表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来を知る僕と、感情を探す君  作者: ヤナギハラマイ
23/24

ep.23 16時01分


ゼロ秒を踏み越えたあと、時間は一気に音量を取り戻した。

白衣の袖が弧を描き、翔の拳が空気を押し退け、蛍光灯が天井できいと鳴る。


「——下がれ!」

父の低い声。

脇の扉が開き、白衣と腕章が三人、通路に流れ込む。


「篠宮さん、壁側へ!」

僕は肩で彼女を守りながら、廊下の幅を半歩潰す。胸の針はまだ騒いでいるが、世界の輪郭は戻ってきた。


「相川、立てるか!」

翔が叫ぶ。手首には固定具の跡、目は真っ直ぐ。

「立てる。——篠宮さん、離れるな」

「離れない」


腕章の一人が警棒を抜き、もう一人が注射器ケースを開いた。

父が片手を上げるだけで、三人の動きが一拍止まる。


「実演は十分だ」

父は僕らと目を合わせず、事務的に言う。

「搬送準備。対象K-17-041、それから外来者二名——回収だ」


「回収はさせない!」

翔が踏み込み、警棒の腕を払う。金属が壁で甲高く鳴った。

「相川、口で指示くれ! 俺、殴るから!」

「右足半歩引け、肩を先に!」

「了解!」


拳が無音で入る。

腕章が二人、壁にもたれてずると崩れた。

もう一人が無線に手を伸ばすのを、篠宮さんが横打ちで弾く。


父は動かない。白衣の折り目は朝のまま、目だけが僕らの順番を測っていた。

「——彩花」

父は娘の名をはっきり呼んだ。

「君はここで終わってもいい。終わらせる権利は父親にある」


「権利じゃない。暴力だよ」

篠宮さんの声は低いのに、廊下の空気を押す。


「右!」

僕は叫び、翔の肩を叩く。

「備蓄庫へ。三秒で入る!」

「了解! ——行くぞ!」


翔が先に身を投げ、僕は篠宮さんの手首を掴む。

目を合わせて——一回、うなずく。

三歩。二歩。——ドア。


「開けろ!」

翔が肩で押す。重い金属が悲鳴を上げ、備蓄庫が口を開いた。

段ボールの山、マスク、ガウン、回収キットの白い箱。

中へ滑り込み、内側から押さえる。


「蓮くん、鍵!」

篠宮さんが指さす。

ドアの上、小さな内鍵。金属の定規を差し込み、二秒で回す。——カチ。


外で拳が扉を打ち、金属が震える。

「相川、この奥抜けられる?」(翔)

「管制室裏に通路がある。狭いけど繋がる」

「道案内頼む!」


倉庫の細い通路を走る。

棚の角が肩に当たり、埃が舞う。

背後でこじ開けの金属音。

サービス扉を押し、管制室裏へ。

——壁の向こうで、119の受信数が水みたいに流れる。


「昇降機は遅い。非常階段だ、こっち!」

鉄の踊り場を駆け降り、B1へ。

搬入スロープが口のように開き、外気の匂いが肺に刺さる。


「相川、前!」(翔)

「篠宮さん、離れないで!」(僕)

「うん!」(篠宮さん)


ゲートは閉まりかけ。翔が身を滑り込ませてこじ開け、金属が悲鳴を上げる。

僕らは隙間をくぐり抜け、スロープの外へ飛び出した——その瞬間、胸の針が跳ねた。


——一秒先。

——黒スーツがワゴンの影から出る。

——銃口が篠宮さんの胸元へ。

——白い光が破裂。


「——彩花!」

呼び捨てになっていた。考えるより先に、体が横へ入る。

耳の奥が白になり、右肩の内側で何かが弾けた。視界が半歩よろめく。


「蓮くん!」

篠宮さんの声が地面を掴み直させる。

僕は彼女を地面へ押し倒すように庇い、自分の背で二発目を壁へ死なせた。

熱と痺れで指がうまく動かない。息が短く切れる。


「——相川! 篠宮、伏せてろ!」

翔が前に躍り出て、銃の手首をはたき上げる。乾いた音、金属が転がる。もう一人が腰のホルスターに伸ばした腕ごと壁に叩き付けられた。



僕の肩の内側が焼けて、膝が落ちかけたとき——

篠宮さんの手が頬に来た。指先が震えている。


「やだ、やだ……行かないで、蓮くん……お願い」

掌が傷口に触れた瞬間、彼女の肩がびくっと揺れる。

「なにこれ、熱い……違う、わたしの手のほうが熱い……っ」

呼吸がばらけ、睫毛まで濡れる。

「分かんない、でも——直って、直って、蓮くん直って!」


彼女が息を落とすたび、胸の痛みの輪郭がほどけていく。

皮膚の下で糸が一筋ずつ縫い直されるみたいに、熱が退く。


「……待って、本当に……減ってる?」

「減ってる。今の、それ——君の……」


「違ったらどうしよう……でも、止まれ、止まれ、止まれ!」

篠宮さんは泣き笑いの顔で、もう片方の手も重ねる。

掌の下で鼓動が合う。僕の呼吸が通る。


「……痛み、引いてる」

自分の声が、信じられないくらい落ち着いて響いた。

彼女は目を大きくして、かすれ声で問う。

「ほんと? ほんとに?」

「ほんと。……ありがとう、彩花」


名前を呼んだら、彼女の目がかっと熱くなった。

「よかった……っ、よかった……もうやだ、怖かった……!」

そのまま僕の胸に額を押しつけてから、顔を上げ、短くうなずく。

「もう大丈夫。行ける?」

「行ける。篠宮さんのおかげで」


背後で翔が怒鳴る。

「相川! 篠宮! 離れんなよ!」

僕らは手を離さないまま立ち上がり、彼の背後に立った。


———スロープの口。

自動扉が割れて、父が白衣の影を連れて現れた。


「まだ逃げるつもりか。——愚かな子どもたちだ」


篠宮さんの手が、僕の袖を離さない。掌の熱はまだ残っている。

翔が一歩、前へ出た。


「黙れよ」

低い声だった。

「人を素材って呼ぶ口で、父親ヅラすんな」


父がわずかに顎で合図する。白衣が動く。

翔は一切見ない。足を半歩ひいて、拳をつくった。


「——終わりだ」


次の瞬間、音が一つ。

翔の右がまっすぐ伸び、父の顎を貫く。

白衣の巨体が遅れて浮き、机も椅子もないコンクリに崩れ落ちた。


「理事長——!」と誰かが叫ぶ。だが、誰も近づけない。

翔が振り向かずに吐き捨てる。


「お前が与えてきた痛みだ。覚えとけ」


沈黙。

廊下の空調だけが、何事もなかったみたいに回っている。


篠宮さんが小さく息を呑み、僕を見る。

「蓮くん……行こう」

「ああ。——翔」

「分かってる。相川、篠宮、前へ」


三人は目を合わせて——一回、うなずく。

誰も倒れなかった。

僕らは午後の光へ、同じ歩幅で出ていった。

てへぺろ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ