悪役令嬢、自転車で爆走する6
「あんた、廊下を走るんじゃないわよっ」
「走っていません、速歩きです」
「その速度はもう走っているのとほぼ同義でしょ」
「私に追いついているあなただって変わらないでしょう。それにあなた、私を出し抜く気満々じゃないですか」
「当然よ。あんたみたいなのを来賓に会わせられるわけないじゃない。生徒の質を疑われるでしょ」
「まあ、失礼な。学園内で私ほど高貴な者もおりませんのに」
コーデリアと小蝶は並んで言い争いながら、廊下を凄まじい勢いで進んでいく。すれ違う生徒はあっけにとられて二人を見送った。
「ちょっ、待って、二人とも……」
彼女らが生徒玄関に到達し、靴を取り出そうとしているところで、ようやく静花は二人に追いついた。静花がぜいぜい息を切らしているのにも関わらず、二人は涼しい顔をしている。
「あら、シズカ。生徒会室で待っていてくれてかまいませんのよ」
「そうよ。これは私とこいつの戦いなんだから」
「いや、そもそもコーデリアも小蝶さんも場所わかってないでしょ……?」
言いながら、静花が招待状のハガキを掲げて見せた。
コーデリアの方が、
「言われてみればそうでした」
と手を叩いたのに対し、小蝶の方は、
「……っ。貸しなさい」
と顔を真っ赤にさせて静花からハガキを奪い取った。どうやら自分がハガキを持っていくと言いながら、肝心のそれを忘れていったことが死ぬほど恥ずかしかったらしい。いつにも増してきつい態度である。
「ちょっと一人だけで見ないで。私にも見せなさい」
宛先の住所を確認する小蝶の横からコーデリアと静花が彼女の手元を覗き込む。
「浜道というと学校の隣町だね」
「ということは本当に近いのですね」
「うん。歩いて15分くらいじゃないかな」
彼女らがそんなことを言っている間に、小蝶は靴を履き、ハガキを持って生徒玄関を出てすぐの所にある駐輪場へと向かった。
「じゃあ、お先」
彼女はそう言って自転車のスタンドを上げると、あっという間に走り去った。
「え……っ」
目を白黒させる静花と、
「何ですか、その乗り物は!?卑怯者っ」
慌てて内履きのまま玄関に飛び出て遠吠えを上げるコーデリア。だがそれも虚しく、小蝶の後ろ姿はすっかり見えなくなってしまった。
「く……っ、何てこと…………!」
コーデリアが悔しそうに唇を噛む。
そんな彼女の背中に静花が、
「コーデリア、そんなに小蝶さんと張り合わなくても。同じ生徒会の仲間だよ?」
と声をかけた。
静花としてはそもそもどうしてこんなことで二人がいがみ合っているのかわからなくなっていた。
招待状は届けられる人間が届ければ良いではないか。体育祭まで時間がないのだから、お互い助け合ってできる仕事をするのが一番大事なはずだ。
「ええ、その通り。体育祭を成功させるために協力するべき仲間ですし、彼女の仕事ぶりは尊敬しています」
振り向いたコーデリアは力強い目をしていた。
「だったら……」
「だからこそここで負けるわけにはいかない。彼女はシズカがユウトを手に入れるにあたっての、極めて強力なライバルです。ここで倒さなければなりません」
コーデリアが宣言する。静花ははっとした。
もともとコーデリアは静花と優人の距離を近づけるために生徒会に入った。そのためにライバルとなるであろう小蝶には勝っておかなければならないという考えなのだ。
「大丈夫。シズカは生徒会室で待っていてくださいな。必ずや良い戦果を持って帰りましょう」
そう言って再び小蝶を追おうと背中を見せるコーデリアに、「待って」と静花は呼びかけた。
「だったらなおさら私も行く。日多木君のことは、私自身が頑張らなきゃ駄目だから」
そうだ、と静花は考えた。
コーデリア一人に戦わせるわけにはいかない。静花の恋なのだから、静花だって小蝶と戦わなければならないのだ。
「静花……」
コーデリアは静花の言葉に驚いたようだったが、すぐに、
「ええ。二人でコチョウを倒しましょうね」
と微笑んだ。
「で、シズカ。これは何です?」
「コーデリア、さっきから気になっていたけど自転車知らないの!?」
二人は小蝶を追いかけるつもりが、まだ駐輪場の隅でもたもたしていた。小蝶の方が自転車で行ってしまったため、自分達も歩きでは追いつけないだろうと、使っていない自転車を拝借することにしたのだ。
駐輪場の端には卒業生が置いていった自転車がいくつか残っている。それを利用しようとしたのだが、予想外だったのはコーデリアの反応だった。
「ジテンシャ……言われてみれば、誰かがどこかで乗っているのを遠目にみたことがあるような……こんな安定しない乗り物で走れるなんて、何らかの魔術が働いているのでしょうか……?その割に魔力は感じないのですが」
静花がいくらか錆び付いて動きの悪い自転車を引っ張り出す様子を、困惑気味に見ている。気のせいか若干腰が引けているくらいだ。
そういえばコーデリアは世界観が近代ヨーロッパ風の乙女ゲームから出てきたのだった。
自転車は200年ちょっと前に原型が出来上がったくらいで、歴史は意外と新しい。現在とほぼ同じ型が開発され、実用化されたのも19世紀も終わり頃の話だというから、彼女は見慣れないのかもしれない。
「……自転車は私が漕ぐから、コーデリアは後ろに乗って。マップに住所は登録した?」
コーデリアの様子を新鮮に思いながら、静花はサドルにまたがった。住所だけですぐに行き先がわかるほど学校周辺の地理に明るいわけではない。なのでスマートホンのマップアプリで住所を検索して、そこに向かおうと思ったわけだが。
「地図に、登録……?」
コーデリアはますます眉間に寄せた皺を増やした。スマートホンを取り出したまま固まっている。
静花は前に使い方を教えたのが、あまり役に立っていないらしいことを理解した。
「私がやるね……」
出発する前から前途多難なのだった。




