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カラマーゾフの家族割

作者: ナガタコウ
掲載日:2026/07/03


「父さんを外すのか」


長男はそう言って、テーブルの上に置かれた料金プランを見つめた。


冬の夕方だった。


窓の外では雪ではなく、隣家の室外機から出る白い湯気が流れていた。


母は台所で味噌汁を温め直していた。


父は座椅子に座り、黙っていた。


「外すとは言っていない」


次男は静かに言った。


「ただ、今回の家族割に父さんを含めるのは、料金体系上、かなり危険だと言っている」


「料金体系上」


長男はその言葉を、異国の名前のように繰り返した。


「お前はいつもそうだ。人間を料金体系で見る」


「では兄さんは何で見るんだ」


「血だ」


「血は月額料金を払わない」


その一言で、部屋の空気が少し冷えた。


三男は、こたつ布団の端を握りしめていた。


彼はまだ若く、家族というものに対して、祈りに似た期待を持っていた。


家族とは何か。


血か。


愛か。


記憶か。


同じ食卓を囲んだ時間か。


あるいは、同一住所で確認できる三回線以上の契約か。


彼には分からなかった。


「父さんを外せば、月々いくら安くなるんだ」


長男が聞いた。


次男はすぐに答えた。


「一人あたり五百五十円」


「五百五十円」


長男は目を閉じた。


「そのために、俺たちは父を裁くのか」


「裁いているわけではない。審査している」


「同じことだ」


「違う。裁きには魂がある。審査には本人確認書類がある」


父が、そこで少し身じろぎした。


全員が父を見た。


父は咳払いをした。


「免許証なら、ある」


「期限は」


次男が聞いた。


父は黙った。


母が台所から言った。


「切れてるわよ」


長い沈黙があった。


鍋の中で豆腐が静かに揺れていた。


長男は額に手を当てた。


「父さん」


その声には、怒りよりも悲しみがあった。


「なぜ、いつもそうなんだ。なぜ俺たちが一つになろうとするたび、あなたの免許証は期限が切れているんだ」


父は何も答えなかった。


答えないことによって、父は家族の中心にいた。


次男は先月の請求書を指で叩いた。


「問題は免許証だけじゃない。父さんは先月、動画を見すぎている」


「動画くらい見るだろう」


長男が言った。


「人間には娯楽が必要だ」


「二十七ギガだ」


「何をそんなに見たんだ」


三男が小さく聞いた。


父は、しばらくしてから口を開いた。


「将棋だ」


「将棋で二十七ギガ使うな」


次男の声が震えた。


「しかも父さんはWi-Fiに繋がない。何度教えても、モバイル通信で見る。これは信仰の問題じゃない。習慣の問題だ」


「習慣を責めるのか」


長男は立ち上がった。


「人間とは、弱さを抱えた存在だ。父さんは弱い。だからこそ、家族が支えるんじゃないのか」


「支えることと、ギガを共有することは違う」


「お前には愛がない」


「兄さんには請求書を見る力がない」


三男は二人を止めようとした。


「兄さん、落ち着いて。僕たちは今、家族について話しているんだ」


「そうだ」


長男は言った。


「家族についてだ」


「違う」


次男は言った。


「トクトク家族パックの適用条件についてだ」


母が味噌汁を持ってきた。


「どっちでもいいけど、ショップ閉まるわよ」


全員が時計を見た。


午後六時二十二分。


携帯ショップは七時までだった。


人間の苦悩には、営業時間がある。


それでも、誰も立ち上がらなかった。


「そもそも」


次男は言った。


「父さんを主回線にすることが間違っている」


「父を主にしないと言うのか」


長男の顔が赤くなった。


「父は父だ。主ではないのか」


「主回線の主と、家長の主を混同するな」


「お前は神を信じないから、そういうことを言うんだ」


「ここで神を出すな。出すなら契約者本人を出せ」


三男は胸が痛んだ。


彼は兄たちを愛していた。


父も、母も、古いこたつも、家族の何もかもを愛していた。


「僕は」


三男は言った。


「僕は、この五百五十円を受け取ることができないかもしれない」


次男が顔を上げた。


「何を言っている」


「もし、この五百五十円のために、父さんを外すなら、僕はその五百五十円をお返しします」


「誰に」


「分からない」


三男はうつむいた。


受け取ってはいけない金が、この世にはあるような気がした。


長男は三男の肩に手を置いた。


「お前は正しい。人間には、料金より大切なものがある」


「でも兄さん」


次男が言った。


「兄さんは先月、家賃を母さんに借りている」


長男は手を離した。


「今それを言うのか」


「今だから言うんだ。家族割とは、つまり家族の実態を暴く制度なんだ」


部屋の隅で、父が小さく笑った。


全員が父を見た。


父は味噌汁をすすりながら言った。


「お前たちは、結局、俺が問題なんだろう」


誰も答えなかった。


「俺を責める。俺を外すと言う。俺を外せば安くなる。そういうことなんだろう」


その顔には、父性と未払いが混ざっていた。


「つまり、俺は家族の恥であり、同時に節約の余地でもある」


「父さん」


次男は静かに言った。


「父さんが抜けてくれれば、我々は月々得をするんだ」


長男が叫んだ。


「やめろ!」


その声は狭い居間に響いた。


こたつの上のリモコンが少し震えた。


母はため息をついた。


「もういいから、誰かお父さんのスマホ見て」


三男が父のスマートフォンを受け取った。


画面は指紋で曇っていた。


ケースの中には、古いレシートと診察券が挟まっていた。


三男はロックを解除しようとした。


「パスコードは?」


父は目をそらした。


「忘れた」


「指紋は」


「登録してない」


次男は深く息を吐いた。


それは、信仰を失った者の息だった。


「家族割云々の前に、父さんは自分のスマホに入れない」


誰も笑わなかった。


「契約者番号は」


次男が聞いた。


父は首をかしげた。


「端末代があと何回残っているかは」


父は、少しだけ遠くを見た。


母が黙って立ち上がった。


家の中で、父について分からないことが出てきた時、父に聞いて分かったためしがなかった。


しばらくして、母は棚から紙袋を持ってきた。


中には古い契約書、保証書、何かの控え、期限切れのクーポン、父の年金関係の封筒が入っていた。


それらをテーブルに広げた。


「これで何とかならないの」


次男は一枚ずつ確認した。


「これは固定電話」


「これは電気」


「これは墓地の管理費」


「これは父さんが三年前に申し込んで放置した健康食品」


父はまた黙った。


黙っている時の父は、だいたい何かを滞納している。


その時、廊下の奥で戸が開いた。


末の妹だった。


コートを着たまま、片手にコンビニの袋を下げていた。


「まだやってるの」


妹は靴下のまま居間に入り、テーブルの料金プランを見た。


「父さんをトクトク家族パックから外すかどうかで揉めている」


三男が説明した。


「私、もう抜けたよ」


妹は言った。


誰もすぐには意味を理解できなかった。


「抜けたって、何から」


長男が聞いた。


「この家からか」


「違う」


妹は言った。


「回線から」


その瞬間、部屋の中の空気が変わった。


父が味噌汁の椀を持ったまま止まった。


母は台所から顔を出した。


次男は


料金表から目を上げた。


長男は、まるで異国の神が現れたような顔をした。


「いつだ」


次男が聞いた。


「先月」


「なぜ言わなかった」


「聞かれなかったから」


「聞かれなかったから?」


長男は立ち上がった。


「お前は、自分がこの家族の一員であることを、聞かれなければ思い出せないのか」


「家族はやめてない。回線を変えただけ」


「同じことだ!」


長男の声が震えた。


「我々は同じ屋根の下で暮らし、同じ鍋の味噌汁を飲み、同じ父に迷惑をかけられてきた。なのにお前は、一人だけ別の会社へ行ったのか」


「だって安かったし」


妹は言った。


その言葉は、この家で長く語られてきたどんな倫理よりも実際的だった。


次男が低い声で聞いた。


「いくらもらった」


妹は少しだけ目をそらした。


「乗り換えキャンペーンで、二万円分」


長男が椅子に座り込んだ。


三男は胸の前で手を組んだ。


父は小さく口笛を吹いた。


「二万円……」


次男はそう呟いた。


その声には、怒りよりも羨望があった。


「お前は家族を捨てて、二万円を得たのか」


長男が言った。


「捨ててないって」


「では何を捨てた」


妹は少し考えた。


「古いプラン」


その言葉は、部屋の奥まで静かに届いた。


古いプラン。


それは通信会社の話であり、同時に、この家そのものの話でもあった。


父は長い間、古いプランだった。


母も、長男も、次男も、三男も、みんな古いプランの中で生きていた。


誰も最適化されていなかった。


誰も自動更新を止められなかった。


解約金が怖くて、そのままにしてきた。


妹だけが、MNP予約番号を取得していた。


「戻れ」


長男は言った。


「今ならまだ戻れる」


「いや、戻ると損する」


妹は即答した。


「家族より損得を選ぶのか」


「家族だからって、毎月高いままにする必要ある?」


誰も答えなかった。


その問いはあまりにも小さく、あまりにも正しかった。


三男は思った。


家族とは何か。


戻る場所か。


縛るものか。


それとも、乗り換えの時に引き止めてくる古い契約か。


妹はスマートフォンを取り出した。


画面には、新しい通信会社のアプリが開かれていた。


残りデータ容量が、青い円で美しく表示されていた。


彼女はもう、別の神を見ていた。


父だけが、よく分からない顔でうなずいていた。


「よくわからんが」


父は言った。


「俺の分は誰か払ってくれ」


誰も父を見なかった。


午後六時五十六分。


ショップはほとんど閉まっていた。


母が言った。


「今日はもう無理ね」


家族はしばらく黙っていた。


味噌汁は冷めていた。


豆腐は椀の底で、白く沈んでいた。




翌日、家族はショップに向かった。


父も連れて行った。


長男は、それを赦しだと思った。


三男は、それを愛のかたちだと思おうとした。


次男だけが、最初から最後まで料金表を見ていた。


結局、父はトクトク家族パックに入った。


家族だったからである。


あるいは、父の端末代がまだ二十四回残っていたからである。


翌月の請求は、思ったより高かった。


事務手数料がかかった。


外し忘れたオプションがあった。


長男はそれを、家族の代償だと言った。


次男はそれを、計算の敗北だと言った。


三男はまだうまく考えられなかった。


母はそれを、誰が払うの、と言った。


妹だけが、別の会社で二万ポイントを受け取っていた。


父は将棋の続きを見ていた。


モバイル通信だった。





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