悪役令嬢、自転車で爆走する5
「なぜ私の方を怒鳴るんですか?悪いのは逃げた方で、そもそも彼らが初めからこつこつ作成して余裕を持って提出していれば良かったでしょうに」
「言ってることは間違ってないけど、やってることが致命的におかしいのよ、あんたはっ」
小蝶がぴしゃりと言い放つ。
その背後で優人が困った顔で二人を見比べていた。先程から仲裁しようと試みているのだが、女二人の勢いが凄まじくなかなか口を挟めないのだ。友晴の方は既にこれは長丁場になると判断し、椅子に深くもたれかかりゆらゆらとさせてくつろいでいた。
「確かにその子らは見通しが甘かったと思うけど、1年生なんてそんなもんよ。だから私ら生徒会役員が監督してるんじゃない。あんたは定期的に進捗を確認して指導して、それでも間に合わなさそうだったら私らに相談すれば良かっただけ。別に脅せと言ってないのよ」
小蝶の言葉にコーデリアは「ふむ……」と頷きはしたが、まだ納得はしていない様子だ。
対する小蝶の方は怒りが収まらず、
「どうするの。来週の体育祭実行委員会の会議までに全部チェックして人数分印刷しなきゃいけないのよ!?」
と吠えた。
「学園内に潜んでいることはわかっています。学友の一人や二人を人質に取りましょう。そうすれば否が応にも顔を出すはず。今から行ってきますわ」
「だから脅すな!被害を増やすな!もうあんたはここでじっとしてなさいっ」
すちゃっと席を立つコーデリアとわなわな両手を震わせる小蝶。
ここで友晴がようやく隙を見つけたとばかりにクリアファイルを二人の間に突っ込んで、「まーまー、落ち着けよ」と割って入る。
「コーデリアも悪気があったわけじゃないだろ。真面目に取り組んだ結果がこれだったってだけで」
「友晴は黙ってて」
ぞんざいに返す小蝶。この二人は幼馴染みで、お互いに対して遠慮が無い。
「でも実際、一日二日遅れたって何とかなるようにスケジュール組んでるんだからさ……と、お?」
友晴のクリアファイルからぺらっと何かが落ちた。
それは1枚のハガキだった。
岩光学園高等部体育祭のご案内。
拝啓、新緑の候、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。さて、本年も体育祭の季節が巡って参りました。お手数ですが○月○日までに返信ハガキにてご出欠をお知らせくださいますようお願い申し上げます。敬具。
来賓宛の体育祭の招待状である。締め切りは――――、明日。
「あれ、1枚出し忘れてる」
友晴は落ちたハガキをつまみ上げて、「いっけね」という顔をした。
「あっ、あっ、あっ、あ、ん、た、は~~~~……………………っっ」
コーデリアを上回る大ポカに小蝶は絶句した。
本来なら2週間前に発送しているはずのものだ。今から送っても、届くのは出欠連絡の締め切り後だ。大変失礼な話である。
「……友晴」
優人が珍しく引き気味に名前を呼ぶ。
友晴はさすがにばつの悪そうな顔で、
「悪かったって。多分郵便局に出すときに、1枚だけファイルに残ってたのに気がつかなかったんだわ」
と言い訳した。
ここで怒ったりしないのが全校生徒から愛され尊敬される生徒会長の所以である。優人は「仕方ないな」と苦笑いして、友晴の手からハガキを取り上げた。そして宛名を確認すると、
「住所を見る限り割と近所だし、今から届けに行くよ」
と言って生徒会室を出ていこうとする。
「えっ、お前が」
「会長がそんなことする必要ありませんっ」
驚いた友晴と小蝶が慌てて優人を追いかける。
「いや、招待状が遅れた謝罪もしないといけないし……」
優人は本当に気にしていないようだったが、出ていこうとする戸口から、
「会長、ちょっと……」
「会長、この書類なんですけどー……」
とわらわら体育祭実行委員の生徒らが入ってきた。どうやら彼に質問やら確認事項があるらしい。
「あー……」
優人が眉を下げる。実際問題として体育祭が差し迫る今、生徒会長である彼にはこんなことで生徒会室を留守にする暇はないのだ。
「ユウト、私が行ってきますわ」
そこで名乗りを上げたのはコーデリアだった。
「コーデリア?」
「汚名返上!業務での失敗は業務で取り返します。この私が必ずや招待状を届けて出欠の回答を持ち帰って参りましょう」
「気持ちはありがたいんだけど……」
優人が迷うそぶりを見せる。普段はコーデリアの暴走に対して大らかに構えている優人だが、さすがに彼女を一人で行かせることに不安は感じる。しかし今は彼の方も忙しくて彼女に付き添う余裕はない。
コーデリアはそんな彼の逡巡を知ることもなく、
「ユウトにはユウトにしかできない仕事があるはず。この場は私に任せなさい。大船に乗った気持ちで待っていてくださればよろしくってよ」
と悠然と微笑み、スカートを颯爽と翻して生徒会室を後にした。
「だからあんたはもう動くなっての!会長、私が行きます。このアホ幼馴染みの尻拭いは私がやりますのでっ」
我に返った小蝶も優人に力強く宣言すると、コーデリアを追って走り去った。
「ちょっと、私の挽回の場を奪わないでください。招待状を持っていくことくらい私にだってできます」
「あんたはそれすら問題起こすじゃない。これ以上会長に負担をかけるんじゃないわよっ」
「まあ、いつ私がユウトに負担をかけたと!?」
「一挙手一投足かけてんのよ、あんたはっ」
止める間もなく、二人の争う声が遠ざかっていく。
「ああ……」
残された3人は顔を見合わせた。
「わ、私も心配なので行ってきます」
静花が申し出ると、男子二人はほっとしたような顔をした。
「うん、悪いけど二人のことを頼むよ」
優人が申し訳なさそうに言い、友晴は、
「じゃあこれよろしく」
と静花の手にぽんと平べったいものを置いた。
「?」
手渡されたものを見ると、招待状のハガキだった。なんとあの二人、争うだけ争って肝心の招待状を持たずに生徒会室を出ていったのだった。




