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幸せの黄色いホットケーキ

「なんだ、この黄色いのは!」

 ウエイトレスがテーブルに置いた皿の上のホットケーキを見るなり、ニナロウ(仮名)が喚く。困惑顔のウエイトレスに向こうへ行くよう促してから、自称グルメのヤクザに俺は言った。

「注文したの、お前だろ。早く食え」

「こんなもんホットケーキじゃない。いいか、本物のホットケーキってのは――」

 ニナロウの講釈が始まったが俺は知らん顔をしていた。警護の間中ずっと聞かされる、こいつのグルメ談義に、ほとほと嫌気が差していたのだ。

 俺の代わりに相棒の小説家が奴の話に耳を傾けた。小説を書くのが趣味なので、そんな綽名で読んでいる。刑事のくせに料理を題材にした話ばかりネットに投稿している変わり者は、ニナロウのホットケーキ理論を警察手帳にメモしていた。バカなのか、お前も。

「裁判が始まる。そろそろ行こう」

 俺は二人に言った。文句を言いつつホットケーキを食べ終えたニナロウを連れて覆面パトカーに乗る。

「別れた女房が経営するホットケーキ屋の前を通ってから裁判所へ行ってくれ」

 ニナロウが声を掛けたのはハンドルを握る小説家だったが、俺は答えた。

「駄目だ」

「頼む、ムショに入ったら、もう見られないんだ」

「お前、命を狙われているの、わかってんの?」

 俺は呆れ顔で尋ねた。ニナロウは死刑を無期懲役に減刑してもらうため司法当局と取引し、仲間たちの犯罪を供述することになっていた。他のヤクザたちが裏切り者の命を狙うのは当然で、こうして俺たちが警備に当たっているのだ。

 だが御大は強情だった。店の前を通るだけでいい、そうでなければ供述しないとまで言い出す始末だ。小説家が見かねて言った。

「裁判所へ行く道の途中にある店だから、いいんじゃないかな」

 俺は妥協した。

「速度を落とさないのが条件だ」

 その店は繁盛していた。駐車場に入れない車で店の前の通りは渋滞している。それを見てニナロウは上機嫌だ。

「あいつのホットケーキは旨いからな」

 そのとき怪しい男がノロノロ運転を余儀なくされる俺たちの車に走り寄ってきた。その手には拳銃が握られている。俺は小説家に急発進を命じた。だが男が銃を撃つ方が早い。ガラスが割れ銃弾がニナロウの頬をかすめたが俺たちは逃げ切った。

 小説家とニナロウはホットケーキを食べると幸せになると言い出した。俺も食えと勧める。ほっとけ。俺は無言で煙草を吹かした。

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