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#3:続く雨

 奈美とは喧嘩した事はある。しかもぶったりぶたれたりと言ったかなりバイオレンスな喧嘩。その時、もう終わったなと思ったけれどそれを機に、俺達の距離は一気に縮んだ。ありがちだが、もし、あの時お互いに言いたい事をはっきり言わなければ俺達の仲は終わっていたと思う。


「………」


 深夜。ついつい漫画を読みふけっていたらそんな時間になっていた。電気を消し、ベッドに横たわる。


「………」


 ベッドに寝転がると、ふと、あのホテルでの事を思い出す。

 おもわず顔がにやけてしまう。そして、奈美の暖かな温もりが忘れられない。


(あいつも、こんな事考えているかな…? いやいや…ちょっとこれはのろけ過ぎだ)


 だが、そう思えば思うほど、奈美がどれほど大切だという事がわかる。そう思うと途端に寂しくなる。



 恋は人を弱くする。



 1人ではこのように、たまに鬱になってしまう。


(……いつ、俺はこんなに弱くなった? 余計な事は考えるな。……ったく…)





ザァァァァ――――



 また雨が降る。性懲りも無く、俺達に恨みでもあるかのように。……まぁ、干上がるよりかはマシだけど。


「でさ、あいつ何て言ったと思う? 「こんな事なら最初からしなければよかったのに」だって。ふざけんじゃないわよって感じよね」

「全くだ。そりゃそいつが馬鹿だ」


 休み時間、荒城と一緒に俺の所に来たやかましい女が話を盛り上げる。雨とどっちが嫌かと言えば……同じ位だ。


「あ、みんな集まってるじゃない」

「おっ、愛しい諸橋のご登場だぜマサ」

「うっせ」


 珍しく奈美が休み時間に俺の所に来た。というのも訳がある。


「はい、マーサ」

「おう、サンキュな」


 奈美からノートを受け取る。次の時間は古文。俺のもっとも苦手とする分野だ。逆に奈美は得意であったり、授業が俺のクラスよりも進んでいる事もあり、貸してもらっているのだ。


「テメェ、亭主関白気取りかぁ? ええ?」

「うっせ」


 わざと大きな声で教室内に聞こえるように荒城は茶化す。三嶋もごちそうさまといった感じで溜め息なんて吐く。


「全く、見せてくれるわね」

「まね。夏樹、そろそろ時間よ。移動教室だし」


 そっか、と三嶋は慌てて隣の席の奴の椅子を元に戻して奈美と一緒に教室を出て行った。


「しっかし、お前の知り合いの女子はいい女ばっかりだな。ちょっとは紹介しろよな」

「三嶋がいい女ぁ? 馬鹿言え。奈美の方が全然上じゃねーかよ」

「いい女さ。一緒にいて楽しくなるじゃねーか。サバサバしててよ」

「そういうもんかね。別に、俺はもう付き合ってるから関係ないけど」

「余裕マンめ」



 古文の授業、奈美のノートを開いて、いつも感心する。丁寧で繊細な字。わかりやすいまとめ方。恥ずかしい言い方をすれば愛を感じさせる。


(綺麗な字だな……)


 字をなぞる。奈美はどういう気持ちで書いているのだろうか。そう思い、首を振る。それは流石に考えすぎだ、と。



「最近、夏樹ってよくマーサと話してるよね」

「そう? あ、やだ。別にマサを取ろうなんて思ってないよ」

「?」


 休み時間、トイレに行こうとしたら曲がり角から聞きなれた声が聞こえる。奈美と三嶋だ。


 何となく俺はその場に行けずにいた。俺の話題だったからというのもあるが、何か険悪な

雰囲気のような気がしたからだ。


「……こんな事は言いたくないけど…」

「大丈夫よ。こんな事で奈美との仲を壊したくないしね。それに、マサは私の好みじゃないし」

(随分だな、おい)

「…それに、そうやって焼きもち焼くって事はいい事よ。健全だよ」

「……ごめん。私、案外嫉妬深いのかも」

「いいよいいよ」

「………」


 俺はその場から逃げ出すように立ち去った。聞いてはいけないような事を聞いてしまった気がしたからだ。

 …その後、トイレに行くのを忘れて授業の時間になったのは言うまでもない。



ザァァァ―――



「あーあ、早く止まないかな雨」

「無理だろ」


 放課後、久々に奈美と一緒に帰る。奈美は雲って雨を降り注ぐ空を見上げて文句を言う。俺もいいかげん、キレそうだ。


「……でも、雨って好きかな。何でも流してくれそうで」

「マジ? …俺は嫌いだな」


 前の夕陽の件とは反対になってしまった。思い出して俺は少し苦笑した。


「嫌な事とかさ、全部洗い流してくれそうで。…あ、でも半々かな。だって、雨の日に1人でいると寂しくなるもの」

「………」


 確かに。雨の日に1人部屋の中にいると、無性に孤独感が沸いてくる。暗く、自分を塞ぎこんでしまう錯覚に陥る。


「……マーサさ、最近夏樹とよく話すよね」

「!」


 顔には出さなかったが、ギクッとしてしまった。休み時間の時に話していたのを盗み聞きしていたからな…。


「あいつから話し掛けて来るんだよ。五月蝿いから今度お前から何とか言ってやってくれ」

「……でも、ノートを持ってくる時、マーサ、楽しそうな顔してた」

「……おいおい、それは独占欲って奴だぜ。そういう嫉妬の仕方してると危ないぞ」

「うん。……でも、わかってはいるけど……」

「……」


 内心、俺は平静を装っていた。どうも奈美は嫉妬深いようだ。


 …それに、ここ最近会う回数が減ってたからな。流石に奈美も女だったって事か。


ポン


「んっ」


 奈美の頭に手を乗せる。


「俺が付き合ってるのはお前だぞ? …ていうか、こんな恥ずかしい事言わせんな馬鹿やろ。変な心配して、友情を壊すような真似はすんなよ」

「……うん、わかった。………でも…ね」

「ん?」

「…ううん、何でもない。何でも」

「?」



 奈美がその先、何を言いたかったのかは謎だった。その時の顔は心配な表情だったが。



ブゥゥゥゥウン


バシャアアアアア


「キャッ!」

「うおっ」


 その時、道路を走る車が水溜りの水を豪快に俺達にぶっかけてきた。道路側にいた奈美がモロに食らってしまう。


「あーあ、こりゃひでぇ。全身にかかっちまったじゃんか」

「う〜〜〜……。びしょびしょ〜。あの車〜〜」

「ほら、使え」


 たまたま持っていたタオルを奈美に手渡す。顔にまでかかってしまっている。


「………」


 奈美は顔を拭いた後、上着の制服のシャツを拭く。

 …濡れて水色の下着が薄っすらと見える。俺は奈美から目を離せないでいた。


ドクン…


「……」

「ありがと、マーサ。…でもやだなぁ。電車乗って帰るまで、こんな濡れた格好でいなきゃなのかぁ」

「……あのよ」

「ん?」


 何を考えてるんだ俺は。……考え直せ、俺。


「……俺ん家来ないか? もうすぐだしさ、乾かしていけよ」


 俺は何を言っている? しかも情けない事に手が少し震えている。奈美は少し考えて決断した。


「まぁいいか。それじゃお言葉に甘えて」


 そして心の中でほっと安心する俺がいた。理性が頭の隅にいく気がしてならない。




 暗い欲望が、徐々に身体を支配していくようだった………


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