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未来を知る僕と、感情を探す君  作者: ヤナギハラマイ
24/24

ep.24 これからも、その先も、

ごく普通の高校生活を送っていた相川蓮。

しかし「未来を垣間見るような違和感」に悩まされ始めたとき、隣に現れたのは親友・小田切翔の軽やかな笑い声と、転校生・篠宮彩花の静かな視線だった。


平穏と非日常の境界線が揺らぐ教室で、三人の言葉が交差する。

それは友情か、恋か、それとも――もっと暗いものか。


誰を信じ、誰を疑うのか。

ほんの小さな選択が、未来を決定的に変えていく。


最終話 これからも、その先も、


スマホの画面が青白く指先を照らす。短いニュース動画は同じ映像を繰り返した。封印テープ、押収される段ボール、連行される背中。


「——私立平川医科大学附属病院の理事長・篠宮伸彦容疑者を逮捕。違法実験の主導と監督責任が問われています。関連する医師協会は本日付で解体手続きへ——」


誰かの喉が小さく鳴る。


「これ、もう三回目だな。編集、楽してるだろ」


「翔」


「わかってる。茶化すとこじゃない。……相川、顔色、少し戻ったか?」


「大丈夫。ありがとな、翔」


「……終わったのかな、これで」


「終わらせたんだと思う。俺たちで」


「うん。終わりと同時に、始まりも来るんだよね」


動画は第三者委員会や倫理教育の説明に切り替わる。速い単語が通り過ぎていく。


「言葉は正しい。でも、それで全部が済むわけじゃない」


篠宮さんが、画面から目を外す。

「父は、理事長で、黒幕で……でも、父でもあった。許せないことは、許せないままでいい。そこから先をどう選ぶかは、私の側の問題」


「選ぶのは、篠宮さんだ」


「もし、間違えたら?」


「間違えたら、一緒に選び直せばいい」


横で、翔が短く笑う。

「おいおい、そこは俺も混ぜろよ。三人でな」


「小田切くんは、まず睡眠時間を戻すこと」


「現実……でも、了解」


———


数日後。臨時会見のライブ配信を三人で覗き込む。マイクが一度だけハウリングした。


「協会解体後の倫理体制は?」


「外部監督下で再構築します。被験者支援の窓口を設け、匿名相談も———」


「匿名、か」


「“名乗らない自由”と“名乗る自由”を、同じ重さで置くということ」


「どっちも守るの、むずいよな」


「だからルールは少なく、でも絶対に破らない。それで、ようやく入口に立てる」


「矛盾してるのに、正しい」


「人間って、だいたいそう」


通知が震える。病院前の掲示板の写真が届いていた。

《倫理教育センター開設予定/相談窓口(匿名可)》


「ボランティア、やる?」


「翔が?」


「チラシ配りくらいなら。相川は?」


「俺は、たぶん聞き役が向いてる」


「二人とも、無理はしないで。……でも、ありがとう」


———


公民館の小部屋。折りたたみ椅子の硬さが膝に残る。向かいの青年が、紙をくしゃりと握った。


青年がうつむいたまま言う。

「“能力”って言葉、まだ慣れなくて。朝、視界全部が早送りになって、体が言うことを聞かない時があるんす」


「早送りになる前の合図、ありますか。匂いでも、音でも、言葉でも」


「匂い……パン。焼き立ての、甘い匂い」


翔が口を開きかけるが、すぐ引っ込める。

「じゃ、パン屋は避け———」


青年が顔を上げる。

「仕事がパン屋なんすよ」


短い沈黙。


「……じゃあ、合図が来たら深呼吸を三回して、“次にやる作業を一つだけ選ぶ”。選ぶこと自体を、先に決めておく。下書き、みたいに。」


「下書き」


篠宮さんが、声をやわらげる。

「うまくいかない日があっていい。うまくいく日だけ並べなくていい。困ったら、時間を気にせず連絡して」


青年が顔を上げる。

「時間、気にしなくていいんすか」


「匿名でも、いい」


(翔が親指を立てて笑う)

「俺らも、まだ練習中だから」


扉が閉まり、静けさが残る。


「“時間を気にせず連絡して”、いい言葉だな」


「私も、誰かにそう言われたかった」


翔が手を挙げる

「じゃ、今夜も連絡する。課題のことで」


「それは昼に連絡して」


———


屋上。風。春の匂いが少しだけ混じる。

フェンスの影が床に格子模様を敷いて、洗いたての体操着みたいな陽の匂いがする。遠くでブラスバンドがスケールを外し、体育館のボールが時々リムを叩いた。


「相川、期末マジでやばい。……言い直す。数学が十点台の未来が見える」


笑いをこらえながら、相川は肘で翔の脇腹をつつく。

「未来を見るのは俺の担当だろ。」


「いやいや、今回は見える。薄暗い数字が“10”って———」


「“10”の横に“+”って書いとけ。上書きできるように」


「上書き……なるほど。じゃ、赤ペンで“+100”」


フェンスに手を添えた篠宮さんが、髪を耳にかける。柔らかい逆光が頬を淡く照らした。

「小田切くん、“やばい”は範囲が広すぎる。具体的に。どこで落ちる?」


翔は指を折る。

「二次関数の文章題、あと数列の漸化式がバチバチに無理」


「じゃあ今日は放課後一時間、二次関数だけ。最初の十五分は問題に触らないで、公式と“やる順番”の確認だけ。睡眠は六時間以上。スマホは充電器から遠ざける」


「先生、好き。いや、先生じゃないけど」


相川が吹き出す。

「軽口叩ける元気は残ってるらしい」


「ありがとな、二人とも。……あと、その、さ」

翔はフェンス越しに校庭を見て、言葉を選ぶみたいに靴先で地面をこする。

「理事長———いや、篠宮さんの親父さんの件。正直、俺、あの瞬間のこと、たまに夜に思い出す。殴ったのが正しかったのか、とか、俺に殴らせていいのか、とか。だから、もしさ……」


篠宮さんは一度だけ目を閉じ、まっすぐに言う。

「小田切くん。ありがとう。私が“終わらせる”を選んだ。その横で、あなたは“守る”を選んだ。それで十分」


「……そう言ってもらえると、助かる」


相川はフェンスの錆の色を指で確かめる。

「人が誰かのために選んだことは、簡単には色あせない。だから、困ったら時間を気にせず連絡して。夜でも朝でも。俺たち三人で、選び直せばいい」


翔は親指を立て、わざと大げさに笑ってみせる。

「了解。じゃ、まずは“二次関数の選び直し”からね。行ってくるわ、相川、篠宮さん」


足音が階段へ軽く消えていく。風が少し強くなって、フェンスの影が揺れた。


しばらく、二人分だけの静けさ。校庭の白線が夕日に淡く滲む。


相川が口を開く。

「……さっき、“終わりと同時に始まりが来る”って言ってたろ。俺、あれ好きだ。終わりって、何かを失う音だと思ってたけど、今は少し違って聞こえる」


「始まりの音に、聞こえる?」


「うん。怖くないわけじゃないけど」


「怖いのは、ちゃんと見てる証拠。———ねぇ、相川くん」

篠宮さんはフェンスに手を置いたまま、横顔だけ向ける。

「私は、父に“娘”としての私を求められて、理事長に“実験の成功例”としての私を見られて……ずっと、名前を呼ばれていなかった気がする。立場で呼ばれてばかりで」


相川は一歩、近づく。

「じゃあ、これからは。俺が“篠宮さん”を呼ぶ。立場じゃなく、あなたを」


「……ずるいね、そういう言い方」


「本気だから」


細い笑いがこぼれる。

「じゃあ交換条件。私も“相川くん”って呼び続ける。あなたが違う名前になりそうな時も、ちゃんと呼び戻すために」


風がシャツの裾を浮かせ、フェンスが金属音を一度だけ鳴らす。

下のコートでは誰かが笛を吹き、短い作戦会議の輪がほどけていった。


「俺、多分、全部の未来は分からない」

相川は自分の指を見下ろし、掌をそっと開く。

「見える時もあるし、見えない時もある。見えても、間違える時がある。それでも———」


「それでも?」


「一緒に、選び直したい。俺の“怖い”も、篠宮さんの“分からない”も、時間を気にせず、言葉にして。間違えた線は消しゴムで消して、また引けばいい。下書きは、何度やり直しても怒られないから」


「怒らないよ」

篠宮さんは、ポケットから小さな鉛筆削りを取り出して見せる。

「消しゴムは相川くん担当。私は鉛筆を削る。芯が丸くなったら、合図をして」


「合図、わかりやすく頼む」


「たとえば———こう」

指先が相川の袖をそっとつまむ。ほんの半拍だけ、力が入って、すぐに離れる。

「ね、わかりやすい」


心臓が、静かに、しかし確かに一段階上がる。

相川は深呼吸を三回、小さく数えた。

「……手、繋いでもいい?」


「今は、うん」


触れる。確かめる。結ぶ。

手のひらには、日向の体温と、風に冷えた指先。どちらも本当の温度だった。


校舎の向こうを電車が走り抜ける。窓ガラスに反射した光が一瞬だけ屋上を横切り、フェンスの格子が金色にきらめいた。


「ありがとう、相川くん。私、あなたと歩きたい」

声は短く、強い。けれど最後の音は、春のやわらかさで丸くなっていた。


「俺も。一緒に、見たい。———見えないところまで」


手を離すのは、もう少しあとでいい。

屋上のドアが開いて、風に押された紙切れが一枚、二人の足もとをかすめる。裏には細い文字。


《倫理教育センター/ボランティア募集 困ったら、時間を気にせず連絡してください》


相川は紙を拾って、折り目を伸ばす。

「ここにも“ここから”がある」


「うん。私たちにも」


階段へ向かう一歩目。

足裏に伝わる学校の硬い床の感触が、やけに心強い。

遠くでチャイムが鳴り、屋上の空気に音の輪が広がった。


風が、ゆっくりと背中を押す。

二人の歩幅は、もう同じ速さだった。

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