぞましい笑み。

 望という人間に、きっと魅力を感じる人なんていない。何を話しかけてもまともな返事は得られない。聞こえているのかどうかも悟らせないような微動だにしない顔。一日中同じクラスにいても一声たりとも聞く事が無い、なんていうことはざら。というより、声を聞く日の方が珍しい。話をする人間の方を向くこともなく、ただ一つ興味を持つとすれば卓球の強い人間、それか強制的、つまり力ずくで意識を引っ張っていく力を持つ人――例えば父――のみ。

 つかみ所が無い、何を考えているのかわからない。他人の事をバカにしている。大抵の人が望に対して抱く印象。それはしょうがない話だと思う。

 幼稚園の頃だったか、もう一年生になっていたか、それはおぼろげなのに、望の打つ球と、その顔だけは妙に印象に残っている。

 パァン! かぁん! こんこん。床で跳ねる球の音がする方向に私は球を拾いに行き、そして望に文句を言う。もう何度この方向に球を拾いに行ったのか数えきれなくなっていた。

「ねぇ、のぞみ。はやいよ。それに、なんでこっちにうつの」

「…………」

「のぞみ。きいてる?」

 望が我が家でプレイする卓球、というものの何に興味を抱いたのか、今ではもう思い出せない。けど、私は望が始めてすぐに追う様にして卓球を始めた。最初は父や日向さんや猛さんに相手をしてもらっていたけれど、いつの間にか私たちは二人でラリーを続けられるようになっていた。

 だが、望は私が当時取ることのできなかった方向――バックの深いコース――に意図してドライブやスマッシュを打ち込んでくるようになった。続けることを目的に相手の打ち易い所へ打ち返す、という基本を、望はまるで理解していないようだった。何回説明しても、聞く耳を持っていないようで、知らん顔をする。それを誰に言っても、そして誰から言われても、望は変わらなかった。日向さんの前でも、猛さんの前でも、父の前でも。

「どうしてのぞみはバックにうつの? わたしをこまらせるのがたのしいの?」

 二人きりの時に、一度だけ怒って私も望に詰め寄ったことがある。珍しく、望はこう言ったのだ。

「なぜあれがとれない?」

 怒り返すでもなく、謝るとかでもなく。本当に、単純に、純粋に、望は望が思う通りにならないことへの疑問だけしか抱いていないようだった。

「のぞみ。こわいよ」

 あの時の望は、

「ねぇ。どうして、わらっているの? のぞみ?」

 まぁ、そういうことだ。と私は思っている。

 それから数年後の、とある日の大会の応援席で、

「目にゴミが入っちゃってね」

 と言って目を拭う日向さんが、私に笑ってみせた。だからどうしたと聞かれても、ただそれだけのこと。日向さんが泣いていることが物珍しいものだから、記憶に留まり続けている。ただ、それだけのこと。

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