#6:涙
葬式、多くの人が奈美の家に集まった。クラスメイトや学校で奈美の友達も大勢来た。
この日も雨が降っていた。葬式にぴったりと言わんばかりのシチュエーションだった。悲しみにくれる人、泣く人、そこは全てが悲しみに包まれていた。全ての人の表情は沈んでいた。
ただ1人、俺を除いて。
「マサ!! あんた……何でそんな顔してるの!?」
「三嶋……」
横を見れば、激怒した三嶋が俺に怒鳴ってくる。この場でも関係なくだ。
理由はわかっている。水溜りに俺の顔が映っている。悲しむ訳でもなく、暗い表情でもなく、涙を流す事もなく。なんの問題も無いと言った感じの顔を俺はしていた。
バチィィン!
「ッ……」
容赦の無い張り手。三嶋は泣きながら、物凄い形相で俺を睨む。
「あんた……よくそんな顔してここに来たわね………」
「………悪い」
「謝る位なら、泣いて見なさいよ!!」
言い返す言葉も無かった。だが、どうやっても涙が出てこない。自分の感覚が麻痺しているかのようだ。慌てて荒城が三嶋の肩を掴む。
「三嶋、落ち着けって。霊前だぞ」
「……〜〜ッ!!!」
ダッ
まだ何か言いたそうだったが、三嶋は周囲の目を気にして何処かへ行ってしまった。
「……ここじゃなんだ。あっちに行こうぜ」
「ああ……」
「正直、俺も三嶋と同じ意見だぜ。お前…悲しくないのか」
「悲しいさ。……当たり前だろ」
奈美の家から少し離れ、人のいない所まで来て、俺達は壁にもたれた。
「じゃあ何だって……いや、深くは言わねぇよ。1番キツイのは両親とお前だからな……」
「……カッコいい事言ってんじゃねーよ」
その励ましが、何よりも心に染みた。
認めるのが怖かった。壊れそうで。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今日も少ししか食べなかった。親は心配するが、俺の気持ちを悟ってか、強くは言ってこなかった。
部屋に戻り、電気をつけないまま、ベッドにうずくまる。
満月の夜。満月は綺麗だった。星が無数に闇の空を彩る。
「……」
そんな果てしない宇宙を見上げ、俺はしばらくそのまま空を見つめていた。
「………」
死んだ。
奈美が死んだ。
嘘だと思いたかった。
嘘だと言って欲しかった。
だけどこれは現実。
目の前の現実
「………?」
星が霞んで見えた。ぼやけ、見えなくなる。
目が熱い。目に何かが溜まっている。そして顔を伝って流れていく。
「涙…」
俺は泣いていた。………いや、泣けた。
「うっ……ぅぅ………あぁぁあ………」
声にならない嗚咽。
息がつまる。
胸が痛い。
ポタッ
涙が枕に落ちる。枕が濡れ、俺の視界がぼやける。目を閉じれば、奈美との生活が浮かんでくる。
「やめろ……」
思い出すんじゃない……。
思い出せば、辛くなるから。
こんな風になってしまうから。
―政吉君かぁ、……じゃあマーサね
「うっ……あ………ぅあぁぁぁ……」
―アハハ、マーサは間抜けだねー
「ふぐっ………はっ……ぅぁぁぁ……」
―好きだよ
俺の中で何から何まで崩れ去っていく。まるで身体の半身がなくなったかのように。
…いや、実際無くしたんだ。
壊れていく。思考が定まらない。
否定する自分が惨めで、現実を受け止めようとしない自分が情けなくて……
とにかく、泣いた。
泣きじゃくった。
もう2度と戻らないあの日の事を思い浮かべて―――――
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「…………」
全てが終わった。星を見上げる俺の瞳からは、もう涙は出なかった。俺の中で、何かが壊れた事は確かだった。
やっと、奈美が死んだ事を認めたのだと思う。
まだ悲しみの残滓が俺の中にある。
でも、終わった。
通り過ぎた。
キスが終わった後、奈美が聞く。
―ねえ、もし、私が明日死ぬとしたら抱く?
抱かない
―自分の考えに嘘つくから?
そう
―……意外と頑固だね
でも、もしそれが本当だったら…
―だったら?
自分に嘘をつくかもしれないな
―えー? 折角、カッコよく決めたのに?
あ〜〜、もう、ヤメヤメ!
不吉な事言うんじゃねえ!
―あ、マーサ、顔真っ赤
うるせ
通り過ぎた………