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第一話 喫茶店マヨイガの日常

 雨が降っていた。

 強い雨だった。

 側溝には微妙に抜けきらなかった水が少し溜まっていた。アスファルトも雨に濡れて、地面に蹲うずくまる足は冷たいことこの上ない。

 雨が降っていた。

 依然強い雨だ。

 後ろの屋根に打ち付ける雨粒は誰かの怒号に聞こえる。空から降ってくる多量の水も、この下にいる限り機関銃の弾幕のようだ。

 雨が降っていた。

 段々と体温が下がって、体も小刻みに震えてきた。手先の感覚もほとんど死んでいる。だが勢いは衰えることを知らず、今日の内はまだ止みそうにない。

「大丈夫・・・ですか?」

 雨が止んだ。

 正確にはまだ降っていた。

 自分の頭頂部から肩を叩いていた雨粒は固めの布地に吸われていく。見上げてみれば誰かが自分に傘をさしていた。

 これが私と彼の出会いにして、枸城結月(くじょうゆづき)という一人の少女の人生の始まりだった。


 この世界には超能力や魔法といったものが存在する。

 例えば何処かに瞬間移動したり、どでかい火の玉を飛ばしたり、ベルトに指輪をかざすだけで変な音声を発しながら指輪の魔法使いに変身できたり、使い魔というにはオーバースペックな奴を召喚して万能の願望機を掛けて戦ったり・・・

 とにかく、この世界にはそちらの世界にはあり得ないものが結構・・・いや随分・・・多々存在する。

 何を言っているんだって?私もわかんない。

————クコノキ日記516より引用。


「文学ってのは、とても危険なものだと思う」

 ランタンが揺れる。

 カウンターに置かれたサイフォンは黒い水滴を流していく。

 底面に丸みを帯びた白いカップには一杯のブラックコーヒーが注がれ、置かれた受け皿の隣には狐色の焦げ目がついたチーズケーキが鎮座している。

「本好きとは思えない言葉だな」

「そうだね。けど、これは事実かもしれないよ。文章にはその人の思想や癖がでる」

「癖って、癖くせのこと?それとも癖へきのこと?」

「どちらととっても別にかまわない。けど、危険なのは前者のほう」

 白子症アルビノの少女は皿についた水滴を布巾で拭いとる。

 向かい合ってカウンターに座っている金髪の少女はチーズケーキをフォークでつつきながら彼女の話を聞いている。

「自分の思いをいとも容易く表現し、世の中に発信できてしまう。どんな過激な思想でも、だ」

「けど、出版するなら出版社に申し出なきゃならんよ?」

「同人っていう手は?」

「ああ。忘れてた」

「忘れんなよ」

「けどあれも金かかるだろ?」

「書籍っていうのは結構侮れないものだよ。時に人の救いになって、時に人を傷つけ、時に凶器にもなる。そして、国家を揺るがす扇動家にもね」

「そんな影響あるか?」

「なければ禁書なんて言葉ないでしょ」

「確かに。ちなみに、凶器っていうのはどういう意味?」

「そのままだよ。読んだときに、その人の首を絞める縄にもなるかもしれないし、時には殺人の道具になる」

「まだわからん」

「ほら、広辞苑の角でガンっと」

「まんまってそういう!?」

「せやね。いいかい端白(はしろ)!これがダブルミーニングってぇやつだ!」

「なんか安心した」

「え、何が?」

「いや、結月なら必ずそんな物騒な思考回路になるよなぁって」

「心外だなぁ。ヤクザなんてみんなそうでしょ」

「それもそうか」

「「HAHAHA!」」

 少しの静寂。

 二人の話し声はさほど大きくないが、ただでさえ静かな店内ではとても響いていた。

 客が居ないと言われればそうだが。

「そういえば、端白は仕事どうよ」

「そこそこだな。魔導店の売り上げは」

「どれぐらい?」

「えっとなあー。バットコインの相場くらい?」

「あ、だめだめだね」

「そういう結月こそどうなんだ」

 自分から向けていたはずの話題をいきなり返された結月は、拭いていたグラスを食器棚に戻し、参ったように両手を挙げる。

「そりゃもうぜんっぜん。依頼も来ないし?原稿も書けないし?店に人は来るけど、みんな頼むのはブラックだけだし?もう散々よ」

「一旦短期バイトでも応募してみたらどうだ?」

「それもありだね。最近もう稼げる気しないわぁ」

「前聞いた気がするけど、なんでそんな金に急いでるんだっけ?」

「たぶん言ってないと思う。まあ借金よ借金。成人する前に返すって決めたんだ」

「借金!?そりゃまたいくら?」

「大体・・・600万?」

 この国の成人年齢は16歳、今の結月は12歳。つまり後4年、一年で約150万稼がなければならない。

「なんで教えてくれなかったんだよ!?」

「だって聞かれてませんもの。聞かれてないのに喋るものでもないし」

「・・・そんな額、何に使ったんだ?」

「手術。ちょっと妹の心臓が悪くてね。症状も特殊だったから」

「妹居たんだ?」

「いまさら?まあ、もうだいぶ前の話だけどね」

「前?どこ行っちまったんだよ?」

「さあ?クソ・・・いや、くみちょーさんに聞いてみればわかるんじゃないの」

 食器棚にカップを戻す。

「さ、端白ははやく学校いかないと」

「嫌だ」

 二人は普通なら学校に行かなければならない年齢だが、結月にはちゃんとした戸籍がないため学校へ通うことができない。端白はただ単に不登校なだけだが。

「そりゃまたなんで。将来いい仕事つけないよ?」

「私には今の仕事があるからいいんだぜ。将来とか考えさせないでくれ」

「さいで。けどそろそろ行ったほうがいいんじゃないの?」

「るっせ」

 チャリンと、鈴の音とともにゆっくりと扉が開く。

 扉の先から出てきたのは赤い髪をした少年。

「いらっしゃいませー・・・と、なんだ夏日(なつひ)か」

「なんだ。入ってきちゃ悪かったか?」

「いや、ちょうど暇してたところ」

「なんだー?私じゃ不満だってのかぁ?」

 端白は結月にガンを飛ばす。

 結月は異様に近い端白の顔を平手で押しのける。

「にしても早いね。どしたの」

「来月のシフト入れ忘れてて」

「なるほど」

「やーい。ドジしてやーんの」

 端白の顔面に夏日の握りこぶしがめり込む。顔が思い切り凹んだ彼女は顔を抑えて地面を転げまわった。

「全く。うちの常連は随分元気だな」

「あはは・・・私としては勝手に冷蔵庫漁らないで欲しいところだけどね」

 いつ、友人たちとの関係が崩れるかわからない。ただ自分が隠し通せばいいだけだが、今の結月には、いずれ訪れるであろう孤独が何より怖かった。

 世界には様々な出来事が起きる。その規模は些細な喧嘩から国家間の大戦争まで多岐にわたる。和解して大団円で終わるかもしれない。大勢の人が亡くなるかもしれない。

 ただ、それでも世界は回っている。どんなことが起きようと、止まることはないのだ。

 皇歴516年。

 理論上徒歩五分で行ける異世界にあると言われる国「日本国」に地形も文化も言語もちょっと、いやかなり酷似した国、大和皇国。神が統治し、人と妖怪が住まうこの国で、今日も彼らは争いを続ける。金のため、家族のため、あるいは自分の正義を押し付けるため。

 旧皇都、幻燈げんとう区。いつしか反社会勢力が蔓延り、無法地帯と化したこの町で、暴力団と関係のある以外は唯一ホワイトといえるかもしれない店がある。

 現場グロテスク、やってることは3割犯罪、社会保障はそこそこ。看板商品はエスプレッソと人殺し。東鉄千寿駅から徒歩5分、松浦ビル地下1階にある喫茶店マヨイガ。そこには、度々奇妙で物騒な依頼がやってくる。扉を開けば、今日も行き場をなくした者たちが働いてることだろう。

 これは、一人の少女が腐敗したこの社会に大きな革命(かぜ)を起こす物語。

「あれ、私のプリンないんだけど」

「・・・ワタシハナニモシラナイ」

「端白?」

「シラナイッテバー」

「食べた?食べたの!?ねえ答えてよ!」

 そして、ある少年少女の青春の一幕である。

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