優人、悪役令嬢と語らう1
日多木優人は岩光学園2年生。生徒会長をしている。
入学してからこちら試験の成績は学年の総合1位を譲ったことがなく、運動神経も学年の上位50人には入るレベル。身長170センチ強のすらりとした体型で、飾り気のない爽やかな美少年。
そのため女子人気も高いが、普通に男子生徒からの人望もある。岩光学園に対する世間からの評判に、大いに寄与しているのが優人なのだった。
だが本人はというと、そんな周囲からの賞賛にはあまりぴんときていなかった。
「おはよう」
「おう、おはよう、日多木。今日も朝早いな」
「体育祭が近いから、さすがにいろいろ切羽詰まっててね」
彼が校内を歩いていると誰もが振り返る。今日も生徒会室から教室に向かう道すがら、クラスメイトからもそうでない生徒からも、あちこちから挨拶を受けた。その一つ一つににこやかに、丁寧に挨拶を返し、優人は教室に入った。
「あっ、日多木くんだ。おはよー」
「おはよう」
頬を上気させた女子グループが賑やかに声をかけてくる。これにも微笑みを返しつつ、自席にカバンを置いた。
そのとき、背の高いボブカットの女子生徒が彼の前を通り過ぎた。
「あっ……、おはよう」
優人が声をかけると彼女はこちらをちらりと見た。だがすぐにあからさまに顔を背けてさっさと教室を出ていってしまった。
その様子を見て、優人は誰にも気づかれないほど小さくため息を吐いた。
授業まではまだ時間がある。それまで放課後の会議の準備をしなければ、と資料をカバンから取り出した。そのとき、
「はよー、優人」
と眠そうな声。
「おはよう、友晴」
友人で、生徒会書記の基山友晴が大きなあくびしながら教室に入ってきた。
「昨日はお疲れさま。大変だっただろ、全クラスの応援準備の中間報告は」
友晴には応援準備の統括を任せていた。
岩光学園の体育祭は全クラス対抗だ。競争種目には100メートル走や棒倒しなどの一般的な運動種目に加え、応援合戦も含まれる。
応援はマスコットとパフォーマンスの2項目だ。前者は各クラスの応援席に飾る巨大パネルで、鳳凰やら虎やら、勇ましそうなものをクラスの象徴として描く。一方で後者は声出しや振り付け、衣装などでクラスのチームワークをアピールする。
体育祭は生徒の家族だけでなく学園の名だたるOB、OGも来賓として観戦に来るので、全クラスがそれなりにクオリティの高い見世物を提供する必要があった。そのために生徒会が中間報告として、それぞれの進捗を確認し、指導や助言をするのだ。
「おうよ。おかげで帰りが20時過ぎだ。とはいえ静花ちゃんが一緒だったからな。なんだかんだ当日中に講評を全部返すことができたよ」
「静花さんも真面目だからね」
今回は静花は友晴の補助についていた。友晴が前でクラス役員らに指示を飛ばすかたわら、彼女は講評者らの意見をメモに取り、資料にまとめていた。
静花は先頭に立って声を上げたりするのは不得意だが、よく気が回るしとにかく仕事が丁寧なのでフォローにはもってこいなのだった。それにいつも一生懸命なので、一緒に仕事をする面々からも印象が良い。静花を生徒会に引き入れたのは成り行きによるものだったが、良い選択だった。
優人は内心で珍しく自賛した。
そんな優人の心を知ってか知らずか、友晴がにやにや笑いながら言う。
「まあ、今日はお前の方が大変だろ。なんせあのお嬢様の面倒見ないといけないんだから」
友晴の言うとおり、今日の放課後は「運動部・文化部混合総合障害物競走」という体育祭の中でも花形種目の一つに関する会議に、コーデリアと共に出席することになっていた。
もともとは小蝶が一緒の予定だったのだが、来賓の対応について急遽変更点が出てそちらに対応してもらうことになった。それで代わりに手を上げたのがコーデリアなのだった。
小蝶はコーデリアの代理出席には否定的だったが、優人はこれを受け容れた。
細かいことに気がつきびしばし指摘してくれる小蝶がいないのは手痛いが、優人一人でも何とかなる。それにコーデリアには良い経験になるだろう。
それでもやっぱり小蝶は納得いってないらしく、
――――いいですか、会長!もしコーデリアが会議をぶち壊すことがあったら、迷わず私を呼んでください。こちらの打ち合わせを抜け出してでも、あの女をぶちのめしに行きます。来賓の一人や二人の対応に手抜かりがあったとしても問題ありませんが、会長が心労を抱えるようなことがあれば、学園の……いや人類の損失です。だから無理せず私を呼んでください。私があの女の好きにはさせませんからっ。
と、友晴に引きずられて帰る直前まで言葉を尽くして優人の心配をしてくれていた。
涙まで浮かべていたのは心配しすぎているような気もするが、彼女も体育祭前の追い込みで疲れているのだろう。
優人はそう結論づけた。




