ep.6 約束
ごく普通の高校生活を送っていた相川蓮。
しかし「未来を垣間見るような違和感」に悩まされ始めたとき、隣に現れたのは親友・小田切翔の軽やかな笑い声と、転校生・篠宮彩花の静かな視線だった。
平穏と非日常の境界線が揺らぐ教室で、三人の言葉が交差する。
それは友情か、恋か、それとも――もっと暗いものか。
誰を信じ、誰を疑うのか。
ほんの小さな選択が、未来を決定的に変えていく。
第六話 約束
放課後
チャイムが鳴り終わると同時に、教室の椅子が一斉に引かれる音が重なった。
廊下を駆けていく足音、部活へ向かう声、鞄を肩に掛ける音。
教室は一瞬で、昼間の熱を残したまま空洞になる。
「俺、部活行ってくる!」
翔はバスケットシューズを片手に振って、笑顔で教室を飛び出していった。
残された空席に、彼の明るさがまだ少し残っている気がした。
僕は鞄を机に置いたまま、しばらくノートを眺めていた。
勉強をする気にもなれず、ただペンを指先で転がす。
窓の外は、夕陽が差し込み始めている。
赤い光が教室の床を長く横切り、机の影を伸ばしていた。
そんなとき。
「まだ帰らないの?」
静かな声がして顔を上げる。
そこには、教科書を抱えた篠宮彩花が立っていた。
光のせいか、彼女の髪が柔らかく橙色に染まって見える。
「……ちょっと。気分じゃなくて」
「そう」
短いやり取り。でも、彼女はそのまま自分の席には戻らなかった。
机に教科書を置き、僕の方へ歩いてくる。
⸻
校舎の静けさ
二人で窓際に並ぶと、外の校庭が見えた。
部活の掛け声やボールの音が遠くで反響している。
けれど、教室の中は嘘みたいに静かだった。
「夕方の教室って、好き」
彩花が窓の外を見たまま言う。
「昼間より落ち着く。人がいないから」
「……わかる。音が少ないのに、ちゃんと残ってる感じ」
「そう。今日の声とか、机を引いた音とか。全部、ここに沈んでる」
彼女の言葉は淡々としているのに、どこか詩みたいだった。
僕は思わず横顔を盗み見てしまう。
光の角度で、まつ毛の影が頬に長く伸びている。
⸻
言葉の綻び
「……相川くん」
「なに」
「最近、よく考え込んでる」
「……」
「それ、誰にも言えてないんでしょ」
心臓が鳴る。
見透かされるのは怖い。けれど、彼女に言われると、妙に安心する。
「……そう見えるのか」
「見える」
「正直……自分でも何考えてるかわからなくなる」
彩花は少しだけこちらを見た。
眼差しに揺らぎはなく、けれど冷たくもなかった。
「もし、言葉にできなくても。ここで黙っててもいい。そういう沈黙、私は嫌いじゃない」
ふっと、肩の力が抜けた。
誰かに許されるだけで、こんなに楽になるのかと驚く。
⸻
別れ際
夕陽が沈み、教室に影が増えていく。
気づけば廊下の灯りがつき、窓の外は群青に染まり始めていた。
「もう帰ろうか」
彩花が鞄を持ち上げる。
僕もそれに合わせて立ち上がり、二人で並んで廊下を歩いた。
階段を降りる足音が、ぽつりぽつりと響く。
昇降口で靴を履き替えるとき、彼女が小さく言った。
「……明日も、一緒に帰っていい?」
その声は、夕暮れの影よりも静かで、けれど確かに届いた。
「……ああ」
短く答えただけで、胸の奥が熱を帯びていくのを感じた。




