悪役令嬢、家を得る3
学校から歩いて5分。静花とコーデリアが連れてこられたのは古い洋館だった。
鉄柵の門に、みっしりと蔦が這う煉瓦積みの塀。ヴィクトリアン調の尖塔と急勾配の屋根が特徴的なその建物は、おどろおどろしい空気をまとっていた。小学生なら近所にこんな建物があれば、確実にお化け屋敷と噂して探検していただろう。
一法は迷い無く薄暗い敷地内に踏み込み、チャイムを鳴らすと同時に玄関の扉を開けた。「おい、千絃ー、生きてるかー」
と中に向かって声を掛ける。チャイムの意味が無い。
入ったところは吹き抜けの玄関ホールで、一法の声が反響した。
突然の来訪者に驚いたかのようにかさこそと小さな蜘蛛が三人のすぐ側を走り抜ける。なんとなく埃っぽい。天窓から入る光が照らし出す、モザイクに組み合わされたタイルは明らかに手の込んだものなのに、まったく手入れが行き届いていない。ここに誰かが住んでいるなんて静花には信じられなかった。
しばらくしてぎしぎし、と音を立てながら一人、2階から降りてきた。
「いきなり押しかけてきて、そんな大声やめてよ。うるさい……」
現れたのは真っ黒なローブをかぶった人物だった。『白雪姫』の継母が老婆に化けたときに着ていたようなあれだ。フードを目深に被って全貌がうかがい知れないが、声からかろうじて女性とわかる。
「先にメールはしておいただろ。誰のおかげで悠々自適な生活ができていると思ってるんだ」
眉をしかめる一法にかまわず、彼女はふらふらとコーデリアに寄ってきた。
「で、こいつ?へえ、すごい。どこで見つけたの」
ローブの裾を引きずりながらコーデリアの周りをぐるぐる回り、あらゆる角度から観察する。フードの下の目がらんらんと輝いている。
「おい、客が来たんだからまずは居間に通してお茶を出せ。頼むからそれくらいの常識は身につけろ」
「ほうほう。人間の肌と髪を再現している。人格があるし、鼓動もある。模造生命の成功例って可能性が高いわね。こんな代物をこの目で見ることができるなんて。どういう術式を書いたのか身体に直接……」
一法の苦言はどこ吹く風。コーデリアの髪を一本一本あらため、全身をわさわさとまさぐり、ついにはスカートまでめくり始めたところで、
「ぎゃ――――っ」
コーデリアは無言で日傘を千絃の脳天に突き立てた。
「何ですか、この不愉快な生き物は」
眉間に皺を寄せ、一法に尋ねる。
「……すまん。そいつが魔術師、岩水千絃。俺のいとこだ」
這いつくばっていた千絃が床から身を起こす。その拍子にフードが落ちると、長く伸ばしっぱなしの前髪の間から三白眼がのぞいた。顔は血色が悪く、目には隈ができている。不摂生な生活をしているらしいことが如実にわかる。
「この人が岩水くんちの魔術師さん……!」
「そうだ。見ての通り、愛想無し、常識無し、対人能力無し。実家が太くなければ人生詰んでたタイプの人間だ」
「ちょっと待って、心が痛い……」
容赦ない一法の言葉に、静花は胸を押さえた。自分も同タイプに片脚を突っ込んでいるという気がしているので、無駄にダメージを受けてしまう。
「別に井本のことは言ってないんだが」
一法は静花の反応に首を傾げつつ、先を続ける。
「だがそんな奴でも魔術師としては一流だ。こいつはこの屋敷に一人で住んでいて、金にも困っていない。そこでだ」
未だ床に座り込んだままの千絃を見る。
「千絃、言っていた通り魔術師のお前にとって格好の研究材料を連れてきた。好きに扱え」
「ちょっ……岩水くん!?」
静花がぎょっとする。
一法は今度はコーデリアの方を向いて、
「コーデリア、この家にはまだ空いている部屋がごまんとある。あと常駐している自宅警備員がいる。好きに使え」
と言った。
静花は「ええええ」と頭を抱えた。
「なるほど、そういうことね」
ぐえっへっへっへと不気味な笑いを漏らしながら、千絃が立ち上がる。背後にゆらりと何か黒いオーラが漂っている気がする。
「面白くなってきましたわね」
コーデリアもふっふっふっふと笑いながら、軽く足を開き、日傘を持つ手をぶらりと垂れ下がらせた。はた目にはリラックスした姿勢に見えるが、あれは間違いない、いつでも相手に襲いかかることのできる構えだ!
「そうだ。勝った方が欲しいものを手に入れられるということだ。用意は良いな?じゃあ――――、はじめ!」
一法のかけ声と共に、悪役令嬢と暗黒魔術師は跳躍した。




