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掌編小説

雪の世界

作者: 斎藤康介

 地下から続く入り組んだパイプを抜けると、そこは一面の銀世界だった。

 世界は「雪」と呼ばれる白い灰がしんしんと降りそそぎ、静寂が覆っていた。


 ハァ、ハァ、ハァ


 廃墟と化したビル群はただ黙り、いかなる言葉も発しない。


 ハァ、ハァ


 沈黙のみが取り残された世界。

 ユウジはそんな世界の真只中にいた。


 ハァ、ハァ


 自分の呼吸と心臓の鼓動だけがこの世界で時を刻む。

 ユウジはこの光景が好きだった。一人沈黙に呑まれ、誰にも見つからないまま消えていく気がしたから。

 親父も同じ気持ちだったのだろうな、とユウジは最近思うようになった。自分と母親を捨てた最低の父親だった。とっくに死んでいるのかもしれないし、どこかでまだのうのうと生きているのかもしれない。しかし、ユウジにはどっちでも良かった。父親への憎悪はあったが、憎悪は世界に降る雪のように心の奥底に沈んでしまった。いまのユウジはその上に立っている。


「ユウちゃーーん」


 感慨にふけっていたユウジを現実に戻したのは甘ったるく舌足らずな声だった。


「ユウちゃん!」


「馬鹿マユ。何ついてきてんだ。ついて来るなっていつも言ってるだろ」


「だいじょうぶだって。ほら、ちゃんとマスクも付けてるし、あんまりかわいくないかもだけどちゃんと外套だっても着てるもん。問題なし!」とマユは言うとその場でくるりターンをした。


「そうじゃないだろ。もし何かあったらどうすんだってことをだな……はぁもういいよ」


 ユウジは頭を抱え、場違いにテンションの高い彼女を見た。防雪のマスクを被っているがその下は満面の笑みであろうことは容易に想像できた。


「それで、何しに来たんだ?」


「ひどい! どこに行くにも二人いっしょって約束したじゃん」


「だからその約束はいつしたんだよ?」


「あれはマユとユウちゃんが18回目に会ったときの……」


「……やっぱもういいや」


 ユウジは膝をつきそうになるの必死に耐えた。アヤは堂に入った姿勢で腕を組んでいた。外套の下からは茜色した防護服が覗いて見えた。

 結局、ユウジはいつもこのノーテンキな彼女(マユ)を連れて行く羽目になるのであった。



 人類が地下に移り住んで数百年。

 人はマスクなしでは地上では生きていけない。

 雪は一心不乱に空から降り注ぎ、世界を覆っている。 

 だがユウジにはそんな世界が尊く美しいものに思えた。人の足跡を残さないただただ白い純白な世界。ここには汚れがなかった。


 だからこそ人間は生きていけないのだ、ともユウジは想う。

 『人は醜い』

 それはこの世界を構成するものとは相容れることのない概念だった。

 だからは人間はこの世界で生きていくことはできない。

 

 そして、きっと父親はそんな思いに耐えられなくなって消えた。

 何となくそのことがユウジには理解ができた。

 

「ねぇ、今日はどの辺に行くの?」


「そうだな。この前があのビルだったから次は隣のビルかな」


 憎んだはずの父親を追いかけている。ユウジには自覚があった。

 いまユウジが立っている場所は父親が一番好きな場所だった。父親が好きだった景色を前に、身体を流れる血は父親を想起せずにはいられなかった。

 だかユウジはそれ(・・)を理解はできたが、納得はできなかった。

 ユウジにとってこの白き世界は美しく、残酷であるが、決して帰るべき場所と思えないのであった。

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