一法、悪役令嬢に挑む5
「別に今後一切井本に危害を加えないって約束するなら、別にバラさねぇよ」
一法がむすっとして言った。
その言葉に三人娘は揃って、「え?」とこっちを見る。
「井本も、今日のことはもう良いんだよな?」
隣の静花に訊ねると、
「うん、今日はまだ殴られてないから」
とあっさり頷いた。
静花としてはいくら相手が悪いとはいえ、自分がきっかけで休学だの警察行きだの他人が悪い目に遭うところは見たくない。
「だそうだ。井本に感謝しろよ」
「……」
三人は顔を見合わせた。そしてぱっと静花と一法の方に振り向くと、目をとがらせて、
「別に謝らないわよ。私達は正しいことをしたんだから!」
「そうざます。今日はお仕置きし損ねたけど、また日多木君に迷惑を掛けるようなことをすれば何度でも成敗してやるざます。震えて眠るが良いざます!」
一斉にまくし立ててきた。一法は自分のこめかみに青筋が浮かぶのを自覚した。
静花もまた乾いた笑いが口から漏れた。
とはいえ志代だけは、
「まあ、あたしの拳を受けて倒れなかったことだけは認めてやるよ……」
と捨て台詞ともとれないようなことをぼそぼそと言い、三人揃って足音も荒く教室を出ていった。
その後ろ姿を静花と一法は何とも言えない気持ちで見送った。
「……何だかなあ」
「だね……」
つっかかるだけつっかかって、あの三人だけが良い感じで帰っていた。静花と一法にしてみればもらい事故に遭ったような気分である。
「あの三人は全員日多木のことが好きで、井本が生徒会に入ってあいつに近づいたからって難癖つけてきたんだよな?」
「そうみたい」
静花が苦笑いする。
静花にしてみればわざわざ泡沫のような自分のことを相手にしなくても、と思うのだが。生徒会に入ったのはコーデリアに引っ張ってもらってのことだし、他にももっと優人に近い女子はいそうである。
「まあ確かに日多木は良い男だとは俺も認めるけど。それでも女子同士で競い合ってあいつの心を射止めるよりも、あの三人はとっくにもっと良いものを手に入れているように見えるんだがな」
と一法がぼやいた。
静花は確かに、と考える。
杏子、志代、香蓮は優人のことを好きと言いながら、基本的に三人の中で誰一人として抜け駆けしようとしない。まるで彼のことを共通の話題として、皆で笑ったり怒ったりするのが楽しいようにも見える。
さらには志代がやり過ぎたときには、杏子、香蓮も一緒に罰を受けると言ったのだ。
その絆は何よりも得がたいものではないだろうか。
「きっと良い友達なんだね」
「まったく。他の女子に喧嘩売るより、そっちを大事にしろって言うんだ。はっきり言って羨ましいくらいだぜ」
一法が深い溜め息を吐きながらそんなことを言う。
だから静花は両方の手で拳をつくって一法の顔を覗き込み、
「私は岩水君の友達だからね」
と精一杯力強い声で言った。
「お、おう」
突然の宣言に、一法が固まる。
「今日、岩水君が助けてくれたみたいに、岩水君が困ったときは私が助けるから」
「これくらいのことで、大げさだな……」
頬が赤らむのを止められず、ごまかすようにそっぽを向いた。散々な一日だったが、彼女のこの言葉だけで全て帳消しになるような気がした。
彼女らの背後で、扉が薄く開いていた。そこから覗いていたのはコーデリアである。彼女は一法が教室に乗り込んだ直後には戻ってきており、ここで成り行きをうかがっていたのだ。
三人娘が退却し、無事に一件落着したところで、
「ただいま戻りましたわ-!」
と教室に入っていく。
「コーデリア!」
「ったく、遅っせえよ」
ぱっと顔を輝かせる静花と、眉をしかめる一法。
「あら、どうしたんですか、その赤く膨れた頬は。男の子みたい」
コーデリアがくすりと笑うと、一法はますます不機嫌そうな顔をした。
「「子」を付けるな。何でもねぇよ。それよりちゃんと謝ってきたんだろうな?」
「ええ。「同じ日本語を話しているはずなのに、こんなに会話ができないの初めて……!」とお褒めの言葉をいただきましたわ」
「それ、絶対褒めてないだろ」
「私はもうしばらく付き合ってあげても良かったのですが、先生の方が「恐いからもう帰って」と言うものですから」
「まあ、会話ができない相手って恐いよな……」
二人のやりとりが永遠に平行線をたどりそうなので、
「まあまあ、そろそろ行こうよ。千絃さんが帰りの時間に合わせてスコーンを焼いてくれているんでしょ?」
と静花が口を挟んだ。コーデリアが帰宅予定時刻として千絃に伝えている時間はとっくに過ぎているはずだ。
「それが悪いのですが、シズカ。もう少しだけ待っていただけません?カズノリに話したいことがあるので」
「え?俺?」
一法が驚いて彼女の方を見る。
「私は良いけど……。あ、千絃さんに遅くなるって連絡しておくね。もうかなり待たせているだろうから」
静花の申し出は千絃にスコーンを温め直させることになるだろうから、先に謝っておこうという配慮だったが、
「放っておきなさい。チヅルのことは待たせておいて構いません」
「あいつはむしろ帰ってこなくて喜ぶだろ」
と他の二人の意見はにべもなかった。
「そうなんだ……」
静花は取り出しかけた携帯電話をそっと鞄にしまい直した。




