悪役令嬢、自転車で爆走する1
またやってしまった……
永遠と鳴り響く目覚まし時計の音に鼓膜を叩かれながら、静花はのろのろとベッドから身を起こした。
何をって、夜更かししかない。
夕食後に宿題を終え、さあリラックスのためにゲームをしよう、と電源を入れて、気がつけばいつも深夜2時。なぜ夜の時間はこんなにも速く過ぎていってしまうのだろう。当然ながら睡眠時間は足りておらず、鉛のように重い頭をぐらぐらさせながら最低限の身支度を済ませた。
「おはよう……」
欠伸をかみ殺しながら静花が食堂に顔を出すと、「父」と「妹」は既に食卓に着いていた。エプロンを着けた母がテーブルに静花の分のトーストを並べながら、
「おはよう、今日もひどい顔ね。いくら言っても夜更かしをやめないんだから」
と眉をしかめる。
「少しは春華ちゃんを見習いなさい。毎朝きれいにしてるでしょ」
言われて向かい側の席に座る春華を見やる。
彼女の腰まで伸ばした髪は、いつもストレートアイロンでまっすぐ整えられている。朝は櫛で梳かすだけの静花とは大違いだ。それに彼女は垂れ目がちの美人で、周囲からは「守ってあげたい」と思わせるような造形であるらしい。対する静花は地味で普通な顔。まったく似ていない。当然だ。血がつながっていないのだから。
井本家は再婚同士の家庭だ。静花は母親側の連れ子で、春華は父親側の連れ子。
子供達は偶然にも同い年だったわけだが、一ヶ月程静花の方が誕生日が早かった。それで春華が初対面で、
「じゃあこれから静花さんのことをお姉さんって呼ぶわね」
と言い出した。
静花自身は自分が姉なんて気質ではないとわかっていたし、わざわざ姉だとか妹だとか決める必要はないと考えていた。
しかし母が「まあ、なんて謙虚な子なのかしら」と感動し、これから父になる人も「妹をよろしく頼む」とか言うので、静花は違和感を覚えながらも口をつぐむしかなかった。
しばらくして静花は気づいた。
「静花はお姉ちゃんなんだから我慢しなさい」
「静花はお姉ちゃんなんだから、春華ちゃんのためにお菓子を買ってきてあげなさい」
自分が「姉」という役回りを押し付けられたということに。
一般的に姉というのは年下のきょうだいの様子をよく見て、足りないものがあれば自分が我慢し、きょうだいが問題を起こせば指導の上、尻拭いをする役回りのことを言う。
なお妹はそこにいるだけで「かわいい」と言われる存在である。さらに多少なりとも姉を気遣うそぶりだけでも見せておけば「何て良い子なのかしら」と言われる立ち位置である。初手でそのポジションを勝ち取った春華に対して、静花は怒りよりもむしろその要領の良さに尊敬の念を感じてしまった。
ちなみに井本家でこの「お姉ちゃんなんだから~」という言葉を頻繁に使うのは母である。お互い子連れ同士の再婚のため、家庭平和の維持が最大目標なのだ。そのために静花には家庭が求める役割を何が何でも遂行させなければならない。
一方で父は姉妹の役回りについては黙認で、ノータッチだ。自分の子ですら年頃の娘は扱いづらい上、他人の子などいよいよどうしたら良いかわからない。そういうわけで女3人のやりとりを横目に、身体を完全にテレビの方に向けてコーヒーを啜っている。
「でもお母さん、これでも姉さんは前より十分は早く起きるようになったのよ」
「え?そうなの?」
春華の言葉に母が驚く。
静花もまた春華がそれに気づいたことに驚いた。が、すぐにそういえば今まで妹がどれだけアイロンで洗面所を占有しようとも静花が顔を洗いに来る時間とかぶることがなかったのに、最近は彼女のセットの終わり際に静花が顔を見せるようになったからかと気がついた。そう考えると、静花の髪型に対するこだわりの無さはむしろ家庭平和に貢献してるんじゃないか。そんなことをぼんやり考えながら、静花はトーストにジャムを塗っていた。
「そうよ。最近姉さんは友達と待ち合わせて学校に来ているから」
「友達?」
母が目を見開いた。
「静花、あなた友達なんかいたの?」
まだうっすら眠い静花にとって、母の「信じられない」といった声色は目を覚まさせるに十分だった。
「そうなの。驚くでしょ!姉さんに友達!」
春華は大層楽しそうである。
「ちょっと……変な子じゃないでしょうね」
母がすぐさま静花の方に顔を向ける。
「変って……」
コーデリアは変な子じゃない、と言おうとして、思わず言葉に詰まった。
コーデリアのことは大好きだ。だが困ったことに「変じゃない」と言い切るには、これまでの彼女の数々の行状が突飛すぎるのである。
懊悩する静花をよそに春華が、
「そうよ!すっごく変な子。だから姉さんと友達なのよ」
と話している。なんだか告げ口されているような気分になるのはなぜだろう。
「友達ができるのは良いことだけど。あまり変な子と付き合うと、同じ学年の春華ちゃんにまで迷惑かけるかもしれないのよ。それだけは気をつけなさい」
「お母さ……!」
静花の声がワントーン上がる。
だが何も言い終わらないうちに、
「朝からそんな大きな声出さないで。さっさと食べなさい」
母がぴしゃりと遮った。
静花は口をつぐんだ。行き場を無くした言葉がぐっと喉を塞ぐ。
(言えなかった、変な子かもしれないけど良い子なんだって……)
何度目だろう。こんな風に自分の言葉で窒息しそうになるのは。
静花は俯いて、ぱさぱさとしたトーストをかじった。




