カラマーゾフの家族割
「父さんを外すのか」
長男はそう言って、テーブルの上に置かれた料金プランを見つめた。
冬の夕方だった。
窓の外では雪ではなく、隣家の室外機から出る白い湯気が流れていた。
母は台所で味噌汁を温め直していた。
父は座椅子に座り、黙っていた。
「外すとは言っていない」
次男は静かに言った。
「ただ、今回の家族割に父さんを含めるのは、料金体系上、かなり危険だと言っている」
「料金体系上」
長男はその言葉を、異国の名前のように繰り返した。
「お前はいつもそうだ。人間を料金体系で見る」
「では兄さんは何で見るんだ」
「血だ」
「血は月額料金を払わない」
その一言で、部屋の空気が少し冷えた。
三男は、こたつ布団の端を握りしめていた。
彼はまだ若く、家族というものに対して、祈りに似た期待を持っていた。
家族とは何か。
血か。
愛か。
記憶か。
同じ食卓を囲んだ時間か。
あるいは、同一住所で確認できる三回線以上の契約か。
彼には分からなかった。
「父さんを外せば、月々いくら安くなるんだ」
長男が聞いた。
次男はすぐに答えた。
「一人あたり五百五十円」
「五百五十円」
長男は目を閉じた。
「そのために、俺たちは父を裁くのか」
「裁いているわけではない。審査している」
「同じことだ」
「違う。裁きには魂がある。審査には本人確認書類がある」
父が、そこで少し身じろぎした。
全員が父を見た。
父は咳払いをした。
「免許証なら、ある」
「期限は」
次男が聞いた。
父は黙った。
母が台所から言った。
「切れてるわよ」
長い沈黙があった。
鍋の中で豆腐が静かに揺れていた。
長男は額に手を当てた。
「父さん」
その声には、怒りよりも悲しみがあった。
「なぜ、いつもそうなんだ。なぜ俺たちが一つになろうとするたび、あなたの免許証は期限が切れているんだ」
父は何も答えなかった。
答えないことによって、父は家族の中心にいた。
次男は先月の請求書を指で叩いた。
「問題は免許証だけじゃない。父さんは先月、動画を見すぎている」
「動画くらい見るだろう」
長男が言った。
「人間には娯楽が必要だ」
「二十七ギガだ」
「何をそんなに見たんだ」
三男が小さく聞いた。
父は、しばらくしてから口を開いた。
「将棋だ」
「将棋で二十七ギガ使うな」
次男の声が震えた。
「しかも父さんはWi-Fiに繋がない。何度教えても、モバイル通信で見る。これは信仰の問題じゃない。習慣の問題だ」
「習慣を責めるのか」
長男は立ち上がった。
「人間とは、弱さを抱えた存在だ。父さんは弱い。だからこそ、家族が支えるんじゃないのか」
「支えることと、ギガを共有することは違う」
「お前には愛がない」
「兄さんには請求書を見る力がない」
三男は二人を止めようとした。
「兄さん、落ち着いて。僕たちは今、家族について話しているんだ」
「そうだ」
長男は言った。
「家族についてだ」
「違う」
次男は言った。
「トクトク家族パックの適用条件についてだ」
母が味噌汁を持ってきた。
「どっちでもいいけど、ショップ閉まるわよ」
全員が時計を見た。
午後六時二十二分。
携帯ショップは七時までだった。
人間の苦悩には、営業時間がある。
それでも、誰も立ち上がらなかった。
「そもそも」
次男は言った。
「父さんを主回線にすることが間違っている」
「父を主にしないと言うのか」
長男の顔が赤くなった。
「父は父だ。主ではないのか」
「主回線の主と、家長の主を混同するな」
「お前は神を信じないから、そういうことを言うんだ」
「ここで神を出すな。出すなら契約者本人を出せ」
三男は胸が痛んだ。
彼は兄たちを愛していた。
父も、母も、古いこたつも、家族の何もかもを愛していた。
「僕は」
三男は言った。
「僕は、この五百五十円を受け取ることができないかもしれない」
次男が顔を上げた。
「何を言っている」
「もし、この五百五十円のために、父さんを外すなら、僕はその五百五十円をお返しします」
「誰に」
「分からない」
三男はうつむいた。
受け取ってはいけない金が、この世にはあるような気がした。
長男は三男の肩に手を置いた。
「お前は正しい。人間には、料金より大切なものがある」
「でも兄さん」
次男が言った。
「兄さんは先月、家賃を母さんに借りている」
長男は手を離した。
「今それを言うのか」
「今だから言うんだ。家族割とは、つまり家族の実態を暴く制度なんだ」
部屋の隅で、父が小さく笑った。
全員が父を見た。
父は味噌汁をすすりながら言った。
「お前たちは、結局、俺が問題なんだろう」
誰も答えなかった。
「俺を責める。俺を外すと言う。俺を外せば安くなる。そういうことなんだろう」
その顔には、父性と未払いが混ざっていた。
「つまり、俺は家族の恥であり、同時に節約の余地でもある」
「父さん」
次男は静かに言った。
「父さんが抜けてくれれば、我々は月々得をするんだ」
長男が叫んだ。
「やめろ!」
その声は狭い居間に響いた。
こたつの上のリモコンが少し震えた。
母はため息をついた。
「もういいから、誰かお父さんのスマホ見て」
三男が父のスマートフォンを受け取った。
画面は指紋で曇っていた。
ケースの中には、古いレシートと診察券が挟まっていた。
三男はロックを解除しようとした。
「パスコードは?」
父は目をそらした。
「忘れた」
「指紋は」
「登録してない」
次男は深く息を吐いた。
それは、信仰を失った者の息だった。
「家族割云々の前に、父さんは自分のスマホに入れない」
誰も笑わなかった。
「契約者番号は」
次男が聞いた。
父は首をかしげた。
「端末代があと何回残っているかは」
父は、少しだけ遠くを見た。
母が黙って立ち上がった。
家の中で、父について分からないことが出てきた時、父に聞いて分かったためしがなかった。
しばらくして、母は棚から紙袋を持ってきた。
中には古い契約書、保証書、何かの控え、期限切れのクーポン、父の年金関係の封筒が入っていた。
それらをテーブルに広げた。
「これで何とかならないの」
次男は一枚ずつ確認した。
「これは固定電話」
「これは電気」
「これは墓地の管理費」
「これは父さんが三年前に申し込んで放置した健康食品」
父はまた黙った。
黙っている時の父は、だいたい何かを滞納している。
その時、廊下の奥で戸が開いた。
末の妹だった。
コートを着たまま、片手にコンビニの袋を下げていた。
「まだやってるの」
妹は靴下のまま居間に入り、テーブルの料金プランを見た。
「父さんをトクトク家族パックから外すかどうかで揉めている」
三男が説明した。
「私、もう抜けたよ」
妹は言った。
誰もすぐには意味を理解できなかった。
「抜けたって、何から」
長男が聞いた。
「この家からか」
「違う」
妹は言った。
「回線から」
その瞬間、部屋の中の空気が変わった。
父が味噌汁の椀を持ったまま止まった。
母は台所から顔を出した。
次男は
料金表から目を上げた。
長男は、まるで異国の神が現れたような顔をした。
「いつだ」
次男が聞いた。
「先月」
「なぜ言わなかった」
「聞かれなかったから」
「聞かれなかったから?」
長男は立ち上がった。
「お前は、自分がこの家族の一員であることを、聞かれなければ思い出せないのか」
「家族はやめてない。回線を変えただけ」
「同じことだ!」
長男の声が震えた。
「我々は同じ屋根の下で暮らし、同じ鍋の味噌汁を飲み、同じ父に迷惑をかけられてきた。なのにお前は、一人だけ別の会社へ行ったのか」
「だって安かったし」
妹は言った。
その言葉は、この家で長く語られてきたどんな倫理よりも実際的だった。
次男が低い声で聞いた。
「いくらもらった」
妹は少しだけ目をそらした。
「乗り換えキャンペーンで、二万円分」
長男が椅子に座り込んだ。
三男は胸の前で手を組んだ。
父は小さく口笛を吹いた。
「二万円……」
次男はそう呟いた。
その声には、怒りよりも羨望があった。
「お前は家族を捨てて、二万円を得たのか」
長男が言った。
「捨ててないって」
「では何を捨てた」
妹は少し考えた。
「古いプラン」
その言葉は、部屋の奥まで静かに届いた。
古いプラン。
それは通信会社の話であり、同時に、この家そのものの話でもあった。
父は長い間、古いプランだった。
母も、長男も、次男も、三男も、みんな古いプランの中で生きていた。
誰も最適化されていなかった。
誰も自動更新を止められなかった。
解約金が怖くて、そのままにしてきた。
妹だけが、MNP予約番号を取得していた。
「戻れ」
長男は言った。
「今ならまだ戻れる」
「いや、戻ると損する」
妹は即答した。
「家族より損得を選ぶのか」
「家族だからって、毎月高いままにする必要ある?」
誰も答えなかった。
その問いはあまりにも小さく、あまりにも正しかった。
三男は思った。
家族とは何か。
戻る場所か。
縛るものか。
それとも、乗り換えの時に引き止めてくる古い契約か。
妹はスマートフォンを取り出した。
画面には、新しい通信会社のアプリが開かれていた。
残りデータ容量が、青い円で美しく表示されていた。
彼女はもう、別の神を見ていた。
父だけが、よく分からない顔でうなずいていた。
「よくわからんが」
父は言った。
「俺の分は誰か払ってくれ」
誰も父を見なかった。
午後六時五十六分。
ショップはほとんど閉まっていた。
母が言った。
「今日はもう無理ね」
家族はしばらく黙っていた。
味噌汁は冷めていた。
豆腐は椀の底で、白く沈んでいた。
翌日、家族はショップに向かった。
父も連れて行った。
長男は、それを赦しだと思った。
三男は、それを愛のかたちだと思おうとした。
次男だけが、最初から最後まで料金表を見ていた。
結局、父はトクトク家族パックに入った。
家族だったからである。
あるいは、父の端末代がまだ二十四回残っていたからである。
翌月の請求は、思ったより高かった。
事務手数料がかかった。
外し忘れたオプションがあった。
長男はそれを、家族の代償だと言った。
次男はそれを、計算の敗北だと言った。
三男はまだうまく考えられなかった。
母はそれを、誰が払うの、と言った。
妹だけが、別の会社で二万ポイントを受け取っていた。
父は将棋の続きを見ていた。
モバイル通信だった。




