一法、悪役令嬢に挑む4
「この間はよくもびしょびしょにしてくれたわね」
「おかげで風邪引いて三日も寝込むハメになったぜ」
「レディの身体を冷やすなんてひどいざます。あの転校生はとんでもない悪人ざます」
静花が教室でコーデリアと一法を待っていると、現れたのはいつぞやの三人娘だった。今日杏子に突っかかられるまですっかり存在を忘れていたのだが、どうやら彼女らが病欠して姿が見えなかったせいもあるかもしれない。
「あれはコーデリアが私を守ってくれようとして……」
コーデリアを悪く言われて、静花は怯えながらも言い返そうとする。だが志代が「黙りな」と遮った。
「もともと限度を超えて日多木君に近づいたのは、あんただろ?あたしらはあんたに指導してやっただけ。それなのに水ぶっかけてくる赤の他人は普通に悪人だよ」
「その上、今度は二人揃って生徒会に入るですって?どれだけ厚顔無恥なの。あなた達がこれ以上日多木君に迷惑を掛けないように、ここで徹底的に再教育してやるわ」
「迷惑なんかかけない……」
「は?声が小さくて聞こえないざます-」
どうやら静花らが生徒会に入部するという話は、既に学園中に知れ渡っているようだ。その中には彼女らのように良く思わない生徒も数多くいるだろう。実際にそういう声を聞くと、頑張ろうと覚悟を決めた静花の心も不安でぐらついてしまう。
静花が椅子から立ち上がり三人から距離を取ろうと後ずさるが、彼女らはぐいぐいと迫ってくる。
「あんたが痛い目に遭ったのを見れば、あの転校生も考えを変えるだろ。少しだけ我慢しな。骨は折らないから」
志代が指をポキポキと鳴らしながら、その長身で静花を見下ろす。
「や、やめて……」
彼女の大きな手が静花の頭に伸びたその時、
「おい、何をやっているんだ!」
一法が帰ってきた。
「あ……」
一法の姿を目にして、静花の目がぱっと輝く。一方で杏子の方は目だけをじっとりと彼に向けた。
「今、私達この子に用事があるの。ちょっと席を外していてくれない?」
「用事って暴力のことか?友達が明らかに殴られそうになってるのに、見て見ぬふりできるかよ」
「嫌ざますね。女子同士でじゃれ合っているだけざます。男子にはわからないざますねー」
三人娘は面倒な奴が来たという態度を隠さない。適当なことを言ってさっさとこの場を去らせようとしてくる。
だが一法の方に静花を置いていくという選択肢はない。
「でも井本は嫌がっているんだろ。それをじゃれ合いとは言わねえよ。大体、コーデリアに力じゃ敵わないからって、わざわざあいつがいないときを狙ってくるとかだっせぇ。しかも三対一って情けないと思わないのか」
終わりの見えないやりとりに、最初にしびれを切らしたのは志代だった。
「うるせぇな、お前には関係ないだろ!」
振り向きざま、一法の頬に拳を叩き付ける。
「岩水君っ」
「ちょっ、志代」
静花が悲鳴を上げたが、杏子と香蓮も顔を引きつらせた。この二人も、まさか志代が一法を本当に殴るとは思っていなかったのだ。
「え?岩水……?」
志代はというと、静花が呼んだ「岩水」という名前を聞いて呆然としていた。同学年に学園の創立者一族の人間がいることは知っていたが、その顔までは知らなかったらしい。
一法は顔を殴られても、わずかによろめいただけだった。しかしその頬はしっかりと赤く腫れている。そこをさすりながら、
「あーあ、やっちまったな、お前」
と鼻で笑った。
「ウチは知っての通り富裕層御用達の私立校だからな、セキュリティーには相当金をかけている。各教室にも少なくとも一台は監視カメラを設置しているんだ。しっかり映ってるぞ、お前が「じゃれている」様子は。まあ、別に監視カメラなんか確認しなくても、俺の一言「こいつがやりました」って言えば終わる話だけどな」
「お前……わざと、殴られたな!?」
今や志代の角張った顔にはびっしりと冷たい汗が浮かんでいた。
「そんな訳無いだろ。俺は初めから口で「やめろ」って言ってる。それでお前が言う通りやめたら、この話はおしまいになるはずだったんだ。完全なる自業自得だよ」
三人が完全に形勢逆転してうろたえている間に、一法が「井本、こっちに来い」と静花を呼び寄せる。彼女は慌てて一法の隣に走ったが、特に彼女らに止められることはなかった。
「あ、あたし……」
最悪の未来が頭に浮かんで、長身がぶるぶると震える。静花を殴ったのなら、気の弱い彼女のことだから誰にも言えないし、言ったところで誰も気に留めはしないだろう。
だが一法は違う。彼に何かあれば頼まなくとも周りが動く。休学どころか証拠を握られているのだから、警察に突き出される可能性もあるのだ。
「志代。大丈夫よ、「やれ」って言ったのは私なんだから。一人で背負い込まないで」
真っ青になっている志代の肩を、杏子がぐっと掴んだ。
「そうざます。説教も休学も、三人一緒ざます」
香蓮がチャームポイントの大きな口でにかっと笑う。それはこんな状況なのに笑えてくるような笑顔だった。
「う……っ、杏子……、香蓮……っ」
志代がたまらずぽろぽろと涙をこぼす。杏子と香蓮は両側から彼女の肩を抱いた。
「おい、盛り上がっているところすまないが……」
輪になって慰め合う三人娘に、すっかり存在を忘れ去られている一法が面倒くさそうな顔をして声を掛けた。




