悪役令嬢、自転車で爆走する4
「コーデリア、何言ってんの!?」
と静花が珍しい大声を上げるのと、
「あなたねぇ!加入していきなり好き勝手してるんじゃないわよっ」
小蝶が怒りのあまり、音を立てて席を立ったのはほとんど同時だった。
「私は極めて建設的な意見を申し上げているだけなのですが……」
二人が騒ぐのをものともせず、湯飲みに入ったお茶を啜るコーデリア。冷静な様子がますます小蝶の感情を逆撫でする。
「名前呼びのどこが建設的なのよ?ただのあんたのワガママじゃない。会長!会長も何か言ってやってくださいっ」
「ふむ……」
水を向けられた優人は顎をさすりつつしばし考えたが、
「良いんじゃないかな。これから今年度いっぱい協力して生徒会業務に取り組む仲間なわけだし」
と結論した。
「会長!」
あっさり受け容れた優人に、小蝶が頭を抱える。
そこに友晴も笑いを漏らしながら口を挟んだ。
「俺も賛成。良いじゃん、呼び方なんて好きにしたって」
「そういや友晴は僕が「基山君」って呼んでるのに、初めから「優人」って呼んできたね」
「そうそう。で、お前を俺に合わさせたの」
「あんたは適当すぎなのよっ」
ほのぼの男子二人に小蝶が容赦なく突っ込む。このままでは小蝶の血管が切れそうなので、優人はとりあえずこの話を締めることにした。
「じゃあそういうことだから、コーデリア」
「はい、ユウト」
試しに呼んでみると、彼女は満足げに頷いた。
不満なのは小蝶だ。「会長っ」と怒りの声を上げると、
「何?小蝶」
と言って優人が振り返って微笑んだ。
「~~~~っ」
小蝶が膝から崩れ落ちた。どうやら陥落した様子である。
そして最後に自席で困った顔で成り行きを見守っていた静花の方を見る。
「井本さんは……「静花さん」で良いかな?別に仲間はずれというわけじゃないんだけど、何となく呼び捨てだと虐めている気分になるタイプというか……」
優人がいくらか気まずげにそう言うと、「わかる……。俺も「静花さん」でいくわ」と友晴も追従した。他の女子二人が不本意な呼び方をされれば普通に拒否してきそうな強さがあるのに対し、静花は嫌でも頷いてしまいそうなところがあるための配慮だろう。
「それで大丈夫です。私もそっちの方が落ち着きます……」
静花もありがたくその配慮を受け取った。
コーデリアが静花と優人の仲を縮めるため気を回してくれたのだろうということはわかっている。だが実際、憧れの人から名前呼びなんて恐れ多くて心臓が持たない。それにいくら同じ生徒会だからといって、優人から名前で呼ばれているなんて他の女子に知られたら大変なことになるだろう。彼の判断は実に正しい。
「あら、残念」
とコーデリアだけが小さく溜め息を吐いた。
* * *
こうして多少のドタバタを挟みながらも静花の生徒会役員としての日々は始まった。時期は5月初め。体育祭まで2週間を切ったところである。
それまで生徒会3人でやっていた仕事を静花とコーデリアにも割り振ったのだが、この2人も素人だ。教わらなければならないことも多い。優人、小蝶、友晴は負担が軽くなったものの、彼女らに業務を引き継ぎしたり、急な問題に対応したりと相変わらず忙しかった。
そんな中で意外にも面倒見の良さを見せたのは小蝶だった。彼女は二人に対しつんつんしながらも具体的な指示を出し、マニュアルまで作ってくれた。そこまでやるのは、二人を決して一番忙しい優人に迷惑をかけさせないようにするという決意に拠るものであったが、それ以上に彼女の生来の生真面目さが理由として大きいだろう。
静花は言葉がきつくとも聞けば丁寧に教え、うまくやれば褒めてもくれる小蝶にすぐに好感を持った。
だがいかんともしがたいのはコーデリアとの相性の悪さだった。
「だ、か、ら、あんたは~~~~…………っ」
放課後、生徒会室で小蝶はうなり声を上げた。机に両手をつき、俯きがちにわなわなと震えている。
彼女の前には書類提出用のトレイが4つ並べられていた。それぞれのトレイには生徒会長以外の生徒会役員の名前がラベルで貼られていて提出先がわかるようになっているのだが、コーデリア宛てのトレイだけがものの見事に空っぽだった。
「競技種目の要項の提出は昨日まで。1年生は初めてでよくわかっていない子もいるからこまめに進捗を確認するようにって言ったわよね?何であんたの担当のクラスからは1枚も提出がないわけ?」
「私も不思議ですわ」
コーデリアが物憂げな顔をして応えた。
「あなたに言われたとおり、毎日担当している委員を訪問していたんです。挨拶して、時にはお菓子(千絃作)も差し入れてやり、制作の苦悩も聞いてやりましたわ。だけどなかなか進んでいるように見えなくて。3日前にもなると間に合うのかとさすがの私も不安になったものですから、確実に物を回収できるように、「期日までに差し出さなければ貴殿の心臓を止める」とお伝えしたんです。それ以来、教室を訪ねても姿を見せなくなってしまって……他の生徒に行方を伺っても「何も知りません、だから殺さないでください」と首を振るばかりで……逃げましたわね」
「そりゃ逃げるわよっ」
小蝶が机に拳を叩き付け、コーデリアの隣にいた静花はびくりと肩を震わせた。ちなみに彼女は割り当てられたクラスから書類を全て期限内に回収し終えている。受け持っているクラスの数はコーデリアより多いくらいだ。
さらにちなみにコーデリアの言う「心臓を止める」は、特に比喩とかではない。人体の約60%は水分であり、彼女は水の妖精である。全身を流れる血流を止めることにより、心臓という名のポンプを止めてやると言っているのである。
怒鳴られているはずのコーデリアだが、まったく動じた様子もなく心底不思議そうな顔をしている。




