ep.8 昼下がりの三人
ごく普通の高校生活を送っていた相川蓮。
しかし「未来を垣間見るような違和感」に悩まされ始めたとき、隣に現れたのは親友・小田切翔の軽やかな笑い声と、転校生・篠宮彩花の静かな視線だった。
平穏と非日常の境界線が揺らぐ教室で、三人の言葉が交差する。
それは友情か、恋か、それとも――もっと暗いものか。
誰を信じ、誰を疑うのか。
ほんの小さな選択が、未来を決定的に変えていく。
第八話 昼下がりの三人
昼休みの教室
昼休みのチャイムが鳴り終わると同時に、弁当箱のふたが次々と開く音が重なった。教室の空気は、温かいご飯の湯気とざわめきで満ちていく。机を寄せ合う椅子の軋み、笑い声、牛乳パックを折りたたむ音。何でもない音が昼休みの合図のように耳に溶け込む。
「相川、唐揚げ一個くれ」
翔が、半分こちらに体を乗り出して言った。目は期待で輝き、箸がすでにスタンバイされている。
「唐揚げは友情の数で決まるもんだろ?」
「その友情、安すぎる」
「じゃあ二個」
「値上げすんな」
軽く箸を弾いて追い払うと、翔は大げさに肩を落とし、机に突っ伏した。わざとらしいため息に、周りから小さな笑い声がもれる。
「相川くん」
その合間に、篠宮さんが静かに声をかけてきた。彼女の弁当箱は彩りが整っていて、卵焼きがきれいに詰められている。
「これ、よかったらどうぞ。……余ったから」
「え、いいの?」
「うん。甘めだけど、大丈夫?」
「ありがとう。助かる」
口に入れると、ふわりとした食感と、優しい甘さが広がった。心の奥の緊張が少し和らぐ。
「小田切くん」
篠宮さんが今度は翔に目を向けた。
「そのコロッケ、一口と、これ交換しない?」
「お、来たな。俺のコロッケは魂がこもってるからな」
「パンにも入ってると思う」
あまりに淡々と返された翔は一瞬言葉を失い、それから「参ったな」と笑った。篠宮さんの口元が、ほんのわずかに緩んだのを、僕は見逃さなかった。
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話題の矢
「でさ、相川」
翔が口を拭って、ふと僕に向かって言った。
「最近、篠宮と帰ってるだろ?」
箸が止まった。篠宮さんは一瞬だけ目を瞬いたが、表情は崩さない。
「方向が同じだから」
「偶然って便利な言葉だな」
「小田切くん」
篠宮さんが淡々と名前を呼ぶ。その声は鋭さを帯び、翔の肩を軽く押さえ込んだ。
「からかうなら、場所を選んだほうがいい」
「……悪かった」
翔は素直に頭をかいた。その姿が逆に珍しく、教室の空気は一瞬和らぎ、笑いが小さく戻る。
僕は卵焼きを噛みながら、胸の奥に重たいものを感じていた。庇われたのか、それとも──。
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放課後、昇降口
ホームルームが終わり、教室は一気に空っぽになった。昇降口に向かうと、翔がスニーカーを履き替えながら振り返る。
「相川、さっきは悪かったな。俺、つい調子に乗った」
「気にしてない」
僕がそう言うと、篠宮さんが続ける。
「小田切くんは素直。謝るのが早い」
「お、褒められたな。やっぱ俺、いいやつだろ」
「……根拠が弱い」
「ひでぇ!」
翔が声を上げ、僕は思わず吹き出した。いつもの調子が戻る。それが妙に安心させる。
「じゃ、俺は体育館行ってくる。相川、篠宮、またな!」
翔は手を振り、走っていった。体育館の方からボールの乾いた音が遠く響く。
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二人の帰り道
昇降口を出ると、空は白く曇っていて、夕陽は薄い膜の向こうにぼんやりと浮かんでいた。アスファルトにはまだ昼の湿り気が残っている。
「……昨日のこと、忘れないで」
篠宮さんが傘を持つように手を軽く合わせながら言った。
「合図のこと?」
「うん」
「忘れない。約束だから」
「約束」
短いやり取り。それだけで胸の奥が温かくなる。
しばらく歩いたあと、篠宮さんがふと口を開いた。
「ねえ、相川くん」
「なに」
「今度の日曜、空いてる?」
唐突に放たれた言葉に、心臓が一瞬跳ねた。
「……予定は、ないけど」
「よかった。少し行きたい場所があるの」
「行きたい場所?」
「うん。詳しくは当日まで秘密」
篠宮さんは淡々と言った。でも、その声にはほんのわずかな熱が混じっていた。
「じゃあ、また明日。……日曜も」
分かれ道の角で、彼女は小さく微笑んだ。
その笑顔は、雲の切れ間から差す光みたいに、確かに胸に残った。




