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私のヒーローは悪役令嬢  作者: ウール100%


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19/27

一法、悪役令嬢に挑む1

「今日も千絃の家に行くのか」

 午後の授業まであと5分というところ。一法は経済誌をぱらぱらとめくりつつ、なんとはなしに隣の席の静花に訊ねた。

「うん。コーデリアに携帯電話の使い方教えるの」

 見れば静花が携帯電話を片手に何やら熱心にメモ帳に書き込んでいる。紙面には「1.ロックの外し方、2.メールの送受信の仕方、3.写真の撮り方……」などとある。教えなければならないことを箇条書きしているらしい。

 一法は「おばあちゃんに電子機器の使い方を教える孫みたいだな……」と内心思ったが、賢明にも口をつぐんだ。現代社会において携帯電話の使用方法はもはや必修項目だ。ならば水を差すようなことを言うのは野暮だろう。代わりに、

「そういえばあいつ、まだこの世界に来てから一週間も経ってないんだっけ。そりゃ常識知らずなわけだ」

としみじみ言った。

 コーデリアは出現して以来、日に数回は何かしらの問題を起こしている。おかげで一日の密度が無駄に濃い気がする。一週間どころか半年は過ぎている気がするくらいだ。

 一法の言葉に静花はくすくすと笑いながら、

「千絃さんがスコーン焼いてくれてるんだって。岩水君も一緒に来る?」

と誘った。

 一法はこれにもまた、

「ああ。それにしても千絃が来客のためにクッキーを焼くとは……」

としみじみとした。

 今まで一法が千絃邸を訪れても、催促しない限りお茶の一杯も出しやしない。埃を被ったソファに捨て置かれるだけであった。その千絃がお菓子作りなんて、少女めいたことをするようになるなんて。

「屋敷もかなり綺麗になったし。随分人間らしくなってくれたもんだ。コーデリアと引き合わせたのは正解だったな」

 一法がうんうんと頷き、静花が「いや、それがコーデリアの寝首を掻こうとしたら返り討ちに遭って、貴重な魔術書を人質に取り上げられているんだって。そのせいで毎日ご機嫌取りに焼き菓子焼いているらしいんだけど……」と補足していたところに、

「ちょっと!」

と甲高い声が割って入った。

 静花は目を丸くした。マッシュルームカットの少女が眉間に皺を寄せ、こちらを見下ろしている。

「あなたは……」

 なんとなく見覚えがあるような気がするが、定かではない。しかしここで「誰ですか」と言おうものなら失礼である。なんとかごまかしつつ名前を聞き出す方法は……と静花が悩んでいると、

「赤井杏子よ。忘れてたわね」

 あっさり彼女は名乗った。

 名前を聞いてやっと思い出した。コーデリアと出会った日、静花に因縁を付けてきた三人娘の一人である。

「いっ、いえ。ちょっと名前がとっさに出てこなかっただけで……本当ですよっ」

 静花が慌てて言い訳をする。彼女にしてみれば突然襲いかかられて相手の顔を覚えるどころではなく、さらにコーデリアの出現によりそれまでのことが全て吹っ飛んだのだ。あれから特に関わることのなかった相手の顔と名前が出てこないのは許してほしいところである。だが杏子はこれも「ああ、そう」と流すばかりだった。

「そんなことより、あなた……生徒会に入ったんですって?」

「あ、うん……そう、ですけど」

 応えながら、これが本題かと静花は気がついた。

 杏子の言うとおり、静花とコーデリアは昨日付で生徒会に加入した。受け容れの準備もあるので実際に活動に参加するのは来週からだ。

 それなのに杏子はもうその情報を手に入れている。日多木君に関する情報の拡散が速すぎて、静花の心には生徒会業務に対する不安とは別の不安が湧き上がってきた。

「え、そうなのか?」

 隣の一法が驚いて静花を見る。まさか彼女が生徒会なんて人の前に立つようなことをするとは思ってもみなかったのだろう。

「うん。コーデリアと一緒に」

 静花がそう言って、一法が納得したような顔をした。コーデリアが関わっているなら、そういう突拍子もないことも起こりうるかと考えたらしい。

 杏子が静花の机にばしん、と手をつく。

「あれほど言ったのに、日多木君に近づくなんて。あなたのような大した才能も無い人間が彼の助けになるわけないでしょ。身の程知らずも良いとこだわ」

「う……」

 静花は机の下でスカートの裾を握りしめる。いざ他人にそう言われると否定できない。 隣から「おい、お前……」と一法が上げる声が遠くに聞こえる。俯きそうになったその時、

「あら、そんなのやってみないとわからないじゃないですか」

と背後から凜とした声がした。

「コーデリア!」

 振り向くと、コーデリアが教室に戻ってきていた。

「私達は正面切ってヒタキと話して、生徒会への加入を許可されたのです。それについて文句を言われる筋合いはないですわ。大体、最近までろくに話したことがなかったあなたが、シズカの何をわかるというのです」

 コーデリアは静花の肩に手をやって、強いまなざしを杏子に向ける。置かれた手の確かさに、静花は支えられているような気がした。

「そもそもあなた達だってヒタキを好きと言うわりに、別に相手にされているわけでもなく、遠くから見ているだけでしょう?今のシズカと大して立場は変わらないはず。それなのに「身の程知らず」とはよく言えたものですわ」

 杏子は黙ったままコーデリアを睨み付けている。先日彼女にこっぴどくやられたことを思い出しているのだろう。

 一方で女性陣から若干存在を忘れられかけていた一法が小さく「えっ」と声を上げていたのだが、それを聞いた者は誰もいなかった。

「よろしいですか。これ以上私達の行動に口出しするようだったら、それなりに対応しますわよ」

「く……っ」

 ついに杏子は一言も言い返せなかった。舌打ちをして身を翻す。

「もう授業が始まっちゃうから今日はここまでにしておいてあげる。覚えておきなさいっ」

と実に小悪党っぽいセリフを吐いて足音荒く教室を出て行ったのだった。

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