悪役令嬢、学園に転入する2
「まあまあ、コーデリア。似合ってるよ?上品だけどかわいさもあって、とても素敵」
静花がコーデリアの懐柔にかかる。
事実、制服は彼女によく似合っていた。
コーデリアはゲームの中で悪役令嬢、つまり主人公のライバル役を張るだけに、肌が白く、鼻も高い、西洋風美少女なのだ。余計な装飾が無いシンプルな制服が、なおさら彼女の美貌を引き立たせる。さらに身体のラインが程良く出たところで、彼女のスタイルの良さがはっきりとわかるようになった。
「……シズカがそう言うのでしたら」
コーデリアは渋々頷いた。
「ほら、良い加減にしないと遅刻するわよ。難しいヘアアレンジはできないけど、お団子の一つや二つくらいつくってやるから」
千絃もコーデリアを追い出すべく、彼女にしては珍しい寛容さを見せた。鏡の前のコーデリアの後ろに立ち、彼女の艶やかなブルネットの髪をブラシで梳かし始める。
化粧台の上に置かれたトレイにはバレッタやヘアゴム、クリップなど華やかなヘアアクセサリーが並べられていた。
「あんたの目の色からすると、これなんか良さそうね」
そう言って千絃が手に取ったのは青いリボンのバレッタだった。だがコーデリアは、
「青は嫌いです」
ぴしゃりと断った。
千絃がこめかみをひくつかせる。
「この期に及んでまだ文句言うか」
「これが良いですわ」
コーデリアが手に取ったのは紫のリボンの付いたヘアネットだった。
「良いけど、あんたの毛量じゃこのサイズにおさまらないわよ……あ、二つある。仕方ないわね、二つで何とかするか」
現在時刻8時10分。学校までは歩いて5分だが、そろそろ急がないといけない。
千絃はぶつぶつ文句を言いながらも櫛の持ち手の先でコーデリアの髪をより分け始めた。
* * *
「コーデリア・ウンディーネと申します。皆様、どうぞよろしく」
コーデリアが朝礼で担任教師から転校生として紹介されている。
静花はその様子を教室の一番後ろの席から見守っていた。息が荒いのは、結局コーデリアと一緒に走って予鈴が鳴る中ぎりぎりで校門に滑り込んだからである。
既に隣に着席して雑誌を読んでいた一法が、「何で転校初日から遅刻しそうになっているんだ……?」と呟いた。ごもっともである。
さてコーデリアの髪型である。千絃は意外にも器用なところを見せた。手早くコーデリアの髪をツーサイドアップにすると、それぞれの髪の束をくるりと丸めてヘアネットでまとめた。つまり彼女の頭にはお団子が二つ乗っているのである。ぱっと見、昔ながらの中華キャラに見えそうな髪型だが、彼女の圧倒的ゲルマン風な外見によりその印象を免れていた。
初めこそ慣れない髪型への違和感から文句を言っていたコーデリアだったが、静花が「かわいい!すごくかわいい!」と言うので受け容れたようだった。千絃はようやっと二人を送り出すことができて、げっそりしていた。
「どこの国の出身なの?」
「髪の毛ツヤッツヤじゃん。どうやってケアしてるの?」
「うちの学校に来たのはどうして?」
休み時間に入るやいなや、コーデリアはあっという間にクラスメイトに囲まれた。男子も女子も異国から来た美少女転校生に興味津々だ。コーデリアは矢継ぎ早に繰り出される質問ににこやかに答えている。
その様子を静花は遠くから見ていた。
「お前はあっちに行かなくて良いのか?」
一法が次の授業の準備をしながら訊ねる。
「うーん、あの中に入っていく勇気はとても……」
静花は苦笑いした。コーデリアに真っ先に話しかけに行ったのは、クラスでも中心的な生徒らだ。クラスの片隅で地味にひっそり過ごしている彼女にとっては、近づきがたいグループなのである。
昨日までコーデリアが見ているのは静花だけだった。だが今、大勢の生徒に囲まれて笑っている彼女を見ると……
「やっぱりちょっと寂しいかも」
ぽつりと、本音が漏れた。そんな彼女の横顔を一法はちらりと見て、
「……まあ、今だけだと思うぞ」
と言った。
岩水一法にとって井本静花はこの学園におけるほぼ唯一と言って良い友人である。
なぜそんなことになっているかというと、体育の授業で「二人一組になってバレーボールのパスの練習をしろ」と教師が指示を出したとき、親しい者同士でペアができていく中あぶれていたのが一法と静花だったからである。
(くそっ、何だって学校ってところはこう、二人一組で何かやらせようっていう教師が多いんだ!?)
体育の屈伸だの、英語の会話文をケン役とサリー役で読ませるだの、古文の読み方をお互いにチェックするだの……。
隣の生徒と組ませるのはまだ良い。得意でない奴と当たっても、短い時間我慢すればその場限りでさっさと終わる。最悪なのはこの「その辺にいる適当な者同士で」というパターンだ。クラスに仲の良い奴がいない人間はどうすれば良い?
一法はこの学園にこれまで友達と呼べる人間がいなかった。というのも、彼は岩光学園創立者一族本家の長男だからだ。つまり一生徒ながら、学園における「特別」で「偉い人」なのである。
周囲は一法が一言、「あいつが気に入らない」と言えば即座にその生徒を退学にできるような権力があると思っている(そして実際にそれは間違っていない!)。彼を利用して良い思いをしてやろうなどと考えることのない善良な一般生徒は、わざわざ一法に関わろうとしない。仲良くすることも、反対に虐めることもなく、そっと遠巻きにするのだ。
そういうわけで中等部入学以来、彼は孤高のぼっちだった。
群れの中に一匹はいそうな普通のゴリラ体育教師・若杉は、次々とペアができていく中、あっちの方で所在なさげにしている一法と、こっちの方で所在なさげにしている静花を見つけると、「じゃあお前ら二人で組めー」と指示してきた。
これも最悪である。誰かに「一緒に組も!」と気軽に声を掛けられるようなコミュニケーション能力も無いくせに、プライドだけは山のごとく高い人間同士を組ませると悲劇である。お互いに誰からも選ばれない人間だと相手を内心で見下し、そんな人間と組ませられる自分もまた同類と見なされているのだと屈辱を感じる。
彼らが仲良くなることは決して無い。




