第3話 現実は辛い
結月達は部屋を移動してから災難な目に遭ってばかりだった。
たとえば、軽いブービートラップに引っかかったり、機関銃で蜂の巣にされそうになったり。
結月達というよりも、先頭を歩いていた結月だけだが。
「なんで私だけこんな目に・・・」
まったくもってその通りである。
「先頭を歩いてたのが悪いだろ」
まったくもってその通りである。
結月はぐぬぬと呟き、その後黙って端白の後ろに立った。
「待て、私を盾にする気か?」
「おう」
「HAHAHA!それはいいアイデアだ。逆にお前がご遺体のうちの一人になってるかもしれないがな!」
「その前に端白を投げ飛ばしてるから別にいい」
「よかねぇが?」
「二人とも静かに」
目の前にある扉をゆっくりと開く。先ほどまでの反省を生かし、少し開けた後に閃光手榴弾のピンを抜き、投げる。
即座に扉を閉めると、扉の隙間から光が漏れ、数秒、自身の周りから音が消えた。
端白は結月の肩から身を乗り出して叫ぶ。
「やったか!?」
「バリバリフラグ立てるじゃん」
再び扉を開くと、老若男女問わず様々な人間がいた。過半数が耳を塞いで蹲り、その他は気絶している。 彼らはとても弱っている様に見えた。
「本当にやっちゃったよ」
「やったぜ」
ダウンした人々に次々と手錠を掛け、最初に訪れた部屋に連れて行こうとしたとき。
ガチャリと、大きな音が響く。
それは機関銃のハンドルを引く音。
結月が視界を向けると、スキンヘッドで目の焦点が合っていない男が機関銃を腰に構えていた。
「隠れて!」
唖然とした端白を庇い、共にコンクリート片の山に隠れる。背中に一発銃弾を受けてしまったが、問題はない。
「何があった!?」
「静かに。気づかれる」
その直後、男の叫び声と共に電動ノコギリの様な音が聞こえる。
もちろん、その様な物ではない。MG42汎用機関銃の銃声である。
「仕方ない!」
熱された銃身を交換する隙を見計らって携帯電話を取り出し、電話アプリを開く。
「もしもし!」
『あ、しもしもお嬢様?どうしました』
「天音、今空いてる?」
『あー。ひまっちゃ暇ですね。今新里駅の近くですけど』
「新里!?何でそんなとこいんの!?」
結月の言葉をかき消す様に、再び銃声が鳴り響く。
『あんだって?』
「だから、何でそんなとこいんの!?」
『あ、聞こえる。ちょっと旦那様に呼ばれてまして』
「クソ親父!いいや。ちょっと赤阪まで来てくれる?」
『え、今千寿じゃないんですか?』
「今・・・赤坂の都市部から離れたところにいる」
『どうしてそんな場所に・・・』
「依頼よ依頼」
『待っててください。今行きますね』
結月の影が伸びる。
「わかった。ありが——」
「お待たせいたしました」
「とうくらい言わせろよなぁ」
「・・・いつ見ても慣れないわね。それ」
電話を切る前に、天音はM4カービンを持って現れた。そしていつの間にかメイド服に着替えている。これは天音の趣味だ。
「というか危ないからしゃがめ!」
「え?うわっ?うおぉぉおあぁ!?」
再び銃身交換とリロードが終わり、MG42が三度火を吹く。
端白が嘆く。
「クソッいつまで続ける気だ!?」
廊下から足音が聞こえてくる。
「増員が来てる。それまでじゃないかな」
端白は右手で手鏡を覗く。
男はやはり焦点が合っておらず、右目が左上を向き、左目が右下を向いていた。
端白は鏡を上に軽く投げる。そしてその鏡面を、自身の魔導具に魔力を流し、撃ち抜く。
底面が八角形の箱から白色の光線は上空で回転する鏡に反射し、男の眉間を貫く。同時に、白いローブを着た魔術師と、粗末な装備をつけたゲリラの様な者たちが次々に現れる。
「相手は大規模な魔術を起こす気よ。他の兵士はその時間稼ぎでしょうね」
「天音。パッて終わらせるよ」
結月は握り拳を天音に翳す。
「援護は任せた」
天音は小さな溜息を一つ零すと、結月の拳に自身の拳をぶつけた。
「承知いたしました」
天音はフォアグリップを握り、ホロサイトを覗いて照準を合わせる。
天音は身を乗り出して数発、単発射撃でゲリラの頭頂部を次々に撃ち抜いて行く。
京季は担いでいたG3アサルトライフルを構え、瓦礫の山に二脚を立ててフルオート射撃で連射した。
「お嬢様。どうぞ」
「返り血の処理はしてね」
天音に軽く背中を叩かれた結月は、姿勢を低くしたまま飛び出して、天音の影から散弾銃を取り出す。そして、ローブを着た男の腹部に銃口を向け、約1mの距離から、12ゲージの散弾を一発。小さな鉛玉の集団が、男の肝臓を、胃袋を、肺を、そして心臓を破壊する。フォアエンドを引き、倒れた男の頭部に向けて、もう一発。
そして、銃声も弾幕も止んだ。
「思ったよりも簡単だったな」
「そう思えるのはいい事だね」
「何だ皮肉か?」
軽口をつつきながら、結月達は廃ビルを出る。そして、後ろから大量のサイレンの音が響いていた。
結月は思い出した。
そういえば、ビルの中に麻薬なんてなかったことを。
「警部殿。お疲れ様です」
「「「「お疲れ様です」」」」
「ご苦労様」
「この者たちが?」
「ええ。お願い」
「わかりました」
手錠をかけられた人々が連行されていく。
「・・・そういえば、覚醒剤があるって聞いたけれど、一回も見なかったわね」
結果的に、今回の件で逮捕した者たちから覚醒剤の成分は検知したが、覚醒剤自体は押収できなかった。
今回抑えることができなかった薬物は、また別の場所でばら撒かれるだろう。
「というかあの子、重要参考人であろう男を目の前で射殺した、わよね?」
そして結月はまた一つ株を落とすこととなった。
結月ちゃんの3分クッキングー。(拍手)
まず小さめのグラスにミントを10枚ほど入れて、めん棒など棒状のもので適度にすりつぶします。潰しすぎると苦味が増すのでご注意を。この時棒でグラスを割らない様に気をつけましょう。
「何で薬物なんかに負けちまうんだろうな・・・」
(ガラスにヒビが入る音)
ほら、いわんこっちゃない。
「麻薬には依存性があるって何度も言われてますけど、どんな物なのか実際わかんないですよね」
半分に切ったライムを先ほどのミントの上に絞っていきます。
せーのっ。
「でも、どんなに中毒性があっても、負けたのは・・・あいつらの心だ」
パワーッ!
あら失礼、あまりの力の強さに果肉が弾け飛んでしまいましたわ。ライムをまた一緒に潰さないといけないんですよねー。全員戻れ、作り直しだ。これは私が後ほどおいしく頂きますね。
一旦落ち着きましょう。料理は冷静に。枸城たるもの常に優雅たれ。
「わからん。なんで身も心も傷付けてまで何かに依存しちまうんだ・・・」
「やぁってらんねぇッ!!」
結月はその小さい手のひらで台所を叩く。
「なんてったってみんないきなりそんなしんみりしてんのさ!端白とか報酬もらった時うっきうきだったじゃん!」
再びライムを入れたミントの塊をすりつぶしながら結月は叫ぶ。
「けどよぉ・・・その後見ちまったんだよ。檻の中で、薬を求めてもがき苦しんでる人達を。あんときゃ正直怖かったし、今でも怖い。それに私、驚いてんだ。麻薬を吸ってる人なんてホントにいるんだな」
「そりゃあねぇ。もしかしたら私たちも売り捌く側になってたかもね」
「そんな!」
「というか、それだったら文豪たちを見てみろ。ヤク中ばっかだぞ?」
「確かに、夏日の言うとおり、昔の人達は戦争に行くために覚醒剤をとっていたらしいよ」
「イカれてやがる」
「当時は合法だった。そういう世の中だったんだ」
グラスに先ほど作り直したシロップとサイダーを注ぐ。
「けどねえ皆々様。今私たちが摂っている薬も、千年経てば毒になっているかもしれませんよ?精神安定剤も風邪薬も、音楽や文学、果てには思考までもね」
「煙草もそうだよな」
「あとは酒!」
「私たちまだ飲めないけどね」
「砂糖とコーヒーもですかね」
「かもねぇ」
「やめるつもりは?」
「あるとお思いで?」
「だろうと思った」
「人ってぇのはなんにでも酔っちまうのさ。でも何かに依存しないと生きていけない。生きづらい世の中だねぇ」
「人ってそんなに弱いかな」
「日本のバンドも歌ってたでしょ?現実は辛い、暗い、時に苦しいって」
「お前はゴミだ」
「「お前もゴミだ」」
「お前らなら言うと思った」
「はっはっは。まあ飲みましょ?」
そう言いながら結月はグラスを掲げる。緑色のグラデーションの入った液体は子供向けのモヒートだ。
弱い光に当てられ、氷と硝子が微かに、されど確かな存在感を醸し出しながら輝く。
音頭を任されたのは結月。場を盛り上げるのも、お通夜にするのも、全ては彼女の匙加減。
「我々はいずれ死ぬ。死んでこの太平を得る!太平は死ななければ得られぬ!南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「漱石の言葉だろそれ。砂糖に溺れて死ぬ気か?縁起でもねぇ」
「やめてくださいよそんなこと。糖尿病でいなくなるなんて御免ですからね?」
「けど結月ならやりかねないのがなあ」
「ハハッ。すべての酩酊に乾杯!」
店内には、杯をぶつけ合う乾いた音だけが響いた。




