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悪役令嬢、現実に飛び出す1

 井本静花いもとしずかは重度のゲーマーだった。それも乙女ゲーム専門の。

 どのくらい重度かというと、まず朝起きたら、目覚まし時計の隣に置いたゲーム機の電源を入れる。そこから十五分眠気覚ましにプレイ。通学時間中は、歩いているときも電車に乗っているときも常にゲーム。学校に着いてからも朝礼三十秒前まではプレイ。休み時間と名の付く時間は、教室を移動する間も含めて全てプレイ時間。下校時も同様。

 夕食や宿題など最低限やらなければならない時間以外はずっと画面を睨み付けており、プレイ中の寝落ちは日常茶飯事だった。

 そんなわけで静花が牛乳瓶の底みたいな眼鏡を掛けていることは不思議なことではなく。

 他人との接触事故を起こすのも、なんら不思議なことではないのだった。


「危ないっ」


 その日、廊下ですれ違いざまにぶつかった相手はよりにもよって生徒会長だった。

 生徒会役員と話しながら歩いていて、一瞬前方から目を離した生徒会長。そして画面ガン見でそもそも前を見ていない静花。

 彼らの肩と肩がぶつかり合い、静花は大きくバランスを崩して倒れかかった。生徒会長はすぐに彼女の身体を受け止め支えた。

 いわゆる「抱き留められた」という格好になったわけだが、静花はそれどころではなかった。衝突の勢いで手元からゲーム機が飛んでしまったのだ。

「あーっっ」

 親に頭を下げ、この学園の入試合格の約束で手に入れた相棒である。これが壊れたら私も死ぬ。自分が怪我をするより、ゲーム機が壊れる方がはるかにダメージが大きい。

 だがそこは生徒会長もさるもの。右手で静花を支え、開いた左手で吹っ飛んだゲーム機をキャッチするという見事な動きを見せた。

 静花はほっとして、そこでやっと接触相手が生徒会長こと日多木優人ひたきゆうとであったことに気がついた。

「せ、生徒会長!?すみません私、不注意で……っ」

 慌てて頭を下げる。

 そんな彼女にゲーム機を手渡しながら、

「ああ、大丈夫だよ。でもさすがにゲームしながら歩くのは危ないよ」

と微笑んだ。

 顔良し、スタイル良し、成績良し、品行良し。岩光学園いわみつがくえんが誇るパーフェクト生徒会長様の笑顔である。教室の隅にひっそり生息するオタク眼鏡の静花はその輝きに消し炭にされそうになった。

「すみません、もう二度としませんっ」

「わかったわかった」

 生徒会長はあまりの剣幕に苦笑しながら、「あ、そうだ」とポケットを探る。そして「はい、これ」と何かを静花の手に載せた。

 それは1センチ幅ほどの黒地の布を輪にしたストラップだった。付け根にはコインのような金色の飾りが付いている。

「ストラップ……?」

「もらいものなんだけど。ゲーム機も高いだろ?落とさないようにそれを手首に掛けて使えば良いんじゃないかな」

「も、もらっていいんですか?」

「うん。どうぞ」

 静花の頬がぱっとばら色に染まる。こんな素敵な人にプレゼントをもらえるなんて。

 感動と感謝を伝えようと口を開いたその時、周囲からのじっとりとした視線を感じた。それも一つや二つではない。

 誰からも憧れられ尊敬される生徒会長が、こんな地味女ににっこりと微笑み、あまつさえプレゼントをくれているのである。ちらりと視線を飛ばせば、ものすごい形相をした女生徒が結構な数、目に入った。嫉妬の炎で肌がちりちりしそうだ。

 静花は二、三歩後ずさると、

「あっ……あああありがとうございますっ。それじゃ!」

とだけまくしたてて、野次馬していた生徒達をかき分けて逃走した。

 会長はその後ろ姿に、「気をつけてね」と声をかけたが、そんなのも聞こえないくらいに必死でその場から走り去ったのだった。


* * *


 放課後、静花は第1美術室でスリープしていたゲーム機の画面を開いていた。

 この教室は校舎の端にあり、不便なので生徒も教師もあまり使用しようとはしない。美術部も去年建て替えられたばかりの棟にある第2美術室を利用している。鍵を掛けることも随分前に忘れられ、今や静花にとって格好の隠れ家となっていた。

 部活にいそしむ生徒達の喧噪が遠い。聞こえるのは窓際に並んだ水道の蛇口から時折落ちる雫の音くらいだ。

 堅く四角い木の椅子を揺らしながらゲーム機を操作する。

 現れたのは『恋するフェアリーランド』とタイトルロゴが浮かぶスタート画面だ。

 これが今、彼女が寝る間も惜しんでプレイしているゲームだった。コンセプトは人間の女の子が妖精の世界に迷い込み、そこで個性豊かな妖精達と恋をする、というものだ。もちろん乙女ゲームである。

 だが今日の彼女はすぐにゲームの世界に入り込むことができなかった。数時間前にあった生徒会長との出来事のせいだ。

 格好良くて何でもできる優人は、入学したときから全校生徒の注目の的だった。おまけにとても優しい。静花みたいな地味で暗い人間にも、他の人と同じように接してくれる。そして今日のように何の気負いもなく助けてくれるのだ。

 そんな彼のことが、静花はずっと好きだった。

 ゲーム機にぶら下がったストラップに目をやる。先程もらったものを早速付けたのだ。ワイヤーを複雑に絡めて造り上げた幾何学的な模様の円盤の飾りが、きらりと光っている。

 憧れてはいるけど手の届かない人だ。きっとああいう人は私以外のもっと綺麗でかわいくて何でもできる素敵な人と恋をするんだろうな、と静花は思う。

(そんな人達と初めから戦う気なんてない。私はいつも初めから諦めている)

 静花は溜め息を吐いた。

 情けなくてどうしようもない。自分が他の人に比べて劣っていることがじゃない。最初から戦う意思すらないことがだ。

 勝てるかどうかわからなくても戦う勇気。それが自分にあればどんなに良いか。

「そういえば」

 すっかり止まっていた指でコンティニューを選択。軽やかなメロディーと共にセーブしていた場面からゲームが再開される。

 そんな勇気ある人物が、今まさにやっているゲームの中にいた。

 画面上に現れた立ち絵は、艶やかなブルネットに吊り目がちの気の強そうな少女のものだ。

 彼女、悪役令嬢コーデリア・ウンディーネはこちらに向かってびしりと指を差し、

「よろしい。ならばライアルフの愛を賭けて勝負ですわ!」

と宣戦布告していた。

…………バドミントンで。

 ヒロインのマイアは意中の男子生徒ライアルフとバドミントンのペアを組もうとしていた。だがそれを聞き付けたコーデリアが「より技能が優れた方と一緒にプレイするべきです」と主張し、ペアの席を巡って勝負を持ちかけたのである。


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