最終話
ピロピロピン♪
「―――――!」
一気に目が覚めた。眠っていたようで、もう夕方だ。目を擦り俺は携帯を取り、メールが受信されている事がわかった。
「これは…三嶋?」
ピッ
―降りて来い
「……野郎」
簡潔な文字が並んでいた。窓から外を見ると、三嶋が手を上げていた。
何故か、安心感が沸いた。
「大丈夫…? 自棄になってない…?」
「……ああ。俺が自殺するほど肝が座ってると思うか?」
三嶋は首を横に振る。
俺達は家の前の塀に背を預け、話し合っていた。
「……実際、大丈夫なもんだよ。俺はまだ大丈夫だ。……何度もアイツの事思い出すけど、思い出すたびに強くなるような気がする……。いや、そう思わないと……自分が情けなくて……それに、あいつに失礼だって…」
「……」
俺が何もかも失って、生きる意味を失ったような気をしていたら、まず間違い無く奈美の奴に怒られる。
「……私もさ、何か穴が空いちゃった感じ……。何にも身に入らないみたいで……バスケの練習も、失敗ばっかしちゃって……」
「身近な…身近な奴がいなくなるのって、これが始めてだ。……辛いよな……。遠くへ行ったならまだいいけど、もう…いないんだからな…」
凄く辛気臭くなってしまった。女と2人っきりで話しているのに気の利いたことも言えないなんて。
俺は笑ってしまった。
「……明日さ、土曜日でしょ? パァーッと遊ぼ? 荒城でも呼んで3人でさっ」
「………何か悪いな、気ぃ使わせちまって」
ドンッ
「ぐはっ」
突然、逆水平チョップが俺の胸を直撃した。ちょっと息がつまってしまった。咳き込んでる俺を見て三嶋は笑った。
「明日の10時、大通りの噴水前でね!」
「お、おお……」
それはあいつなりの励ましだったのかもしれない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「あの映画面白かったね〜〜〜! 何あのアクション? 信じられない!」
「たまんないね。やっぱり絶賛されるだけあるわ! なぁマサよぉ!」
「俺……恥ずかしいけど…ちょっと感動したわ」
こんな涙腺が弱かったか、俺? ちょっと目頭が熱い。
「アハハハ、でも確かによかったよ」
「へへ、実は俺も感動した」
「てめぇら…へへへ」
俺達3人は笑い合った。それがとても気持ちよかった。こんな風に笑えるなんて久しぶりだった。
俺はまだ大丈夫…
「じゃあな」
「ああ」
「じゃあね」
荒城と別れ、俺達2人は夜の町を歩く。ネオンが闇を照らす。
「そういえば、もう少しで大会なんだ」
「ほー。んで、大丈夫なん? お前最近サボり気味だったじゃんか」
「あのねぇ、腐っても県で5本の指に入るスモールフォワードなのよ? それに私は大会が迫ると余計張り切るの」
ボールでドリブルするふりをして、三嶋は最後にシュートする。流石に動きにキレがある。
そして歩いて、人気の無い住宅街に入る。俺の家ももう少しだ。口数が減ってきた頃、三嶋が口を開いた。
「……ぶっちゃけ、奈美の事ちょっと恨んでるの、私」
「なっ……?」
いきなり、とんでもない事を口にする三嶋。怒る気にもなれず、三嶋は気にせず続ける。…その表情は、自嘲気味なものだったが。
「…だって、いきなりアンタと仲良くなって…それで恋人同士になって……そして、天国までマサの心を持って行っちゃった……」
「…………」
何が言いたいのか、それがわからないほど俺は鈍感では無い。
「……そのさ…」
「今だから言うけど、私、マサに気があったの。…でも面向かって話すのが実は苦手だったの。だから奈美を紹介して、仲良くしていこうってね。カッコ悪いでしょ」
「…」
なんて言っていいのかわからなかった。こっちを向いてない三嶋の顔がどうなのか気になった。
「安心して。奈美と約束したもの。……お似合いのあんた達の関係を壊すような事はしない。…だって奈美が好きになった男なんだもん……。だから、アンタの事は多分、これかも気にはなっても好きにはならない。…私にだって、プライドはあるのよ」
「………」
そう言われて、俺はほっとしてしまった。そんな自分が少し嫌になった。
もし、誰かに好かれて、告白でもされてみたらどうするか。
……答えは決まっている。今の俺は絶対に誰とも付き合えない。
付き合おうとも思わない。
断る手間が省けてよかった、と思う自分が嫌だった。
「……でも、もし揺らいだら……怖い。甘えて、何もかも自分の為に動いて、奈美を裏切るような事しちゃうんじゃないかって。……でも、大丈夫だった。アンタがまだ笑えるのなら、私はアンタに振り向かない。…マサは大丈夫なんだって」
「………悪い。そんな風に考えさせて……」
「―――――! ……あーあ、ホント、奈美が羨ましい。私も早く彼氏を捕まえて、あんた等以上のいい恋人になってみせるからね!」
振り向いて、最高の笑顔を俺に見せる三嶋。その笑顔は本当に綺麗で、彼女らしい元気さを溢れ出していた。
奈美の友達がこいつでよかったと、深く思った。
それから少し時が過ぎた。
ワァァァァァァ
女子バスケットの県大会準決勝。体育館内にたくさんの人の歓声が舞う。俺と荒城は一緒に応援していた。もちろん三嶋のチームを。
「いけぇぇ! 三嶋ぁぁ!!」
「そこだ!」
俺達も試合に熱中していた。三嶋がドリブルで相手をかわす。パスをワンツー、そしていっきにセンターラインに潜り込みシュート。
スパッ
ウワアアアアアア!
「よっしゃぁぁ!」
「いいぞ…!」
三嶋はチームメイトと手を叩きあいガッツポーズを取る。
3日前
それは突然だった。奈美の両親から連絡があって家に来てほしいと。何だと思い、少し緊張してしまったが俺は赴いた。
「…これを………」
「これは……」
それは日記帳だった。お袋さんはそんな大事な物を俺にくれると言うのだ。その顔は悲しみに暮れたものだったが、何とか耐えていたようだ。
「これをあなたに……。奈美もきっと、そう思っていたはず」
「………読んでいいですか?」
お袋さんは頷いた。そして俺はページをめくる。奈美の綺麗な文字が並ぶ。
―今日、マーサの家に行った。最初は期待していたけれど……
それ以降は俺の知る所だった。色々書いてあったが、俺に関するものが多い事がわかった。ちょっと気恥ずかったが悪い気はしなかった。
「……?」
最後のページ。……奈美が死ぬ前の日の記述。
「え……?」
―もし、私が死んでしまったら。という事を考えてしまった。こんなのマーサに知れたら彼はどんなに怒る事か。でも、もし私が死んだらマーサはどうなるのか? 悲しむのか…いえ、きっと悲しんでくれるはず。私はそんな人と愛し合ったりしない。……でも、もし私が死んで悲しんでばかりでいるのなら、悲しい。そして、私に気遣って、誰も好きにならないんじゃないかって心配になる。
「……」
―……もし、そうだとしたらやめて欲しい。いつまでも死んだ人間の事を引きずるなんて悲しすぎる。私の事を忘れて欲しくはないけど、もしそうなってしまったら構わず他の人を好きになってもらいたい。
「………馬鹿野郎……」
俺の目から一筋の涙が流れた。
―私の事は忘れないで欲しいな。それが条件っていうのはちょっとわがまますぎるな。でも、もしそうしてくれるなら、嬉しいかも。私より仲がよくなったらちょっと許せないけど。
「……っ……ハハ……こいつ……」
「政吉君…」
―ちょっと不吉な事書いたけど、私はいつでもマーサの事を考えてる。好きで好きで、たまらないほど好きで。こんなのあいつに見られたら、私恥ずかしくて生きていけない。
○月×日
俺は両親のいる前で泣いた。
それは嬉し涙か、可笑しくての涙なのか。
奈美らしい、馬鹿な遺言。
もしかしたら、あいつは予期していたのかもしれない。
幸せになればなるほど、別れは辛い
それは本当だった
だから悲しみに暮れ
そして強くなる
愛した人がいなくなって、俺は弱さと強さを手に入れた。
それ自体、悲しい事だけど……
その日記帳を見て、俺には踏ん切りが出来た。
だけど、絶対に俺は忘れない。あいつとの全てを。
もし、忘れたのなら俺はまたこの日記帳を見るだろう。
何もかもが新鮮で、楽しい毎日。
夢のような日々。
「あーあ、惜しかったなぁ……あと1点だったのにな」
「………」
「うわわっ、わりぃ!」
三嶋のチームは負けた。後僅かという所で。しょぼくれてちょっと涙目の三嶋。
「だけどもう1年あるじゃんか。今度こそはお前の力を見せ付けてやればいいじゃねーか」
ポンッ
俺は三嶋の頭に手を置いた。三嶋は無言で頷いたが、やはり負けたのはショックだったようだ。しかし次の瞬間、三嶋は両手を上げて大声を上げた。
「…………よぉぉぉぉぉしっ!! 今日はヤケ食いだ!! みんな、行くぞ――――――――!!!」
「何ぃ!? 俺達もか?」
突然の提案に荒城は素っ頓狂な声を上げる。俺はそんな三嶋を見て笑ってしまった。
「行こうぜ、どうせ美味いもん食えば直る」
「…そうだな、よっし、三嶋の惜敗記念だ!!」
三人で夕陽の下、笑い合いながら歩いていく。
そんな中、俺は何故か奈美に告白した時の事を思い出した。あの時もこんな夕陽だった。
―私といると楽しい?
ああ
―じゃあ付き合う?
……いいんじゃねーかな?
―…もうちょっと気を利かして
……お前といると楽しい
―うんうん
俺も付き合いたいと思ってた
―うんうん…って、え!?
俺達、付き合わないか?
―…………うん。いいよ
「おーーい、何してんだよマサーー!!」
「早くしないと置いてくぞーー!」
「お、おう!」
空を見上げる。
なんか目がぼやけてよく見えなかったけど、確かに赤みがかった空だった。
「………ぐすっ……。ホント、弱くなっちまったな…俺は……」
もう二度と戻らない昨日。
でも、生きている俺が明日を望まなくてどうする。
奈美…俺、なんとかやっていけるよ……
夢は覚めるけど…忘れてしまうけど…
お前との思い出は、今も忘れられない位…輝いているから……




