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私のヒーローは悪役令嬢  作者: ウール100%


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悪役令嬢、自転車で爆走する2

 心を無にして朝食を食べきると、静花はさっさと家を出た。胃が重いのか、心が重いのか。胸元をさすりながら、通学路の途中にある千絃宅に向かう。

 古くとも優美な屋敷の前に立つと、「コーデリアの前でこんな陰気くさい顔をしていたくない」という気持ちになったので両頬を軽く叩いて表情筋に気合いを入れた。

 チャイムを鳴らす。出ない。これはいつも通り。なので今日も鍵のかかっていない玄関扉を開ける。

「おはようございまー……」

す、まで言おうとしたところで、どんがらどっしゃんずっどったん、とはちゃめちゃな擬音と共に、玄関脇の壁に黒い何かが突っ込んだ。風圧で静花の髪がばさばさとなびく。

「えっ、ななな何っ」

 驚いて入って横手を見る。そこには少年漫画で強キャラに一発お見舞いされたがごとく、クレーターの中心にめり込んでいる千絃の姿があった。

「ぐはっ……」

 劇画調の顔で吐血などしながら、ずるずると床に落ちる千絃。慌てて静花は駆け寄った。

「ち、千絃さん。どうしたんですか」

「あらおはよう、静花。見ての通り、奴よ……」

「奴って……」

「おはようございます、シズカ。良い朝ですわね」

 頭上から馴染みのある声が降ってくる。吹き抜けになっている玄関ホールに面した二階の廊下からこちらを見下ろしているのは、ネグリジェ姿のコーデリアだ。

「おはよう、コーデリア。ところでこれは……」

 おそるおそる訊ねる静花にコーデリアはにっこりと微笑む。

「シズカが気にすることはありませんわ。そこの使用人がふざけたことをしていましたので、少々こらしめてやっただけですわ」

「少々……」

「シズカが来たということはもう始業の20分前ですわね。すぐに着替えますので、待っていてくださいな。あと、そこの使用人は朝食を包みなさい。それが終わったら私の髪を結うのです」

 そう言って颯爽と自室へと姿を消した。

「い、いってらっしゃーい……」

 今から準備して間に合うのだろうかと思いつつ、静花はコーデリアの後ろ姿を見送る。

 どうやら彼女はつい先程まで眠っていたらしい。その寝込みを襲ったのがそこで粗大ゴミみたいになっている、家主でマッドな魔女でコーデリアの使用人でもある千絃というわけだ。

「大丈夫ですか?千絃さん」

 静花が一応、心配の声をかけてみる。

「くっ、寝起きで20トンの水をぶっ放してくるとは……誰が掃除すると思ってんのよ」

 朝から消防車並みの水圧と放水量で攻撃を受けたらしい。それでもよろよろと立ち上がりキッチンに向かおうとする濡れ鼠の千絃に、静花は「頑丈な人だな……」という感想を抱いた。それにしても。

「今度は何をやらかしたんですか」

「別にちょっと爪を切ろうとしただけよ」

「爪?」

 遡ること5分前。千絃の策略により目覚まし時計を切られ、学校の始業30分前だというのにベッドでぐっすり眠っていたコーデリアは手元に違和感を覚え、目を覚ました。

 寝起きでぼんやりとした視界に映っていたのは、ベッドに上がりこみ、コーデリアの右手を取って、シャキッシャキッと爪切りで勝手に彼女の爪を切っている千絃の姿であった。

 その様子を認識するやいなや、コーデリアは仰向けのまま千絃の腹に思い切り蹴りを入れた。その勢いたるや凄まじく、千絃の身体はベッドから落ちるどころか、そのままごろごろと寝室の扉も突き破って廊下にまで転げ出た。

 コーデリアはそれで満足することなく、ベッドから降りると廊下に出て、押し寄せる波がごとく大量の水を千絃に向かって放出。千絃は二階の廊下を押し流され、吹き抜けまで吹っ飛ばされ、玄関脇の壁に打ち付けられた。そこに静花が到着したのである。

 さてコーデリアがなぜここまでやったのか。

 共感呪術という言葉がある。ざっくりと言うと、あるものに行った行為が、そのものと関連する何かに同じような効果を与えるというものだ。

 例えばある人間の切り取った髪や爪を焼いたり埋めたりすると、その元の持ち主も怪我をしたり病に冒されたりすると言われている。一般人が想像する「呪いの儀式」はこれに類するものだろう。

 そういうわけで魔術師は自分の爪や髪が他者に悪用されないよう、普段から注意しているのだ。

 ちなみに共感呪術は必ずしも「呪い」だけのことを示すのではない。むしろ個人への呪いとしての利用は一側面に過ぎず、大自然に働きかける側面も持つ。魔術において幅広く利用できる公式のようなものである。

 尤も今回問題になっているのは呪いの方なので、後者については割愛する。

 千絃がコーデリアの爪を手に入れたら悪用するのは明らかだった。

 コーデリアも同居しているのがあからさまに悪意のある千絃なので、その点についてはそれなりに気をつけていた。自分の髪や爪はきちんと片付けて千絃の目につくところには落ちていないようにしていたのである。

 だが千絃は落ちているそれを拾い集めるような地道な作業はすっ飛ばして、ダイレクトにコーデリアの手から採取しに来たのである。

「……まあ、普通に千絃さんが悪いんじゃないですか」

 魔術云々かんぬんは説明を聞いてもよくわからないので、静花はとりあえずそう言っておいた。

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