ep.3 雨音の中で
ごく普通の高校生活を送っていた相川蓮。
しかし「未来を垣間見るような違和感」に悩まされ始めたとき、隣に現れたのは親友・小田切翔の軽やかな笑い声と、転校生・篠宮彩花の静かな視線だった。
平穏と非日常の境界線が揺らぐ教室で、三人の言葉が交差する。
それは友情か、恋か、それとも――もっと暗いものか。
誰を信じ、誰を疑うのか。
ほんの小さな選択が、未来を決定的に変えていく。
第三話 雨音の中で
朝の教室
朝から雲は重く垂れこめていた。
山の稜線はすでに白く煙り、湿った空気が教室の中にまで入り込んでいる。
「今日、午後から大雨らしいぞ」翔がぼやく。
「……またか」
「ほんとタイミング悪いよなー」
そう言って翔はすぐに隣のやつと笑い合った。
僕はノートを広げながら、胸の奥に小さなざわつきを覚えていた。
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午前の授業
窓を打つ雨の音はどんどん強くなっていった。
この学校は山のふもとに建っていて、グラウンドの先はすぐ斜面になっている。
だから大雨のときは土砂災害への警戒が必要で、過去にも「警戒情報」が出て下校になったことがあった。
四時間目の途中、校内放送が鳴る。
『生徒の皆さんに連絡します。ただいま土砂災害警戒情報が発令されました。本日は午前で授業を終了し、安全のため全員下校してください』
教室が一気にざわめいた。
あちこちで「やったー!」と声が上がり、机を叩いて喜ぶやつもいる。
「……はぁ!? 今日、体育バスケだったのに! 楽しみにしてたのに!」翔が机に突っ伏した。
「休みで残念がるやつ、お前くらいだぞ」
「いやマジで! 体育のために今日来たまであるのに!」
「……ほんとぶれないな」
翔は本気で悔しそうに頭をかきむしる。
僕はその横顔を見ながら、胸のざわつきが強まっていくのを抑えられなかった。
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下校
昇降口を出ると、雨はさらに激しさを増していた。
傘に叩きつける音が重く響き、坂道の側溝には茶色い水が勢いよく流れている。
「なあ相川、帰りコンビニ寄ろうぜ! カップ麺とか!」
「……いや、こんな日に?」
言いかけて、ふと足が止まった。
目の前の小道──山のふもとへ続く下り坂が、不自然に見えた。
(ここ、危ない)
胸の奥で、理由のない警告が鳴る。
「おい、どうした?」翔が怪訝そうに振り返る。
「……やめよう。この道、なんか嫌な感じがする」
「えー、遠回りになるぞ?」
「……頼む」
自分でも驚くくらい強い声が出た。
翔は一瞬黙ってから、肩をすくめる。
「……わかったよ」
その直後。
ゴロッ、と低い音が背後から響いた。
さっき通ろうとした小道に、山肌から土と石が崩れ落ちていた。
「……マジかよ」翔が呆然とつぶやく。
傘の下で、心臓の鼓動がやけに大きく聞こえた。
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彩花との会話
「……やっぱり、避けたんだ」
背後から声がして振り返ると、篠宮彩花が傘を差して立っていた。
どうやら僕たちと同じ方向に帰っていたらしい。
雨に濡れた髪が頬に貼りつき、静かな瞳がこちらを射抜いている。
「篠宮……」
「家、この先だから。……でも驚いたよ、相川くんが道を変えようって言ったとき」
「……なんとなく、危ない気がしただけ」
「“なんとなく”で人を助けられる人は、そう多くないと思う」
淡々とした声なのに、なぜか心臓に突き刺さった。
僕は言葉を失い、ただ鼓動の速さを意識する。
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帰り道
「お前、やっぱすげーわ! 命の恩人だな!」翔が笑いながら背中を叩いてくる。
「……大げさだ」
「大げさじゃねーって。もしあのまま行ってたら、俺ぺしゃんこだったぞ」
翔は笑っているのに、本気で感謝しているようだった。
でも僕の頭に残っていたのは、彩花の真剣な目だった。
(……見透かされてる気がする。あの視線が胸に残って離れない)
激しい雨音に紛れ込む心臓の音が言うことを聞かなかった。




